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第9回・2007年の活動

シカ班 − 報告書

シカと植物の関係をさぐる

シカ班メンバー

参加者:伊藤宗彦・亀樋成美・山岡昭士・山田規子
講 師・チューター:立澤史郎・川村貴志・寺田千里

  1. はじめに
  2. 調査方法と調査地
  3. 結果
  4. 考察

はじめに

 ヤクシカ(Cervus nippon yakushimae)は,屋久島固有のニホンジカの亜種であり,世界遺産の島屋久島の生物相を特徴付ける大型哺乳類である。近年、屋久島では、増加したヤクシカによる摂食のため,野生植物,とくに草本層の変化や衰退(食害)が進行していると言われる。しかし,ヤクシカが増加していることと、これら食害の増加の間に関係があるかどうかはよくわかっていない。そこで,過去約10年間のヤクシカ密度が大きく異なると考えられる2か所で,ヤクシカの相対密度と草本植生の被食状況を調べ,両者の関係を検討した。

調査方法と調査地

1. 調査方法

 ヤクシカ相対密度調査と採食状況調査の二つを以下の要領で行った。

1) ヤクシカ相対密度調査

 スポットライトカウント法(Spotlight Count Method)によった。夜間,低速走行(徐行)する車の後部左右の窓からそれぞれ強力なスポットライト(車両用と同等のヘッドライトおよびバッテリーを利用)で林道両脇を照らし、ヤクシカを探索して記録した。シカ類は危険を感じると警戒し,光源を注視する習性がある。またシカ類の目は光をよく反射するため,林内でも存在を確認しやすい。ヤクシカを発見した場合は停止し,双眼鏡または目視により個体数を記録した。密度指数としては,調査距離あたりの発見頭数を用いた。
 なお,今後の比較のために,頭数以外に,性別(雌雄),成幼(成獣、亜成獣、幼獣の別),行動、車道からの距離、森林タイプ,下草の状況、などについても記録し,判定が困難な場合は不明とした。
スポットライトに浮かび上がったヤクシカ母子

図1 スポットライトに浮かび上がったヤクシカ母子(西部林道)

2)被食度調査

 ライントランゼクト法(Line Transect Method)によった。ヤクシカ相対密度調査を行っている各調査地の自然林3か所の林縁部の山側と谷側に,それぞれ幅0.7m、長さ30mの調査区を設定し,草本植物10種(タマシダ・ディプラジウム類・ハスノハカズラ・クワズイモ・ヤクシマアジサイ・ウラジロ・カナワラビ・ホウロクイチゴ・リュウキュウイチゴ・コシダ)について、株ごとに食痕程度(大・小・無)を判定し記録した。ただし,時間の関係上、一か所1種類あたりの調査本数は50本を上限とし,50本以上ある場合は開始地点から50本目までの距離からトランゼクト全体(30m)の本数を推定して値とした。
 各草本植物に対する採食の影響は,以下のように得点化して「被食度」として評価した。

被食度 = t(大) + t(小)

t = (食痕確認本数/全本数)×p
p:食痕程度により,大は2点,小は1点,無は0点を与える

 なお,林縁部を選んだのは,ヤクシカ相対密度調査が林道沿いに行われ,光条件がよく草本植物の生育や種数が期待でき,また,ヤクシカが採食場所としてよく利用するため採食の影響が現れやすいと考えたからである。対象とした10種は、予備調査により両地域に共通してよく見られる代表種として選定した。

2. 調査地

 二つの調査は,島西部の西部林道(11.2km)と北東部愛子岳山麓の小瀬田林道(5.2km)で行った。両林道は、共に標高が200m程度で,ヤクシカが好む自然林に囲まれ,国立公園・世界遺産地区に含まれる(もしくは隣接する)。これらの林道沿いで,極力類似した環境の各3林分を選び,それぞれ林道両側(山側・谷側)の林縁部にトランゼクトを設定した。ただし,西部林道は植生の大半が照葉樹林であるのに対し,小瀬田林道周辺には,壮齢スギ植林地もあり,また小瀬田地域は降水量が多く,西部地域は逆に少ない。

植生予備調査風景(西部林道)
被食度調査風景(小瀬田林道)
図2 植生予備調査風景(西部林道) 図3 被食度調査風景(小瀬田林道)

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結 果

調査等は以下のスケジュールで実施した。
8月  
21日 昼: 開校式、レクチャー、打ち合わせ
(火) 夜: スポットライトカウント(西部)
22日 昼: 屋久島および植生に関する学習
(水) 植生調査の練習と被食度調査法の検討
    夜: スポットライトカウント(小瀬田・牧場)
23日 昼: 被食度調査方法の検討
(木) 夜: 公開講座
  スポットライトカウント(小瀬田・牧場)
24日 昼: 対象植物種決定,被食度調査(小瀬田)
(金) 夜: スポットライトカウント(西部)
25日 昼: 被食度調査(西部),ヤクシカ解体
(土) 夜: まとめ
26日 昼: データ整理,まとめ
(日) 夜: 特別レクチャー(屋久島の獣害について:村田豊昭上屋久町農林水産課長)
27日 昼: 発表準備,発表会,閉校式
(月) 夜: 懇親会(猟友会の方々のお話とヤクシカ料理を含む)
28日 昼: 掃除・解散
(火)

1. ヤクシカ相対密度

 スポットライトカウント法によるヤクシカの発見頭数を表1に,発見したヤクシカの内訳を表2に示す。毎回の確認頭数でみた場合,西部の確認数は小瀬田のそれよりも有意に多く(異分散t検定,p<0.05),密度指数(1kmあたりの平均確認頭数)は西部(4.0頭/km)が小瀬田(1.3)の約3倍となった.

スポットライトカウントによるヤクシカの確認頭数

スポットライトカウント調査結果の内訳

2. 植物種の被食度

 次に,被食度調査の対象とした草本10種の株数(本数)を表3に,食痕程度ごとの内訳と被食度を表4に示す.対象とした10種は予備調査において,両地域でみられるものを選定したが,調査時にはなるべく無作為にトランゼクトを設置したため,トランゼクト内に出現しなかった種もあった.全体の被食度では,西部(0.172)が小瀬田(0.082)の2倍以上の値を示した。

調査トランゼクト内の対象種の株数(本数)

食痕程度別の内訳と被食度

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考察

 

以下,各人の考察をレポートより掲載する.

考察1(伊藤宗彦)
 今回の調査結果では,西部地域の方が,ヤクシカの生息密度が高く,植生が貧相(現存量などが小さい)であり(図4ab),かつ,ヤクシカによる草本層への採食圧が高いことが示された。このことから,ヤクシカの増加が,採食を通じて植生を衰退させる可能性が指摘できる。
 小瀬田でヤクシカによく食べられている(被食度が高い)種類は,西部では株の本数が少ないか,もしくは食痕大であった。このことから,これらの種は,西部だけでなく,小瀬田でも,今後減少したり消失してゆくかもしれない。

植物種別の現存本数と被食程度の内訳(小瀬田)
図4a 植物種別の現存本数と被食程度の内訳(小瀬田)

植物種別の現存本数と被食程度の内訳(西部)
図4b 植物種別の現存本数と被食程度の内訳(西部)

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考察2(亀樋成美)
 ヤクシカの増加については、去年のFW講座シカ班の密度指数結果{西部:3.05頭{平均}/q、小瀬田:1.75頭/km}と比べ,今回は西部の値が高まり,逆に小瀬田では減少した。今回,シカの増減を議論できるデータはほとんどとっていないが,特に西部林道周辺は国立公園や世界遺産地域として厳重に保護され,天敵がおらず,ヤクシカの捕獲も全く行われていない(小瀬田では有害捕獲が継続的に行われている)。そのため両地域のヤクシカの増加傾向に違いがあるのかもしれない。西部では、飽和状態になるまで今後増え続けるのかもしれない。ヤクシカの行動圏は他の(北方の)亜種に比べて、狭いとのことなので、特に西部林道林道では,今後も植生が衰退してゆく可能性がある。
 ヤクシカの生息密度が高い西部では、植物の被食度も高かった。西部林道は、小瀬田に比べて降水量が少ないため,もともと植物数が少ないとも考えられるが,そうであって被食度が高いということは,より植物へのプレッシャーが高いと言えよう。
 シカは,柔らかい草本や木の葉・実・皮を好んで食べる(多摩動物園の動物見所ガイドより)と言われるが,屋久島ではどのような植物を好んでいるだろうか。今回,植物(被食度)調査で対象とした植物のうち,種数や現存量が多い小瀬田ではヤクシマアジサイとウラジロの食痕率が高かったが,西部ではすでにほとんど見つけられない状態であった。特に、ヤクシマアジサイは、シカの密度が高い西部林道では、シカが採食できないがけなど高い位置に生えているのが見られた。
 このことから、西部林道のヤクシマアジサイは、シカの採食によって植物数が減少した可能性がある。この点は、もともと西部林道ではヤクシマアジサイが少ないかもしれず,今後過去の記録などをもとに確認してゆく必要がある。
 一方,今回の結果からシカの不嗜好種とされるものは、ハスノハカズラである。また,西部と小瀬田で被食度に大きな違いが見られたのは、タマシダである。タマシダについては,両地域で比較的本数が多いのに、西部で著しく被食度が高い。これは、西部では、小瀬田に比べより嗜好性の高い種(ディプラジウム・ヤクシマアジサイ・ウラジロなど)が少ないため,現存量が大きいタマシダを多く食べるようになったと考えられる。
 もちろん、地域によってシカの食性に元々違いがあるかもしれないが、タマシダより一般に嗜好性が高いと聞くリュウキュウイチゴやウラジロの被食率は両地域ともに高いことなどから,タマシダに対する嗜好程度が,他種の現存状態との関係から相対的,動的に(西部では嗜好し,小瀬田では嗜好しないというように)利用されているのではないだろうか。
 今回の調査から、特に西部地域ではヤクシカの生息密度が高くなっていた。これが繁殖によるのか,それとも人工林が成長して下草が減少したため里に集中してきているのかは,わからない。しかし、長く捕獲禁止が続く西部地域でシカが多いことから,捕獲の制限がヤクシカを増加させている可能性は高い。そうであれば,国有林で捕獲できなくなっていることは,ヤクシカをかなり増加させてきたのだと考えられる。
 また、今回の調査では,おなじ島の中でも,地域による食性の違いをかいま見ることができた。シカの食性は、植生が変化しても、その変化に対応できるのだろう。だとすれば,西部林道の植物の種数や現存量がシカによって減少しているとしても、これからもっと多くの植物を食べつくすかもしれない。もちろん、シカの採食は植物が衰退していることの理由の1つでしかないかもしれない。例えば、気温や降水量などの環境変動、車の排気ガスや、人間の進入や手入れなどの人為的理由など,多くの原因が背景にあるかもしれない。今後は、同じ西部地域内で,ヤクシカの生息密度が異なるところ(急斜面、猟師さんがよく捕獲する場所など)を選んで被食度調査をすれば,環境条件がより統一できるだろう。
 ヤクシカを観察していたとき、西部では、落ち葉をよく食べていた、また、体格が小さい、やせているなど,栄養が取れてないことに起因すると思われる小瀬田との違いも目立った。採食の変化だけでなく、体格の変化(小型化)、行動範囲の変化も見られるかもしれない。

調査中に禁止区域でくくり罠を発見
図5 調査中に罠を発見(いつ設置されたのかは不明。古いものかもしれない。)

考察3(山岡昭士)
 まず、小瀬田林道と西部林道の調査トランゼクト内で現存する植物の本数をみると、両地域で確認された全ての種について,小瀬田林道の方が西部林道よりも約10倍多く,また個体のサイズに目立つ差はないか,もしくは種によっては西部の方が小さいことから,小瀬田の方が植物の現存量が大きいと考えられる。シカの密度が高い西部林道では,採食等のために草本植物の現存量が小さくなっていると考えられる。
 対象とした植物のうち,被食度が大きい種は,小瀬田では,ウラジロ、ヤクシマアジサイ、リュウキュウイチゴ、コシダ(大きい順)であり,西部では,タマシダ、リュウキュウイチゴ、ウラジロ、ホウロクイチゴの順であった。カナワラビは両方の林道で多く見られたが,食痕は余り見られず、現段階においてもシカはカナワラビを好んでいないといえる。
 タマシダ、ホウロクイチゴは両方の林道で見られたが、小瀬田では食痕が少なく、西部では食痕が多く見られた(特にタマシダで顕著だった)。これは,まだ食物の豊富な小瀬田ではシカが他の植物を選り好みしているためだと考えられる。つまり,シカの嗜好性は今後も,現存する植物の種や量によっても変わっていくことが予想される。

考察4(山田規子)
 生息密度が高い西部林道は低い小瀬田に比べて林床の植物の種類が少なく、残っている植物の被食度が高い。また、本来不嗜好性と思われる植物の食痕率が高く嗜好性の植物はほとんど見られない。
 これは西部の林床の植物はシカの採食により衰退・消失していることを示唆しているが、植物の消失・衰退がシカの採食以外の要因で生じている可能性を否定できない。今後,この点を検証する必要がある。
 西部林道でのシカ調査の今後の課題としては、植物の被食状況だけでなく、シカの成長状態(植物の衰退による食物の減少の影響)、植物種数の小瀬田との比較、嗜好性植物の生息状況(採食を免れているとすればどこにあるか)、柵などで囲いシカが入れないようにした区画内の植物の変遷、胃内容物からみたシカの食性 (現在どんな植物を食べているか)などの調査を行い、より具体的にヤクシカと植物の関係を明らかにしてゆく必要がある。
 ところで、以上のような研究結果からシカによる植物の絶滅が危惧される場合には、十分な科学的結果が出る前であっても,早急にその保全策が取られるべきであると思う。今回は保全の手だてについてアプローチできなかったのが心残りだ。
ヤクシマザルが落とす枝葉を待つオスジカ(西部)

図6 ヤクシマザルが落とす枝葉を待つオスジカ(西部)

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このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹