京都大学野生動物研究センター屋久島フィールドワーク講座 >第8回・2006年の活動−スタッフより

第8回・2006年の活動

スタッフより

フィールドワーク講座を担当して

上屋久町環境政策課 泊征一郎
   前回に引き続き、町側の担当として本講座の運営に携わりましたが、はじめに今回の講座開催にあたって多大なご協力をいただきました研究者の方々を始め関係者の皆様には心より感謝申し上げます。
 今回も、全国各地から18名の大学生が集い、地元屋久島高校の生徒3名も加わって、無事7泊8日の講座を開催する事ができました。
 講座初日、研修センタ−では、これから過酷なフィールドワークに参加するためやってきた受講生を激励するため、ヤクシカの親子がお出迎えしていました。なるほど、今回はシカをテーマにしたコースが2つありました。そのことを知っていたかのような微笑ましい光景ではありましたが、それは笑って済ませられない屋久島の問題点の一つでもあるのです。世界自然遺産の島とはいえ、登録されたのは人の手による開発を免れた約2割の地域であり、里地からは人工林が多く目につき、そこで食物を失ったサル、シカが里地までおりてきたのではという説もあります。これに似た事例は全国各地で見られ、近年は民家にクマが侵入し人を襲うというような報道も目にします。
 また、地球レベルで異常気象が顕在化しており、今まで経験したことのない大規模な風水雪害により、世界各地の文化遺産、自然遺産が存続の危機にさらされていると言われています。
 今回、フィールドワーク講座を通して見て回った自然遺産・屋久島の現況を、受講生の皆さんはどのように受けとめられたでしょうか。植生のほとんどない西部の森。里地で見かけるサルやシカ。絶滅の危機にある固有植物。屋久島だけの特別な問題では無く、皆さんの身近な地域にも起こっている問題かもしれません。屋久島で磨かれた感性をもって、まずは自分の周辺の身近な環境問題を感じ取ってもらいたいと思います。
 この屋久島フィールドワーク講座は、屋久島をフィールドとしてきた研究者の方々の長年にわたる屋久島での取り組みから、貴重な資源を保存しつつ、自ら蓄積してきた知識や成果を島へ還元したいという熱い思いと、屋久島の持つ資源の持続的効果的な活用を目指した本町の「林地活用計画」とが結びついて打ち出された、「屋久島オープンフィールド博物館構想」を具体化するものとして開催されています。
 初日、研修施設にやってきて、「こんなところで1週間も?」と思われた受講生もいたかとは思いますが、最後の報告会やその後の懇親会での皆さんの表情から、それなりに充実した時間を過ごされたように感じられ、担当としても嬉しい次第でした。今回皆さんが調査・分析した結果は、これまでの講座で蓄積された成果とともに、きっと島の貴重な財産になるものでしょう。
 担当として不十分なところが多々あったかとは思いますが、「第8回屋久島フィールドワーク講座」の成功を喜びつつ、今後の講座の更なる発展を図っていきたいと思います。

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「校長先生」を担当して

山極寿一
 第1回フィールドワーク講座の校長先生を務めたので、今回は2度目の経験となりました。8回目ともなるとさすがに実習の手順はすみやかで無駄がなく、もう完成の域に達していると感じました。年々さまざまな経験が生かされていると思います。1回目はそれぞれの学生が二つのコースを選択でき、しかも中日に全員で屋久島学の実習をして島内をめぐるというハードなものでした。今回は1つのコースでじっくり計画を立てながら、興味を感じたことに没頭できる時間的余裕がありました。
 でもその反面、地元の方との交流が減ってしまったようで残念な気がします。第1回目は、実習にあたった講師がかわるがわる毎日自分の研究を紹介する夜の講座を開講していました。これに出席した地元の方々が、調査のまとめをする学生たちとも交流して和やかな雰囲気だったことが印象に残っています。中日の屋久島学の日にも講演会があって、講師や学生と地元の人々が講演内容や屋久島の魅力について話をする機会があったように思います。今回はこういった時間的な余裕がなく、実習の発表会にもあまり地元の方が見えなかったことは少しさびしく思っています。できれば、講演会の際でも時間をとって、広く交流する機会をつくっていただきたいというのが私の希望です。
 生物学のフィールドワークの醍醐味は、それぞれの生物らしさを実感することと、観察の積み重ねという体験の応用にあります。科学には実証性が欠かせませんが、生物は決して同じ事を繰り返さないため実証することが困難です。だから生物学は「例外の科学」といわれるわけですが、そのため何らかの客観的な基準を設け、その生物の営みを分類し解釈していくことが必要となります。それを一人ではなく、仲間といっしょに体験していくことでフィールドワークを科学として実感できるようになるのです。
 フィールドワークを習得する上で、記録や解析の手法など新しい技術は教えることができますが、実感と体験は伝えられません。生き物とつき合うのに完璧なマニュアルはありません。必要なのは、未知の相手と接する心構え、相手の側に立つ配慮、それまでの自分を超える勇気です。それが体験を通じて実感できれば、フィールドワークの面白さを理解したと言えるでしょう。
 実は、このフィールドワークの方法は人間に対しても同じなのです。屋久島フィールドワーク講座では、自然だけでなく地元の文化や歴史など人間の営みに対しても実習のコースを設けています。それは、屋久島の自然が人々の生活と密接に結びついてきたからであり、自然を理解するには文化や人々の理解が不可欠でもあるからです。今回のフィールドワーク講座では、私は人と自然班に参加させていただき、学生たちといっしょに地元の方のお話を聞きました。話をする方も聞く方もしだいに目を輝かせ、熱のこもった会話が生まれることをとてもうれしく思いました。マニュアルのないフィールドワークを学生たちは立派にこなしていたようです。
 屋久島で初めて顔を合わせた学生たちが、最初はとまどいながら、しだいに熱心に協力して実習の成果をまとめていく姿は、とても印象的でした。こういう学生たちが育ってくれれば、明日の日本は大丈夫だなという実感を持てました。講師の皆さん、上屋久町環境政策課の皆さん、本当にご苦労さまでした。今後ともこのフィールドワーク講座を続けていただくことを心から願っています。

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このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹