屋久島研究会:屋久島における科学研究の現在とこれからの展開
日時(終了しました)
2012年2月4日(土)13:00~19:00
2012年2月5日(日)9:00~17:00
概要
本研究会は以下の3つを目的ととした。
1)屋久島で行われた研究成果を発表する。
2)現在、屋久島ではシカの増加に伴い、農業被害、生活被害、生態系被害が顕著になり、シカ個体群の密度管理が具体的に検討されている。この問題に関する知見を深め、今後の方策や、これからの屋久島の自然のありかたについて議論する。
3)屋久島に関する情報交換をおこなう。
(なお、それぞれの発表内容については要旨を参照いただきたい)
1)屋久島には当センターの観察所があり、共同利用研究拠点として活用されている。観察所を利用して行われた博士論文の内容を中心に研究成果を発表した。城野、鈴木、澤田、藤田、寺田の発表がこれにあたる。対象や手法は様々であるが、いずれも博士論文として充実した内容で、たいへん面白い内容だった。篠原は屋久島の高地でなぜ植物が小型化するのかという研究を分かりやすく紹介した。辻野は、屋久島の植生調査プロットをまとめ、標高別の植生の傾向を示すと共に、過去のデータの利用可能性や今後のモニタリングの継続についての提言を行った。これは3)研究情報の交換という意味も大きい。
2)立澤は、ニホンジカの基本的な生態や、ヤクシカの個体数の増加、屋久島における狩猟の歴史などについて基礎的な紹介を行った。田川、幸田はシカの採食圧に対する植物の応答は、植物によって異なることを指摘した。また、幸田は、過去の人為的な活動も、現在の下層植生に強く影響していることを指摘した藤巻は、これまでのヤクシカの個体数変動と、捕獲を行った場合の個体数の予測について紹介した。揚妻は、過去40年程度で見るとシカが激増しているように見えるが、100年ほど前には、現在と同程度かそれ以上シカがいた可能性を示し、長期的な歴史から見ると、現在のシカの密度と植物へのインパクトは異常とは言えないと指摘した。また、屋久島町における農業被害やシカ捕獲数の最新情報が紹介された。
これらの発表を受けて、農業被害、生活被害の低減の方策、ヤクシカの個体数コントロールの是非、どのような自然を目指すべきかといったことを議論した。非常に複雑な問題や、未解明の問題も含んでおり、特定の結論が達した訳ではないが、屋久島におけるシカ問題を多面的に考える機会になったと言えるだろう。
3)共通の話題として、研究資料の蓄積や公開の仕方、研究に伴って調査地に残されている「研究ゴミ」(各種の目印など)の処理、来年度に屋久島で企画されている「屋久島学会」などについて、情報交換を行った。
(文責:野生動物研究センター 杉浦秀樹)
参加人数
学外 | 学外 | 計 | |
2月4日 | 12名 | 16名 | 28名 |
2月5日 | 15名 | 12名 | 27名 |
のべ | 15名 | 17名 | 32名 |
会場
キャンパスプラザ京都(6階)・京都大学サテライト講習室
(京都駅中央口(北側)より西へ徒歩3分)
主催
京都大学野生動物研究センター共催:共同利用・共同研究拠点
「絶滅の危機に瀕する野生動物(大型哺乳類等)の保全に関する研究拠点」
プログラム
2月4日(土)
13:00 | 城野 哲平(京都大学 理学研究科 動物行動学研究室 博士課程) | |
屋久島で生じているヤモリの交雑の隠れたメカニズム:ヤモリ属の鳴き声による種認識機構とその喪失 | ||
13:50 | 鈴木 真理子(京都大学 野生動物研究センター 教務補佐員) | |
野生ニホンザルにおける群れの空間的まとまりを維持するモニタリング行動 | ||
14:40 | 澤田 晶子(京都大学霊長類研究所 博士課程) | |
屋久島におけるサルのキノコ食行動: キノコの多様性と採食パターン | ||
15:30 | (休憩) | |
15:45 | 藤田 真梨子(神戸大学 農学研究科 昆虫機能学研究室 博士課程) | |
ヤマモモ Myrica rubra における散布前種子捕食と捕食者飽食仮説の検証 | ||
16:35 | 篠原 渉(京都大学大学院 理学研究科グローバルCOE特別講座 助教) | |
フィールドとゲノムをつなぐ適応進化研究系の確立を目指す-屋久島の高山性ミニチュア植物をもちいて- | ||
17:25 | 辻野 亮(総合地球環境学研究所 プロジェクト上級研究員) | |
屋久島に分布する森林調査区 |
懇親会
2月5日(日)
9:00 | 寺田 千里(北海道大学大学院 環境科学院 博士課程) | |
南日本島嶼に生息するニホンジカの形態及び遺伝形質の地理的変異:屋久島個体群に着目した考察 | ||
9:50 | 立澤 史朗(北海道大学 文学研究科 助教) | |
ヤクシカの保全・管理と今後の生態研究 | ||
10:40 | (休憩) | |
10:50 | 田川 哲(環境省屋久島自然保護官事務所 自然保護官補佐) | |
屋久島における希少植物の分布:種の潜在的生育適地の特定とシカ摂食の影響評価について | ||
11:30 | 幸田 良介(総合地球環境学研究所 プロジェクト研究員) | |
シカの影響の大きさは何で決まる?屋久島広域比較によるシカ-植生関係の解明 | ||
12:20 | (休憩) | |
13:20 | 藤巻 碧海(横浜国立大学大学院環境情報学府 博士課程) | |
ヤクシカの不確実性を考慮した個体数管理 | ||
14:00 | 揚妻 直樹(北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 和歌山研究林長) | |
シカの「異常」増加を考える | ||
14:50 | (休憩) | |
15:00 | 岩川 卓誉(屋久島町環境政策課)、手塚 賢至(屋久島生物多様性保全協議会) | |
屋久島における農業・生活被害、シカの捕獲数などに関する報告と意見交換 | ||
15:20 | 総合討論:屋久島のこれからとシカ問題 (17:00 終了) |
発表要旨
城野 哲平(京都大・理・動物行動)
屋久島で生じているヤモリの交雑の隠れたメカニズム:ヤモリ属の鳴き声による種認識機構とその喪失
同所分布する近縁種間では、種の独立性を維持するため配偶相手を認識するためのシグナルがしばしば進化する。日本に分布するヤモリ属8種は、分布の重複にも関わらず遺伝的交流がない種の組み合わせがある一方で、屋久島の2種を含めて交雑する種の組み合わせも存在する。これらのヤモリ属において複雑な交雑状況を引き起こしている要因を解明するため、求愛の鳴き声が種認識シグナルとして機能している可能性について検証した。
鈴木 真理子(京都大・野生動物研究セ)
野生ニホンザルにおける群れの空間的まとまりを維持するモニタリング行動
集団という空間的なまとまりを保つためには、個体は絶えず他個体の動向をモニターする必要があると考えられる。本研究では野生ニホンザルを対象に、視覚的なモニタリングとして見回し行動、聴覚的なモニタリングとしてコンタクトコールを記録し、これらの行動が群れの分散具合によってどのように変化するのかを調べた。
澤田 晶子(京都大・霊長研)
屋久島におけるサルのキノコ食行動: キノコの多様性と採食パターン
本研究の目的は、野生のニホンザルが食べる・食べないキノコを明らかにし、毒性の有無との関連性およびキノコの選択における視覚・嗅覚・味覚の重要性について検証することである。調査の結果、屋久島のニホンザルは年間を通じて70種と非常に多様なキノコを食べていることが明らかとなった。また、嗅覚ではなく味覚で毒キノコを判別していることや、食用キノコを選択的に食べているわけではないことが示された。
藤田 真梨子(神戸大・農・昆虫機能学)
ヤマモモ Myrica rubra における散布前種子捕食と捕食者飽食仮説の検証
照葉樹林で果実食者の重要な餌資源であるヤマモモの結実量には、豊凶があることが知られている。昆虫による種子への加害は、豊凶を進化させる要因の一つであると考えられているが(捕食者飽食仮説)、種子食害がヤマモモの繁殖成功に及ぼす影響は明らかになっていない。そこで本研究では、ヤマモモの結実量と種子食害率を7年間観測し捕食者飽食仮説の検証を行うとともに、種子食昆虫の生活史と資源利用についても明らかにした。
篠原 渉(京都大・理・グローバルCOE)
フィールドとゲノムをつなぐ適応進化研究系の確立を目指す-屋久島の高山性ミニチュア植物をもちいて-
私たちは屋久島の高山性ミニチュア植物のヒメコナスビとその祖先種のコナスビをもちいて、フィールドの自然選択圧がゲノムに与える影響について解析することを目標としている。今回は、共通圃場実験から明らかとなった、ヒメコナスビとコナスビの形態形質の差異を紹介する。またFst とQst の比較からヒメコナスビの小型化した葉が適応形質か否かについても議論する。次世代シーケンサーをもちいたQTL解析についても紹介する予定である。
辻野亮(総合地球環境学研究所)
屋久島に分布する森林調査区
屋久島では,原生な照葉樹林をはじめとして森林に関する研究が盛んに行われており,小規模な森林調査区から1haを超える森林調査区まで多数設置されている.しかしながら,調査の重複を避けるため,あるいは既存の研究リソースを活用してゆくためには,森林調査区の情報を統合的に把握する必要がある.本発表では,屋久島島内に分布する既存の森林調査区をリストアップすることでリソース活用の可能性を議論する.
寺田千里(北海道大・環境科学)
南日本島嶼に生息するニホンジカの形態及び遺伝形質の地理的変異:屋久島個体群に着目した考察
発表者は、南日本島嶼のニホンジカを用いて、個体群間の体サイズや相対的な足の長さの変異を調べ、その変異に関わる環境要因と、この形質変異には遺伝的変異を伴う適応進化を含んでいるかを分析してきた。その結果、屋久島個体群の相対的な足の長さは極端に短く、この変異は適応進化を含むことが分かった。これらの結果をもとに、屋久島のシカ個体群に注目した考察を行う予定である。
立澤史朗 北海道大学 文学研究科 助教
ヤクシカの保全・管理と今後の生態研究
田川 哲(環境省・屋久島)
屋久島における希少植物の分布:種の潜在的生育適地の特定とシカ摂食の影響評価について
屋久島には、およそ2000種(日本の植物相の3割程度)生育している。そのうち希少種(環境省RL)は208種生育しており、これらの種を対象に分布調査を行った。分布調査は、2004年から2007年にかけて1700地点で調査をし、125種の生育を確認した。これらの種のうち29種を対象に潜在的な生育適地の推定と、シカ摂食の影響を評価した。シカの摂食の影響は種によって様々な傾向を示した。
幸田良介(総合地球環境学研究所)
シカの影響の大きさは何で決まる?屋久島広域比較によるシカ-植生関係の解明
シカの影響についての研究の大半は、シカの影響の大きさとシカ密度が単純な比例関係にあるという仮定のもとに行われてきた。本当にシカの影響はシカ密度のみで決まるのだろうか。屋久島にはシカ密度増加前からのデータが蓄積されており、また島内各地でシカ密度が大きく異なっている。そこでこれらを利用して様々なシカ密度間の比較を行うことで、森林植生とシカ密度との関係を把握し、影響の大きさを変動させる要因を解明することを目的に調査を行った。
藤巻 碧海(横浜国大・環境情報)
ヤクシカの不確実性を考慮した個体数管理
近年日本全国でニホンジカの増加が問題となっている。屋久島も例外はなく、固有亜種ヤクシカによる農林業への被害とともに生態系への被害が懸念されている。ヤクシカの個体数密度と植生は場所によって異なる。そのため、生態系被害を防ぐヤクシカの密度はわかっておらず、場所によって異なる可能性がある。本研究ではヤクシカの個体数管理を目的として、不確実性を考慮した個体群動態モデルを使って、密度によって分けた地域ごとに適切な捕獲数の検討を行う。
揚妻直樹(北海道大・北方生物圏フィールド科学)
シカの「異常」増加を考える
屋久島に限らず、シカが「異常」増加したことによる農業被害や自然植生の改変が問題になっている。これまで「異常」 増加の原因について様々なことが指摘されてきたが、過去約100年間の環境の歴史を見渡した上で、その原因を再検討する。また、この2つの問題の本質の違 いを明らかにし、それぞれどんな対応が求められるのか考える。さらに、野生動物の個体数管理を自然生態系の保全に適応する場合の問題点を検証する。