京都大学野生動物研究センター屋久島フィールドワーク講座 >第10回・2008年の活動−シカ班−感想文

第10回・2008年の活動

シカ班 − 感想文

参加者感想文

屋久島フィールドワーク講座に参加して
小玉 映子(秋田県立大学)

 眼を閉じなくても、今でも私は一湊の浜辺にいるような気がする。
 灰色の空から降る大粒の雨と、荒く打ち寄せる波飛沫と、手の中の砂。こんなに砂が入って汚れた爪では、お気に入りのマニュキュアは塗れない。
 なんだか喉は痛いし、口の中はしょっぱい味がしたけれど、吸い込んだ空気のにおいは、まぎれもなくあの時、自分が「生きている」証拠だった。

 5月のあの日、ふと見かけた薄暗い大学の掲示板のポスターに心がひかれた。キーワードは
 「屋久島」。「シカ」。・・・・・・「!!!解体!!!!!!」
 念願の編入学を果たしたものの、一方で理想と現実の間で鬱屈した日常を過ごしていた私は、夏休みに南の島で可愛いシカの観察をして、さらに解体もできる!と、まるっきり邪な気持ちでこの講座に応募した。
 今なら、その時の自分をひっぱたいてやりたいところだ。

 そして時間は前後するけれど、私のこの屋久島での体験を一番伝えたかった人は、グズな私にその感動を伝える暇も与えずに、いともあっけなく、この地上からいなくなってしまった。素敵な体験談と・・・おみやげだって買って来たのに!!

 ともあれ、私の邪念が地方枠選抜?(杉浦校長談)で見事に届き、晴れて屋久島に上陸となる。
 早速、空港で『飛び魚丼』を骨まで残さず食し(モチロン、食べるときは『頭から!』ですよね?!河田さん♪)、宿舎へ。
 宿舎は旧測候所で、宿泊目的ではないとされるそのレトロな外観に初めは少し驚いたが、実際入ってみると中は古い小学校のようで、歩くたびにギシギシと音を立てる廊下が、特に私は気に入った。寝ている人たちがいる時は、なるべく足音がしないように努力したけれど、勢い良く歩くと足の裏にギュウギュウと返ってくる木の感触が心地良かった。

 さて、個性豊かなシカ班の面々と楽しく屋久島巡りをしているうちに、次々と柵に囲われた農地を見ることになる。決して緩やかとは言えない斜面の農地を頑強な(あるいは手製の)柵で守る姿は、いかに農作物に対する被害が深刻であるかを表していた。
 遠く離れた家族や、ささやかな楽しみのために育てた農作物を、収穫を待たずにシカによって食べられてしまう。
 何も知らないで参加してしまった自分を、心底恥じながらも講座の日程は進む。

 家畜化しなかった反芻動物という点で、私が強く興味を持った「シカ」は、想像の中やよく見るキャラクターとしての可愛らしさとは別に、生活圏が人と重なってしまったことにより、害獣と見なされうる存在となってしまっていた。

 正直言って、何も知らない自分と能力のなさを恥じた8日間だった。

 それでも、アホな質問に丁寧に答えて下さる先生方やチューターの方々、シカ班のメンバーのやさしさに報いるためにも、もうちょっと頑張りたいと思える8日間だった。
 若干ピントのずれた、教科書レベル以下の私の質問にも1つ1つ丁寧に答えて下さった、たっちゃん先生。困った時に一番頼れる、シカ班の兄貴的存在のかっちゃん先生。地元在住の強みでシカ班のみんなを力強くひっぱって、次々と目の前の課題をこなして下さった川村さん。個性豊かなシカ班のみんな。そして時間の合間に色んなことを教えて下さった他班の先生方&チューターさんたち、キューティー☆高田さん、毎日ホテル並みに素晴らしく美味しいお食事作って下さったお姉さま方、素敵なヤクシマシャクナゲ会(勝手に命名!みんなに会いに、関西まで遊びに行くからね〜♪) のみんな・・・! さらに、お忙しい中インタビューに応じて下さった農家の方々、役場の方、貴重なお話と美味しいシカ刺しをいただいた猟友会の方々・・・
 もう全てが大切で、私の人生はあの一週間で変わってしまったかも知れないです。
 ・・・・・・どうしよう!!!○×△□

 先にも述べたとおり、私のこの素晴らしい体験を世界で一番に伝えたかった人は、突然いなくなってしまいました。この気持ちを整理するには、まだ時間がかかるだろうし、卒論の課題も振り出しに戻ってしまったし、一度決めたはずの進路ももう一度考えなくてはならないけれど。
 それでも、屋久島へ快く送り出してくれた人や応援してくれるたくさんの人たちに感謝して、もう少し頑張ってみようと思います。
 貴重な体験、本当にありがとうございました。

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屋久島フィールドワーク講座の感想
杉本 正太(明石工業高等専門学校専攻科建築)

 今回この講座に参加する前は、僕自身がランドスケープを専攻しているため、屋久島フィールドワーク講座でもその延長として自身の学問、研究に役立てるような技術を身につけて帰る予定だった。しかし、実際のところ想像していた内容とは大きくかけ離れていた。参加している学生のほとんどが生物学や医学などを専攻していて、自分の分野と異なるため、最初は少し戸惑った記憶がある。最初は戸惑いや不安があったものの、終わってみれば不安がることなんて微塵にも無かったのだと思うようになった。その理由として他分野の学問であったとしても、視点を変えればいくらでも応用が利くからである。また、他分野を専門とする人と面識を持つことは刺激的で、今後自身の研究に対しても視野が広がったと思う。
 僕は普段、個人で動き調査等を行っているが、今回この講座でグループ調査を行う意味、役割分担をすることで一気に多くのことを調べ、お互いで知識を確認しあうことで調査した内容やテク、今後何を必要とし何を調査していけばいいかを把握することができるメリット、一気に調査を行うことで、多くの情報を処理し、噛み砕くことなく次の調査を行わなければならない大変さを知った。その中で、再確認するという意味で僕自身の能力の低さや僕自身が得意とするものを、自分自身を更に知ることができた。そのことが、何よりもの収穫であったと思う。
 と、色々述べたが、全く知らなかった土地で、全く知らなかった人と共に寝食を共にし、全く知らなかったことを知る、このことが単純に楽しくとても充実した一週間となったのは言うまでもない。この講座に参加できたことは、僕にとってものすごくいい経験になったし、今後自身の研究を進めていく上で役に立つ技術を持って帰ることができたと思う。
 最後になりましたが、自由すぎた僕達を最後まで面倒見てくださった先生方、毎日のおいしい食事を用意してくださったおばちゃん達、聞き込み調査をするに当たって、快く話を聞かせてくださった屋久島の町民の皆様、そしてなにより、一週間楽しい時間を共に過ごし協力し合った友人達に、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

『最高に有意義な夏休み!』
渡邊 恵実(熊本県立大学)

 私は1年越しの思いが叶って、この屋久島フィールドワーク講座2008に参加することができました。屋久島フィールドワーク講座2007のときは、大学の実習と日程が重なっていて、泣く泣く応募を諦めた経緯があったのです。また、ちょうど将来の進路について悩んでいた時期でもあったので、他大学の学生といろいろ話したいと思っていました。そんなことがあったので、今回のフィールドワーク講座への採用通知が届いたときは心の底から嬉しかったことを覚えています。
 さて前置きはこのくらいにして―。この講座でシカ班は、シカによる農作物や果樹への食害を実際に見て回り、島民の方への聞き取りやスポットライトカウントから被害の実態を捉え、改善策を見いだすことを目的としていました。私自身、今までにやったことのないアプローチやシカの解剖があったりと緊張の連続でした。おまけに聞き取り調査は昼間で、スポットライトカウント調査は夜から始まり気づいたら午前0時を過ぎている、という過酷すぎるスケジュールでした。そんな状況でも、様々なことに貪欲なシカ班の学生メンバーはチューターの立澤先生・川村さん・鈴木さんと共に(巻き込んで?)川遊びをしたり、聞き取り調査先の物産館で名産品に舌鼓を打ったりしながら、上手に屋久島をエンジョイしていました。この楽しそうな印象があまりにも強かったため、「KY(空気の読めない)シカ班」のレッテルを貼られてしまったのかもしれません。
 しかし、シカ班のメンバーは例外なく物事の切り替えができる人ばかりで、シンポジウム発表も成功させることができました。そういうメンバーの姿があったので、私も頑張れました。そしてポスター作りは、自然と各自の得意分野を活かして作業分担がされ、納得がいくまで話し合い完成させました。
 1週間という短い限られた調査期間で、成果をまとめる作業の中では、自分の意見を的確に他人に伝えることの難しさを痛感しました。私はこのフィールドワーク講座を受講したことによって少しだけですが、人生の経験値をレベルアップできたと思っています。また、私の人生において屋久島に滞在し、自然環境と野生動物の関わりについて真剣に思考したことは、大きな意味を持ち、将来の進路を決めるときに大きな影響を与えることになりそうです。最高にステキなこのシカ班のメンバー&チューターの方に出会えたことは偶然ではなかったと信じています。皆さんと一緒でなければ、このような“とてつもなく充実した夏休み”は過ごせなかったはずです。最高に有意義な夏休みをありがとうございました。
 最後に、私たちシカ班の調査に快く協力してくださった農家の方・狩猟会の方・役場の方、そしてこのフィールドワーク講座を支えてくださった全ての方に感謝いたします。本当にありがとうございました。

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屋久島フィールドワーク講座を終えて
一宮 祐輔(愛媛大学)

 期待に胸ふくらませて参加したこの屋久島フィールドワーク。小さい頃から自然、特に野生生物に対して興味があった。興味と将来は違う。自分の興味がどこまで将来に近いものなのか、追いかけてみたかった。大学に入り、いろいろな活動を始めた。それは環境活動で一般的に市民活動と言われるもので、学問的ではない。やりたいことではあるが、何かほったらかしになっていた。3年生になり、学問としての生物というものをしっかりと直視してみないことにはわからないと思った。そんなときにこの講座のことを知った。課題を済ませて申込を行って、合格をもらった。ただ詳しい講座内容が発表されることもなく、自分がちゃんと登録されているのかさえ分からなかった。そんな状態で、何があっても対応できるくらいの準備をして、期待と同じくらいの不安を抱えて出発した。
 到着したのは何に使われていたのかわからないような古い建物。不安は大きくなった。食事が豪華だったのは救いだった。作ってくださった手塚さんたちに感謝している。さらに参加学生が四人に対して、講師の方々が三人という豪華な待遇には驚いた。それにより、濃い経験ができたことにも感謝している。講座内容には、シカを追いかけ、獣道もないところをかき分けて行くことも覚悟していたので、少し拍子抜けだった。車道からの頭数調査と聞き取り調査中心だったのだが、実際は十分すぎる内容だった。体力的にもかなりハードなものだったし、調査発表を考えてどういった調査をしていけばいいのかをみんなで考えていくのは難しかった。やはり想像ではなく、これが本物なのだと感じることができた。
 自分の将来の方向性を考えるために参加したこの講座だったが、結果的により悩みを深くする結果となった。より学問を知るために、自分の中にはなかった大学院への進学を考えさせられたり、自分の能力について考えさせられたり、やりたいことについて考えさせられたりした。私はまだまだ未熟で、何も知らない。今回はそういった意味で実際の世界を知る良い機会となった。これからもどんどんこういった機会を求めていかなくてはいけないと感じている。今は休学も考えだした。自分をより深く考えさせてくれた講座だったと思う。この講座を支えてくださった多くの方々、講師の先生方、また同じ受講生に深く感謝している。

講師から
「共感」できる「よそ者」になってください
鈴木 克哉 (兵庫県立大学/兵庫県森林動物研究センター)

 とても個性的なメンバーに恵まれたシカ班は、朝から夜遅くまでとても忙しい毎日でした。初日は屋久島を一周し、翌日からは日中に聞き取り調査や農作物被害調査、夜間はスポットライトカウント(ナイトスポットではない!)調査を行いました。シカが食べないとされているガジュツ畑に毎晩シカが出ているのが分かれば、次の日にはその食痕調査を行い、聞き取り調査がすすむにつれて「もっといろんな人に話を聞いてみたい」と対象者が増えるなど、日に日に調査項目が多くなっていきました。シカの解体実習もありましたね。
 欲張りな講師陣は、せっかく屋久島まで来られた皆さんにできるだけ多くのことに触れて欲しくて、自分自身も触れたくて(こっちの方が大きい?)、ついついハードなスケジュールになってしまいました。私自身、はじめてのチューター経験で馴れない部分もありましたが、7泊8日もの期間があっという間に過ぎ去ったのは、単にスケジュールがタイトだっただけでなく、その内容がとても充実したものだったからでしょう。意欲・好奇心の塊のような受講生の皆さんと一緒に過ごした1週間、またそれに応えるようにさまざまな人、自然と触れ、多くのことを学んだ1週間は私にとってもとても刺激的な毎日でした。
 さて、今年のシカ班のテーマは「ヤクシカによる農作物被害の実態をさぐる」。シカを対象に個体数や農作物への加害程度を調べるだけでなく、行政担当者や被害を経験されている農家の方々、対策に従事されている猟友会の方々などに対して聞き取り調査を行うといった社会科学的な手法を用いました。シカ班のメンバーは全員理系に所属しているのでこういった手法に慣れておらず、最初は戸惑った人もいたかもしれません。それでも聞き取り調査を重ね、地域に住まれている方々の考えや意識に触れることで、単純に数量化できない「被害」の複雑さや解決にむけての難しさなど、獣害の奥深さを感じ取ってもらえたなら幸いです。
 胸にとどめておいて欲しいと思うのは、フィールドワークを行う際、たいてい私たちはその地域に住む人々に対して「よそ者」としてお邪魔しているということです。獣害のように自然とのあいだであつれきが生じている地域では、時には厳しい意見が寄せられることもあります。こちらの意図に反して「保護派」と捉えられることも多いです。しかし、私たちは被害を経験していない立場なのですから、それは当然のことです。大事なのは、よそ者としてどうかかわることができるか、でしょう。もちろん専門的な知識を持っている人なら、効果的な手法や適切な情報を与えることで直接的にお役にたてるかもしれません。しかし、それがなくても簡単にできることがあります。それは訴えかけられる声に対して真摯に耳を傾けるということです。語弊があるといけませんが、そうすることで被害にあわれている方の心情がずいぶんと違ったものになる場合があります。私はこれも重要な被害対策だと思っています。被害を経験していなくても、(少しでも)「共感」できる「よそ者」にぜひなってください。
 また、どこかのフィールドで成長した皆さんと会える日を楽しみにしています。それが屋久島だったらいいですね。さいごに、今回快くインタビューに応じてくださった多くの地元の方々にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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勉強になった“ロッテンマイヤー”役
川村 貴志(屋久島生物部)

 毎年個性的な学生たちが集うフィールドワーク講座ですが、今年のようにひたすら本線から外れる “脱線組”が集った年も珍しいのではないかと思います。一つの物事を決めるにしても、脱線組は当然の如く別の話題に飛び、それを繰り返すうちに暴走を始め、周囲を巻き込んで最終的に自滅するという恐るべきパワーを発揮しました。更に悪い事に我等がシカ班の某講師は正真正銘、脱線組の名誉会長的存在であり、自ら率先して脱線・暴走してゆくのですから、どう考えても話がまとまるわけ無いのです。
 そんな輩に訪れたフィールド・ワーク初日、時間が無いというのにヤクザルを眺め続けるシカ班を見て、僕はある一つの覚悟を決めねばなりませんでした。それはアルプスの少女ハイジに登場する意地悪おばさん“ロッテンマイヤーさん”の役を努めるという、過酷な運命を自ら受け入れるというものです。口喧しく言って先へ先へと進めなければ最後までまとまらず、ただ観光をしてそれで終わってしまいかねません。そもそもフィールド・ワークとして使えるデータ収集の日程はたったの4日間しか無く、それでなくても時間不足だというのにシカ班は、とても欲張りな講師の意向により、その調査自体を学生達によって立ち上げさせる所からスタートするという、とてつもない重荷を背負っているのです。これはもうガミガミいうしかありません。学生達に対しても、立澤氏に対しても・・・。
 さてさて、これから一体どうなるのやらと心配していたのですが、後半に掛けて学生達の姿勢は少しずつ一つの方向へと向いてゆきました。一宮君は徐々にリーダーシップを発揮し、一人一人を気遣いつつも皆を引っ張り続け、杉本君は記録データをしっかりまとめあげて、それを形にするという才覚を見事に現し、児玉さんは自身がよそ者である事に戸惑いつつも積極的に質問を続けてデータ集めをこなし、渡さんはそれらを全て判りやすく整理した上でひたすら記録しつづけるという厖大な仕事をこなしました。
 それぞれの努力がこの短時間に集められた記録から導き出される“結果”を“結実”させるのに大きく貢献し、かくして最後のポスター発表は実に見事なものとなり、講師陣を驚かせる事となりました。
 毎年、例外無く学生達には驚かされ、教えられるものなのですが、今回はこのポスター発表の完成度のみではなく、更にもう一つ大きな発見が有りました。屋久島で多く栽培されるショウガ科の薬用植物、ガジュツに対するシカの“食害”の現場がこの講座中に初めて観察・確認されたのです。現在は一部の地域のみであったとしても、今後この食害が広まる可能性も高く、地元としては注意が必要です。胃腸薬用としてスムーズに換金が可能な数少ない農作物である事に加え、“唯一シカに食べられない作物”とされており、被害の多発するサツマイモなどからガシュツに植え替える畑も多く、それだけにこの事実は島の農家にとって、とてもショッキングなニュースになるのです。
 現在この大きな課題に対し、川村の方で何とか記録を残し、農業関係者や行政との連携等を調整・検討しようとしています。このフィールドワーク講座がキッカケとなり、発見や観察が生かせるのであれば、それこそこの島での調査・研究の地元への還元という、研究者や研究者を目指す学生と地元とのある意味理想的な関係の具現化になるのではないかと考えます。
どの様な形であるにせよ、フィールド・ワークというものが、何かしらの現象や変化の瞬間を捕らえて具体的・客観的に表現することを目的とし、そのために野外に飛び出してデータを収集しながらそのチャンスを得ようとすることだとすれば、今回の学生達は見事に、その瞬間を捕らえる事に成功したのだと思います。
 最終日の夜、懇談会の場で、猟友会の方々から頂いたシカ肉を炭火で焼きながら人々に振る舞う“暴走族”4人の姿を見て、今年もまたいい勉強をさせてもらったと、そう感じ入る次第です。

「体験」か「実習」か、これがムズカシイ
立澤 史郎(北海道大学)

 講師として一番いやな仕事が受講者の選考です。いまどき、さまざまな実習やツアーが大学やNGOなどにより開催されているなか、わざわざ自腹で来て1週間も勉強しようという人たちです、きっと誰を選んでもそれなりにこなして帰ってくれるに違いありません。しかも注目度の高い屋久島でのフィールドワーク、他地域で行う実習とは応募者の意気込みも違います。そこから四人を選ぶというのはどうしたって無理があります。
 例年シカ班は、筋道だった文章が書けて、しかも屋久島と野生動物への思い入れが感じられる人を(なるべく)選んでいます。今年はそれに加え、“社会問題としての野生生物保全”という問題設定に食いついてくることを条件に加えました。ヤクシカの保全管理問題においては、生態学的研究だけでなく、農業被害問題へのアプローチが不可欠であり、そのためにも屋久島の農業や農家さんの暮らしの様子を見つめながらデータをとる体験をしてほしかったからです。
 かくして、そこにがっつり食いついた四人が選ばれました(ほかにも食いついてくれた人、ごめんなさい)。「がっつり」以外はバラバラの四人がうまくいくかどうか、そして、この新しい試みに不可欠な川村さん(地元の視点)と鈴木さん(社会科学の視点)とうまく噛み合うか、なかりドキドキでした。
 ところが目論見は大成功、地域社会や人々の暮らしに関心を持てる四人は、チューター二人のリードもあって、小瀬田や永田など、島の各地の方々との話しに夢中になってくれました。実はこのような形の聞き取りは、私も屋久島では初体験だったのですが、出してもらったスイカをぱくつきながら会話に高じ、引き出してくれたおばちゃんおじちゃんのお話し(特に個人や集落の歴史、そして動物の見方)は、とても興味深く刺激的でした。
 ただし、そこからシカの被害問題に関わるテーマを見つけ出し、さらに数日でデータ収集と分析ができる調査を計画・実施するのはかなり無謀でした。その大変さは川村さんやみなさんの感想に記されたとうりです(企画者である私の責任です、ゴメンナサイ・・)。そもそも、実習とはある既存の手技手法を手順に従って学ぶことなのに、今年のシカ班は、被害問題を実見・実感するという体験学習的要素を大きく取り込んでしまったわけです。
 このような企画の無謀さに、四人は平然と付き合い、タイムリミットを目前に青ざめる講師陣を尻目に(私だって多少は青ざめたつもりですが・・)楽しみながら調査結果を自分たちなりに租借して、最後は島の人たちに自分たちのことばでポスター発表をするところまで辿り着いてしまいました。
 そうやってポスターを作成する四人をみながら、もう一つの共通点にも気付きました。みんな、「農」や「環境」と関わるところ(つまり人と自然の交わる部分)で自分の進路に思い悩み、そして自分の頭や感性で考え悩んでいる故に面白い(とてもオリジナルな)進路を考えている人たちでした(講座の講師・チューター陣もいずれ劣らぬへんてこな人たちばかりですが)。だから、作業中にも雑談や冗談で時間を無駄にしているように見えて、実は人生の悩みやアイデアを交換し、すごく大切な時間を過ごしているのだと(勝手ながら)理解しました。それがわかって幸せでした。
 こういう島の方々や参加者同士で共有する「体験」が、屋久島フィールドワーク講座に必要なものかどうか、受講生にとってどういう意味があるのか、その評価は難しいところです。また、そのしわ寄せで、分析や議論の時間が不足したり、ひそかなウリにしていたヤクシカの解体が十分にできなかったことも大きな反省点です。
 でも今年は何よりも、単なる「実習」とは異なる屋久島フィールドワーク講座の可能性を見せてくれた受講生のみなさんと屋久島のみなさん(そして町役場と事務局の方々)に、心から感謝したいと思います。
 この夏の体験がいつか生かされるよう祈ります・・・なんて言う必要はありませんね。もう人生が変わりつつあるんでしょうから(^^;)。

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京都大学野生動物研究センター屋久島フィールドワーク講座 >第10回・2008年の活動−シカ班−感想文

このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹