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第9回・2007年の活動

植物班 − 報告書

屋久島の固有植物

植物班メンバー

講師:村上哲明・瀬尾明弘
参加者:井上太樹・大久保未菜・桑原翔太朗・中村 悠

  1. はじめに
  2. 材料と方法
  3. 結果
  4. 考察
  5. まとめ

1.はじめに

 今回、植物班では屋久島の固有植物種の調査を行った。種、亜種、変種を合計すると約1500の分類群のシダ植物と種子植物が屋久島に生育しているが、そのうち屋久島固有の植物種が47種、屋久島固有の亜種・変種が31分類群あるとされている(湯本、2007)。これらの屋久島固有植物の中には、近縁な植物種に比べて植物体のサイズが小型化しているものが少なくない。さらに、このように小型化している固有植物の多くは屋久島の高地あるいは渓流の近くに生育している。
 しかし、高地や渓流沿いの環境において屋久島の小型化している様々な固有植物が個体レベルでどの程度小型化しているのか、どのようにして植物体が小さくなっているのか(植物個体を構成している個々の細胞が小型化しているのか,細胞の数が減って小型化しているのか,それともその両方が起こっているのか)は良くわかっていない。当然のことながら、屋久島の様々な固有植物で見られる植物体の小型化が,複数の分類群間で共通した機構でおこっているのか、また、分類群ごとに異なる機構でおこっているのか、ということもわかっていない。そこで、今回の調査・研究では、いくつかの屋久島固有植物種について、その小型化という現象がどのような機構でおこっているか、さらにそのような機構は分類群を越えて共通なのか,それとも分類群ごとに多様な機構で小型化しているのかを明らかとすることを目的とした。また、小型化している植物がどのような環境に生育しているかも詳しく調査した。

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材料と方法

 今回、高地において小型化をしている屋久島固有植物としてはイッスンキンカ(Solidago minutissima (Makino) Kitamura キク科)とヤクシマニガナ(Ixeris parva (Kitamura) Yahara キク科)を調査・研究の対象とした(図1)。これらの小型化した種との比較に用いた小型化していない近縁種は、それぞれアオヤギソウとニガナである。ただし,アオヤギソウは屋久島では非常に稀で見つけることが困難であり、ニガナは屋久島には分布していない。そこで首都大学東京・牧野標本館に所蔵されているニガナとアオヤギソウの押し葉標本を用いて後述する形態形質の計測を行なった。さらに、ニガナは京都市左京区で採集した生株10個体も比較観察に用いた。
 一方、低地の渓流沿いの生育環境において小型化している植物としてヒメタカノハウラボシ(Crypsinus yakushimensis (Makino) Tagawa ウラボシ科)ならびにサイゴクホングウシダ(Lindsaea odorata Roxb. var. japonica (Bak.) Kramer ホングウシダ科)を調査・研究の対象とした(図1)。これら2種のシダ植物は屋久島固有というわけではないが、近縁種と考えられているタカノハウラボシCrypsinus engleri (Luerss.) Copel.およびホングウシダL. odorata Roxb.と比べると植物体は非常に小型化している(岩槻 1992)。さらに、屋久島の渓流沿いの環境では著しく小型化した個体も多数見られる種である。

イッスンキンカ、ヤクシマニガナ、ヒメタカノハウラボシ、サイゴクホングウシダ(下)

図1 イッスンキンカ(上左)、ヤクシマニガナ(上中)、ヒメタカノハウラボシ(上右)、サイゴクホングウシダ(下)

イッスンキンカとヤクシマニガナ

イッスンキンカおよびヤクシマニガナは屋久島の高地にしか生育していないので、8月22日に黒味岳から花之江河周辺(標高1600-1830m)で採集をした。それぞれの植物種について16個体、10個体のサンプルを採集し、個体ごとに異なる番号をつけたビニール袋に入れて持ち帰った。今回採集したイッスンキンカは全て開花している個体である。しかし、ヤクシマニガナについては、開花している個体は1個体しか採集することはできなかった。持ち帰ったサンプルは測定に用いるまで、冷蔵庫(4℃)で保管した。
 個体レベルのサイズを比較するために植物体の地上部の高さ(地面から最上部の花までの高さ)、葉(各個体で最大の茎葉)の長さを定規を用いて測定した。花のサイズ(総苞片の長さ)はデジタル顕微鏡(キーエンス社製)を用いて観察と計測の両方を行った。
 細胞レベルのサイズを比較するために葉の表皮細胞の大きさを測定した。測定には、まずスンプ法(Suzuki’s Universal Micro-Printing Method)により葉の裏面の表皮細胞群のレプリカをとった。それをデジタル顕微鏡用いて観察し、気孔をとりまく細胞群(孔片細胞および孔片細胞に接している細胞を除く)を構成する細胞1つ1つの面積の測定をし、それらの平均値をその個体の葉の細胞サイズとした。

ヒメタカノハウラボシとサイゴクホングウシダ

 先にも述べたようにヒメタカノハウラボシとサイゴクホングウシダは、屋久島の渓流沿いで著しく小型化した個体が多数見られるシダ植物である。そこで、私たちは屋久島の花揚川沿い(標高 約180m)に生育しているヒメタカノハウラボシおよびサイゴクホングウシダの集団において、どのような機構で植物体が小型化しているか、そして生育環境と植物体サイズの関係がどのようになっているかを明らかにすることを目的とした調査を行った。
 調査地点に調査時の水流の端から水の流れと垂直方向に水流側に2m、岸側に8m、合計して10mラインができるように50mの巻き尺を設置し、ラインから上流側・下流側にそれぞれ3mの範囲のライン・トランゼクトを設定した
(図 2)。そして、設定したトランゼクト内の全個体のヒメタカノハウラボシの成熟葉の葉身長と葉身幅を定規で計測した。ヒメタカノハウラボシは岩の上に生育しているので、生えていた岩の位置をトランゼクト上に記録した。さらに、葉の大きさの違いによって葉の細胞の大きさがどのようになっているか計測するために、この集団中で特に小型の個体および大型の個体から、それぞれ3個体ずつを採集をし、ビニール袋に入れて持ち帰った。サイゴクホングウシダはライン・トランゼクト内に生育している様々な大きさの植物体を、それぞれの大きさごとに分けてビニール袋に入れて持ち帰った。
 持ち帰ったヒメタカノハウラボシおよびサイゴクホングウシダは、イッスンキンカやヤクシマニガナと同様の方法で、その葉の細胞の大きさを計測した。

花揚川におけるヒメタカノハウラボシの個体群の位置

図2 ライン・トランゼクト法で記録した花揚川におけるヒメタカノハウラボシの個体群の位置

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結果

イッスンキンカとアオヤギソウ

 植物体の地上部の高さと葉の大きさの平均値は、イッスンキンカではそれぞれ5.00cmと27.55mmであったのに対して、アオヤギソウではそれぞれ39.80cmと79.67mmであった (図3)。イッスンキンカはアオヤギソウに比べて植物体が非常に小さくなっていた。ところが花の大きさの平均値は、イッスンキンカの4.07mmに対して、アオヤギソウは5.36mmとなり、ややイッスンキンカの花のほうが小さかったものの、植物体の高さで見られたような大きな違いはなかった (図 4)。さらに、葉の細胞の大きさの平均値は、イッスンキンカの1061.09?m2に対して、アオヤギソウでは1035.40?m2となり (図 5、6)、細胞の大きさではイッスンキンカとアオヤギソウの間でほとんど差は見られなかった。

イッスンキンカとアオヤギソウの葉身の長さと植物体の高さ

図3 イッスンキンカとアオヤギソウの葉身の長さと植物体の高さ

イッスンキンカとアオヤギソウの花の大きさ(総苞片の長さ)

図4 イッスンキンカとアオヤギソウの花の大きさ(総苞片の長さ)

イッスンキンカ(個体no. 3)の葉の表皮細胞

図5-1 イッスンキンカ(個体no. 3)の葉の表皮細胞
(線で囲まれた細胞の面積をデジタル顕微鏡を用いて計測した)

アオヤギソウ(標本番号5325)の葉の表皮細胞とその大きさ

図5-2 アオヤギソウ(標本番号5325)の葉の表皮細胞とその大きさ
(線で囲まれた細胞の面積をデジタル顕微鏡を用いて計測した)

イッスンキンカ(16個体)とアオヤギソウ(4個体)の葉表皮細胞の面積

図6 イッスンキンカ(16個体)とアオヤギソウ(4個体)の葉表皮細胞の面積の平均値
(nは計測した細胞数の合計)

ヤクシマニガナとニガナ

 植物体の高さおよび葉の大きさの平均値は、ヤクシマニガナではそれぞれ16.05cm、22.89mmであったのに対して、ニガナではそれぞれ37.26cm、59.25mmであった(図 7)。ヤクシマニガナはニガナに比べて植物体がはるかに小さくなっていた。一方、花の大きさの平均値は、ヤクシマニガナでは8.21mmに対して、ニガナでは8.19mmであり(図 8)、ほとんど違いは見られなかった。また、葉の細胞の大きさの平均値は、ヤクシマニガナでは2570.80?m2に対して、ニガナでは1995.94?m2であり、ヤクシマニガナの細胞サイズのほうが大きかった(図 9、10 )。つまり、植物体レベルではより小さかったヤクシマニガナのほうが、逆に葉の細胞はより大きかった。

ヤクシマニガナとニガナの葉身の長さと植物体の高さ

図7 ヤクシマニガナとニガナの葉身の長さと植物体の高さ

ヤクシマニガナとニガナの花の大きさ

図8 ヤクシマニガナとニガナの花の大きさ(総苞片の長さ)

ヤクシマニガナ(個体番号1)の葉の表皮細胞とその大きさ

図9-1 ヤクシマニガナ(個体番号1)の葉の表皮細胞とその大きさ

図9-2 ニガナ(個体番号7)の葉の表皮細胞の大きさ


図10 ヤクシマニガナ(6個体)とニガナ(9個体)の葉表皮細胞の面積の平均値
(nは計測した細胞数の合計)

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ヒメタカノハウラボシ

 花揚川集団で胞子をつけて成熟していると考えられる1069個体の葉の大きさ(葉身長と葉身幅)を測定した。川からの距離が離れるにつれて葉身長は長く、葉身幅は細くなっていった(図 11、12)。また、川の中にある岩上の個体の葉は非常に細かった。一方、葉の細胞の大きさも、葉のサイズ(葉身長×葉身幅)の小さな個体では、葉サイズの大きな個体に比べて小さくなっていた(図 13)。すなわち、ヒメタカノハウラボシは細胞サイズが小さくなることで植物体が小型化していた。

ヒメタカノハウラボシが生育していた場所の川からの距離とその葉身長との関係
図11 ヒメタカノハウラボシが生育していた場所の川からの距離とその葉身長との関係


ヒメタカノハウラボシが生育していた場所の川からの距離とその葉身幅との関係
図12 ヒメタカノハウラボシが生育していた場所の川からの距離とその葉身幅との関係


ヒメタカノハウラボシの葉の大きさ(葉身長x葉身幅)と葉の表皮細胞の大きさとの関係
図13 ヒメタカノハウラボシの葉の大きさ(葉身長x葉身幅)と葉の表皮細胞の大きさとの関係

サイゴクホングウシダ

 ヒメタカノハウラボシと同様に葉の長さが短い個体ほど、葉の細胞のサイズも小さかった(図14)。サイゴクホングウシダは、細胞を小さくすることによって植物体を小型化させていることが明らかになった。また、より小型の葉をもつ個体ほど、より川の流れに近い場所に生育していた。

サイゴクホングウシダの葉の大きさ(葉身長)と葉の表皮細胞の大きさとの関係
図14 サイゴクホングウシダの葉の大きさ(葉身長)と葉の表皮細胞の大きさとの関係

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考察

 高地に生育している被子植物であるイッスンキンカおよびヤクシマニガナの葉のサイズならびに植物体の高さは、低地に生育しているアオヤギソウおよびニガナの植物体サイズに比べて小型化していた。一方、生殖器官である花のサイズについては、これら高地と低地にそれぞれ生育する近縁な植物種の間で、栄養器官で見られたほどの違いはなかった。また栄養器官の葉を構成している細胞の大きさについても、これら高地と低地の近縁種間で差がないか、あるいはヤクシマニガナのように逆に高地で小型化している種の方が葉の細胞はより大きくなっていた。いずれにしても葉の細胞は小さくはなってはいなかったので、イッスンキンカとヤクシマニガナでは、葉などの栄養器官の細胞数を減少させることによって植物体を小型化させたと考えられる。また、栄養器官については、イッスンキンカとヤクシマニガナは共通した機構で小型化させていたともいえる。
 一方、渓流沿いという環境変動の大きな場所に生育しているシダ植物であるヒメタカノハウラボシでは、川の流れから離れるにしたがって、葉のサイズが大きくなる傾向が見られた。ヒメタカノハウラボシは葉を小型化させることによって、川が増水したときにさらされる流水抵抗を減じて、葉を引きちぎられなくする適応をしているものと考えられる。さらにヒメタカノハウラボシの葉の小さな個体は、大きな個体よりも葉の細胞サイズが小さくなっていた。さらに、渓流沿いの環境にヒメタカノハウラボシとしばしば混生して生育しているサイゴクホングウシダについても、葉のより小さな個体は大きな個体に比べて、葉の細胞サイズが小さくなっていた。すなわち、渓流沿いに生育するシダ植物では葉の細胞が小さくなることで葉を小型化させていることが共通して観察された。したがって、渓流沿いのシダ植物に見られた小型化の機構は異なる分類群間で共通していた。一方で、高地で小型化している被子植物と渓流沿いで小型化しているシダ植物は、異なる機構によって葉を小型化させていることも明らかになった。

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まとめ

 屋久島の高地において小型化している被子植物であるイッスンキンカおよびヤクシマニガナは、ともに栄養器官である葉の細胞数を減らして小型化していることが明らかとなった。被子植物の葉の発生の過程においては、細胞分裂が活発に起こって細胞数が増える細胞増殖期と、細胞分裂は起こらずに個々の細胞が伸長する細胞拡大期の2つの時期がある(加藤、1999)。イッスンキンカならびにヤクシマニガナでは葉の細胞数を減らしており、このことは葉の形成過程において細胞分裂の回数を減らしていることになる。したがって、これらの被子植物種は細胞増殖期を短縮させている可能性が考えられる(概算で細胞数は低地のものと比べて1/20になっている)。
 その一方で、生殖器官である花のサイズでは、高地に生育して植物体がより小型化しているイッスンキンカおよびヤクシマニガナは、低地に生育するアオヤギソウならびにニガナと比較して、ほとんど同じサイズであった。このことは送粉昆虫の体サイズは、高地でも低地でもそれほど大きく変わっておらず、高地において花サイズを葉サイズと同じように小さくしてしまうと訪花昆虫に送粉をしてもらえなくなり、適応度が低下してしまうためではないかと考えられた。
 さらに、ヤクシマニガナでは葉の細胞数を減らすことだけでなく、葉の細胞をより大型化させているという興味深い結果も得られた。すなわちヤクシマニガナでは、細胞増殖期間を短縮させる一方、細胞拡大期はニガナよりも長くなった可能性が考えられる。この興味深い現象の進化学的、適応的意義はまだ良くわからないが、個々の細胞サイズの大型化はヤクシマニガナの植物体の強度を弱くすることになりかねないが、植物体全体が小型化することで風などの影響が小さくなり、植物体の強度が下がっても大きな問題がないのかも知れない。今後、ヤクシマニガナの葉の発生過程については、より詳細な研究が望まれる。
 一方、屋久島の渓流沿いの環境に生育する2つのシダ植物種で観察された葉の小型化の機構は、細胞サイズを小さくするというものであった。シダ植物の葉の発生においても、細胞分裂期と伸長期があることが知られている。これらの渓流沿いのシダ植物種では、葉の形成過程において細胞増殖期は変化していないが、細胞伸長期が短縮されている可能性が考えられる。東南アジア産の渓流沿いシダ植物種において、近縁な陸上種と比較すると表皮細胞のサイズが小さくなっていることが報告されている(加藤、1999)。つまり、細胞サイズが小さくなって葉が小型化する、あるいは葉が細くなることは、渓流沿いシダ植物では生育する地域を越えて共通してみられるのである。
 今回の調査の結果、高地における被子植物の小型化は細胞数の減少によって、一方、渓流沿いのシダ植物では細胞サイズの小型化によって、それぞれ植物体サイズを小さくさせていることが明らかとなった。したがって、同じ小型化するという現象ではあっても、分類群の違い、あるいは生育する環境の違いによって小型化する機構が異なっていたというわけである。一見同じように見える現象が、全く異なる機構で起こっていることが明らかになったことは非常に興味深い。

引用文献

岩槻邦男. 1992. 日本の野生植物シダ. 平凡社, 東京.
加藤雅啓. 1999. 植物の進化形態学. 東京大学出版会, 東京.
湯本貴和. 2007. 植物の宝庫・屋久島. 秋道智彌(編), 水と世界遺産, pp. 93-107, 小学館, 東京.

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このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹