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第7回・2005年の活動

ヤモリ班 − 報告書

ヤクヤモリとミナミヤモリの分布接触域の調査

講師:疋田努・戸田守
参加者:荒田琢己・高木俊・夏池真史・橋詰舞衣・村山恵理

はじめに

 九州南部から大隅諸島にかけての地域にはヤクヤモリGekko yakuensisとミナミヤモリG. hokouensisの2種のヤモリが分布し、九州を除くほとんどの島嶼ではどちらか片方の種のみが生息しているなど、複雑な分布パターンを形成している。従来、屋久島からはヤクヤモリのみが知られていたが、その後、屋久島産ヤモリ標本が再吟味され、栗生と中間にミナミヤモリが分布することが判明した。これにより現在では、屋久島はヤクヤモリとミナミヤモリがともに生息する唯一の島嶼となっている。このように屋久島はこれら2種のヤモリの起源や種間干渉を考える上で重要な地域であるが、島内での2種の分布の詳細については未だ十分な知見がない。
 一方、近年になって集団遺伝学的手法を用いてヤクヤモリとミナミヤモリの分類学的関係が見直され、2種の間に明確な遺伝的分化が生じている一方で、地域によっては交雑が進み雑種集団が形成されていることが報告された。その報告のなかで屋久島は、「2種が同所的に生息するにもかかわらず交雑が生じていない地域」とされているが、研究に用いられた個体は「屋久島産」として一括されており、被検個体が厳密な意味で2種の同所域から採集されたものか、そもそもそういった地域が屋久島の内部に存在するのかなどが明確に記されておらず、このような結論には再検討の余地がある。
 これらの点をふまえ、本調査では屋久島の広い範囲を踏査し,屋久島におけるヤクヤモリとミナミヤモリの詳細な分布を把握するとともに、分布接触域での交雑の有無について検討した。

方法

1.野外調査

 調査は2005年8月17日から同8月22日にかけて、主に集落および周回道路沿いなど、低地を対象に行った。昼間および夜間にヤモリの好みそうな露岩、樹木、道路沿いののり面、公衆トイレ、廃屋、電柱、架橋の欄干などを見回り、夜間は活動中の、昼間は隙間や樹洞に潜むヤモリの発見に努めた。
 ヤモリを発見した場合はそのまま手で押さえるか、あるいは釣竿ではたき落としてから捕獲した。昼間、隙間に潜んでいるヤモリを発見した場合は細い棒などを用いて隙間から追い出し捕獲した。捕獲時にはできるだけ胴体部を押さえつけるようにし、尾を自切しないよう注意を払った。
 捕獲したヤモリは1個体ずつビニール袋に入れ、通し番号をふってから、発見者、調査日時、天気、地名、緯度経度、周囲の環境、底質、形態的特徴(間鼻板のサイズ、尾の大型鱗の状態,顎下の虫食い班の有無)、種名、性別を記録した。記録した個体は原則として標本にしたが、同一地点から十分な数のヤモリが捕獲できた場合は,重複を避けるため市販のマジックで一時的な標識を施し、記録後に捕獲場所に放逐した。種の同定は,先行研究に従って間鼻板のサイズと尾の大型鱗の状態によって行い(表1)、さらに2形質間で矛盾のあるものを交雑個体と推定した。なお、尾の大型鱗に関する形質の形質状態は基部付近から再生尾になっている個体では決定できない。そのため、そのような個体に対しては、暫定的に、間鼻板のサイズによってのみ種の同定を行った。

表1.ヤクヤモリとミナミヤモリの鑑別形質
ヤクヤモリミナミヤモリ
間鼻板のサイズ 後続の鱗より大きい後続の鱗とほぼ同大
尾の大型鱗尾の先端まで続く無いか,あっても基部の数列のみ

2.標本の作成

 ヤクヤモリとミナミヤモリの区別に有効な鑑別形質は限られており、交雑個体はしばしば親種と同様な形質状態を示す場合があることから、より厳密に交雑個体を特定するには遺伝的分析が必要である。そこで、すべての採集標本から解剖により組織片を摘出し、後の分析のための試料とした。
 まず、麻酔剤を用いて採集したヤモリを安楽死させた後、個体ごとにラベルをつけた。各個体から解剖により筋肉片と肝臓片を取り出し、液体窒素で冷凍・保存した。筋肉片と肝臓を取り出した後の個体は形を整えながら10%ホルマリンで固定し、京都大学総合博物館の爬虫類コレクションに登録した。

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結果

 調査の結果、屋久島の低地の広い範囲におよぶ34地点において、合計92個体のヤモリを発見・捕獲した。図1にその種構成を示す。

調査中に確認されたヤモリの種構成

 捕獲された92個体のうち68個体はヤクヤモリ、19個体はミナミヤモリと同定された。また、残る5個体は間鼻板サイズと尾の大型鱗で矛盾した形質状態を示すことから交雑個体であると推定された。

図1.調査中に確認されたヤモリの種構成

 図2にヤクヤモリ、ミナミヤモリおよび2種の交雑により生じたと思われる個体が捕獲された地点を示す。

ヤモリ分布図

図2.ヤモリ分布図

ヤモリが発見された34地点のうち、25地点(73.5 %)ではヤクヤモリのみが発見され、その環境も広葉樹林を中心に、集落や天然海岸など多岐にわたっていた。一方、ミナミヤモリは8地点(23.5 %)で発見され、このうち3地点ではヤクヤモリも同時に捕獲された。ミナミヤモリが発見された8地点は島の北部(一湊とその近辺)、東部(安房)、および南西部(栗生、黒崎)におよんだが、それぞれのエリアのなかではいずれも局所的で、その出現環境も集落内とその近辺、および公園に限られていた。また、交雑個体と判定されたものは一湊の漁港付近、宮之浦の神社、黒崎の公園、栗生の小学校の4地点で捕獲され、このうち黒崎の公園と栗生小学校の2地点ではヤクヤモリおよびミナミヤモリとともに混獲された。一湊の漁港でも、交雑個体はミナミヤモリとともに捕獲されたが、宮之浦の神社では交雑個体と判定されたもののみ2個体が見つかった。交雑個体が発見されたこれら4地点はいずれも集落およびその近辺や公園など、人為的に攪乱を受けた環境であった。

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考察

ヤクヤモリとミナミヤモリの分布

 これまで、屋久島におけるヤクヤモリの分布について、標本に基づく確実な記録は、基準産地の安房のほか、宮之浦、尾之間、麦生、中間に限られていた。しかし今回の調査で多数の地点からヤクヤモリが発見され、さらにそれらの地点は広葉樹林帯や天然海岸、集落およびその近辺など様々な環境を含むことから、本種は少なくとも低地においては同島のほぼ全域に生息していると考えられる。
 一方、ミナミヤモリは、これまで島の南西部の2地点(栗尾と中間)のみから知られていたが、今回の調査により、新たに一湊、安房、黒崎にも分布していることが分かった。このうち一湊と安房は従来知られていた分布地域から地理的に大きく隔てられており,屋久島におけるミナミヤモリの分布が同島の南西部に限定されたものではないことが判明した。しかし、その一方でミナミヤモリが見つかった環境は、集落や公園などに限られていた。さらに、対象地域を集落やその周辺に絞ってみても、永田や吉田など、ヤクヤモリのみが発見された地域も存在する。これらの結果から、ミナミヤモリは屋久島において、人為的に攪乱された環境のなかでも一部の地域に局所的に分布しているものと予想される。
 人為的に攪乱された環境であってもミナミヤモリが出現しない地域があることを考えると、屋久島におけるミナミヤモリの局所的分布を、本種の環境嗜好性によってのみ説明することはできない。おそらくミナミヤモリは比較的最近になって屋久島に侵入し、現在も分布を拡大しつつあると予想される.その場合、島への侵入経路として、物資の輸送に伴う人為的なものと、流木などに付着して漂着する自然分散によるものが想定できる。また、屋久島内部の複数の地域に局所分布することに関しても、屋久島のある地域に定着したミナミヤモリが島内で2次的に分布を拡大したケースと、島外から屋久島のそれぞれの地域に並行して侵入したケースが考えられる。しかし、現時点ではそれぞれの仮説の信憑性について評価することは難しく、この問題に答えを出すためには、屋久島内外の地域集団間の遺伝的関係に関する研究の結果を待つ必要がある。

分布接触域での交雑の有無

 今回の調査では、ヤクヤモリとミナミヤモリは、屋久島において概ね異なった地域(あるいは環境)に生息するものの、一部の地域で完全に同所的に出現することが確かめられた。本調査では、そのような「分布の接触域」として3カ所が特定できたが、そのうちの2カ所(栗生の小学校と黒崎の公園)では、両種とともに交雑によって生じたと思われる個体が採集された。交雑個体の厳密な特定には遺伝解析の結果を待つ必要があるが、これらの個体がもし本当に交雑によって生じたとするならば、屋久島の複数の地域において2種の交雑が起こっていることになる。
 さらに、交雑個体と考えられるヤモリは、当該個体以外にミナミヤモリのみが見られた一湊の漁港で1個体、両親種が全く見られなかった宮之浦の神社で2個体採集された。仮にこの結果が、親種の片方、あるいはその両方を欠く地点でも交雑個体が生息していることを反映しているならば、それは、2種の交雑が単に両親種が出会った時にのみ生じているわけではなく、交雑個体が繁殖に参加して雑種集団を形成していることを示唆することになる。それは、翻って、今回「純系の親種」と同定した個体のなかにも、戻し交雑によって他方の種の遺伝子を持ち合わせているものが含まれている可能性をも想起させる。これらの可能性についてより厳密に検討していくため、今回採取した凍結組織サンプルを用いた今後の遺伝解析が望まれる。

 
今後の課題

 本調査では、屋久島における2種のヤモリの分布の概要をある程度明らかにできた。しかしその一方で、未調査な地域も多く残っている。特にミナミヤモリの分布特性についてより正確な議論をするためには、集落や公園に的を絞り、より多くの地点で調査を行う必要がある。あるいは、特定の集落に焦点をあて、さらに細かい地理スケールで調査を展開するのも有効であろう。さらには、ミナミヤモリが本当に島内で分布を拡大しつつあるのかどうかを検討するために、今後も継続的に調査を実施し、ヤクヤモリとミナミヤモリ、さらに2種の交雑個体の分布について長期的にモニタリングしていくことも重要課題である。

謝辞

 今回の調査は上屋久町の屋久島フィールドワーク講座担当の方々の支援なくしては行えなかった。また、夜間調査の実施にあたっては、屋久島高校や志戸子ガジュマル園の関係者に便宜を図っていただいた。ここに感謝の意を表します。

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このページの問い合わせ先:京都大学野生動物研究センター 杉浦秀樹