京都大学野生動物研究センター>屋久島フィールドワーク講座>第10回・2008年の活動−サル班−報告書 |
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学生:久保田佐綾・篠塚琢磨・田平祥子・千歳雄大
講師:鈴木滋・チューター:井上英治
屋久島はサルの群れの密度が高い。狭い地域に複数の群れが遊動域を接触して分布しており、出会いの頻度が高く、群れ間の関係は敵対的である。本研究は群れ内の採食や発声および集団の凝集の程度から群れ間の関係を検討することを目的とした。具体的には、以下の問いを検討した。
今回の調査では特に『食物分布の仕方と群れの態度にはどのような関連があるのか』問いに注目した。今回追跡した2群の遊動域は重複している。そのため、貴重な食物がある場所ではサルの群れ同士が出会いやすいと考えられる。出会うならばサルの群れ間にどのような行動が見られるのか、出会わないのならばなぜ出会わないのか、ということについて考察した。
調査地の西部林道半山地区は、夕方になれば“神隠しがある”と地元の人も近付かないような屋久島の田舎である。1990年代に西部林道拡幅工事が計画されたものの、島民と研究者の運動により白紙化された。現在では、1960年代に建設された道路による森の痛手も回復しつつあり、道路の頭上には緑が広がる。緑のトンネルとも呼ばれており、サルの休憩場所ともなっている。観察中にはサルが群れでかたまり道路上で毛づくろいをしている様子が見受けられた。
サルの群れ間の関係を探るために、隣接する2群を追った。人付けされており、追跡が容易なE群とNA2群を対象とした。また各群のオトナメスを個体追跡の対象とした。ニホンザルは母系社会であり、メスは群れの中心にいると思われるため、オトナメスを追跡対象に選んだ。追跡対象群や追跡対象個体が見つからなかった場合には、近くの群れやオトナオスを観察した。
観察対象の2群に各学生2名と講師またはチューター1名の計3名がつき、観察群のオトナメス1個体を追跡調査した。調査記録方法は以下の通りである。
各グループのうち学生1人は、調査項目のうち@Aを担当した。@の行動は、採食、移動、休息、毛づくろい、その他(喧嘩、遊び等)の5項目に分けて、追跡個体の5分毎の行動を記録した。またサルが採食していた場合は採食対象(アオバハゴロモ、キノコ、アコウの実等)も記録した。Aの鳴き声は距離が近いサル同士の鳴きかわしの声“クゥクゥ”と距離が遠いサル同士の鳴きかわしの声“グギャー”を分けて記録した。
2人目の学生は調査項目B、Cを担当した。Bは追跡個体の周囲10mにいるオトナの個体の数を、Cは最近接オスとの距離を1m、5m、視界内、視界外に分けて記録した。また、オスとの距離とメスの発声の関係を調べるため、追跡個体のメスが発声したかどうかをカウントした。
8月19日:調査区域である半山地区でサル追跡調査のための基礎知識を学ぶ。生息している植物や、地形などを観察しながら足慣らしをした。
8月20日:2群追跡調査開始。E群は発見できなかった。
8月21日:2群追跡調査。
8月22日:2群追跡調査。NA2群は発見できなかった。
8月23日(半日):2群追跡調査。
表1観察群と観察時間
実際に追跡したNA2群、E群の遊動ルートを示す(図1)。
図1 NA2群とE群の遊動ルート
地形図を1haのグリッドで区切り、各群が一度でも通過したグリッドをすべて合わせた範囲を群れの遊動域とし、NA2群、E群の遊動ルートを含む予測される遊動域を示す(図2) 。
図2 NA2群とE群の遊動域
濃い色が今回得られたデータによるもので、薄い色は、今までに報告されているデータ(杉浦ら、未発表データ)によるものである。以降、今回得られたデータをオリジナルデータ、今までに報告されているデータを含めたものを拡大データと呼ぶ。
NA2群とE群の遊動域は隣接しており、一部が重複していることがわかった (表2)。
表2 遊動域面積
NA2群 | E群 | |
---|---|---|
オリジナルデータの遊動域面積(ha) | 28 | 25 |
拡大データからの遊動域面積(ha) | 50 | 47 |
E群NA2群の遊動域の重複面積(ha) | 3 | 3 |
遊動域(拡大)での重複面積の割合(%) | 6.0 | 6.4 |
表3 NA2群とE群の遊動
2群間の 距離(u) | 移動速度(m/min) | NA2群 | E群 |
---|---|---|---|
8/21 | 896.2 | 2.7 | 2.7 |
8/23 | 706.3 | 3.7 | 2.7 |
表4 遊動域全体の移動に必要な時間の推定
NA2群 | E群 | |
---|---|---|
8/21 | 62時間 | 58時間 |
8/23 | 45時間 | 58時間 |
今回の調査では群れ同士が接近するということはなかったが、群れ(E群)と単独オスが声の聞こえる距離まで接近するということが見られた。ただし、いずれのケースでもE群は単独オスを認識していなかったように見受けられた。
他の群れ(E群)の声が何度か聞こえた。最初の数回は声の方を見て、声の方向に近づき、様子をうかがい、気にしている様子だったが、後の方は気にせずに、ひとりで海岸まで下りて、主に樹上で採食や休息をしていた。また、外性器(ペニス)を触って、マスターベーションのような行動をしていたところも観察された。特に発声は認められなかった。
他の群れの声は聞こえなかったが、後で調べてみると100m以内でE群と沢を挟んで反対側にいたことが分かった。また、このサルはE群の遊動域の中で見つかった。指の欠損や顔の傷もほとんどなかったので、個体識別はできなかった。個体追跡によるデータは記録していないが、40分間ほどの観察時間の大半は樹上で休息(昼寝)をしていた。特に発声は認められなかった。
グルーミングは地上で行われることが多いことが分かる(表5)。また観察より地上でのグルーミングには休息や移動が伴うことが分かった。そのため群れで行動している個体は地上にいる時間が長い。一方ケース1のオスは単独でいるためグルーミングをすることがなく、そのため地上にいる時間が短く、樹上にいる時間が長くなっている。
表5 ケース1のオスとNA2群のオトナメス(マン、ナスビ)の地上・樹上での行動時間の割合 (%)
ケース1のオス | ※ | 群れ内のオトナメス | 地上 | 樹上 | 総計 | 地上 | 樹上 | 総計 |
---|---|---|---|---|---|---|
移動 | 7.7 | 15.4 | 23.0 | 19.4 | 0 | 19.4 |
採食 | 7.7 | 30.8 | 38.5 | 0 | 41.9 | 41.9 |
休息 | 0 | 38.5 | 38.5 | 9.7 | 9.7 | 19.4 |
GR | 0 | 0 | 0 | 19.4 | 0 | 19.4 |
総計 | 15.4 | 84.6 | 100 | 48.4 | 51.6 | 100 |
最近接オスが近くにいる場合メスは発声しない場合が多いことがわかった。最近接オスが5m以内にいる場合、メスの発声回数は有意に少なかった(表6;Fisherの直接確率検定、p<0.0001)。
表6 最近接オスとの距離とメスの発声の有無
メスの 発声 | 最近接オスとの距離 | 1m | 5m | 視界内 | 視界外 |
---|---|---|---|---|
なし | 6 | 17 | 8 | 54 |
あり | 0 | 1 | 7 | 47 |
アオバハゴロモを最もよく食べていることがわかった。また、E群では、イスノキ、マテバシイ、アコウなどもよく食べていることがわかった(表7)。
アオバハゴロモは昆虫でサルの遊動域全体に散在している採食対象であるのに対し、イスノキ、アコウは大型の樹木で決まった場所に資源が集中している採食対象であり、採食資源として分布様式が異なる。そこでアオバハゴロモとイスノキ、アコウを区別するため、以降イスノキとアコウをまとめて大型採食樹と呼ぶ。
表7 採食対象
採食対象 | E群 | NA2群 | 不明群 | 総計 |
---|---|---|---|---|
アオバハゴロモ | 42 | 3 | 8 | 53 |
イスノキ | 34 | 0 | 0 | 34 |
マテバシイ | 13 | 0 | 1 | 14 |
アコウ | 7 | 0 | 2 | 9 |
オオイタビ | 1 | 0 | 0 | 1 |
キノコ | 6 | 0 | 1 | 7 |
ゴンズイ | 3 | 3 | 0 | 6 |
クスノキ | 2 | 0 | 0 | 2 |
スダジイ | 0 | 4 | 0 | 4 |
ハド | 2 | 0 | 0 | 2 |
樹液 | 1 | 0 | 0 | 1 |
虫 | 5 | 0 | 0 | 5 |
ゴキブリ | 1 | 0 | 0 | 1 |
ハゼノキ | 0 | 2 | 0 | 2 |
不明 | 2 | 0 | 0 | 2 |
総計 | 119 | 12 | 12 | 143 |
アオバハゴロモと大型採食樹を採食している際に群れがどの程度集合しているかを調べるため追跡個体の10m以内にいた平均メス数、平均オス数をそれぞれ求めた(表8)。
表8 採食対象と群れの集合度
アオバ ハゴロモ | 大型 採食樹 | その他 | 総計 | |
---|---|---|---|---|
平均メス数 | 1.00 | 1.04 | 0.91 | 0.99 |
平均オス数 | 0.00 | 0.15 | 0.09 | 0.09 |
採食対象の種類に関わらず10m以内に近接しているメス数は平均して1頭程度で、大型採食樹でもほぼ同じ数のメスの近接があった。このことから採食対象が異なってもメスの集合度はほとんど変わらないことがわかった。一方、オスはアオバハゴロモやその他の採食ではほぼ近接がみられなかったのに対して、大型採食樹ではオスが近接していることがみられた。
採食対象によって発声の有無に違いが生じるか調べるため、アオバハゴロモ、大型採食樹、その他の採食対象を採食中に追跡個体が発声したかどうかをカウントした(表9)。
アオバハゴロモや、大型採食樹以外の食物を採食時には、多くの場合発声しないのに対して、大型採食樹の採食時には盛んに発声していることがわかった。大型採食樹の採食時は、アオバハゴロモの採食時に比べ、有意に発声数が多かった(Fisherの直接確率検定、p<0.0001)。
表9 採食対象による発声の有無
メスの 発声 | アオバ ハゴロモ | 大型 採食樹 | その他 | 総計 |
---|---|---|---|---|
アオバハゴロモ | 42 | 3 | 8 | 53 |
不明 | 2 | 0 | 0 | 2 |
総計 | 119 | 12 | 12 | 143 |
表10 資源の種類と行動パタンの違い
分散型 | 集中型 | |
---|---|---|
資源確保 | 消極的 | 積極的 |
発声 | 少 | 多 |
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