京都大学野生動物研究センター > 屋久島フィールドワーク講座 > 第6回・2004年の活動−博物館班−報告書 | 最終更新日:2004年12月28日 |
概要 | 人と自然班 | シカ班 | 植物班 | 博物館班 | サル班 | 公開講座 | スタッフ |
報告書 | 写真集 | 感想 |
参加者:太田郁美・柿沼愛子・島田慎吾・高橋晶
講師 :湯本貴和・関野樹・手塚賢至
今回わたしたちが行なった調査の原点には、オープンフィールド博物館構想がある。オープンフィールド博物館構想とは、屋久島の自然と人々の営みを丸ごと博物館と見なし、博物館的手法、つまり研究・保全・普及という三つの方法によって島興しに繋げようという提案である(大竹・三戸1984)。そして、その構想の目標は自然と共存してきた人々の営みの価値を掘り起こし、それによって島の持つ価値を再発見し、その価値を共有しつつ屋久島の今後を考えていく、というものである。
それをふまえた上でわたしたちが今回の講座に参加して考えた目標は、
1)屋久島に現在ある博物館相当施設の現状を知る
2)現在の屋久島に真に必要なものを把握する
3)以上より、どんなことが必要で、しかも可能であるかを考えてそれを提案する
の3つである。
上記の目標のために今回わたしたちが実際に行なったフィールドワークは、現在島にある博物館相当施設を見学することと、島の方々に対する聞き取り調査であった。博物館相当施設見学に行ったのは、わたしたち自身が屋久島を知るため、および博物館の資料の展示方法を学ぶためという、ふたつの理由からである。
聞き取り調査は、実際に屋久島に住まわれている方々が、屋久島についてどのような考えを持たれているかを調べ、調査によって得られた情報をKJ法と呼ばれる方法を用いて分析して屋久島が現在持っている問題の本質を明らかにし、それに対する有効と思われる解決策を考えるために行なった。
わたしたちが行なった博物館相当施設の調査では、調査では上屋久町立歴史民俗資料館、屋久島環境文化村センター、屋久町立屋久杉自然館の三つの施設を見学した。
それら三つの施設を見学した感想であるが、まず上屋久町立歴史民俗資料館は、資料中心で年代別に並べたクラッシックな博物館展示方法を用いており、一見すると見る側に対する展示工夫が乏しいように思えた。しかし、郷土史家である館長さんに話を聞きに来られる方が多く、ある程度の知識をもって詳しく見ると他では望めない貴重な資料も多いこともわかる。その意味で博物館の基本である「情報をもつモノとヒト」という要件は優れていると考えた。
次に訪れた屋久島環境文化村センターは、環境・生物・文化を総合的にわかりやすく展示しているような印象を受けた。学芸員はおらず、主として島外から採用されたインタープリテータが見学者に対応していた。また、大型映像や見学者とのコンピュータを用いた対面展示など、見る側に対する創意工夫がされている。
屋久町立屋久杉自然館は、展示の対象を屋久杉に絞って、視覚的・聴覚的にも見る側にメッセージを伝えるための創意工夫がされているように思えた。館長さんも展示に関して理論家であり、学芸員や新しい工芸品を創作するデザイナーもいて、島興しに対する使命感があふれた施設であると感じた。
現在、島に住んでおられる方、10人に聞き取り調査を行った。年齢層は、10歳代2人、20歳代2人、30歳代1人、40歳代1人、50歳代2人、60歳代1人、70歳代1人であり、男女の内訳は男性3人、女性7人であった。
これらのみなさん方には、屋久島に関する全体的な意見、世界遺産になって変化したことや観光客が増えることに対する意見や感想、さらに現在の屋久島に欠けていて、将来必要と感じることについて、参加者全員が対面してインタビューを行った。
Aさん 20歳代 男
大学は鹿児島へ。
ガイドについて:世界遺産になったことによりガイドが増えた。しかし、そのガイドの質が問題
:屋久島の人でなく、島外から来た人がそのまますみついてガイドになる例がある。→個人で勝手にやるのはよくない?→ガイド資格をつくる方がよい
:ガイド組合がある。ガイド組合では研修がある。
:地元の人がガイドになっていることも多い。
:現在120人?
屋久島生まれでも縄文杉をみたり、宮之浦岳に登ったりという、観光スポットにいったことのある人が少ない。
山より海、川。
山は学校で登る。→それ以外では登らない?
客の質がよくなった。→世界遺産になって山のゴミ減る。
世界遺産となる前の方がゴミは多かった。世界遺産に登録されたことによって観光客の意識もよくなった。
観光客の増加によって、船、飛行機の増便が起こった。
住民が増えた(鹿児島県と沖縄県の離島では、西表島と屋久島のみ)。
商売も繁盛。
地域間格差が広がった:宮之浦のみ栄えている。
しかし、人口は増えても町おこしになっていない。
島の人は宮之浦に引っ越したい(だから地価が高い)。
外の人は永田などの田舎を求める。
観光より漁業が再び盛り上がればよいとおもっている。
同窓生は島にほとんど戻ってきていない。→帰っても職がない。
屋久町は農業を主産業にできる。上屋久町はそうではない。漁業とともにガジュツも再興すれば産業になるが、それ以外は観光しかないと思う。
昔は林業を行っていたが現在は保護のために林業は行われない。
林業を待望する論はない。自然保護の考えの方が強い。
→世界遺産に登録されていなかったら林業を再び行っていたかもしれない。登録されたことにより意識が変化した。
職:役場かガイドの仕事くらい。
観光業は波がある:冬は暇。→観光以外の産業が必要である。
スーパーができて便利になった。買い物が楽。宮之浦の人は喜んでいる。
娯楽施設がほしい:映画館、ボーリング、ファミレス→世代格差がある。
病院ができて便利になった。←ない時にはそれが理由で島に住めなくなることもあった(治療が困難である)。
世界遺産に登録されてゴミの分別が細かく行われるようになった。
環境に対する意識は高まった。
保護のための規則で生活が拘束されている。
また、住民は規則を十分把握していない。
住民と行政の意識の格差が生まれている?
二町内に意識の違い、確執がある?
:南北意識の格差(経済格差、林業)
環境文化村センター:利用しない
屋久島歴史民俗資料館:ちょくちょく利用する→館長に話を聞きに行く(リソースとしては、モノよりヒト)。
屋久杉自然館:利用しない
→どれも住民がお金をはらってまで利用するものではない。
世界遺産に登録されてよかった。
Bさん 20歳代 女
高校、短大は鹿児島へ。
島内での仕事:土木、ホテル(観光)、役場、ガイドが多い
5年間外に出ている間に町に変化はない→夜あいている店はできた。
娯楽施設がほしい。洋服屋がほしい。
結婚して島外に出たくはない。:子供を屋久島で育てたい。
センター:利用しない
資料館:利用しない
自然館:利用しない
→屋久島を知る機会がない
学校で屋久島について学んだ記憶がない。
友人もこれらの施設を利用していないようだ。
インターネット:父、母→利用しない。若者→利用する
上屋久町のHPは見ない。
都市化より自然のままの方がいい。自然を残したい。
屋久島といえば自然。海。
世界遺産になったことで島民の人々の意識は高くなった。←それまでは低かった。例:山に電化製品を捨てる。海にゴミを捨てる。
外の人の方が屋久島のことをよく知っていると思うことがある。
島民と島外の人の意識に格差がある。
Cさん 30歳代 女性
18歳で高校卒業後島外へ。
18歳の時、屋久島のいいところが分からなかったが、一度外にでてから屋久島のすばらしさを知った。TV等の影響あり。
縄文杉をもう一度見たいけど、必要がなければ登らない。
子供には見せたい。
育児としての環境は良い。
遊具施設がほしい。
病院ができて助かった。
洋服屋がほしい。
子供の休みの時に鹿児島に行く(年三回ぐらい)。
お産は鹿児島でするのが安心。
センター:子供とたまに。
資料館:いかない
自然館:いかない
屋久島は物価が高い。
子供と行く場所がほしい:遊園地
子供は屋久島の自然の大切さを勉強している。
子供に屋久島のすごさを教えたい。
世界遺産になってよかった。
:メディアに取り上げられて島を客観的に見ることができた。
:環境意識の向上、土地への誇り。
:しかし、ゴミ問題は困った。地元民も守るべき(分別ゴミ)。
海中温泉・縄文杉を観光客に見てほしい。
:観光客には増えてほしい。
:しかし多く押し寄せるのは問題。
屋久町にはなじみがない。
山よりは川・海の自然がすき。
子供にとって残しておきたいのは、屋久杉などの自然。
年になってくると島に戻ってきたくなる。
産業が発展したら若者も帰ってくるのでは?
しかし自然保護も必要。
:自然を観光につなげ、村おこしになれば。
持続可能な開発が必要:持続的、恒常的な観光業が必要。流行では困る。それならば自然を破壊しない産業の発展が必要。
観光のお土産を島内のもので作りたい。現実は違う。地産地消をもっと。
観光の波及の方向性を考えるべき。
レンタカー、船便が増えた。
インターネット:あまり普及してない。
屋久島だからこそインターネットは必要(ショッピング)。
公共施設にインターネットがほしい。
キーワード:二回目の屋久島にきたひとに楽しんでもらいたい。
Dさん 50歳代 女性
短大生・社会人の娘あり。
育児には適した地である。
自然でのびのびと育てたいが、勉強もしてきちんと会社にも入ってほしい。
屋久島の学校はのんびりしすぎている。競争がない。
小中高と同じメンバー。環境が変わらないから変わってほしい。
:島からでて違う環境に置きたい。
鹿児島にいる子供は鹿児島の方がいい。
:交通の便が悪い。
:病院に行くのが大変
病院、スーパーができて非常に便利になった。
でも若い人は屋久島にいてもやることがない。
世界遺産になってよかった。
:過疎問題の解決。
:観光客が増えた(新しい考えが入る→積極的になれる)。
:島に誇りが持てるようになった。
:観光が職につながり、収入が増えた。
世界遺産になって悪かったこと
:夏は仕事があるが、冬は仕事がない(掛け持ち)。
:観光のために環境を損なわないような開発をするために環境政策課がある。
博物館は一回いったらもう行かない。
海よりも山がすき(宮之浦岳・縄文杉)。
もう一度見に行きたい。
年寄りは縄文杉見たことないのがほとんど。
しかし歩いていかないと意味がない(ロープウェーはいらない)。
施設が充実するのはうれしい。
観光用に自然に手を入れるのは反対。
インターネットができると子供と連絡が取りやすい。
必要があればインターネットを利用したい。
島民の便利さを考えない観光客に幻滅。
:港・空港・町に自然がないことに怒る。
:住民の立場を理解してほしい。
お年寄りのための施設がほしい。
:介護老人にならないためのリハビリ施設
:自然を使った施設。
余った学校・教室の有効利用を考えてほしい。
センター:利用しない。
資料館:利用しない。
自然館:利用しない。
→外から人がきたときに連れて行くくらい。
センターより民俗資料館の方が充実している。
Eさん 70歳代 女性
生まれてからずっと島に住んでいる。
世界遺産に登録されてから大型店が入ってきた。
:成功している(人口の割にきちんとできてる)。
世界遺産になってよかった。
山に入ったことがない。
しかし、屋久島といったら山。山は神様である。
地域意識が強い。
:地域ごとに信仰する山があり、それぞれに神をたたえている。
:他の山のことは知らない。
:新しくきた人は、なじむ人となじまない人がいる。
:退職した人が土地を買ったりする。
:永住を約束すれば土地代が安くなる。
:住んでもらうための工夫がされている。
島従兄弟:昔は島一週に四泊かかったため、必要となった。
公民館がほしい。
子供の数が増えて学校がほしい。
→その他は、とりあえず不便はないので特に施設はいらない。
Fさん 50歳代 女性
島外出身。
世界遺産登録後、訪問客が増えた。
屋久島の山はそれ以前から有名。
:玄人がきていた。
:以降は家族連れが多くなった。
リピーターも増えた。
ツアーの場所が白谷、西部林道、屋久杉などメジャーな場所が多い。
観光の質を向上させたい。
:民宿・旅館・ツアーをよりよくしたほうがいい。
:現状は、サービスとはなんたるかがわかっていないかも。だから、聞かれても勧められない場所が多い。
インターネット:情報を見る端末として利用。
:電化製品・本をネット上で購入。
周囲の生活環境について:銀行のATMがあると便利。
:大型スーパーができたのは便利。
:道の整備が必要ではないだろうか。
教育:進学を考えると鹿児島に行かせたい。
:屋久島は教育施設についてはある。
帰郷者の就職先:役場・観光・土木・漁師
屋久島のおすすめ:宮之浦川の奥にたくさん人がいかないいい場所がある。
:しかし、そこに観光客が押し寄せるのはどうかと思う。
屋久島のグルメ:さば・トビウオ
住民の生活:村意識がある(行事によって地域間の結束強固に)。
:遠くの親戚よりも近くの他人。
:村の行事(祭り・運動会等)は全員参加。
:若い人が増えてきている。
:屋久町には農業をしにきている(たんかん・マンゴー)。
:集落によって安定している産業が違う。
:行事は残すべき。
このような伺った御意見を、青少年研修センターで230の意見群としてまとめ、それをKJ法でまとめてキーワードとその関係を抽出した(表1、図1)。
図1 屋久島でのインタビューから島の生活と環境に関する意識のまとめ
表1.屋久島でのインタビューから島の生活と環境に関する意識のまとめ
タイトル | 登場人物 | 関係するもの | 要約 |
観光業 | 役場・島民・観光業者・観光客 | 屋久島の自然 | 観光業に依存度が高くなった |
観光業の波 | 観光客・観光業者・島民 | 自然・気候 | 観光業は気候に左右される。向上的持続的な観光業が必要 |
サービス | 観光業者・観光客 | 宿泊施設(民宿・旅館) | サービスの見直しの必要性 |
ガイド | ガイド・観光客 | 自然環境 | ガイドの質が問題 |
観光客への思い(プラス) | 島民・観光客 | 屋久島 | 産業のために観光客は増えてほしい。新しい考え方が入る。 |
観光客への思い(マイナス) | 島民・観光客 | 大型スーパーなど | 島民の利便性を考えない観光客に幻滅 |
施設の充実 | 島民・観光客・販売店員 | 宮之浦 | 施設は以前よりは充実している |
いらない施設 | 島民・観光客 | 観光地 | 特にいらない施設もある |
生活に求められる施設 | 島民 | 屋久島 | 生活に求められる施設がほしい(洋服屋・銀行ATM) |
生活に特にいらない施設 | 島民 | 屋久島 | 生活に必需ではないがほしいと思う施設がある(娯楽施設) |
病院できてよかった | 医者・患者 | 病院 | 過去は病院がなくて大変だったが、できて便利になった。しかし、お産は鹿児島でしている |
世界遺産登録 | 島民・観光客 | 世界遺産登録 | 登録されてよかった |
登録後住民の意識の変化 | 島民・役場 | 自然 | 遺産になったことで、住民の自然に対する意識が高まった |
登録後の観光客の変化 | 観光客・島民・観光業者 | 自然 | 観光客の層が変わった。自然に対する意識も変わった |
登録後の島の変化(プラス) | 島民・観光客・観光業者 | 屋久島 | 住民増加によって商売・交通網が発展した 土地に対する誇りが持てるようになった |
ゴミ問題 | 島民・観光客・役場 | ゴミ・山 | 世界遺産になってからゴミ問題への意識が高まった |
博物館相当施設の利用法 | 島民・島外の人 | 博物館様施設 | ほとんど行かない。島外の人を連れて行くところ |
文化村センター利用 | 島民 | 文化村センター | ほとんど行かない |
自然館の利用 | 島民 | 自然館 | ほとんど行かない |
民俗資料館の利用 | 島民 | 民俗資料館 | 資料・人材は充実。館長に会いに行くという利用法 |
屋久島について学ぶ機会 | 島民・観光客・メディア | 学校・島 | 屋久島について学ぶ機会が少ないので学ぶ機会がほしい むしろメディアから知る機会が多い |
島の暮らし(マイナス) | 島民 | 屋久島 | 物価が高く、交通の便が悪く、娯楽施設がない |
島の学校教育(マイナス) | 生徒・教師・親 | 学校 | 島内の学校だと環境に変化がなく、競争がない。 |
島外鹿児島がよい | 島民 | 鹿児島・施設 | 進学や人格形成を考えると、今までと違う環境に出す方がよい。島には買いたいものがないので島外に行く |
病気になるとたいへんだった | 医者・患者 | 病院 | 過去は病院がなくてヘリコプターで運んだ |
島の暮らし(プラス) | 島民 | 屋久島 | 自然がすばらしい |
屋久島自慢 | 島民 | 山・海 | 屋久島といえば自然。山だけでなく、海や川にもよい場所あり。 |
外から見た屋久島 | 島民 | 屋久島 | 外へ出て初めて屋久島のすばらしさに気づく |
屋久島の育児に賛成 | 親・子供 | 屋久島 | 屋久島の自然の中で育てたい |
子供に屋久島を伝えたい | 子供・親・教師 | 施設・学校・自然 | 子供に屋久島を教えたい。(自然のすごさなど) |
島おこし | 島民・島外の人・移住者 | 屋久島 | 住民が増えても、まだ町おこしになっていない |
農業 | 農家 | 屋久島 | 屋久町では農業が主産業で、後継者もいる |
漁業 | 漁師 | 海・水産資源 | 漁業の再開を願う |
林業 | 林業家 | 屋久杉・世界遺産登録 | 過去の主産業だったが、登録後は再興の動きはない |
就職 | 帰郷者・島民・移住者 | 就職先 | 就職先が限られている(役場・観光・土木・漁師) |
自然を残せ! | 島民・観光客・行政 | 自然 | 自然保護の考えが強く都市化よりも自然保護を考えている |
観光を主産業に | 島民・観光客・観光業者 | 屋久島・観光地 | 自然を破壊しない観光産業に発展することを求めている。観光を軸として地産地消が進めばよい |
多くなる観光客 | 観光客・島民・観光業者 | 屋久島 | 観光客が増えることはよいことだが、限度がある。プライベートには来てほしくない。 |
移住者 | 移住者・観光客・島民 | 自然・空き地・部落 | 島の外から中へ移住する人がいる(若い人・退職者)住み着いてもらうための工夫がいる |
地域格差 | 島民 | 上屋久町・屋久町・宮之浦 | 地域によって経済格差がある |
宮之浦は栄えている | 島民・観光客 | 宮之浦 | 宮之浦のみ栄えていて、島民は宮之浦に住みたいと思っている |
地域意識がある | 島民 | 集落 | 地域意識が強く、集落ごとに意識が違う |
村行事 | 島民 | 集落・行事 | 村の行事には全員参加するため、村の結束が強くなる。 |
世代格差 | 島民 | 屋久島 | 世代格差がある |
島民と島外の人との意識格差 | 島民・島外の人 | 屋久島とそれ以外の場所 | 島民と島外の人との意識格差がある |
山への意識 | 島民 | 山 | 屋久島といえば山だが、必要がなければ登らない |
縄文杉への意識 | 島民 | 縄文杉 | 島民がみんな縄文杉を見ているとは限らない |
インターネットの利用 | 島民 | インターネット・パソコン | 必要があればしたいが、若者以外への普及率は低い |
島の文化 | 島民 | 集落 | 島従兄弟、山に神様がいる。しかし、最近「自然」に比べて顧みられない |
この結果やフィールドワーク講座参加のみなさんと議論するなかで、なぜインターネット博物館が屋久島に必要かということを考察した。
まず、屋久島について学ぶ機会がないという声が多かった(図1,カテゴリー K)。これは、既存の学ぶための施設が住民には有効に使われていないということを意味している。現実に、資料館や自然館には島外の客がきたときに案内するときに訪れるが、ふだん行ったりはしないという意見が多かった。もちろん、屋久島に住んでいらっしゃる方々は、屋久島についてよく御存じであろうと想像していたが、むしろ島外のひとのほうがよく勉強して知識豊富であると感じられている。
また世界遺産になって、屋久島の価値がいっぱんに知られるようになってよかったという意見が多かった。また、世界遺産になってから島民に環境意識が高まったという声もよく聞いた(図1,矢印 b)。
では、屋久島の価値とは何だろうか。屋久島の真の価値とは世界遺産になったという名目上の価値(「冠」の価値)ではなく、世界遺産になるに価する自然を残したという人々の営みである(カテゴリー
C)。無人島に自然が残っているのはある意味で当たり前であるが、屋久島は無人島としてではなく、永年、人間と自然が共存してきたという点に大きな価値がある。このことが十分に理解されないと、「屋久島は自然の価値だけが重要とされて、屋久島の人々のもつ文化の価値が軽くみられている」という印象につながっていく。
屋久島の自然は、なんとなく残ったのではない。屋久島の自然を残そうと懸命に頑張った人たちがいるのだ。そのことをわたしたちは忘れがちである。「島の自然を学ぶ機会がない」ということは時間が経過するにつれて「なぜ世界遺産登録のために運動がおこなわれたのか」という出発点を忘れて、「世界遺産登録」という結果のみが残り、世界遺産という名前だけが一人歩きする。そうなると、その名前だけを利用して、観光への過度の依存を生む結果となるかもしれない。そうなると、これまでの屋久島での人と自然との共存は崩壊することになる。
わたしたちの考える博物館の役割は、屋久島に住んでいるみなさんに屋久島に関する知識を学んでもらい、知ってもらうための場所である。もし、博物館で屋久島の真の価値を学ぶことができれば、時間の経過と共に薄れ、忘却されつつある豊かな文化や歴史を人々の記憶に常に新たに呼び覚ますことができるかもしれない。文化が守られれば、自然を守る意義も伝えられて、それが結果として自然保護へとつながる。そうすれば、恒常的な自然保護と持続的な人と自然の共存が実現可能となるかもしれないと考える。
そこで提案したいのが、インターネット博物館である。既存の博物館様施設を補完し、先ほどから述べているような、島の生活循環から取り残されているようにみえる「島の文化」(カテゴリー
L)を学ぶ機会を(カテゴリー K)、この循環の中に組み込み、生活に還元するツールとしてインターネット博物館を用いて、既存施設と協同しながらオープンフィールド博物館を構築していくことが可能なのではなかろうか。そして、インターネット博物館が「学ぶ機会」、「施設を充実」、「島の文化」、「屋久島自慢」を繋ぎ(図2)、結果的に、さまざまな意味での、さまざまな方面での島興しにつなげられればと考える。屋久島の「島興し」(カテゴリー
B)こそが、オープンフィールド博物館構想の根底にあるからである。
図2 島の生活と環境の欠けたリンクをつなぐインターネット博物館
屋久島のことを島民が学ぶ機会として、私たちはインターネット博物館を提案したわけだが、インターネット博物館を考えていく上で、普通の博物館と比べてインターネット博物館のどこが利点でどこが欠点であるかを考えた。
インターネット博物館の利点
@学芸員を多く設置可能
博物館で学芸員を雇うとなると、予算的にどうしても少人数になってしまう。それに比べて、インターネット博物館では、学芸員の資格を持った人だけでなく、屋久島に関する調査を行なっている他の組織に属している大学や研究所の研究者といった「仮想学芸員」が参加することも可能であるため、より多くの人的リソースを確保することができる。
A 相互監修が可能
博物館では展示されている情報の正確さに疑問を覚えることもあった。インターネット博物館は、誰でもどこからでも見ることができるため、いろんな専門性をもつ人々の目にさらされる機会が多く、誤った情報が見つかりやすく、誤りを指摘しやすい。
B提供できる情報量が多い
博物館は施設の大きさに限りがあり、そのため展示物の数もスペースも限られている。しかし、インターネット博物館は、原理的には無限大、実際にもかなりの量の情報を掲載することができる。
C 更新が早い
博物館の展示物を移動させたり、変更したりすることには多大な労力を必要とするため、頻繁には更新することができない。また情報の誤りがわかってにもすぐに更新することは難しい。それに対して、インターネット博物館は展示物を移動させるなどの労力は必要としないため、博物館に比べて早く更新を行なうことができる。また、誤った情報に対してもより早く対処できる。
D 時間、場所を選ばない
インターネットの性質上ネットワークに接続できる環境があれば、インターネット上のページを閲覧することは時間、場所に関係なくできる。そのため、わざわざ博物館に出かけなくても、自分の欲しいときに欲しい情報を得ることができる。
E 展示に対する制約が少ない
現実の博物館に比べて、年齢層、興味の深浅にわけて入り口を設けるなどの工夫次第で、展示物の配置や展示レベルについての制約が少ない。
インターネット博物館の欠点
@ 求める情報にたどりつきにくい
情報量が多い反面、どこにどの情報が含まれているのかわかりにくく、自分の必要とする情報にすぐにたどりつきにくい。
A 責任体制があいまいである
管理者がはっきりしていればよいが、そうでない場合誰がそのページ(インターネット博物館)を管理していて問題が生じた場合などは、だれがどのように責任を取るのかわかりにくい。
B ものや人に直接触れることができない
博物館や現地には、実物があったりそこに暮らす人々がいたりするが、インターネット上は2次元のため、どうしても実物とは異なった認識をしてしまったり、本物が持つ感動を味わうことができなくなってしまったりする。
インターネット利用の例
インターネット博物館をより活性化させるためにどういったインターネット上のシステムやサービスを利用できるかを考えた。下に挙げるものはほんの一例である。
@ データベース・・・屋久島に暮らす動物や植物などを載せ る図鑑、標本
A 検索・・・屋久島に関する情報検索、地域情報検索
B 研究者同士のネットワーク・・・島民の質問に答える機関
C メールマガジン・・・屋久島の地域情報を提供する
D 掲示板・・・屋久島の人々が意見交換をする場
E スレッド・・・ 〃
F ウェブログ・・・ 〃
G 通信販売・・・自宅で買い物ができるようなサービス
今後の課題
以上を踏まえた上で、私たちが今後考えていって欲しいこと、課題とするところは以下の通りである。
@ 年齢による意識の違いをどう変えていくか
年齢によってインターネットを必要だと思ったり思わなかったり、また物事に関する考え方も異なってくるため、現に生じている年齢による意識のずれをどう少なくしていくかが課題である。
A 屋久島でのインターネット普及率をどう高めていくか
若い人たちはインターネットを利用するが、お年寄りの方はあまり利用しないというのが現状である。それをどうやってお年寄りまでインターネットを普及させていくか。また、どうやってインターネットの接続環境を整えていくかが課題である。
B 誰がそのページを管理していくのか
インターネット博物館を運営していくにはやはりかなりの労力が必要である。また、同時にある程度いろんな分野に関する知識も必要である。どんなに利点はあったとしてもやはりインターネット博物館を運営していくにはそれなりの覚悟が必要である。では一体それを誰が引き受け、管理していくのかが課題である。
C 運営資金をどこから捻出するのか
インターネット博物館は確かに博物館を作るよりは低コストで済む。しかし、それでも運営資金はある程度必要である。それを誰が管理し、支払っていくのかが課題である。
今回のフィールドワーク講座を運営された上屋久町、京都大学COE、屋久島環境文化財団の関係者各位、ならびにインタビューに協力していただいた皆様に感謝します。
京都大学野生動物研究センター > 屋久島フィールドワーク講座 > 第6回 2004年の活動−博物館班−報告書
このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹