野生動物を研究する際のガイドライン

京都大学野生動物研究センター

(英語名称: Guidelines for animal studies in the wild issued by the Wildlife Research Center of Kyoto University)

目次

I. はじめに
II. 研究対象の選択と全般的状況への配慮
  1. 観察による影響
  2. 生息地への影響
III. 法の遵守と社会的責任
  1. 国内法
  2. 国際法
  3. 有害鳥獣捕獲
IV. 捕獲
  1. 捕獲
  2. 捕獲個体の留め置きと輸送
  3. 生体からの材料収集
  4. 標識・機器の装着
  5. 捕獲を伴う実験的操作
  6. 捕獲した動物の解放
  7. 安楽死の方法
  8. 標本の保管
  9. 標本の入手
  10. 健康に対する配慮
V. 公衆への啓発・宣伝
VI. 自主運営の方法
VII. 参考文献
VIII. お知らせとお願い

I. はじめに

 一般に野外研究は研究対象とする動物個体群やその生息環境に対する影響が少ないと考えられているが、改変や破壊を少なからずあたえる可能性がある。また、一時的にせよ捕獲や実験的操作を導入することによって、動物個体に苦痛をあたえる可能性がある。このガイドラインは、野生動物を対象とした研究が、研究の途上で引き起こすかもしれない動物虐待や自然破壊を、研究者自身が最小限に抑えることを目的としている。すなわち、研究対象である動物個体を大切に扱うことと、研究対象である種または個体群の適切な保全を念頭に置いている。また、研究者が野外で野生動物を研究するときに注意すべき事柄のマニュアルとしての役割を担うことも目指している。
 このガイドラインでいう野生動物とは、餌づけ個体群をふくむ野生個体(free-ranging animals)であり、放飼場(オープン・エンクロージャー)や動物園、水族館など閉鎖環境内の飼育下の動物を対象とした研究は、「動物研究の倫理に関するガイドライン(野生動物研究センター)」に従う。野生動物が意味する範囲は広いため、分類群や生息地、体サイズなどによって動物に対する適切な配慮は異なるべきである。このため研究者は本ガイドラインだけでなく、それぞれの対象動物の研究コミュニティにおける慣例や研究指針などにも十分配慮し、それぞれの種に応じた取り扱いを行うことが望ましい。

II. 研究対象の選択と全般的状況への配慮

 研究の遂行上、研究対象へのいくらかの苦痛や環境の改変が避けられないとしても、研究の成果や研究の途上で得られた知識を対象個体群または種の維持と保存、環境の保全に役立てる方向で、研究者は努力すべきである。したがって、研究対象の野生動物だけでなく、環境全般にも視野を広げて対処することが望まれる。
 世界の野生動物の中には、すでにその存続が困難な状態にあるか、放置すれば絶滅に向かって進む状況に置かれている種も多い。特にそういった絶滅に瀕した種を対象に研究を行う場合、研究計画立案に際し、その研究が野生下の個体群を対象とするのが適切かどうかをまず検討すべきである。野生下の個体群を対象とすることが必須ではなく、かつ、研究対象へ大きな影響を与える実験研究などは、なるべく飼育下で繁殖した個体(または集団)を対象として行うべきである。後者はより厳密な管理統制下にあり、より精度の高い成果を得ることにもつながるであろう。また、研究対象である動物に苦痛を与えたり、著しい改変を与えたりするような行為は、研究遂行に必要な最小限にとどめる配慮が必要である。行動観察などの非侵襲的な研究においても、対象種の特性に配慮しながら、観察者から対象個体への病気感染防止に努め、行動への過度な干渉を回避するように努力しなければならない。

1. 観察による影響

 個体群や個体の自然な行動を攪乱しないように、離れて静かに観察すること。集団繁殖地等、個体密度の高い場所を歩く場合は、最小限の移動で済むようにする。設置型の観察装置(ビデオ等)を用いる際は、動物に影響の無いサイズ、形状のものにする。

2. 生息地への影響

 対象種だけでなく、その生息環境への攪乱にも配慮すべきである。植生調査のためのマーキングやシードトラップの設置、調査路の設置のための植物の伐採などは、調査地の生態系を大きく攪乱しないように配慮しなければならない。観察に必要な移動手段(車・船舶など)が生息環境に与える影響も十分に考慮しなければならない。また、研究のために設置した人工物は、調査終了後にできるだけ回収し、元の状態に戻すべきである。

III. 法の遵守と社会的責任

 野生動物の入手、行動観察など、調査遂行のすべての段階において、国内法、国際法を遵守しなければならない。

1. 国内法

 日本では、再放逐を目的とした捕獲も「鳥獣保護および狩猟に関する法律」の上では捕獲である。事前に都道府県知事による学術捕獲許可を得なければならない。麻酔薬として使用されるケタミンは麻薬指定されており、その使用にあたっては関連法規を遵守しなければならない。捕獲個体を捕獲後30日以上続けて飼育する場合及び他に譲渡する場合には飼養許可が必要である。違法捕獲鳥獣の譲り受けは禁止されているので、譲渡を受けた動物を飼育する場合、研究者側は元の捕獲許可を確かめることを怠ってはならない。天然記念物や国立公園地域(自然保護地域)内での捕獲には、「文化財保護法」による文化庁長官の現状変更許可、管理者である環境庁長官、あるいは都道府県知事の特別保護許可などが別に必要である。海外で調査を行う場合は、国ごとに規制内容が違うことに留意し、その国の国内法を遵守しなければならない。

2. 国際法

 ワシントン条約(CITES)付属書IまたはIIにリスト・アップされている野生動物(死体・死体の一部を含む)を研究対象として導入する場合、正規の手続きで輸入許可証等を取得しなければならない。また、動植物のDNAは生息国の知的財産であると考える動きがあるため、DNA(DNAが抽出できるサンプルを含む)を国内に持ち帰る場合は、生息国における正規な手続きを済ませて持ち帰らなければならない。

3. 有害鳥獣捕獲

 有害鳥獣捕獲によって捕獲された野生動物の提供を受けて研究に利用する場合には、捕獲が被害防除の上で真に有効であるか、地域個体群の保全に重大な影響を与えていないか、有効な代替手段はないか、などの顧慮が、捕獲許可取得に当たって払われたことを確認しなければならない。これらの顧慮が払われていない捕獲個体は、たとえ適法であっても引取りを控えるべきである。望ましくない捕獲と取引によって野生動物が海外に流出しそうな場合、直接的にも間接的にも流出を促進するような行為に関与すべきではない。

IV. 捕獲

1. 捕獲

 たとえ再放逐を前提とした一時的な捕獲であっても、その研究に捕獲が必須であるかどうかをまず検討しなければならない。捕獲をせずに目的を達成できる研究ならば、捕獲は慎むのが望ましい。以下に、捕獲が必須であると判断された場合の、捕獲に関する注意を述べる。
捕獲には普通、ワナが使われる。捕獲ワナの機構は安全で動物の収容に有効なものでなければならない。ワナの見回りは頻繁に行う必要がある。従って、設置するワナの数は、見回りできる人数と労力ならびにその地域の条件に基づいて決めるべきである。また、捕獲した動物がパニックを起こしたり、怪我をしたりしないように、できるだけ早く次の操作にはいる。
 麻酔銃や弓矢、吹き矢を用いて麻酔を打ち込み捕獲する際に、対象個体を殺さないように、かつ麻酔剤の効果が表れるまで確実に動物を追跡する必要があるので、薬に関する的確な知識と適当なサポート体制が肝要である。この捕獲方法を使用するには、野生動物に詳しい獣医師の指導と助言を受け、十分な経験を積む必要がある。

2. 捕獲個体の留め置きと輸送

 捕獲後の拘束や取り扱いは、他の動物に無用な反応を生じさせぬように彼らの眼の届かない場所で行い、痛みや外傷、ストレスを最小限に留めるよう努力する。特に捕獲直後の個体で、激しい運動とストレスにより体温の上昇や呼吸、心拍の著しい増加をきたしている場合には、呼吸が安定するまで落ち着かせた後、次の操作に入ることが望ましい。
 捕獲個体を短時間留め置いたり、実験室に輸送したりする際には、適当な換気があり十分なスペースを持つケージに収容する。咬傷を防ぎ、水や食物を十分摂取できるように、捕獲個体1頭ずつを個別に収容する。麻袋などの袋類に動物を収容することは、呼吸運動を妨げたり、他個体や調査者に咬みついたりする危険性があるため、極力避けることが望ましい。捕獲個体が母子の場合でも、母親が麻酔されているときには子供が母親の体重によって圧死する恐れがあるので、個別に収容することが望ましい場合がある。動物を収容したケージは適切な温度下におき、直射日光、風、雨などにさらすことなく、また可能な限り頻繁に観察する。長時間にわたる輸送や留め置きの際には、十分な水と食料を与え、「動物の愛護及び管理に関する法律」の精神を遵守し、適正に管理しなければならない。一時的捕獲個体を長時間留め置くことは望ましくないが、万一やむを得ないときには、運動不足による筋力低下等の生理的変化や獣害の対象となる作物への嗜好の変化を最小限に留めるよう配慮する必要がある。

3. 生体からの材料収集

 生きた野生動物からの血液や組織の採取は必要最小限に留め、訓練され習熟した調査者によって行われることが望ましい。感染を防ぐために、できるだけ清潔な環境下で十分に消毒・滅菌した器具を用いて行う。採取に伴う局所的な痛みを最小にするため麻酔を必要とする場合もある。痛みが少ないか一時的なものならば、麻酔剤を使わずその個体をできるだけ早く解放するほうが妥当である。麻酔するか否かは、十分検討して決める。全身麻酔を施した場合には、覚醒までの間、綿密な監視を行い、麻酔から十分回復するまで解放すべきではない。

4. 標識・機器の装着

 標識は野外または再捕獲時において再同定を可能にするためのものである。分類群によって、耳タグや足環など様々な標識が使われる。また、野生動物の位置確定、移動の監視、活動リズムの測定のためには、発信機やGPS等の工学機器が装着される。マイクロチップ等を体内に埋め込む場合もある。標識や機器の装着に当たっては、可能な限り痛みを与えないこと、身体を損傷しないこと、正常な活動と生活を制限しないこと、を原則とする。特に、以下の3点に細心の注意を払うこと。

a. 標識・装着機器のサイズ、形状
 過去に対象動物で用いられた標識・装着機器のサイズを十分に吟味し、正常な活動を制限しないとされる重量以下のものを使用すること。また、移動コストを過度に増大しない形状のものを使用すること。

b. 装着、脱落・回収
 皮膚等の身体損傷に伴う細菌汚染に注意すること。特に体内に埋め込む場合には、麻酔使用や手術手順が適切かよく吟味すること。長期に渡る装着は生存や繁殖に影響を与えることがあるため、適切な装着期間を設定し、調査終了後に取り外すか、やがて脱落するようにすること。

c. 影響評価
 装着個体と非装着個体の間で行動や繁殖成功などを比較し、可能な限り、装着によって生じる影響を評価すること。

5. 捕獲を伴う実験的操作

 野生動物を捕獲して一時的に移動を制限したり(なわばり個体の排除など)、動物の外見や内的な状態を変化させたりする(体色やホルモンの操作など)などの、人為的な干渉の大きな手法が用いられることがある。このような操作は、個体や個体群に大きな影響を与える可能性があるため、細心の注意が必要である。また、分類群や生息状況によって許容される程度が異なるため、それぞれの対象動物の研究コミュニティにおける慣例や研究指針などにも十分配慮しなければならない。

6. 捕獲した動物の解放

 捕獲調査の終了後や、標識個体や工学機器などを装着した個体の追跡などのため動物を解放する場合、解放した個体の生存を保証すること、そして解放する地域の同種個体群に影響を与えないことに努めなければならない。捕獲した場所以外では解放しないことを原則とする。手術、治療等を除き、できるだけ作業が終了次第すぐに放すこと。長く飼育した動物の解放は、動物の行動が既に変化している可能性があり、原則として行うべきではない。

7. 安楽死の方法

 どうしても動物を殺す必要がある場合には、迅速かつ可能なかぎり無痛的に行わなければならない。また、材料採取後の死体は他の研究者が有効に利用できるように、凍結や液浸固定等により保存されるべきである。

8. 標本の保管

 野外から取り除かれ死亡した個体は、将来の研究に利用する資料として大きな価値をもつ可能性がある。そこで、最終的には標本として保存し、他の研究者が使えるように、しかるべき資料館、博物館または研究機関で保管されるよう措置する。

9. 標本の入手

 標本を入手する際には、採取・運搬の際に関連法規が遵守されていること、また、生前動物福祉の観点から適切な方法で運ばれ取り扱われていたことを確認するための努力を払わなければならない。動物業者との取引は、業者による無責任な活動を防ぐために捕獲許可証か飼養許可証の提示を受け、記載事項を記録する。また、生体であるか死体であるかを問わず、野生由来であるか飼育下で生まれたものか、その出自や経歴を確認する。

10. 健康に対する配慮

 これまでに、いくつかの人獣共通伝染病が知られている。調査者は潜在的な感染の危険性に対して適当な注意を払うべきである。動物体との直接接触のみならず、採取した血液、組織材料や排泄物の取扱いにおいても、素手で触れないなど動物体に対する時と同様の注意が必要である。注射針による穿刺や動物に咬まれた場合には速やかに傷口を水で洗い、ヨードチンキ等で消毒する。その後可能な限り速やかに医師の診断を受けることが望ましい。また、調査者から、捕獲した動物への病気の感染防止にも留意する。

V. 公衆への啓発・宣伝

 どんなに有意義な研究であっても、そのままでは一般社会に理解されることは少ないと覚悟しなければならない。特に、野外における研究は人目に触れることが多く、また人の疑いを招きやすい行動を取らざるを得ないことが多い。このため、調査地付近の住民には、研究と活動内容の説明を行う機会を設けるように努めることは大切である。
例えば、身近に理解者を作ることはもちろん、近隣の小中学校において映画やスライドを用いた講演会を開くことは、よい啓発活動にもなる。地域全体に自らの研究を伝える有効な手段である上、思わぬところから研究対象に関する情報が寄せられることにもつながる。学術捕獲をする場合には、捕獲措置を行う場所のそばに捕獲許可証のコピーを貼った説明板を立てるなど、細心の注意が必要である。野外で採血や計測などを実行する場合にも、同様の配慮が必要である。

VI. 自主運営の方法

 このガイドラインの効果的な実施のため、本センター構成員および共同利用研究によって研究を行う共同研究者は、次のような措置を取る。

a. 多少にかかわらず野生動物を捕獲して調査する場合、事前にその計画を野生動物研究センターに提出し、許可を得る。具体的には、行政機関に提出した各種申請書のコピーを添え、別紙に調査目的、捕獲の方法(ワナの種類、麻酔の方法、標識や装着機器の種類や重さ)などについて詳細な説明を記載する。また、捕獲の際に動物に対する損傷防止策や、周辺住民への周知についての方法についても具体的に説明する。

b. 学外より野生動物の死体(もしくは死体の一部)を導入する場合、次のような書類またはそのコピーを野生動物研究センターに提出する。すなわち、外国産の動物については、輸入許可証またはこれに代わる出生・経歴等を証明した書類。野生由来の可能性がある国内の動物については捕獲許可証または導入時までの飼養許可証。

VII. 参考文献

  • European Biomedical Research Association, 1996. The supply and use of primates in the EU. EBRA Bulletin.(http://www.ebra.org/bulletin/july02_96.html)
    Animal Care and Use Committee, the American Society of Mammals, 1998. Guidelines for the Capture, Handling, and Care of Mammals as Approved by the American Society of Mammalogists. (http://www.mammalsociety.org/committees/commanimalcareuse/98acucguidelines.pdf)
  • Anonimous, 2006. Guidelines for the treatment of animals in behavioral research and teaching. Animal Behaviour, 71: 245-253.
  • 池田啓・花井正光 1988. 野生鳥獣の捕獲と関連法令上の手続きについて. 哺乳類科学28: 27-38.
  • 京都大学霊長類研究所、1986. 「サル類の飼育管理および使用に関する指針」
  • (社)大日本猟友会、2000. 「鳥獣保護および狩猟に関する法令集」(鳥獣保護法、種の保存法等関連資料を詳述、各年度毎に改訂される).
  • 環境省、2007. 「クマ類出没対応マニュアル −クマが山から下りてくる−」
  • 環境省、2006. 「動物の愛護および管理に関する法律」.
  • 環境省、2005. 「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」
  • 通産省、1987. 絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約(通称:ワシントン条約)に係わる輸出入手続き等について(特集). 通産省公報1987年11月16日号.
  • 日本哺乳類学会、2009. 哺乳類標本の取り扱いに関するガイドライン(2009年度改訂版). 哺乳類科学 49: 303-319.

VIII. お知らせとお願い

 本センターは、野生動物の研究を進めるに当たり、研究対象となる動物を大切に扱うことと自然環境を保全する観点から、上記のガイドラインを制定した。対象は本センター構成員による研究、および本センターの共同利用研究として行われる共同研究者による研究である。従って、共同利用研究の募集・採択にも関係するので、関係者はよく読んでいただきたい。なお、このガイドラインは野生動物研究センターの、もしくは本センターを利用する研究者が、野外で野生動物を研究する際に注意すべき事柄のマニュアルでもあるため、そのような観点からも利用されることを希望する。哺乳類の捕獲を伴う研究の場合は、本ガイドラインとあわせ、日本哺乳類学会が策定している「哺乳類標本の取り扱いに関するガイドライン」も参照することが望ましい。

版数制定・改定承認日特記事項
制定2011年3月7日2011年共同利用・共同研究募集に際し制定
訂正2017年2月22日軽微な語句の訂正