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第8回・2006年の活動

シカ班 − 報告書

ヤクシカと植物の関係を測る

参加者:民法沙希、真津達巳、山根晶子、矢野瞳、寺本舞
講 師:立澤史郎、高橋裕史、川村貴志 (協力:牧瀬一郎)

はじめに(背景と目的)

 近年屋久島では、増加したヤクシカによる多くの野生植物や農作物の摂食が深刻な問題となっている。ヤクシカは屋久島の固有亜種であるが、ヤクシカの生息状況と植物との関係はまだよく調べられていない。今ヤクシカと植物の関係はどうなっているのだろうか。シカ班では、事前勉強などを経て、ヤクシカ(以下シカと呼ぶ)の生息密度により植物の状況が異なるか?という点に関心を持った。そこで、この問いを検討するために、まずシカの生息密度を調べ、次にシカ密度の異なる場所で、植生(種構成、密度、高さ、食痕率)を調べて比較することにした。

調査地と調査方法

 調査は、シカ生息密度調査と植生調査を行った。調査場所は、シカ生息密度調査は西部林道、小瀬田林道(北東部愛子岳山麓)、町営牧場(小瀬田)の3カ所で、植生調査はそのうちの西部林道(半山地区)と小瀬田林道の2ヶ所で行った。町営牧場は、他の2カ所と異なり特殊な環境で、しかも植生調査の実施が難しかったため省いた。西部林道と小瀬田林道は、共に照葉樹林帯で調査地の標高が約200mと、比較条件が揃っている。ただし年間降水量は、西部が2700mm、小瀬田が5000mmと大きな違いがある。以下に、各調査方法を述べる。

1.ヤクシカ生息密度調査:

スポットライトカウント法によりヤクシカの目撃頭数を記録した。これは、低速走行する車の左右から強力ライト(自動車のヘッドライトと同等またはそれ以上)で周囲(道路上および道路際数十?100m程度)を照らし、光を反射した目や、光に浮かびあがった体(一部または全部)から、動物の数を数える方法である。シカの目は強力に光を反射し、しかも警戒すると停止して光源を注視する習性があるため、効率よくシカの存在を知ることができ各地でシカ調査に用いられている。調査は8人が4人ずつ2班に分かれ、運転手1名、記録係(助手席)1名、ライト係2名(後部座席左右)の班編成とした。西部林道は距離が長いため、午後8時に2班が両端から同時にカウントをはじめ、2班が合流したところで調査を終了した。車の走行速度は5〜10km/hで、後部座席の窓からスポットライトを左右に照射してシカを探索した。シカを発見したら、その場または観察しやすい位置で車を止め、必要があれば双眼鏡を使い、まず頭数の把握、次いで群れ構成(各個体の性と齢級)の識別に努めた。その他、時刻、行動(採食、休息、警戒、その他)、位置情報(開始地点からの距離、GPSによる測位、道路からシカまでの距離、周囲の植生・傾斜・下草の有無など)を記録用紙に記入した。性別と齢級は、枝角の有無、枝角の分枝の有無、尻毛の色、相対的な体のサイズやプロポーションに基づき、幼獣・メス亜成獣・メス成獣・オス亜成獣・オス成獣の5クラスに区分し、識別できなかった場合は不明とした。なお、今回は厳密な探照面積が不明だったので、探査距離(走行距離)あたりの発見頭数を便宜的に密度の指標とした。

2.植生調査:

植生については、まず調査地の自然林(照葉樹林)の林内と林縁それぞれに1m四方の調査区(コドラート)を2m間隔で各4個(合計8個)設置し、コドラートごとに、被度、全株数、そのうちで食痕が認められた株数を記録した。食痕が認められた株数については、全株数に占める割合を出し、これを食痕率とした。次に、これまでに報告・観察されている代表的なヤクシカの嗜好種と不嗜好種各5種に対象を絞り、種毎の本数(株数)と、それらのうちで食痕が認められた株数を記録した。この食痕が認められた株数についても全株数に占める割合を出し、これを種ごとの食痕率とした。嗜好種はヤクシマアジサイ、リュウキュウルリミノキ、ヒロハノコギリシダ、リュウビンタイ、ヘツカシダの5種、不嗜好種は、タマシダ、ホソバカナワラビ、ウラジロ、コシダ、クワズイモの5種を選んだ。また、植物の生育状況の指標として、シダ類と木本実生について、株の最大高と葉の最大幅を記録した。

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結果と考察

1.シカの生息密度

 表1に調査結果を示す。調査地(調査コース)ごとの調査距離が違うので、調査走行距離1kmあたりの発見頭数を密度の指標(密度指数)として比較した。牧場は西部・小瀬田に比べてかなり密度が高かったが、これは牧場が広大な草地であり餌場として周囲のシカを集めているためだろう。
 西部と小瀬田では、西部のほうがシカ密度指数が高かった。西部は以前からシカの多い地域とされており、高密度状態が続いているものと思われる。一方小瀬田では、この数年特にシカが増えてきたといわれており、密度指標が西部に匹敵することもあった(8月26日の2.6頭/km)。小瀬田の調査結果の幅が大きい(不安定な)理由としては、小瀬田地域の調査距離が短く(小瀬田3.5km、西部11.2km)シカの分布変化の影響が出やすいためか、または、小瀬田地域のシカの方が西部に比べてよく移動しているのかもしれない。群れ構成等については省略する。
表1 スポットライトカウント調査の結果
調査コース調査日調査距離(Km)発見数(頭)密度指数(頭/Km)
西部林道8/2311.2332.9
8/2511.2363.2
小瀬田林道8/243.530.9
8/263.592.6
牧 場 線8/244.4306.8
8/264.45312.0

2.植生調査

 西部林道と小瀬田林道に面した自然林での、林縁および林内の植生調査の結果を、表2(被度)、図1(コドラート内の株密度と食痕率)、表3(嗜好種の株密度と食痕率)、表4(不嗜好種の株密度と食痕率)に示す。
表2 各調査値の平均被度(%)
平均被度 林縁 林内
西部林道21.64.1
 小瀬田林道64.419.9

*それぞれコドラート(1m四方)4個の平均値で示す


コドラート内の植物密度と食痕率

図1.コドラート内の植物密度と食痕率

 被度(表2)は、両地域とも林縁が林内より大きいが、これは林縁の方が林内より日照条件が良いためだろう。しかし西部と小瀬田で比べると、林内・林縁ともに小瀬田の方が被度が高く、日照条件以外に、林内・林縁の違いに関係なく小瀬田の植物に有利に働いている要因がありそうだ。また、コドラート内の全株数を面積で割った株密度(本/u)で見ても、同様に林縁が林内より大きい(西部24.9>9.3、小瀬田38.4>17.2)が、林縁・林内とも小瀬田の方が西部より高密度だった。食痕率については、2地域で大きな違いはないように見えるが、小瀬田と西部で逆の傾向(小瀬田:林縁40.7%>林内25.4%、西部:林縁23.1%<林内32.4%)が見られた。西部の林内で食痕率が高かったのは、あまりに株密度が低く、食痕率が高く評価された可能性がある。
 もちろんこれだけでは、降水量の影響(降水量の多い小瀬田で植物がよく育っているだけ)かもしれないので、シカの嗜好種・不嗜好種に限定して検討してみよう。
 まず、シカの嗜好種5種についての株密度と食痕率を表3に示す。シカの嗜好種(嗜好性が高いと報告されている植物)は西部では全く見られなかった。小瀬田では5種のうち、林縁で2種(ヤクシマアジサイ、ヒロハノコギリシダ)、林内で1種(ヒロハノコギリシダ)のみがわずかに見られた(合計8株)。この8株のうち、林縁でみられた7株には全て食痕があった(食痕率100%)。
表3 嗜好種の株数と食痕率 - 1
林縁
西部 小瀬田
株数食痕あり食痕率(%)株数食痕あり食痕率(%)
ヤクシマアジサイ0--11100.0
リュウキュウルリミノキ0--0--
ヒロハノコギリシダ0--66100.0
リュウビンタイ0--0--
ヘツカシダ0--0--
0--77100.0

表3 嗜好種の株数と食痕率 - 2
林内
西部 小瀬田
株数食痕あり食痕率(%)株数食痕あり食痕率(%)
ヤクシマアジサイ0--0--
リュウキュウルリミノキ0--0--
ヒロハノコギリシダ0--100.0
リュウビンタイ0--0--
ヘツカシダ0--0--
0--1-0.0

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 次に、不嗜好種5種の株密度と食痕率を表4に示す。      
表4 不嗜好種の株数と食痕率 - 1
林縁
西部 小瀬田
株数食痕あり食痕率(%)株数食痕あり食痕率(%)
クマシダ0--63218028.5
ホソバカナワラビ291241.411100.0
ウラジロ22100.0604981.7
コシダ753040.00--
クワズイモ0--0--
1064441.569323033.2
     
表4 不嗜好種の株数と食痕率 - 2
林内
西部 小瀬田
株数食痕あり食痕率(%)株数食痕あり食痕率(%)
クマシダ13430.8100.0
ホソバカナワラビ1012625.70--
ウラジロ0--715070.4
コシダ300.03133.3
クワズイモ0--0--
1173025.6755168.0

 西部・小瀬田ともに、不嗜好種5種のうちクワズイモを除く4種が確認され、株数も嗜好種に比べて多かった。ただし、西部でも小瀬田でも、嗜好性が低い、もしくは採食しないとされている不嗜好種に食痕がみられた。不嗜好種の食痕率については両地域ともウラジロの食痕率が高く、このためウラジロが不嗜好植物の株数のほとんどを占める小瀬田の林内では食痕率が高くなった。シカ密度が高い西部と比較的低い小瀬田とで、食痕率に大きな違いが見られなかったことには注意を要するだろう。

シダ類および木本実生の株ごとの最大高と最大幅の分布

図2.シダ類および木本実生の株ごとの最大高と最大幅の分布

 最後に、シダ類および木本実生の、株ごとの最大高と葉の最大幅の分布を図2(a-d)に示す。林内・林縁に関係なく、西部の最大高が著しく低かった。また特に木本では、林内、林縁ともに葉の最大幅が小瀬田で大きかった。この最大高と最大幅は、種の同定がまにあわずグループ別(木本、シダ)に示しているが、小瀬田では林縁はタマシダ、林内ではウラジロが、西部では林縁でコシダ、林内ではホソバカナワラビが、それぞれ優占していた。小瀬田の林縁では、優占するタマシダの株数が非常に多いことが株の高さや幅のレンジ(分布幅)を広げている可能性もあるが、同様の生活型を持つコシダやホソバカナワラビが優占する西部において高さ・幅ともに非常に小さい値になっていることから、西部でこれらの植物の生育状況が芳しくない、つまり西部で植物の小型化(矮小化)が起こっているのかもしれない。

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3.シカ密度と植生との関係

 以上の結果から私たちが関心を持ったのは、次の2点だ。まず、西部で全く、また小瀬田でもほとんど、嗜好性の高い植物が見られないという事実。これが、シカの採食によるではないかということ。小瀬田で見られた嗜好性の高い植物のほぼ全てに食痕が付いていたこと、シカの口の届かない高さでは嗜好性の高い植物がよくみられたことなどが、この予測を支持している。シカ密度が西部では以前から高く、小瀬田では最近高まっているのであれば、西部では嗜好種がすでに食べられてしまって見当たらず、小瀬田では今まさに衰退・消失しつつある(小瀬田の植生が徐々に西部に近づいている)のかもしれない。もう一点は、西部の植物が矮小化している可能性。長年ヤクシカ密度が高いためにそうなっているのかもしれない。
 もちろんこれら全てをシカのためと断定するにはまだデータも考察も不十分であり、西部の降水量の少なさ、日照条件の差など、他の要因も含めて検討することが必要である。今後は種類別にみる植物サイズの調査も視野に入れることで、地域の植物に与えるヤクシカの影響をより詳しく確認できるだろう。そのためにも、今回は時間や労力の関係からできなかった、種別の比較を行うことが不可欠だろう。今回の植生調査では、対象を計10種に絞り、そのために調査が大変行いやすかったが、せめてこの10種については種別に植物サイズを調査して比較するべきだった。特に、不嗜好種とした5種のうちのシダ類4種(タマシダ、ホソバカナワラビ、ウラジロ、コシダ)については、今回の調査で両地域に分布することがわかった。これらについては両地域の比較がしやすいので、種別に調査する意義は大きいだろう。また、嗜好種とした5種のうち、両地域を通じて確認できたのが、ヤクシマアジサイとヒロハノコギリシダの2種だけで、その株数も少なく、しかもそのほとんどに食痕があったことにはショックを受けたが、これらを追跡してゆくことで、小瀬田でも採食による種の消失が確認できるかもしれない。今後は、シカの採食による植生への影響を客観的に把握するために、例えばこれらの種に絞った調査を継続的に行ってゆくことが必要だと思われる。

まとめ

今回は、小瀬田と西部において、シカ密度と林床の草本植生を調べ、シカと植物の関係を考察した。

  1. シカ密度
     ・ (牧場>)西部>小瀬田 の順で密度が高かった。
  2. 植物密度・食痕率
     ・小瀬田は西部より、植物密度が高く、食痕率は低かった。
  3. シカの嗜好植物の割合
     ・シカの嗜好植物は小瀬田でわずかに確認できたが、西部では全く確認できなかった。
     ・シカの不嗜好植物は小瀬田・西部の両方で確認でき、どちらでも不嗜好植物が優占していた。
  4. 植物のサイズ
     ・小瀬田は西部よりも、植物の高さ・幅ともに大きかった。

以上の結果から、西部では小瀬田よりもシカの採食の影響を強く受けていると思われる。ただし、小瀬田でも嗜好種が少なく、その食痕率も高かったので、シカの採食による嗜好種の衰退や消失が今後起きる可能性があると考えられた。

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このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹