京都大学野生動物研究センター屋久島フィールドワーク講座 >第10回・2008年の活動−サル班−感想文

第10回・2008年の活動

サル班 − 感想文

受講者の感想

・講師とチューターから

久保田 佐綾

 屋久島で過ごした8日間は、私にとって忘れられないものとなりました。
屋久島から帰って、「屋久島はどうだった?」と聞かれると、さまざまなことが頭をよぎって、とりあえず「ほんとによかったよ」と答えていましたが、行く前と後で私はどこか変わったと思います。どこがどう変わったのか、まだうまく言葉にすることができませんが、2週間がたった今思うのは、考え方が少し変わったのだと思います。
 私は5日間、森の中で調査をしました。屋久島に行く前にはサルについて書かれた本を何冊か読み、意気込んで屋久島に行った私でしたが、本に書かれている行動と実際に目の前でサルが取っている行動が結びつきませんでした。実際に見て、鈴木先生や井上さんに教えていただいて初めて、あれがそうだったのか、と思うということの繰り返しでした。また、山の中でサルを追跡するというのは、山道歩きしかしたことのない私には大変でした。サルは休息中には動かず、お互いに毛づくろいをしたり、眠ったり、大変穏やかなのですが、ひとたび移動するとなると、斜面を駆け上ったり、駆け下りたり、すばやい動きをする。必死で着いて行きましたが、しばしばおいていかれました。木の枝に頭をぶつけたり、雨に濡れた斜面をすべり落ちたりもしました。それでも調査を重ねるにつれて山歩きに慣れていくのが感じられました。
 屋久島を訪れるのは2度目だったので、屋久島の自然の雄大さ、すばらしさは理解しているつもりでしたが、調査の3日目あたりから森の見え方が変わってきました。調査中に鈴木先生から森の植物の名前や特徴を折りにふれて教えていただいて、少ないながらも自分で見分けられる植物も出てきたとき、植物の多様性を垣間見ることができるようになりました。雄大な屋久島の森、とひとくくりで見ていたのが、分からないなりにひとつひとつの植物が迫ってくるように感じたことが何度もありました。また、そのころからサルの見え方も変わってきました。オスとメスの雰囲気の違い、それぞれのサルのしぐさや個性の違いが、なんとなくわかるような気がしてきました。
 森もサルも変わったわけではないのに、私が変わったことによって見えるものが変わった、ということは新鮮な驚きでした。そういう驚きを得ることができたのは、調査で毎日森に入ったからなのだと思います。継続して観察すれば、ひとつのものを見ていても、全く違ったように見えてくるということを実感しました。また、屋久島は今度で2度目ですが、私はまだ屋久島を知らないという気持ちが強くなりました。あともう1度といわず何度でもまた訪れたいと思っていたら、地元の方が「結局は住まないとわかりませんよ」と私におっしゃいました。やはり、屋久島に継続して住んでみないと本当の屋久島のことはわからないのかもしれません。
 今回のフィールドワーク講座で学んだことはまだ消化しきれていませんが、一番強く思ったのが「私はまだ何も知らない」ということでした。フィールドワーク講座を通した人との出会いでも、色々な経験・バックグラウンドを持った人がいて、その人その人で違ったお話を聞くことができて、自然についてだけでなくヒトについても私は何も知らないということを感じました。これから大学で、大学に限らず色々な場所に出かけて、たくさんのことを学び、吸収したいと思います。そしてまた屋久島を訪れたいと思います。
 最後になりましたが、講師・チューターの方々、他のフィールドワーク講座の参加者の皆さん、地元の方々、皆さん本当にありがとうございました。

磨篠塚琢

 動物が好きで生物系の勉強をしてきましたが、大学でやることは実験室の中の生物学で実際に生きた動物にほとんど触れることなく3年たってしまいました。もちろん分子生物学にも興味があって楽しいですが、この間に僕の視野はずいぶん狭くなったと思います。そんなときに見つけたのが今回参加した屋久島フィールドワーク講座でした。この講座を見つけたときこういう研究もあったんだと思い出させられました。そしてこれはぜひ体験してみたいと思い応募しました。
 実際サル班で朝から夕方までサルを追跡して感じたのは観察することの面白さでした。いままで動物を見つければ写真を撮って満足していましたが、ずっとサルを見ているとカメラ越しには見えないものがいろいろ見えてきました。サルって1頭1頭顔が違うんですね。途中からだんだんわかってきて愛着がわきました。E群のミナミさんとミツマサくんにはまた会いたいです。サルの1日の行動も見せてもらえました。群れ全体でいえば雨が降れば木の陰で雨宿りするし、休憩しだせば全然動かないし、個体ごとに見れば一生懸命餌とったり、あくびしたり、体かいたり、見れば見るほどサルたちはいろいろな行動をとっていて見ていて飽きませんでした。サルの追跡に慣れじっくり観察ができるようになったころにフィールドワーク講座が終わってしまったのが残念でした。もう少し追跡を続けたかったです。
 フィールドワークという研究手法だけでなく観察した結果をまとめ、ディスカッションして、他の人に伝える形にすることの面白さと大切さと大変さも学べました。フィールドワーク講座中の毎日の報告会では、質問を受けることで自分では気付かなかったことや自分の視点とは異なる視点からの意見を得られて有意義でした。また最後のシンポジウムに向けてサル班みんなでデータをまとめ考察していく時には、ただの数字の羅列が徐々に意味をなしていくのが楽しかったです。ただ、まとめを行う時間が半日と徹夜分しかなかったのが残念です。もっと時間をとって意見をぶつけ合って、得られたデータからさらなる情報を引き出したかったです。そう思えるくらいディスカッションは面白いものでした。シンポジウムでは予備知識のない一般の方に成果を伝えるということで改めて自分の頭を整理することができ、人に伝えることは自分にとって大変勉強になるものだと思いました。余談ですがフィールドワーク講座の後も僕はしばらく屋久島に残っていて、その間にシンポジウムに来ていた方3人とすれ違いました。そのうちの1人のおじいさんが僕のことを覚えていてくれたらしく声をかけてくれてとても嬉しかったです。サル班のポスターの内容も少しでも覚えていてくれたらさらに嬉しいですけどどうでしょうか?
 フィールドワーク講座に参加して得られたものはたくさんありますが、いろいろな人との出会いが僕の中で大きかったです。講師やチューターの方も屋久島の方も他の受講生もいろいろな人がいて、興味深い話をたくさん聞けて、サルの観察に行ってヒトを深く知ることができたように思います。

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千歳 雄大

 サルを追い求めて森を歩き回った一週間。多くの新鮮な体験をすることができた。雨が降ると大きな岩の下で雨宿り。森の民になった気がした。サルの食べる木の実や蝶を食べてみた。坂を駆け下りるサルの群を追ってすってんころりん。携帯を落とした。
 そんな経験の中でも一番のものはやはりサルとの出会いだろう。サルを観察することによりサルに親近感を持つようになり、サルが好きになった。小さいコドモのサルはじゃれあって遊んでいる。群れといっても個々のサルは結構自由に行動する。毛づくろいをしてもらっているサルの表情は本当に気持ちよさそうであった。このようなサルの行動は当たり前のことかもしれないが、実際に自分の目で見て観察することにより、「感じる」ことができ、強く印象に残った。
 他に屋久島に来てよかったと思うのは、フィールドワークという手法に対するイメージが大きく変わったということだろう。大学では分子生物学や生理学を学んでおり、生物を分子・細胞レベルからせいぜい個体レベルでとらえている。そのためかそういった手法とは大きく異なるフィールドワークと聞くと何か異質の学問だという偏見を持っていた。
 しかし実際にこの講座でフィールドワークを体験してみるとそういう偏見はなくなった。自然をじっくりと観察し、データを記録し、そこからどんなことが言えるかとディスカッションすることを体験し、分子生物学や生理学の手法とフィールドワークの手法の両者の根底に流れるものは同じではないかと考えるように なった。そして、生物を個体レベルから生態系・社会レベルでとらえることのできるフィールドワークは面白いものだと思うようになった。
 もう1つの屋久島での収穫は、様々なヒトに会えたということだ。講師陣や受講生の中には実に様々な背景や考え方を持つヒトがいた。そういったヒトの将来の展望や現在考えていることを聞くことは興味深く、これからの自分を考えていく上でも参考になった。
 以上のように今回の屋久島のフィールドワーク講座では自分の視野を大きく広げることができたと思う。最後に、このような機会を与えてくださった講師の鈴木先生やチューターの井上さんをはじめとした講師陣の方々、ともに森を歩き回ったサル班の仲間たちや他の受講生、そして地元の方々に感謝したい。

田平祥子

 “サル者は追わず”というわけにはいかなかった。ひたすらサルを追い続けた。岩にものぼった。沢にもつかった。サルに威嚇されて壁を見つめた。クワズイモの葉で雨宿りをした。イスの実を食べた。アオバハゴロモは食べなかった。
 井上さん率いる私たちの班はE群を追跡群、ミナミというオトナメスを追跡個体として調査した。
 ミナミはおばあちゃんザルである。アオバハゴロモを一心不乱に食べるミナミ、アコウめがけて斜面を転がるように駈けていくミナミ、老体とは思えない腕力で倒木を割ってヤマゴキブリを食べるミナミ、つんざかんばかりの、しかしながら憐れを誘うようなしわがれた叫び声をあげるミナミ。ミナミの叫び声は本当にひどかった。今でも耳の奥に残っているほどだ。
 なかでも、特に印象的な行動があった。群れの進路を決めるのはオトナメスである場合が多く、E群ではミナミがその役を担っている。ミナミは先頭を切って進んではいくのだが、だれもついていかないことが度々あった。それに気がつくと、ミナミは遅れている群れに呼びかけるため、声をだす。
 ききき―うぎゃーーうきゃきゃきゃーみたいに聞こえる。ひどい声だ。「早く来なさいっ!こっちよ!」とわめいているのだろう。しかし、群れが常にミナミの言うことに従うとは限らない。そんな時に、ミナミが自分の意思を曲げて、すごすごと進路変更することもある。リーダーが皆の意見に従うこともあるのだ。独裁的ではなく、意外に民主的である。臨機応変な対応をしているとも見える。・・・それとも単純に迎合的なのか?それとも、そういう柔軟さがあるから、群れの進路を決めるような重大な役割を担うことができるのか?人間社会と比べて、どうなのだろう?このことについて、私は屋久島から帰ってからもずっと考えている。
 「自分を知ることは世界を知ることより難しい」と言ったのはG.K.チェスタトンだ。しかしサルを観察し、その行動を「読む」ことで、その困難さの突破口がわずかだが開いたように感じた。屋久島で経験した様々なこと、不思議に思ったいくつものこと、それらを自分の問題として、これからもよくよく考えてみたいと思っている。
 最後に、大変お世話になった鈴木先生とチューターの井上さん、一緒にサルを追ったサル班、そしてこの講座で会った方々に心から感謝したいと思う。

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講師とチューターから
井上英治

 私自身にとって、2002年に2週間ほどサルを観察して以来の屋久島でした。2002年当時あまり観察されていなかったため、個体識別と数頭の命名をしたE群が、今回の調査対象でした。追跡対象にしたミナミ(ちなみに頭の毛のパーマがきつく3本の波になっているように見えたためミナミと名付けました)は何となく顔を覚えていましたが、随分老けたように思えました。当時赤ん坊であったメスが出産していたように、当時修士1年で研究を始めたばかりの私が昨年無事に博士を取得しました。少しは成長した姿を彼らに見せられたのではないかと思っています。これまでの経験のおかげもあり、以前に比べ屋久島での滞在で様々な事を感じ取れた気がしています。
 悪天候もあり、あまり観察できませんでしたが、学生のみなさんも何か感じ取れたのではないでしょうか? 帰り際に「もう一度ミナミに会いたい」ともらした学生を見て、これがフィールドワークの魅力のひとつなのだと実感しました。4人の最初の印象はおとなしく、しかも森を歩く姿は少し頼りなく、これで大丈夫かと心配していましたが、好奇心に溢れた彼らの眼は分析の際に発揮され、迅速なデータ処理としっかりした議論に基づき、すばらしい発表をしてくれたと思います(褒めすぎかな?)。今後、様々な道に進むと思いますが、ここで得た経験やここで出会った人々が何らかの力を与えてくれることを願っております。

鈴木滋

 今年でサル班の講師をつとめるのは4回目でした。これまでで、今回は一番サルを見つけることが難しかった年になりました。観察対象の2群のうち、ひとつはまったく道路を使わない群れだったというのもありますが、雨も多く、そのためにサルが見つけにくかったというのもありました。フィールドワークのしんどい側面もいろいろ味わうことができた、というのはちょっときれいごとにすぎるかもしれません。でも屋久島らしいとは言っても悪くありません。カメラ代わりの携帯を落としたり、木の枝に顔をぶつけて腫らしたりして、さんざんな目にあわれた人もいましたが、学生のみなさんは、めげずによく講師陣にもサルにもついてきてくれました。
 同時2群追跡のデータがほとんどとれなかったので、データ整理はどうなることかと思っていましたが、データが少なかったことが逆に幸いして、いろいろ頭をつかって分析を試すことができたように思います。データ整理で徹夜した晩は、学生のみなさんからの活発な意見がでてきてくれたおかげで、真夜中過ぎからいろいろと中身の濃い討論ができて、私も楽しかったです。サルがあまり見られなかったといいつつも、みんなそれなりにサルの行動を想像できるようになってくれたようです。コンピュータをつかった分析作業も、自分たちで率先して,集計をやりなおしたり、新しいアイデアを試したり、その結果予想外に面白いまとめにたどりついたように思います。確実なことを言うためのデータは全然足りないけど、本格的な研究の予備調査としては使えそうな切り口をえたような気がします。
 思えば、私が屋久島でサルを観察するようになって、20年以上が経ってしまっていました。サルの寿命はだいたい20年ぐらいなので、今生きているほとんどのサルが生まれる前から、私は西部林道の森を知っているのです。なんか変な気持ちです。林道沿いの森は、二次林の遷移がすすんでずいぶん立派な照葉樹林になってきました。シカの人慣れもすすみ、林床の植生もずいぶん変わったように思います。それでも、この森が、私にとって世界でもっともよくなじんでいる森であることに変わりはないんだという気持ちは、なぜか私を勇気づけてくれるものです。フィールドワーク講座で、初心の学生さんたちと森を歩くと、いつもあの頃の私を思い出します。自分もそうだったとか、全然自分とちがうんだとかいろいろです。「夜空ノムコウ」という歌にあるように、あの頃の未来に僕らは立っているかな、という気持ちになるものです。この講座は、講師にとってもいろいろな利点のある実習だと思いますが、毎回西部林道も森で自分の立ち位置を確かめることができるという点で、私にとってはより深い意味があったように思います。現体制でのフィールドワーク講座は、今年で休止になるかもしれませんが、雲のない星空を信じて、またいつか学生のみなさんとサルに会える日を楽しみにしています。それでは。

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