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第8回・2006年の活動

植物班 − 報告書

森林利用と植物多様性

参加者:城戸薫、小板橋さゆり、下村明希子、横川昌史
講師:相場慎一郎、野間直彦、大塚一紀

1. はじめに

 屋久島は1993年に世界自然遺産として登録され、今やその自然は世界的にも名高く、毎年多くの人が観光に訪れている。そんな屋久島のイメージとして、縄文杉に代表されるような、苔むした杉の原生林を思い浮かべる人がほとんどであろう。しかし屋久島には杉原生林だけでなく、照葉樹原生林や風衝低木林帯など、島でありながら実に多様な植生が分布している。屋久島の森林帯は標高100mまでの亜熱帯〜照葉樹林移行帯、100〜800mの照葉樹林帯、800〜1200mの照葉樹林〜ヤクスギ林移行帯、1200〜1600mのヤクスギ林帯、1600m以上の風衝低木林帯である。
亜熱帯〜照葉樹林帯ではタブノキ・イスノキ・スダジイが主体の常緑広葉樹林に、亜熱帯要素であるアコウやガジュマル・モクタチバナなどの樹種が混じる。また、100 m〜800mの照葉樹林帯ではスダジイ・ウラジロガシ・イスノキを主体とし、サカキ・ツバキ・イヌガシ・バリバリノキといった樹種が構成している常緑広葉樹林である。標高500mを越えたあたりではスギ・モミ・ツガの針葉樹も尾根にのみ出現する。標高800m以上ではスギ・モミ・ツガの針葉樹の巨木が目立つようになる。標高1200m以上では照葉樹林の構成要素は少なくなり、斜面や谷にも針葉樹とヤマグルマの優先とする森林、ヤクスギ林になる。また、温帯性のナナカマド・リョウブ・ヤマボウシなどが増えてくる。標高1600 mを越えるあたりから、モミやツガが姿を消して、スギもだんだん背が低くまばらになり、低木林あるいはヤクシマダケ帯となる。
 このような垂直分布が「日本の縮図」と呼ばれる屋久島の植物多様性を生み出している。その植物種は日本の7割以上のおよそ1500種であり、さらに固有種についても約40種が発見されている。
 このように屋久島には多くの希少な植物や野生生物が生育しているが、それと同時に人も生活している。そして人は様々な場面において植物を利用し、その生活を成り立たせてきた。衣食住をはじめ、時には大規模伐採により農地を作ったり、植生を大きく改変して人工林を作ったりしてきたのである。屋久島の樹木が有用材として島外に持ち出された時期は定かではないが、16世紀にはすでに大仏殿の建立などに用いられていたと考えられる。また戦後の一斉造林により、屋久島でも照葉樹林帯の樹木を伐採して杉の人工林が島のあらゆる場所に姿を現すこととなった。
 このような植物利用は、屋久島の植物の多様性に何らかの影響を及ぼしていると考えられる。本調査では植物利用による多様性への影響を知る事を目的として、人の利用を受けた森林である人工林と、照葉樹原生林の植生を比較することとした。

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2. 方法

 島では、東西で降水量が大きく異なっているので、島の東側・西側において、スギ人工林・原生林をそれぞれ調査した。また、人工林については毎木調査も行った。

2.1. 調査日程
  以下の日程で4日間調査を行った。
2.2. 調査区とサブプロットの設置

 図1のように、横10m、縦100mの調査区をそれぞれの調査地においてとった。この際、巻尺とポケットコンパスを用いて測量を行った。 調査区の長辺に沿って、5 m毎に座標を設定し、1 m×1 mの方形区をとった。この方形区をサブプロットとし、合計40個のサブプロットをとった。

調査区とサブプロットの取り方

2.3 調査方法
(1)植生調査

 まず、サブプロット内の植被率を記録した。植被率はサブプロット内が植物でどれだけ覆われているかを示すものである。(この際、真上から見て全体的に覆いかぶさっている面積が多い場合は、すべての種の被度の合計を植被率とした。)  次に、サブプロット内に見られる2 m以下のすべての植物の種名とその 種の最大高を記録した。そしてサブプロットを真上からながめ、それぞれの種が地面を覆っている面積(被度)を調べて記録した。  またサブプロット内の林床の環境条件として、石、コケ、木(倒木や2 m以上の木、木の根など)の被度もそれぞれ記録した。

(2)毎木調査

 人工林では、プロット内において、胸高周囲長が15 cm以上の樹木を対象とし、この地点における樹木の密度を調べた。なお、地面から約130 cmの木の幹周りを胸高周囲長として測定した。  まず、プロット内の対象とする樹木すべてに番号をつけた。そして、番号のついた木を順に種名と胸高周囲長をメジャーで測定し記録した。  周囲長からその木の半径を求め、木の断面積を計算した。これを胸高断面積とした。  プロットの面積(10 m×100 m)に対する全ての木の胸高断面積の合計より、スギ人工林2箇所のプロットの木の密度を求めた。

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3. 結果

3.1. 林床の環境条件

 環境条件の調査結果を木・コケ・石に分けて図1〜3に示した。エラーバーは標準偏差を表す。西部では石とコケの被度が高い傾向が見られたが、人工林と原生林ではおおきな違いは見られなかった。

3.2. 下層植生調査

 出現した下層の植物をシダ、草本ツル、草本、木本ツル、低木、高木の6つのタイプに分類した。 生活系ごとの下層植生の種数のグラフを図4に、生活系ごとの下層植生の被度のグラフを図5に示した。
東西で比較すると東部で出現種数が多く、被度が高かった。また、原生林と人工林を比較すると人工林ではシダの種数が多く原生林では高木の種数が多かった。被度に関しては人工林ではほとんどをシダが占めていたが原生林では高木の実生・稚樹の被度も大きかった。 また、調査地点における種ごとの平均被度の積み上げグラフを図12〜15に示した。

3.3. 毎木調査

 胸高直径が5 cm以上の木本の種数のグラフを図6に示した。原生林では、人工林よりも種数が多かった。東部人工林ではスギしか出現しなかった。 胸高断面積密度のグラフを図7に示した。


東部では原生林と人工林で胸高断面積密度に大きな違いは見られなかったが、西部では人工林の方が大きかった。
 各地点に出現した木本の種ごとの胸高断面積を示すグラフを図8〜11に示した。





西部、東部原生林については樹種が多かったので、胸高断面積比の小さなものはその他にまとめた。西部原生林のその他の中には、モッコク・サザンカ・シロダモ・カクレミノ・フカノキ・ヒサカキ・アデク・シャシャンボ・シャリンバイ・ミミズバイの10種、東部原生林のその他の中には、バリバリノキ・ショウベンノキ・カクレミノ・イヌガシ・トキワガキ・カクレミノ・イヌビワ・オニクロキ・クロガネモチ・ヒサカキ・リュウキュウモチ・ミミズバイの12種が含まれている。  人工林では樹種が少なく、ほとんどをスギが占めていたが、原生林は多くの樹種が出現し、特別優占する種はみられなかった。  なお、原生林の毎木調査のデータは野間先生のデータを引用した。

3.4. 多様度指数H’

 多様性の一つの指標としてShannon-Weaber関数を用いて、以下の式に基づいて多様度指数H’を計算した。多様度指数H’は種数Sが大きいほど大きくなり、それぞれの種の個体数にばらつきがないほど大きくなる。ここでは個体数ではなく被度で算出している。多様度指数H’は調査地全体で計算したものと、サブプロットごとに計算して平均値を求めたものの2パターン計算した。     s  H’=−廃i×logpi     i=1  ここで、Sは分類群数の合計でNは調査地全体もしくはサブプロットごとの被度の合計である。pi=ni/Nでniはi番目の種の被度である。対数は常用対数を用いた。 多様度指数H’の計算結果を図16、17に示した。図16のエラーバーは標準偏差を表す。

3.5. 均衡度指数J’

 均衡度指数J’を以下の式に基づいて計算した。均衡度指数J’は多様度指数H’から種数の効果を除去して、個体数のばらつきの程度を見る尺度である。それぞれの種が均等に出現しているほど大きくなり、特定の種のみ個体数が多いと小さくなる。ここでは個体数ではなく被度で算出している。均衡度指数J’も調査地全体で計算したものと、サブプロットごとに計算して平均値を求めたものの2パターン計算した。  J’=H’/logS  対数は常用対数を用いた。 均衡度指数J’の計算結果を図18、19に示した。図18のエラーバーは標準偏差を表す。

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4. 考察

 まず、各調査地点の林床の環境条件について考える。石の結果を見てみると西部と東部で明瞭な差が見られる。これは、西部は花崗岩が花崗岩地帯であることに対して東部は四万十層と呼ばれる堆積岩地帯であることが原因だと考えられる。コケについては、降水量の多い東部で被度が大きくなると予想していたが、結果は西部の方が大きかった。コケは木や石の上に生えていることが多く、西部では特に石が多いためにコケの被度が大きくなったと考えられる。木に関しては東西の差はあまりなかった。これらの環境条件の違いは地質的な違いや降水量の違いによるものであると考えられ、人工林と原生林の違いよりも東西という場所による違いが大きかった。また、相対的に東部ではシカが少なく、西部ではシカが多いと言われている。これらのことから西部よりも東部の方が植物にとって好適な環境であると考えられる。植物の被度調査の結果では西部よりも東部で下層植生の種数、平均被度ともに大きい傾向が見られ、やはり東部の方が植物の生育環境としては良いようである。しかし、木本の胸高断面積密度についてはそういった傾向はみられなかった。
 次に人工林と原生林の比較をしてみる。林床植生調査の結果を見てみると、原生林よりも人工林で種数・平均被度ともに大きかった。このことから考えると下層植生については人工林の方が多様であると考えられる。今回は光環境の調査は行っていないが、感覚的には人工林の方が明るかった。これは人工林の方が人為的に管理されていることや、スギの単一な林であり、広葉樹のように多きく樹冠を広げないことなどが理由として考えられる。また、人が入ることで撹乱が起こり、結果種数を増やす効果があるのかもしれない。これらのことが下層植生を多様にした理由ではないか。しかし、多様度指数H′を見てみると人工林よりも原生林で大きい傾向にあった。特にサブコドラートごとの平均値を用いた図16の結果ではその傾向が顕著であるが、人工林ではサブコドラートごとに出現した種数は少なく、ホソバカナワラビやカツモウイノデ、コクモウクジャクなどのシダ類が大きく優占することが多かった、一方原生林ではサブコドラートごとに出現した種数が多く、人工林にくらべて特別優占する種が少なかったことが理由として考えられる。種数の効果を除去した均衡度指数J′をみてみると西部人工林のみ値が低く、あとの3ヶ所はほぼ同じであった。これは、西部人工林ではホソバカナワラビとカツモウイノデの2種が突出して被度が大きかったのに対して、東部人工林ではホソバカナワラビ、カツモウイノデに加えてコクモウクジャク、ヒロハノコギリシダなど被度が大きい種が多かったため、被度のばらつきが小さくなったためであると考えられる。
 以上のことから、単純に種数や被度の大きさで見た場合は原生林よりも人工林の方が多様であると考えられるが、多様度で見た場合に被度のばらつきが考慮されるため原生林の方が多様であり種のバランスがいいと考えられる。
 さらに高木層について人工林と原生林で比較してみる。図6、図8〜11を見ても明らかなように人工林よりも原生林の方が高木層の多様性は高いと考えられる。人工林は人為的にスギを植えている場所なのでこれは当然だろう。原生林について見てみると、特に西部では特別優占している樹種はなく、胸高断面積に大きな偏りがない。このことは照葉樹林の樹木の多様性の高さの特徴と言えるだろう。
 以上より、今回の調査の場合は下層植生に関しては見方によれば人工林で多様性が高いが、高木層に関しては原生林で多様性は高く、総合すると原生林の方が多様であると言えるのではないか。森林利用のされ方によって、光環境が良くなる、適度な撹乱が入るなど植物の生育にとっての条件が良くなり、人の手が入ることで多様性が高くなることは十分に考えられる。  これらの結果は今回調査した屋久島での人工林について言えるものであって、あらゆる人工林について一般的に言えることではない。屋久島の人工林では、スギが適地適木として植えられていないことから林冠が貧弱になっていることや、枝打ちなどの管理が成されていた事、また降水量や、林のもともと持っている保水力などの面からこのような結果が得られたのだと考えられる。
 最後に今後の展望であるが、今回の調査では光環境の測定を行っておらず厳密な比較はできていないので、光環境の測定を行ったり、スギ林の他に人の手が加わった林の代表として薪炭林での調査を行ったり、スギ人工林とヤクスギ原生林との比較などが考えられる。また、潜在的に生育する植物を知るため埋土種子調査を加えたり、ギャップでの調査を加えるとさらに発展した議論ができるだろう。シカの食害との関係を調べることも重要であると考えられる。

5. 参考文献

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このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹