2008年6月18日

京都大学と名古屋市の連携に関する協定調印式 挨拶

尾池和夫

 京都大学と名古屋市の連携に関する協定を締結するにあたり、京都大学を代表して、東山動植物園を大切にしておられる名古屋市民と、ご関係の皆さまにご挨拶申し上げます。
 京都大学は基本理念を定めています。その冒頭の一文で、「創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献する」と、うたっています。つまり、「自由の学風」と「地球社会の調和ある共存」、それこそが本学の掲げる理念です。
 「自由の学風」は、パイオニア精神の基盤です。「探検大学」という異名をとるほど、世界各地にフィールドワークの足跡を残してきました。とくに1958年は、霊長類学の開拓者である今西錦司さんが、伊谷純一郎さんとともに、最初にアフリカ探検をした年です。同じ年に、フランス文学者の桑原武夫さんの率いる登山隊が、カラコルム・ヒマラヤの未踏峰チョゴリザに初登頂し、西堀栄三郎さんの率いる隊が、最初の南極越冬に成功しました。今西・桑原・西堀は、昭和3年に本学を卒業した同級生です。
 そうしたアフリカ、ヒマラヤ、南極での偉業から本年でちょうど50年です。その記念の年に、フィールドワークの伝統とパイオニア精神を受け継いで、この4月に京都大学野生動物研究センターを発足させました。絶滅の危機に瀕した野生動物の教育・研究を通じて、「地球社会の調和ある共存」に貢献する。それが新センターの設置目的です。
  この地球上には、数百万とも数千万ともいわれる種類の生命がいます。しかし、地球社会はじつは生命だけではありません。わたしは地震学者ですが、地球そのものが躍動します。四川省の大地震から1か月、今度は岩手・宮城内陸地震がありました。大地が激しくうねる写真に、息を呑まれた方も多いのではないでしょうか。1960年代に、NASAに勤務していた大気学者であり化学者でもあるジェームズ・ラブロックによって、いわゆるガイア仮説が提唱されました。ガイアは、ギリシア神話に登場する大地の女神です。ガイア説は、地球全体をひとつの恒常的なシステムとしてとらえる理論です。当初は、主に気候を中心とした、生物と環境の相互作用についての理論でした。しかし現在では、生物圏と生物多様性の概念を継承しつつ、海洋や地圏や大気との相互作用を考慮に入れた、地球生理学あるいは地球システム科学と呼ばれる学問に発展しています。
 名古屋市は、2010年に生物多様性条約第10回締約国会議COP10(コップテン)を開催するとお聞きしています。この会議の招致には、環境問題に取り組む名古屋市の先取の気概が感じられます。京都議定書に端を発する、気候変動・地球温暖化とりわけ温室効果ガスの削減問題において、二酸化炭素を光合成によって吸収する森林の役割はきわめて重要です。とりわけ、ゾウ、ゴリラ、チンパンジーなど大型の野生動物は、果実を食べその種を遠くまで運ぶ種子散布者(しゅしさんぷしゃ)であり、かれらの存在によって熱帯森林の生物多様性が守られています。絶滅の危機に瀕した野生動物の研究は、じつは生態系全体の研究であり、この地球社会の調和ある共存を探る研究でもあります。
  京都大学と名古屋市の連携によって、東山動植物園を「自然への窓」あるいは「人と自然をつなぐ架け橋」と位置づけて、今後の連携が実りあるものとなるよう願っています。次の世代の子どもたちのために、動植物園が環境教育の中核となることは時代の趨勢です。もはや後戻りすることはないでしょう。連携は緒についたばかりであり、今後さらにさまざまな困難があるかもしれません。しかし、大学と市とが手をたずさえて、この新しい時代を切り開いてゆくパイオニアになることを期待しています。
 最後になりましたが、名古屋市長の松原武久様はじめ、今回の連携を実現させてくださった名古屋市職員の皆様に厚く御礼を申し上げるとともに、名古屋市の今後のさらなる発展を祈念して、結びのことばといたします。

京都大学と名古屋市の連携に関する協定を締結しました。