共同利用・共同研究

2022年度報告書

2022-A-01
代表者 渡邉 彩音
屋久島と種子島におけるヤマモモの分布様式の比較 ーニホンザル絶滅の影響ー

渡邉彩音(名大院生命農)、半谷吾郎(京大生態研)、北村俊平(石川県立大)、中川弥智子(名大院生命農)

2021年は屋久島と種子島の調査地でヤマモモの地理的分布を調査したが、その違いに関わる要因として、2022年は両調査地において、ヤマモモの種子散布と実生更新に関わる環境要因の調査を行った。
種子散布については、地上性動物によるヤマモモ種子の二次散布の有無とその動物種を明らかにすることを目的とした。6月に、屋久島(18日間)と種子島(22日間)の各調査地で10地点に自動撮影カメラを設置し、実験的に設置したヤマモモ果実を訪れる動物種とその頻度を記録した。また、動画内で果実を食べたり、くわえてたりしている個体は採食個体とし、採食果実数とともに記録した。その結果、屋久島では7種、種子島では5種の動物が観察され、ヤマモモ果実の採食が認められたのは、ニホンザル、ニホンジカ、ネズミ類、タヌキ、ハシブトガラスの5種で、特に全体に占める割合が高かったのはニホンジカとネズミ類であった。ニホンジカはその摂食方法や糞粒サイズから、ヤマモモ果実を種子ごと噛み砕いていると考えられ、二次散布に貢献している可能性は低いと考えられた。一方でネズミ類は、その場で果実や種子を食べたり、果実を持ち去ったりする様子が確認された。このことから、一部のヤマモモ種子は餌として消費されるものの、ネズミ類によって運ばれて貯食された種子や果実のうち、一部の種子は発芽可能であり、ネズミ類は二次散布者として機能している可能性が示された。また、ネズミ類による地中への貯食が結果として乾燥に弱い種子の保護に繋がる可能性もあり、ネズミ類はヤマモモ種子の二次散布において、特にニホンザルのいない種子島で重要な役割を果たしていると考えられる。
実生更新と環境要因については、各調査地20地点にヤマモモ種子の発芽実験コドラートの設置と、設置場所の全天空写真の撮影、土壌含水率の測定を行った。2023年も継続して観察を行い、実生更新と環境要因の関係を明らかにしたい。

写真1 ヤマモモ果実をくわえたアカネズミ

写真2 ヤマモモ果実を食べるニホンジカ

2022-A-02
代表者 関根 彩
ミンククジラ由来のSV40および変異型CDK4、サイクリン D、テロメア逆転写酵素を用いた無限分裂細胞の作製

関根 彩(岩手大学) 古谷 凱(岩手大学) 安永 玄太(日本鯨類研究所) 隈本 宗一郎(早稲田大学) Izzah Munirah(岩手大学) Lanlan Bai(岩手大学) 谷 哲弥(近畿大学) 菅野 江里子(岩手大学) 富田 浩史(岩手大学) 尾崎 拓(岩手大学) 清野 透(国立がん研究センター) 村山 美穂(京都大学) 福田 智一(岩手大学)

野生のミンククジラの筋肉由来線維芽細胞に遺伝子導入を行い、K4DT細胞株とSV40細胞株を樹立した。これにより細胞増殖能の低いクジラの細胞を無限分裂化させた。また、同研究では遺伝子発現パターンにおいてK4DT細胞株とSV40細胞株のどちらが野生型細胞株に近似されるのかを主成分分析を用いて比較した。結果としてK4DT細胞株とSV40細胞株、野生型細胞株は等距離をとり、独自のクラスターを形成した。K4DT細胞株は、従来の無限分裂化の手法として用いられるSV40とは違う性質の細胞株として樹立されたと考えられる。また、実験で使用した野生型細胞株が筋肉由来線維芽細胞であることを主成分分析によって同定した。ミンククジラと遺伝子的に近縁であるシロナガスクジラの心臓、肺、腎臓、脳、筋肉、肝臓、線維芽細胞の遺伝子発現データとミンククジラの野生型細胞株の遺伝子発現データを主成分分析を用いて比較した。その結果、野生型細胞株と線維芽細胞株が最も近縁であることがわかり、実験で使用した野生型細胞株の細胞書を線維芽細胞と同定した。

2022-A-03
代表者 金子武人
野生動物配偶子バンクの構築および保存配偶子の人工繁殖への応用

金子武人 岩手大学

本研究では、野生下や動物園で飼育されている希少な哺乳類および鳥類の精巣、卵巣組織から精子および卵子を採取し、フリーズドライ法および凍結保存法による配偶子保存法を開発することで、配偶子バンクの構築および保存配偶子を用いた人工繁殖技術の開発を行うことを目的とした。
精子は、フリーズドライ保存および凍結保存を実施した。精子のフリーズドライについては、回収した精子を10mM トリス + 1mM EDTA溶液に懸濁した。精子懸濁液をガラスアンプルに充填後、フリーズドライ処理を行った。フリーズドライアンプルは密閉し、冷蔵庫(4℃)で保存した。凍結精子は、運動性や膜正常性を解析することで品質を評価した。
本年度は、国内の絶滅危惧種であるツシマヤマネコ、ヤンバルクイナからの精子採取、保存および品質解析を重点的に行った。保存した精子の一部を解析した結果、形態学的に正常であり、品質の良い状態であった。凍結保存した精子においても、品質評価を行った結果、一部の精子で融解後運動性を確認しており、良好な状態で保存されていることが確認された。
共同利用・共同研究の継続的な支援により、国内種も含め保存動物種の数は順調に増えている。また、保存配偶子の品質も極めて良好であることから配偶子バンクの構築に向けて順調に実施されている。

2022-A-04
代表者 木村岳瑠
ハンドウイルカにおける報酬や努力に対する不公平忌避の検討

木村岳瑠(三重大院・生物資源),山本知里(福山大・生命工学),柏木伸幸(かごしま水族館),森阪匡通(三重大院・生物資源・鯨研セ),吉岡基(三重大院・生物資源)

 我々ヒトは,自分の利益を他者の利益と比較し,それが不公平である場合に否定的な反応を示す(不公平忌避).不公平忌避によりフリーライダーを回避できるため,協力を維持するうえで重要なメカニズムであると考えられている.したがって,動物の不公平忌避を調べることは,協力の進化に対して重要な知見を提供する可能性がある.これまで,協力が確認されている動物を対象に不公平忌避が調べられてきたが,対象種は一部の霊長類やイヌなどに限られる.ハンドウイルカは,霊長類やイヌとは進化系統や生息環境が異なる一方で協力が確認されており,不公平忌避の存在が予想される.本研究では,ハンドウイルカを対象に不公平への反応を調べることで,本種がどのような状況で不公平忌避を示すのかを検討した.
 飼育ハンドウイルカの成熟メス4頭2ペア(被験体とパートナー)を対象に,「課題をした後,報酬を得る」という実験設定に基づいて,報酬の質の不公平(被験体:低価値の報酬,パートナー:高価値の報酬),報酬の有無の不公平(被験体:報酬無し,パートナー:高価値の報酬),努力の不公平(被験体:大変な課題,パートナー:課題無し)という3つの状況における被験体の課題成功率,反応率,課題達成までの時間を調べた.
 結果,1頭の被験体において報酬の有無の不公平忌避を示すことが示唆された一方で,報酬の質の不公平や努力の不公平に対する忌避を示すとは言えなかった.これは,報酬の質の不公平に対する忌避を示す一部の霊長類とは異なり,報酬の有無の不公平のみに対して忌避を示すイヌに近い反応であった.また,一部の個体では報酬の質の不公平,努力の不公平において,不公平を認識したうえで積極的に課題をこなすことが示唆された.このような反応は他種を対象にした先行研究でも確認されておらず,本種に特有の反応である可能性や普段のトレーニングによる学習が影響した可能性が考えられた.

2022-A-05
代表者 植垣 創士
動物園動物に対する樹葉サイレージ給与の可能性 ~保存性の観点から~

植垣創士1,八代田真人2,3,星野智3,4,高橋勇太5 (1 岐阜大院 自然技術研,2岐阜大学 応生,3岐阜大 動セ,4 京都市動物園,5 日本平動物園)

樹葉を採食する動物に対しては,飼育下でも樹葉を給餌することが推奨されているが,栄養価の高い若葉を通年給餌することは困難である。海外の動物園では樹葉をサイレージ調製して給餌することが散見されるが,国内では例がない。そこで本研究では,試験①として,保存期間に伴う樹葉サイレージの栄養成分と発酵品質を評価し,試験②では,ヤギを用いて飼料乾物量の20%をサイレージとして給餌し,採食量,消化率および健康状態を評価した。
試験①:静岡市立日本平動物園周辺に自生するシラカシの樹葉を,サイレージ調製した。調製開始から2・3・4・6・8・10ヵ月後に,試料を採材し,一般飼料成分および発酵品質を分析した。試験②:試験はサイレージ調製開始後2ヵ月目(試験Ⅰ)および10カ月目(試験Ⅱ)に実施した。試験にはシバ×ザーネン種8頭を供試した。飼料は,NRC飼料標準の維持量に基づき給餌し,試験区は対照区の飼料乾物量の20%を樹葉サイレージに置き換え,摂取量,消化率,血液成分およびルーメン内揮発性脂肪酸(VFA)濃度を測定した。
試験①:飼料中の粗タンパク質含量およびその他一般飼料成分は保存期間による有意な増減は認められなかった(図1)。しかし,溶解性タンパク質は14から29%までの一次的な増加(p=0.03)を示し,中性デタージェント不溶性タンパク質については44から35%までの一次および二次的な減少(p=0.03)を示した。発酵品質のうち,pHは牧草サイレージと同程度であったが(図2),乳酸は8週目に0.3%,それ以降は0.05%以下とわずかに検出される程度であった。試験②:摂取量,消化率,血清成分およびルーメン内VFAは,いずれの試験期においても処理間に差はなかった。以上から飼料乾物給餌量の20%を樹葉サイレ-ジとして給餌しても,栄養および健康状態へのネガティブな影響はないことが示唆された。

調製した樹葉サイレージの栄養成分および発酵品質

2022-A-06
代表者 柏木伸幸
ハンドウイルカの簡便な冷凍、冷蔵保存の確立(継続)

柏木伸幸(かごしま水族館)・大塚美加(かごしま水族館)・濵野剛久(かごしま水族館)・山本桂子(OMRC)・山形寛直(アクアパーク品川)・木村友美(アクアパーク品川)

鯨類の人工授精(AI)技術の向上と普及に向けて、簡易的な手法を用いて冷凍保存した精液を使用したAIを試みた。2022年6月10日から2023年2月12日に間にかごしま水族館で計4回、オキナワマリンリサーチセンター(以下OMRC)で3回の計7回のAI(1回の排卵直前あるいは直後にそれぞれ2~3回精液を注入)を実施した。AIには2019年12月~2020年6月8日にかけて当館とOMRCで採取し、液体窒素容器を使用して-192℃で冷凍保存した精液を使用した。両施設で他施設の個体から採取した精液を使用する場合、液体窒素容器にて-192℃で保存後、ドライアイスを使用して-80℃で輸送し、輸送後に再度-192℃で保存した精液を使用した。かごしま水族館で行った4回のAIで注入した精液の生残率は45.50~80.00%(平均55.43%)、総生残精子数は14.83~95.52億個(平均50.52億個)であった。OMRCで行った3回のAIで注入した精液の総精子数は65.2~120億個(平均74.93億個)であった。
より簡便なAI技術の開発を目的に、液状保存精液を使用した膣カテーテル法でのAIを実施した。精液は当館から宅配便にて輸送し、アクアパーク品川のメス対象個体にカテーテルを用いて膣内に液状保存精液を注入した。
今年度は液状、冷凍精液合わせて8回のAIを実施したが受胎したのはOMRCでの1例に留まった。保存精液の輸送方法やAIの手技を改善して今後もAI技術の向上を図る必要がある。また昨年2021年にOMRCにて本法で冷凍保存した精液を使用してのAIで受胎した個体より産子が得られた。本冷凍保存液で初めて得られた産子であり、数日であればー80℃に温度を上げても受胎に問題ない状態が保てることが示唆され、冷凍精液のより簡便な輸送法の開発に繋がる結果が得られた。

2022-A-07
代表者 山田研祐
飼育ハンドウイルカにおけるメタボリックシンドローム緩和治療に関する調査

山田 研祐 オリックス水族館(株)京都水族館

前年度から継続して、メタボリックシンドローム(以下、MetS)緩和策を行っている1頭の雄のハンドウイルカにおいてMetSの血液診断と超音波診断装置を用いたボディブラバー指数Body Blubber Index(以下、BBI)の測定を行った。また、京都水族館で餌として使用していて、前年度の研究においてヘプタデカン酸(以下、C17:0)の含有を確認している4魚種(サバ、イカナゴ、ホッケ、タイセイヨウニシン)におけるC17:0の含有量を測定した。対象期間は2022年3月~2023年2月とした。血液診断は1ヵ月に1回、BBI測定は1ヵ月に2回を目安として実施した。C17:0含有量測定について、4魚種中2魚種(サバ、イカナゴ)が期間中にロット変更が1回あったため、追加で同成分の測定を行った。
期間中に9回のMetS診断を行ったところ、血中インスリン値が正常範囲(食後2時間値:>11μIU/mL)であったことは1回のみで、血中グルコース値については全ての結果で正常範囲(食後2時間値:>100mg/dL)を上回った。BBI・脂肪層厚の期間中の平均値は、共に昨年度の研究期間と比較して減少していた。C17:0含有量について、ホッケはロットによる含有量の変化は見られなかったが他の3魚種では変化が見られ、特にサバで大幅な変動が見られた。

2022-A-08
代表者 元村 嘉宏
飼育シャチにおける母娘間の社会行動の発達

(未提出)

2022-A-09
代表者 白形 知佳
飼育下フンボルトペンギンにおける関節疾患罹患率の調査

白形知佳(新江ノ島水族館, 東京農工大学大学院)

変形性関節症(OA)は関節包の変性や炎症, 骨棘形成や感染性関節炎などの関節疾患を示す病態であり, ペンギンにおいてはほとんど報告がない. そこで, 国内飼育フンボルトペンギンにおけるOA罹患率の調査を目的に, 国内動物園水族館9園館にて飼育されているフンボルトペンギン220羽(オス86羽, メス134羽)に対し, 体重測定, ならびに保定下にて仰臥位, 左右横臥位の計3方向のX線撮影をおこなった。得られたX線画像を利用し, 肩・肘・股・膝・足根関節のOAをグレード0(罹患なし), 1(軽度), 2(重度)の3段階で診断し, 年齢との相関も調査した。
 ペンギンの年齢はオスが平均14.95 (2.05 - 44.12) 歳, メスが平均16.06 (2.04 - 40.65) 歳で, 有意差はなかった. また, 体重はオスが平均4402(3280 - 5500)g, メスが平均3835 (2780 - 5575) gでオスが有意に重かった. OA罹患率(グレード1, 2)は, 肩・肘・股・膝・足根関節でそれぞれ1.1%, 16.6%, 18.2%, 19.8%, 4.3%であった. また, 肩・肘関節では加齢にともない重症度が上昇する傾向がみられ, 股・膝関節では有意に上昇した. 股関節のOAに関しては, メスのOA罹患個体は正常個体と比較して有意に体重が重かった. さらに, 股関節のOAはメスで多い傾向があった. また, 重度の跛行を示す個体が4羽おり, すべて膝蓋骨脱臼を呈していた. OA以外の所見としては, 腓腹筋腱の石灰化が97.5%で確認された.
 本研究は, ペンギンにおけるOAを統計学的に解析した初めての報告であり, 股関節や膝関節の約2割でOAが認められること, ならびにOAのリスク因子として加齢が関与することが示された. また, ペンギンでは報告のない腓腹筋腱の石灰化がほとんどの個体で確認されたため, 個体への影響を含め, 今後さらなる解析を実施したい.

フンボルトペンギンのX線画像. クレジット:新江ノ島水族館

2022-A-10
代表者 須崎菜緒
3次元加速度計を用いたマレーグアの行動パターンの解明

須崎菜緒(東京農大院・野生動物)、菊地デイル万次郎(東京農大・野生動物)、松林尚志(東京農大・野生動物)、Siew Te Wong (Bornean Sun Bear Conservation Centre)

東南アジアの熱帯雨林に生息する絶滅危惧種マレーグマは、樹上性が強いことが行動の大きな特徴として挙げられる。しかし野生下での行動観察が難しく、樹上の利用方法や、木登りに伴うリスクやコストに見合う樹上性の利点は明確ではない。そこで、ボルネオマレーグマ保護センターで保護されている半野生飼育下のマレーグマ3 頭に3 次元加速度計と気圧計を装着し、直接観察と合わせ行動の記録を試みた。データを分析した結果、休息、歩行、採食、木登りの4つの行動を抽出することができた。マレーグマは最高樹上27m まで登ることがわかり、木登り高度の定量化に初めて成功した。また、1 日の約半分休息していることがわかった。休息の多くは樹上で行われ、ある個体は森林放飼場内での休息の約7割を樹上で行っていた。対し、林床でとられた休息の合計時間および継続時間は樹上よりも短かった。これより、長時間の休息をとれることが樹上利用の利点であり、マレーグマにとって樹上が重要な休息場であることが示唆された。本研究により明らかになった知見はマレーグマに適した保護区の設定や飼育環境の改善など、マレーグマの保全に貢献すると期待される。

(写真)3次元加速度計を装着したマレーグマ

(図)行動分類を行った4種の行動のデータ例(a.休息 , b. 採食, c. 歩行, d. 木登り)

2022-A-11
代表者 西川真理
屋久島の森林果実量が農地に現れるヒヨドリ個体数に 与える影響

西川真理(琉球大学)、持田浩治(長崎総合科学大学)

ヒヨドリは農作物に食害をもたらすため、有害鳥獣に指定されており駆除の対象になっている。しかしながら、ヒヨドリは森林生態系において主要な種子散布者であることが知られており、安易な駆除は生態系に影響を及ぼす可能性がある。本研究の調査地である鹿児島県屋久島では、ヒヨドリによる農作物(特に柑橘類)の食害が問題になっている。研究代表者らは、これまでに果樹園の多い南部集落と西部林道周辺でヒヨドリの個体数と果実の豊凶データを記録し、柑橘類への食害が始まる前の12月のデータから被害が発生する1月の集落でのヒヨドリ出現個体数を予測するモデルを構築してきた。本研究では、2022年12月にヒヨドリと果実のセンサス調査をおこない、予測モデルを用いて翌1、2月のヒヨドリ出現個体数を推定した。この結果をもとに推定された被害規模を果樹農家に報告した。また、将来的にこの予測モデルを現地の果樹農家が運用することを想定して、南部の二次林においてもヒヨドリと果実のセンサス調査を実施し、これまでの調査地である西部二次林の結果と比較した。また、2023年2月にヒヨドリのセンサス調査をおこない、予測モデルの精度を検証した。今後は、予測モデルの結果と2022年度における柑橘類の被害金額との関連を分析する予定である。

2022-A-13
代表者 古巻 史穂
受動的音響手法による北海道根室海峡北部における海棲哺乳類の通 年の来遊把握

古巻史穂(北海道大学大学院環境科学院)

北海道の根室海峡北部羅臼沖の水深27m地点にて,音響記録計(AUSOMS ver.3.5)を潜水作業委に依頼して設置し,海棲哺乳類の鳴音モニタリングを行った.録音周波数は44.1 kHz,録音周期は5時間録音し,6時間休止を周期的に繰り返す間欠録音設定で行った.調査は2020年12月から機材を半年ごとに交換して行われた.2022年は6月,12月に記録計の設置回収を行い,現在も調査は継続中である.音声データは解析ソフト(Adobe Audition2022,MATLAB triton)によりスペクトログラム化し,目視と聴音で海棲哺乳類の鳴音を抽出した.得られた音声データ中からはシャチ,マッコウクジラ,クラカケアザラシ,カマイルカ,他不明鯨類の鳴音が確認された.また,頻繁に船舶のエンジン音などの人為由来の音も確認された.調査期間の一部において,1日ごとのクラカケアザラシの鳴音出現割合と1日ごとの冬季の海氷と岸までの距離を比較すると,岸から海氷が近い場所にある時に,鳴音出現がみられる傾向が示された.現在引き続き,音響記録計データの解析を行い,出現する海棲哺乳類の季節変化と海洋環境の関係を調べている.今後は,別地点の調査録音データとの比較や目視調査のデータとの比較を行い,地理的な分布の違いや調査手法の特性を調べる予定である.また,解析手法についても目視と聴音以外に機械的な手法の使用について検討を行っている.

クラカケアザラシの鳴音スペクトログラム

2022-A-16
代表者 村山 夏紀
青森県陸奥湾に来遊するカマイルカの年齢段階及び性比に関する研究

村山夏紀(三重大院・生物資源)、五十嵐健志(Mutsu Bay Dolphin Research)、森阪匡通(三重大院・生物資源・鯨研セ)

 本研究では,青森県の陸奥湾に生息するカマイルカの生態解明のため,カマイルカの性判別を行う上で重要となる背びれの画像データの取得等を目的とする乗船調査を行った.
 2022年の5月10~13日, 6月4~10日の期間に陸奥湾の脇野沢周辺海域において乗船調査を行った.10回の出航があり,すべての乗船でカマイルカを観察することができた.乗船時は写真撮影と,発見・見失った日時と場所の記録を行った.撮影した写真のうち,個体識別に用いることができる精度の写真は539枚あり,背びれの欠けや形態,模様から261個体の識別を行った.これらの写真から背びれの計測を行い,成熟オスの判別を行った.また,撮影した写真の撮影間隔を用いた群れの定義法を検討し,撮影時間が410秒以上の開いた場合は別の群れとし,前後の群れで同一の個体が見られた場合には2つの群れを統合するという定義を作成した.これにより,26の群れが設定された.今後は群れ内の個体について,背びれ形状からの雌雄判別を行い,時期との関係や群れの構成について調べていく.なお,撮影秒数を利用した群れの定義については,7月にアラスカで行われる国際哺乳類学会で発表予定である.
 加えて,6月の乗船時には,レーザーポインターを用いた計測を試み,3個体への照射に成功した.照射点を用いた背びれ長の計測値から,Katsumata et al., 2021で求められた,背びれ基底長と体長の関係式を用いて,体長推定を行った.実際に野生個体に応用すると,照射の困難さや,照射できる個体に偏りが生じること,推定される体長に誤差を生じさせる要因が多いことなど問題点が明らかになった.このことから,陸奥湾のカマイルカでレーザーポインターを用いた体長推定を行うことは有効でないと考え,今後はドローンの使用を計画中である.背びれ形状からの成熟オス判別と合わせることで,野生個体から成熟オス,成熟メス,未成熟個体の判別を試みる.

レーザーを用いた計測の様子(Mutsu Bay Dolphin Research)

2022-A-17
代表者 土田さやか
屋久島に生息するシロアリ目昆虫の分布域調査および異種シロアリ同士の朽木共有が成立するプロセスの解明

土田さやか、勝見友亮(中部大学)

 屋久島に生息するシロアリ目昆虫(ヤマトシロアリ、イエシロアリ、オオシロアリ、カタンシロアリ、サツマシロアリ)の分布域調査と異種シロアリ同士の朽木共有が成立するプロセスの解明のために、標高0m~500mの低層から中層範囲で朽木を調査した。具体的には、朽木に生息していたシロアリのコロニー数を記録し、一部のコロニーのワーカーおよびニンフからヘキサンを用いて体表炭化水素を採集した。
 体表炭化水素解析用に、朽木共有を行っていないヤマトシロアリコロニーから7サンプル、カタンシロアリコロニーから5サンプル、サツマシロアリから4サンプル、朽木共有を行っていたヤマトシロアリコロニーとカタンシロアリコロニーから各2サンプル、ヤマトシロアリコロニーとサツマシロアリコロニーから各2サンプルの計24サンプルを採集した。今後、採集したシロアリの体表炭化水素を解析し、朽木共有の有無と体表炭化水素構成の関係について調べる予定である。
 また、今回の調査でカタンシロアリ、サツマシロアリが腐朽の初期段階と考えられるスギの心材を含む領域にまで営巣している様子を確認することができた。それに加え、この二種のシロアリの営巣痕を菌類が利用している様子も確認することができた(木材腐朽菌であるかについては今後同定する)。腐朽の初期段階にあるスギには一般に朽木を利用するようなカミキリムシの幼虫やゴミムシダマシの幼虫、クワガタムシの幼虫などがほとんど見られない。そのため、カタンシロアリ、サツマシロアリの二種は屋久島における杉の倒木の腐朽促進に重要な役割を果たしていると考えられる。

標高0m~500mにおける各種シロアリコロニーの標高分布数

2022-A-18
代表者 五百部裕
トカラ列島・口之島野生化牛の保全のための社会生態 学的調査

五百部裕(椙山女学園大学),木村大治(京都大学)

鹿児島県トカラ列島・口之島に生息する野生化ウシは,日本在来牛の遺伝的形質を残し,野生状態で生活するウシとして注目されてきた。代表者らは1980年代前半にその調査を行い,その後,他の研究者による調査が継続しているが,近年,社会生態学的な調査は行われていなかった。そこで今回,本共同研究の援助を得て調査を行った。調査は協力者・木村が2022年12月に実施した。当初1週間の調査を予定していたが,天候不良のために鹿児島からのフェリーが欠航し,3日間のみの調査を余儀なくされた。
 宿泊した民宿で軽バンを借り,野生化ウシの生息する島南部において,島一周道路近辺を中心に観察を実施した。また,島南部の尾根を超したところにあるエーデーラと呼ばれる広い草地まで登り,ウシを発見した。さらにアカヤマと呼ばれるリュウキュウチクの生い茂る盆地でもウシの食痕や糞を多数確認した。これらの観察の結果,9頭の野生化ウシを識別することができた。印牧(2021)による最近の推定個体数は35頭であるので,3日間の観察の割には多くの個体を発見することができたが,代表者らの過去の調査時(推定個体数約75頭)に比べると,個体数は減少しているという印象であった。これには,ウシ生息地の植生や水場の変化が影響しているものと思われる。また,近親交配による繁殖能力の低下も懸念される事態である。
今回は直接観察と並行して,ドローンによるウシの生息地森林の撮影を試みた。その結果,樹林中での個体の発見・観察は困難だが,オープンな草地では十分利用できるという感触を得た。さらに野生化したトカラヤギもたびたび観察した。ヤギの個体および痕跡は,ウシが観察されない急峻な樹林中に多く見られた。トカラ列島に生息する野生化ヤギの社会生態に関しては過去にまったく報告がないので,島嶼生態系と野生化家畜の相互作用の研究において,ウシと並ぶ今後の有望な対象であると考えている。

木に巻きついたツタを摂食するウシ

急峻な斜面に作られた自動車道路に出てきた2頭のウシ

2022-A-19
代表者 西村 大我
飼育イルカ成獣における隊列遊泳時の抵抗軽減効果について

(未提出)

2022-A-20
代表者 宮西 葵
飼育ハンドウイルカの当歳児オスにおける社会的性行動の発達

宮西葵(近畿大学農学研究科水産学専攻)、森朋子(名古屋港水族館)、酒井麻衣(近畿大学農学部水産学科)

名古屋港水族館において、2021年10月生まれの当歳児のハンドウイルカのオスを対象に、性行動の発達についての観察を行った。観察期間は、2021年12月から2022年5月の間に計898分間行った。当歳児の個体追跡サンプリングを用いて全生起記録をした。記録した行動は、ラビング、同調呼吸、ペニス出し、マウンティングを記録した。同調呼吸とラビングは、生後2ヶ月から生後7ヶ月までの間ずっと母子でのみ観察された。社会的性行動は、ペニス出しが生後2ヶ月で初めて観察された。マウンティングは、母の個体に対して生後4ヶ月で観察された。オーストラリアのシャーク湾において、生後2日で社会的性行動が行われたという報告があるが、本研究では生後4ヶ月までマウンティングが観察されなかった。しかし、本研究では、生まれてすぐから観察していなかったため、今後生後すぐから観察することにより、より確かな結果が得られる。

2022-A-21
代表者 三田 歩
シャチを対象とした同一見本合わせ課題の訓練について

三田 歩(京都大学・ヒト行動進化研究センター)

 同一見本合わせ課題とは、見せられた見本刺激と同じものを比較刺激の中から選ぶ課題であり、ヒトを含め多くの動物の知覚・概念・記憶などの能力を調べるための有用な手法の一つとして、数多くの認知研究において使用されてきた。特に陸上に棲む種の視覚認知能力を調べる研究においては、パソコンによって制御されたタッチパネルなどの装置を使用することの有用性が確認されており、同時に動物にそのルールを学習させるための訓練手法についても確立されてきた。一方で、水中に棲む種を対象とした研究においてはこれらの装置を使用することが困難であることから、その実験および訓練の手法は未だに確立されたとは言えない。
 本研究では、名古屋港水族館にて飼育されている14歳のオスのシャチ1頭を対象として、同一見本合わせ課題のルールを学習させること、そして訓練手法を確立することを目的とした。最初は長靴やフィンなどの実物の刺激を水深5mに位置する水中窓越しにシャチに呈示して、その動きを頭で追わせることで「最初にタッチしたものと同じものを選択すれば正解」という同一見本合わせ課題の基本的なルールを学習させた。その後、①実物、②板に貼り付けた写真、③モニターに表示された写真という流れで刺激の呈示方法を移行することに成功し、その中で実物刺激の種類の増加・幾何学模様の導入などを行った。また、訓練の中で学習してきた同一見本合わせ課題のルールを、見たことの無い刺激に対しても適用することができるのかを調べるための般化テストを適宜行い、シャチの課題に対する習熟度について確認を行った。
 一連の訓練の結果、このシャチは水中窓越しにモニター内に呈示された視覚刺激について同一見本合わせ課題のルールに基づき適切な反応を行うことができるようになったことが確認された。今後はこの課題を用いてシャチの視覚認知能力を調べるためのさらなる研究を行うことを予定している。

水中窓越しにモニター上に呈示された視覚刺激に対して選択行動を行うシャチ

2022-A-22
代表者 中込 大河
北海道枝幸町におけるオジロワシがウミネコに及ぼす 捕食以外の間接的影響の解明

中込大河(早稲田大学大学院人間科学研究科)

 特定の希少野生動物の保全が他の野生動物種に悪影響を及ぼすことが懸念されている。鳥類においては大型猛禽類の保全による個体数増加が、その餌である鳥類の個体数を減少させることがある。日本国内に生息するオジロワシHaliaeetus albicillaは、1980年代半ばから鉛弾による鉛中毒などで大幅に数を減らしたが、近年の保護増殖計画や法令の整備によって徐々に数を増やしている。一方で、本種の個体数増加は、近年減少傾向にあるウミネコLarus crassirostrisに様々なインパクトをもたらすことが問題視されている。
大型猛禽類が餌鳥類に及ぼす影響は、捕食や殺傷などの直接的影響だけではない。猛禽類の接近により親鳥は巣から飛び立ち、それにともない卵やヒナが落下したり、別の捕食者が誘引されたりするなど、間接的な影響もある。しかし、こうした間接的な影響の評価は進んでいない。大型猛禽類の個体数増加にともなう餌鳥類への影響を正確に理解するためには、これら間接的な影響についても評価する必要がある。よって本研究では観察、カメラ撮影、および抱卵温度測定を組み合わせ、オジロワシがウミネコに与える間接的影響を明らかにすることを目的とする。
 調査は2022年4月から8月まで行った。2022年は1106時間の観察を行い、272回の飛来を確認した。撹乱の長さや規模に影響する要因や、その年変動が生じる要因については今後考察していく。また、抱卵温度は撹乱時間と負の相関があることが示唆された。外気温と親鳥の逃避時間や孵化日数に与える影響については別地域と比較するなどして検証する予定である。

2022-A-23
代表者 後藤 葉月
ユキヒョウの高山適応におけるゲノム基盤の解明

後藤葉月(北海道大学大学院環境科学院)、早川卓志(北海道大学大学院地球環境科学研究院)木下こづえ(京都大学野生動物研究センター)、工藤菜生(環境局札幌市円山動物園)

ユキヒョウは、アジアのヒマラヤ山脈などの高山地帯に生息する大型のネコ科動物である。高山地帯の特徴である低温、低酸素濃度、高紫外線量などに適応したユキヒョウは、ゲノムの塩基配列解析などからも遺伝的適応の可能性が示されている。本研究では、アドベンチャーワールドのユキヒョウ「シリウス」と、比較対象として円山動物園のライオン「リッキー」の高山適応において重要と考えられる組織(眼球、心臓、肺、肝臓)からRNAを抽出し、Illumina NovaSeqで網羅的シークエンスをおこなった。RNA-seqデータから、種間で遺伝子発現の差のあった遺伝子(differentially expressed genes DEG)を同定し、その機能をGOエンリッチメント解析で調べた。
網膜では、光刺激への応答に関するDEGの発現量がユキヒョウで有意に高く、光刺激に強く反応する可能性が示された。肺では、HIF-1αの酸素依存性プロリン水酸化反応に関わるDEGの発現量がユキヒョウで有意に高く、低酸素への細胞応答が強く起きる可能性を示した。心臓や肝臓でも、代謝に関わるDEGの発現量がユキヒョウで有意に高く、代謝機能が発達している可能性も考えられる。高山適応に関係しうると考えられる多くの遺伝子がユキヒョウで高く発現していることが示された。
また、高山地帯と大きく異なる環境条件の動物園で、ユキヒョウがどう順応しているかを調べるため、円山動物園でほぼ同時刻に、ユキヒョウ2頭とライオン1頭から、温度等の環境指標、行動(活動中または休息中)、呼吸頻度を半年間、週一の頻度で1時間おきに記録し、比較解析をした。1分あたりの呼吸頻度の最大値がライオンは46回、ユキヒョウは149回と大きく差がついた。また、行動による呼吸頻度への影響が有意に見られたのはライオンのみで、ユキヒョウは行動よりも温度の影響が強く出ていた。このように熱ストレスに対する順応において両種に明瞭な違いがあることは、ユキヒョウが高山に適応していることの結果であることが示唆される。

2022-A-24
代表者 荒蒔 祐輔
樹葉給餌における大枝(branch)および小枝(twig)の飼料価値評価によるリユース促進への取り組み

荒蒔祐輔(京都市動物園 種の保存展示課) 八代田真人(岐阜大学応用生物科学部動物栄養学研究室) 星野智(京都市動物園 種の保存展示課、岐阜大学動物園生物学研究センター)

 動物園において飼育される草食動物には主に乾牧草、青刈牧草およびペレットなどが給餌されてきたが、近年野生下での食性に合わせた枝葉の給餌が増加している。枝葉の給餌は慢性的な栄養欠乏や疾病予防への効果に加え、摂食時間の増加など動物福祉的観点からも有用な飼料だと考えられているが、動物により葉、樹皮、枝など摂食する部位が異なることが知られている。そのため対象動物の栄養管理を行う上では葉だけでなく枝も含めた栄養管理が本来必要となるが、木質部分の栄養分析例は乏しい。また葉食が中心の動物では不可食部分である枝は廃棄されており、残った枝を他の動物の飼料としてリユースすることができれば、限りある資源を有効活用することにも繋がる。
そこで本研究では昨年度から継続して、枝葉全体の栄養組成を把握し、枝葉の飼料価値を明らかにすることを目的とし、常緑樹の季節変化や「樹皮」の栄養特性の究明を目指した。京都市動物園で主に利用されているシラカシおよびケヤキの2樹種を対象とし、樹皮は樹木の主軸から分枝した第一次の枝(大枝)から採取した。
 寒地型牧草の一種であるイタリアンライグラスでは、低温による傷害から身を守るために非繊維性炭水化物(NFC)含有率が上昇し、その結果、可消化養分総量(TDN)の含有率は越冬期間に上昇するとされている(kobayashi et al, 2008)。シラカシの葉、小枝、大枝のNFCおよびTDNは夏季に比べ冬季に上昇し、イタリアンライグラスでの結果と同様の傾向を示した。また樹皮の栄養組成に関しては、小枝より粗蛋白質やNFC含有率は低い反面、カルシウム含有率が高い結果となった。草食動物を中心に樹木の剥皮・摂食がみられるが、動物種によって選択的に小枝を摂食する場合や樹皮を摂食する場合がある。今回の結果から、季節性に加え動物の摂食行動と照らし合わせることで飼育下動物への給餌内容適正化に寄与し得ると考えられた。
参考文献:
H Kobayashi, Y Takahashi, K Matsumoto and Y Nishiguchi. 2008. Changes in
Nutritive Value of Italian Ryegrass(Lolium multifl orum Lam.) during
Overwintering Period. Plant prod.sci.11(2),249-252.

2022-A-25
代表者 中陳遥香
海棲哺乳類におけるテロメア長の変動とその要因の解明

中陳遥香(京都大学大学院農学研究科)、木村里子(京都大学東南アジア地域研究研究所)、水谷友一(名古屋大学大学院環境学研究科)、新妻靖章(名城大学農学部)

 動物福祉の普及に伴い、飼育下の海棲哺乳類の飼育環境改善に向け、個体が被るストレスの把握が重要である。本研究では染色体上のテロメアに着目し、飼育下の海棲哺乳類のテロメア長の変化要因の解明を目指した。日本で最も飼育される海棲哺乳類であるバンドウイルカ Tursiops truncatus 、およびゴマフアザラシ Phoca largha の2種を対象とし、京都水族館、海遊館、名古屋港水族館、そして鳥羽水族館の4館で血液のサンプリングを行った。バンドウイルカは13個体、ゴマフアザラシは11個体から血液を取得でき、多くの個体で期間中に2~5回取得できた。この中には、病気の個体や繁殖を経験した個体も複数存在した。全血液サンプルにおいて、DNA抽出を完了させることができた。
 また、継続的なテロメア長測定に適するqPCR手法の確立において基準値となる、サザンブロット―ハイブリダイゼーション法にて、バンドウイルカ12個体16サンプルのテロメア長を測定できた。その結果、同種でも個体によって最大3kbほど長さが異なり、様々な要因が影響していることが推察された。また、2回テロメア長を測定できた4個体において、テロメア長の変化に着目すると、2個体はテロメア長が短縮し、他の2個体は伸長していることが分かった。伸長している個体に関しては変化量が1 kb 未満であるため、実験による測定誤差の可能性も考えられる。そうでない場合、テロメアを伸長させる酵素であるテロメラーゼの働きや、白血球分画の変化などにより、テロメア長の伸長が生じたのかもしれない。一方、実験室の設備不調や感染症の影響等により、qPCR手法の確立、およびすべてのサンプルのテロメア長測定を本研究期間中に完了できなかった。DNAサンプル、および試薬の準備は万端であるため、実験室の環境が改善され使用許可を受け次第実験を行い、変化要因を解明したい。

図1:名古屋港水族館でのバンドウイルカの採血の様子。

図2:バンドウイルカ16サンプルにおけるサザンブロット法の結果。

2022-A-26
代表者 河合 真美
北海道東部に来遊するシャチ(Orcinus orca)のミトコンドリア全ゲノム解析による生態型推定

河合真美(北海道大学大学院 環境科学院),三谷曜子(野生動物研究センター),北夕紀(東海大学生物学部),早川卓志(北海道大学大学院 地球環境科学研究院)

 海洋の頂点捕食者であるシャチは一属一種に分類されており、母系の群れを構成する。群れごとに生態や形態的特徴が明瞭に異なり、これを生態型と呼ぶ。生態型間では生殖隔離が生じており、ミトコンドリアゲノム(以下ミトゲノム)のハプロタイプの塩基配列で識別可能である。日本を含む北東太平洋には、Resident型(魚食性)、Offshore型(板鰓類食性)、Transient型(哺乳類食性)の3つの生態型が存在する。北海道東部に来遊するシャチの生態型については目視調査による把握に限定され、ミトゲノム系統は不明である。本研究では、北海道東部のシャチ10個体(オホーツク海:O1–O7、釧路沖:K1–K3)において、ミトゲノム系統から生態型を推定することを目的とした。漂着した4個体(2005年:O1–O3、2020年:O7)と、バイオプシーサンプル6個体(2013–2017年:O4–O6、K1–K3)において、ショットガンシークエンシングによりミトゲノム全長配列を決定し、既知のシャチミトゲノム配列とともに、最尤法による系統樹を構築した。
 10個体のうち、全長増幅ができなかったO7を除く9個体でミトゲノム全長配列を決定した。4個体(O5,O6、K1、K3)は、先行研究によりResident型もしくはOffshore型と推定されていた(Mitani et al. 2021)が、今回、全てResident型の系統に分類され,魚食性と推定した。これら4個体に近縁なハプロタイプは極東ロシアとアラスカの個体由来であった。残りの5個体(O1–O4、K2)はTransient型の系統に分類され、O1–O4は同一のサブクレード、K2は別のサブクレードに属した。近縁なハプロタイプはO1–O4が極東ロシアとアリューシャン列島、K2がアメリカ西岸とベーリング海の個体に由来した。これら5個体は哺乳類食性と推定した。シャチは保全状況の情報が不足しているが、生態型により取り組むべき保全管理手法は異なる。今後、従来の目視観察に加えて、より多くの群れを対象に遺伝情報を得ることで、北海道東部でのシャチの生態型を明らかにし、保全実践に繋げていきたい。

2022-A-27
代表者 田中諒
嵐山E群のニホンザルにおける特異的近接関係の再検討

田中諒 京都大学

本研究は、嵐山餌付け群のニホンザルの異性個体間関係の研究である。観察期間は2021年12月から2022年11月である。ニホンザルの異性個体間関係の研究としては、特異的近接関係(PPR)の研究(Takahata, 1982)が有名で、交尾関係にあった特定の雌雄が非交尾期にも親密な関係を維持し、しだいに交尾を回避するという傾向を示した。本研究の対象地は、その研究と同じだが、その研究から40年以上が経過し、個体数の減少やメス個体の高齢化などの変化が起こっている。そこで、2022年の非交尾期の異性個体間の親和的関係に着目し、非血縁・非発情の異性個体間関係の特徴を詳述と、先行研究との年代間比較を行なった。その結果、2022年の群れからは、親和的であるほど接近や毛づくろいの公平性が上昇していた。また、エサ場ではない場所での近接時間割合の増加、さらにメスは防衛面での利益を得ていた。ここから、親和性は同じ行動の交換による公平性を上昇させると同時に、別の行動間の利益授受も起こっているといえる。また、高齢個体ほど幅広いオスと関係を構築する傾向にあったことから、孤立化の抑止の可能性が考えられる。年代間比較では、個体数が減少したにも関わらず、近接が確認されたダイアッド数は増加しており、反対に、1970年代では近接時間割合が60%を越えるダイアッドがいたのに対し、2022年では大きくても20%以下だった。つまり、「狭く深い」関係から「広く浅い」関係へと変化していた。また、アルファオスに近接するメスも高順位メスに偏っていたのが、そのような偏りが見られなくなった。ここには、高齢化による順位序列の緩和の可能性が考えられる。毛づくろいの向きに関しては、メスからの方が多かったものが、オスからの毛づくろいの方が多くなった。これには、移出未経験のオスがより関係構築に積極的である可能性が示された。一方、両年代とも親密さは交尾成功度の上昇には寄与しておらず、ニホンザルの普遍的性質といえるかもしれない。

2022-A-28
代表者 稲本 俊太
ウミネコの採餌行動における性差と年変動

稲本俊太 早稲田大学人間科学研究科

海鳥において、採餌に利用する場所あるいは採餌を行う時間、潜水行動などの採餌行動において性差があることがわかっている。性差が生じる原因として、①形態的な性差にもとづいた性別間での競争的排除、②繁殖における性による役割の違い、③栄養要求の違いの3つが主に提唱されている。そして海鳥の採餌行動における性差の有無あるいはその程度は年変動することがわかってきたが、性差が変動するメカニズムについては明らかになっていない。
 本研究では北海道利尻島で抱卵期のウミネコにGPSを装着して採餌に利用する場所を特定して、年変動の有無を検証した。また同時に吐き戻しを回収してウミネコの食性を調べた。その結果、2021年と2022年で雌雄が利用する採餌場所が年変動していることがわかった。Kazama et al. (2018) ではウミネコの採餌行動における性差は競争的排除によって生じるとされたが、2021年と2022年では体格の大きいオスによる体格の小さいメスの排除と思われる現象は見られなかった。年変動が生じるメカニズムについては、GPSによるトラッキングデータと食性調査を組み合わせて分析を進める。また引き続き同様の調査を行い、比較する年数を増やす予定である。



カーネル密度推定を用いて、抱卵期のウミネコが採餌に利用したエリアをオス(青)・メス(赤)ごとに推定した。色が濃いエリアが50%カーネル、薄いエリアが95%カーネルを示している。また星印が繁殖地を示している。

2022-A-29
代表者 春日井隆
名古屋港に来遊するスナメリの周年変動

神田幸司1、加古智哉1、多根莉音2、加来由津香2、吉田弥生2、春日井隆1 1名古屋港水族館、2東海大学海洋学部

本研究はスナメリの名古屋港への来遊状況の把握と、スナメリ(以降FP)と海鳥の相互関係の解明を目的として行われた。伊勢湾・三河湾の最奥に位置する名古屋港では、近年の筆者らの調査から冬季にFPの来遊が増加する。港内の来遊場所に偏りがあることも確認されてきており、継続調査により分布変動の有無や港内生態系の把握を目指している。
船舶目視調査はFPの来遊が多い12月から3月は毎月2回、他は毎月1回実施した。2022年の1 kmあたりの発見頭数は、春期(3~5月)が0.06,夏期(6~8月)が0.03,秋期(9~11月)が0.16,冬期(12月~翌年2月)が0.95であった. 2023年1月12日の調査では計71頭と,2018年以降の調査で最も多くのFPを確認した.
FPと海鳥の相互関係については、名古屋港ポートビル展望室から目視調査を行い、来遊(飛来)時の状況を記録した。海鳥は大集団の観察が多いユリカモメ(以降BhG)及びカワウ(以降GC)とし、FPと海鳥で同じ群れをつくっているかどうか、互いの距離、3種の行動(探索、移動、採餌、その他)、接近方向を解析した。解析には2020年と2021年の調査時の映像記録も用い、合計250回の映像記録から、行動が鮮明に記録できた映像(n=209)を選別した。同所同時利用の組み合わせは、3者のいる映像が69回と最も多かった。接近方向では
BhGからFPに近づく場合が最も多く9個であったが一方、その逆はなかった。FPとGCは、接近解析を行える記録が少なく(n=4)明瞭な傾向は示すことできなかった。FPから海鳥に近づく事例は、FPからGCに接近した3回であった。FPの行動はどちらかの海鳥と近くにいる場合に、採餌に関する行動が増加した。BhGは、FPとの接近時に探索が47%と最も多くなり、単独時に見られなかった採餌が11%に増した。GCはFPと群れでいる時と単独でいる時の両方で、移動が最も多かった。以上より、BhGは採餌の際にFPの存在を利用している可能性が示唆された一方、GCによるFPの積極的な利用は確認されなかった。



スナメリと海鳥(カモメとカワウ)の群れ ©名古屋港水族館

2022-A-30
代表者 村山 恭平
北海道東部沿岸域のチシマラッコは,増えていくのか?〜母子の行動に着目して〜

(未提出)

2022-A-31
代表者 太田洋輝
複数カメラを用いたマルチボディトラッキングによる霊長類の行動分析手法の開発

太田洋輝 (帯広畜産大学 人間科学研究部門), 田島知之 (大阪大学 COデザインセンター)

2022年11月4日から5日の2日間の日程で、ときわ動物園のテナガザル放飼場において6台の定位置ビデオカメラによる午前と午後1回ずつの約2時間の連続撮影を合計4回行った。この放飼場では、数m程しか離れていないが池によって相互に個体が行き来できない2つの島にそれぞれ4頭と2頭のテナガザルが放飼されており、それぞれの島内で地上と樹上を自由に動き回ることができる。それぞれの島に対して、3つの異なる場所からそれぞれカメラ1台の画角を使って島全体が画角に入るように3台のカメラを設置した。現時点で撮影された動画データの解析は終えていないが、撮影時に動画解析の目安として次のような参考データも記録した。具体的には、太田と田島がぞれぞれの島に分かれて、2分おきに個体がいる高さを木の枝の位置を目安に3ないし4つの階層に区分けして記録をとった。ただし、これは参考データなので階層の区分けは目分量で行った。この参考データから、2つの島を比べた時に、4頭いる島では各個体が地上付近にいることが比較的多く、2頭いる島では2頭が盛んにブラキエーションしながら樹上を入れ替わり上下していることが観測された。この参考データから、2頭いる島での個体ごとの高さ分布また個体同士の高さ相関に、ブラキエーション中にどのような個体間相互作用をしているかの理解を進める情報があると期待している。よってその作業仮説とともに今後動画解析を進める予定である。ちなみに動画解析の最初の目標は、自動で個体識別をすること、また異なる角度の動画を統合した上での個体がいる高さを自動追跡することである。

テナガザルが2頭いる島の様子。2頭のテナガザルはそれぞれ赤丸で囲まれた場所にいる。(撮影:太田, 田島, 場所:ときわ動物園, 2022年11月)

2022-A-32
代表者 小川 萌日香
北海道知床海域の海洋生態系における化学汚染物質(PCBs)蓄積濃度の解明

小川萌日香、北海道大学

今回は研究計画の変更により,知床に生息する海洋生物ではなく,グリーンランドのアザラシの汚染物質測定を行った.2023年1月〜3月にかけて愛媛大学沿岸環境科学研究センターを訪問し,測定技術の習得及び自身のサンプルの汚染物質濃度の測定を行なった.愛媛大学滞在中は,実験を行うだけでなく,滞在先の研究室のゼミナールに参加したり,博士論文審査会の聴講をするなど,汚染物質測定に関する知識や技術を多く習得することができた.
 本取組み期間中に実施した汚染物質測定の技術習得に関して,3 回の回収試験に合格し,無事に測定技術を習得することができた.また,ワモンアザラシ2個体,タテゴトアザラシ1個体,アゴヒゲアザラシ3個体の汚染物質濃度を測定することができた.
 今後は,今回習得した測定技術を使って残りのサンプルをすべて測定し,グリーンランドのアザラシおよびそれらの餌生物における汚染物質濃度を明らかにする.



2022-B-01
代表者 XU Zhihong
Sociability and Disease Transmission: Evolutionary Ecology of Parasite transmission in Japanese macaques

XU Zhihong (Wildlife Research Center, Kyoto Univ)

We conducted in total two seasons of observation and tracking of wild Japanese macaques. During this cooperative project, we focused on the Petit group in Seiburindo area. We collected 233 hours focal observation, or 9.5 ± 0.5 hours of observation per individuals; We collected 30,789 individual tracking points, or 993.2 ± 429.1 points per individual; We collected 130 fecal samples, or 4.3 ± 0.4 samples per individual. We also collected 80 soil samples and 72 insect traps, which trapped more than 200 dung beetles.
Based on the observation, tracking and fecal samples, we found that in the observed macaque group, social network centrality or space-sharing network centrality are not correlated to infection. However, the interaction both centrality had a significant effect on infection, meaning that the two kinds of network centrality is influencing each other's impact on parasite infection: when one centrality increase, the impact of another centrality on parasite infection will increase. This result is newly found in primates, and might be one potential answer to previous questions about why different relationship between centrality and infection were found in different populations.

2022-B-02
代表者 八木 原風
糞中DNAを用いたメチル化解析によるミナミハンドウイルカの非侵襲的な年齢推定方法の開発

(未提出)

2022-B-03
代表者 吉村恒熙
アカギツネの行動と遺伝子による自己家畜化仮説の検討

吉村恒熙 (京都大学大学院・理学研究科・生物科学専攻・人類進化論研究室)

本研究では、北きつね牧場(北海道北見市)という観光施設のアカギツネ(Vulpes vulpes、以下キツネ)に自己家畜化の兆候が見られるかを検討するため、以下のような調査を実施した。なお、北きつね牧場では、約50匹のキツネが放し飼いにされ、人為選択も行われていない。また、放飼場内にはスタッフや観光客が日常的に出入りし、キツネとヒトが頻繁に交渉している。したがって、北きつね牧場では、よりヒトに友好的なキツネが自然選択され、キツネの自己家畜化が起こっている可能性がある。
2022年10月から11月にかけて、北きつね牧場で2021年10月から2022年1月に採取したキツネの糞35サンプル(25個体分)からDNAを抽出し、アンドロゲン受容体のマイクロサテライト解析を実施した。また、2022年11月から2023年1月にかけて、再度北きつね牧場で行動観察および糞の採取を行った。行動観察では、個体追跡を行い、放飼場内のスタッフや観光客に対するキツネの反応(友好的:接触・接近・2m近接・10m近接など、非友好的:逃げる・隠れる・威嚇・攻撃など)を記録した。2023年2月から3月にかけては、追加の糞6サンプル(6個体分)から抽出したDNAを解析対象に加え、全サンプルについてアンドロゲン受容体のマイクロサテライト解析を再度実施するとともに、ロシアにおけるキツネの家畜化実験で変異が生じたとされるCACNA1Cというゲノム領域の2か所のSNPを調べるため、4サンプルについてシーケンス解析を実施した。結果、アンドロゲン受容体のマイクロサテライト解析では3種類の多型が見つかったが、CACNA1Cの2か所のSNPには、いずれも多型が見られなかった。

2022-B-04
代表者 舟川一穂
安定同位体比分析を用いた、ニホンザル野生群におけ る個体レベルでの食性解析

舟川一穂(京都大学生態学研究センター)

本研究では年齢や性別、社会的優劣関係などが既知であるニホンザル個体に対して、安定同位体比分析を用いた食性解析を行うことで、個体レベルでの食性を明らかにし、これら社会構造が個体の生態に対してどのような影響を与えているかを定量的に示すことを目的としている。
ニホンザル幸島個体群は森林由来の食物資源だけでなく、餌付け由来の小麦と海産由来の食物資源も合わせて摂取するという、非常に特徴的な食性を持つ個体群である。この個体群を構成する二つの群れ、主群・マキ群とはぐれオス個体から、個体識別をした上で38個体分の体毛サンプルを採取した。これらの体毛サンプルに対し、炭素・窒素・硫黄安定同位体比分析を用いた食性解析を行った。なお用いた機器は京都大学生態学研究センターと総合地球環境学研究所のEA-IRMS(元素分析・同位体比質量分析機)である。
その結果、昨年度の分析から引き続き、性別が海洋由来の食物資源に対する選好性に大きな影響を与えていることが確認された。これはニホンザルの生活史の雌雄差が、普段の遊動範囲や摂食行動の違いに現れているのではないかと考察される。また幸島個体群の特徴的な食性として観察される海産由来の食物資源の摂取は、群れや社会的な立ち位置に関わらずどの個体も食性の15~20%を常に占めている重要な食物資源であることも明らかになった。今後も継続的に研究を続け、環境条件や社会的条件が変動することで、個体の食性がどのように変動していくか継続的に分析を行いたい。

2022-B-05
代表者 相場慎一郎
屋久島の森林動態

相場慎一郎 (北海道大学大学院地球環境科学研究院), 船津若菜 (北海道大学環境科学院), 渡部俊太郎 (鹿児島大学理学部), 伊藤嵩将 (鹿児島大学理学部), 迫田光弘 (鹿児島大学理学部), 田代千紘 (鹿児島大学理学部)

屋久島の標高1550mの針葉樹林に設定された1ヘクタール森林調査区の再測定を行った。

2022-B-06
代表者 栗原洋介
ニホンザルの昆虫食が枯死木分解にあたえる影響

栗原洋介(静岡大学)

本研究の目的は、ニホンザルが枯死木分解にあたえるインパクトを定量することである。本年度は、屋久島・西部林道において主に枯死木分解実験の継続および昆虫群集の調査を行った。2019 年以降、屋久島・西部林道沿いに設置した枯死木調査プロット 11 箇所において、サル排除実験を継続している。対象の材を複数個に分割し、一方はそのまま放置、他方はサルが破壊できないようにネットで覆った。定期的に材の写真撮影を行い 3D モデルを作成することで、材の表面積・体積のデータを蓄積している。また、自動撮影カメラを用いて動物の訪問および枯死木とのコンタクトを調べている。サルはすべての材を訪問し、11 のうち 10 プロットでそのまま放置した材がサルによって大きく破壊された。今年度、材の分解が大きく進み、2023 年 3 月時点で残るは 6 プロットとなった。さらに、枯死木依存性昆虫群集の調査を行った。ニホンザルにより破壊されやすい材に生息する昆虫の情報を得るために、枯死木のサイズ、腐朽タイプ、腐朽度、種名などを記録したうえで、材をくずし、内部や周辺に生息する昆虫の種と個体数を記録した。各種数個体を採集し、エタノールまたはポリエチレングリコールで保存した。来年度以降も、同様の調査を継続して実施する予定である。

2022-B-07
代表者 揚妻直樹
ヤクシカの個体群動態および地域個体群間の遺伝子流動について

揚妻直樹(北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター)、揚妻-柳原芳美(Waku Doki サイエンス工房)

捕獲圧がかかっていない地域に生息するニホンジカ個体群の動態把握のため、鹿児島県・屋久島の西部地域において識別個体を長期間観察することで個体縦断的なデモグラフィックデータの収集を行っている。2022年度は新たに2頭のシカ(成熟オス1頭、成熟メス1頭)を捕獲し、首輪型発信器を装着した。また2011年より継続観察してきた識別オス1頭の死亡を確認した。
同地域では毎年、シカの生息密度調査も行っている。この個体群は2014年から2018年にかけて、生息密度が急激に低下(年率マイナス10~20%)したことが報告されている(揚妻ら 2021)。2022年の調査により、その後はずっと低密度に維持されていたことが示され、この個体群は自然生態系の制御を受けている可能性が示唆された。生態系制御により、ニホンジカ個体群が低密度に維持される現象は報告がないため、この個体群は学術的に希少で重要であると言える。今後も捕獲圧の影響が及ばないようにして、この地域のシカ個体群を保護管理することが必要であろう。

新規に捕獲した成熟オス

2022-B-08
代表者 田伏 良幸
社会的伝達に群れの凝集性が与える影響-休息場所 に着目して-

田伏良幸(京都大学)

 本研究は、ニホンザルの体温調節に関連した休息場所の選択に着目し、周辺個体数(凝集性)が社会交渉に与える影響、その中でも特に文化的行動のやり方や意味が個体間でどのように伝達されるのかについて解明することを目的とする。これまで、文化的行動を含む社会交渉はどこで行われていても、その割合や頻度は影響されないと暗黙裡に考えられてきたが、それについて考え直す余地がある。なぜなら、休息場所は体温調節の場にもなっており、野生下において体温調節は生存に大きく関わる。そのため、選好する休息場所に応じて変化する凝集性によって社会交渉が影響する可能性がある。
 本年度は、前年度・前々年度に個体追跡したニホンザルの休息場所を対象に、前年度3月から本年度4月までの約2ケ月間屋久島で調査を行った。個体追跡した際にGPSで記録した位置情報と撮影した写真をもとに、追跡個体の休息場所とその周辺の休息場所を同定し、その面積を測定した。
 5月以降は本年度4月までの調査で得られたデータの分析を行い、研究会や学会で主に休息場所選択と気象条件との関連について発表した。その結果、休息場所の選択は従来考えられていた日向・日陰のみならず材質によっても体温調節している可能性があり、材質の選択によって凝集性が変化し、敵対的交渉や文化的行動の生起頻度に影響することが示唆された。本研究課題によって得られた結果は、休息場所の選択が文化的行動の社会的伝達について解明するうえで欠かせない基盤となるものである。

夏、冷えた岩で休むヤクシマザル

2022-B-09
代表者 GARCIA Cécile
Flexibility of feeding strategies in primates

Cécile Garcia (UMR 7206, CNRS-MNHN-Université de Paris); Andrew MacIntosh (Kyoto University), Bruno Simmen (UMR 7206, CNRS-MNHN-Université de Paris), Sébastien Bouret (UMR 7225, Paris), Sandrine Prat (UMR 7194, Paris)

We have started collecting data in the wild (Kojima Island, Japan) from a group of Japanese macaques known to exploit marine resources. The aim of this study is to gain a better understanding of the cognitive processes involved in feeding decisions, with a particular focus on the influence of social and environmental factors on individual dietary strategies and the consumption of marine and terrestrial resources. A pilot study carried out in 2022 allowed us to carry out the first isotopic analyses (δ13C, δ15N) on a representative sub-sample of the diet and on fecal samples. These enabled us to better discriminate between diets based on terrestrial vs. aquatic resources, and established a proof-of-principle of the project's feasibility.

Photo 1: Use of terrestrial resources by a female Japanese macaques - Credit: Lucie Rigaill

Photo 2: Marine resources in Koshima island - Credit: Cécile Garcia

2022-B-11
代表者 イ・ヨンジュ
野生ウマの社会で母ウマの社会関係が仔ウマの社会性に及ぼす影響

イヨンジュ(京都大学野生動物研究センター)

  都井岬で野生化された在来馬の岬馬は約100頭が主に小松ヶ丘と扇山、二つのエリアに分けて分布し、自由に群れを構成して繁殖している。調査対象は一夫多妻グループの中で母ウマと仔ウマが一緒にいる群れで、ウマがグループの中で行う親和的な行動(例:相互グルーミング、友好的な体の接触)と敵対的な行動(例:蹴る、噛む、ぶつかる、追い出す)、そして個体間の空間的配置をビデオカメラやドローンを用いて観察・記録した。
  調査対象のグループの中で、特に扇山エリアの一部の親子たち(4ペア)は二つの群れ間を移動する傾向が見えており、2021-2022年の繁殖期の追跡調査で群れの集まりの社会ネットワークや個体間の近接を算出した。
  親子が他個体と一緒にいるAssociation Index(AI)をもとに社会ネットワークを作成してCommunity detection(Infomap algorithm)を行った結果、親子たちは二つの群れ間で放浪する傾向はあるものの、全般的には特定のオスや親子ペアがいる群れにより集まった。一方で、翌年(2022年)には主に集まる群れを変えた親子ペアのことも確認できた。社会ネットワークでの中心性においては、2021-2022年の間に母ウマと仔ウマが類似した変化を見せた。
  このように集まったグループの中で、親子が他個体との関係で見せる社交スタイルを検討するために、母ウマと仔ウマの最近接距離にいた個体たち・最近接だった頻度をもとにEgo-centric networkを作成するほか、その親子間の類似度を算出した。2021-2022年の繁殖期の間に、各親子間の類似度はペアごとに異なる変化様相を見せて、これには親子によって異なる状況が反映された可能性が示唆された。例えば、2022年に新しく弟が生まれて完全に離乳した仔ウマの場合は母ウマとの類似度がに減少し、群れを変えた親子の場合は親子間の類似度が増加した。
  以上の結果は日本動物行動学会第42回大会にて発表しており、今後は2022年に新しく生まれた仔ウマも含めて分析するほか、異なる安定度を持つグループたちの比較分析を予定している。



2022-B-12
代表者 小野田雄介
屋久島における森林の構造や動態に関する研究

小野田雄介(京都大学農学研究科)、近藤里莉(京都大学農学研究科)

屋久島にある長期観察林を中心に、森林の構造と動態を明らかにすることを目的として、二次林プロットの毎木調査を行い、また樹冠計測や光環境計測により、個体間競争を定量し、森林発達に伴う個体群動態と森林の変遷を評価した。また各プロットにおいて樹木の繁殖の有無を調査し、繁殖に関わる基礎的な知見を得た。

雨の中で目立つヒメシャラの幹。

2022-B-13
代表者 Johnstone Brooks Jackson
Impacts of red tide (Karenia selliformis), kelp distribution, and temperature on sea otter (Enhydra lutris) diet and distribution.

(未提出)

2022-B-14
代表者 今野 夏季
北海道東部沿岸域におけるチシマラッコの休息場所選択に関する研究

今野夏季  北海道大学大学院 環境科学院 生物圏科学専攻 水圏生物学コース 生態系変動解析分野 修士課程2年 京都大学野生動物研究センター 海獣班

ラッコ(Enhydra lutris)はかつて日本からカリフォルニアまで北太平洋沿岸に連続的に分布していたが,毛皮を目的とした乱獲により絶滅寸前まで減少した.その後,世界的に資源管理の対象として扱われ,生息域,個体数とも劇的な回復を果たしている.近年,北海道東部沿岸においてラッコの目撃情報が複数報告され,再定着が進んでいると考えられている.しかし当該海域におけるラッコの分布に関する生態学的なデータや知見は多くない.本種の定着には,休息に利用できる環境,つまり,風や波の影響を受けにくい穏やかな場所や,体を固定できるような海藻が海面まで繁茂する(キャノピー)場所が必要とされている.本研究では,船上から個体の分布と行動を観察し,休息に重要とされる要因について調べることで,生態学的な側面から本種の定着に関する知見を得ることを目的とする.また,自分で遊泳できない月齢の仔を養育している母親(仔持ち個体)では,特に風や波の影響を受けにくい環境を選択することが知られているため,仔の有無ごとに休息場選択性を調査した.
調査は5-6月,7月,9月に行われ,25日分の観察データが得られた.総個体数は329個体,うち休息個体は183個体(母親のお腹の上に乗っている仔を除く),非休息個体は146個体であった.全個体のうち休息と休息以外の行動に分け,風が避けられる場所にいるか,いないかに分類すると有意に差があるとは言えなかった (Table 1).また休息個体のうち,仔の有無ごと(仔持ち: 70個体,仔無し: 113個体)に風が避けられる場所にいるか,いないかに分類すると,有意に差があるとは言えなかったが(Table 1),各月では傾向が見られ,5-6,9月では仔持ち個体で風を避けられる場所を利用している傾向が見られた.一方,7月では風を避けられない場所にいる個体の割合が大きかったが,その要因として,7月には海藻のキャノピーが最大になっており,風を避けられる場所を求めて移動するよりもキャノピーで体を巻き付けて休息した方エネルギー消費を抑えられるため,風との関係が弱かったと考えられた.



今野夏季

2022-B-15
代表者 林亮太
屋久島で産卵するアカウミガメに付着する生物の多様性調査

(未提出)

2022-B-16
代表者 田中美衣
ニホンザルによる枯死木の破壊

田中美衣(京都大学大学院理学研究科修士課程)

屋久島でニホンザルが穿孔性昆虫を採食するために枯死木を破壊する行動の生態系における機能を明らかにするため、ふたつの調査を行った。第一に、2022年10月および11月に屋久島の西部地域で枯死木の一斉調査を行い、大きさや硬さを記録した。今後、再調査を行って、枯死木の消失や新規加入率を推定したり、サルが生息していない種子島での研究結果と比較する予定である。第二に、2022年12月から2023年2月に、屋久島の西部地域でニホンザルの行動観察を行い、枯死木を実際に破壊する行動についての資料を収集した。

2022-B-17
代表者 杉浦 秀樹
屋久島西部地域における中大型動物の生態調査

杉浦秀樹(京都大学野生動物研究センター)

 屋久島・西部地域でのヤクシマザル、ヤクシカの基礎的な調査を継続して行った。ヤクシマザルの個体識別をしながらの群れの識別と頭数の調査、道路を歩いてのサルとシカのセンサス、カメラトラップによる撮影を引き続き実施した。
 ヤクシマザルの1群では分裂していることが示唆された。

2022-B-18
代表者 橋戸南美
ヤクシマダケを採食するニホンザルの腸内細菌研究

橋戸南美(中部大学応用生物学部)

屋久島の標高1700m以上のササ原に生息するニホンザルは、夏の間ササの一種であるヤクシマヤダケのタケノコ、新芽のみを食べている。ササ類に近縁なタケ類は有毒な青酸配糖体や繊維質を多く含み、ヤクシマヤダケもこれらを多く含むことが推測される。本研究では、他地域には見られない特徴的な食性を示す屋久島山頂部のニホンザルの腸内細菌を調べ、これらの食性を可能にする腸内細菌の機能特性を解明することを目的とした。屋久島山頂部、低地部、モンキーセンター飼育の3地域のニホンザルの新鮮糞を採取し、青酸配糖体含有培地を用いた培養後のシアン発生量分析・集積培養からの細菌分離、分離菌の糖分解性試験を行った。山頂部個体糞便の培養後のシアン発生量は、低地部および飼育個体よりも低く、シアン発生が抑えられていた。また集積培養で3地域由来個体すべてから分離されたLimosilactobacillus mucosaeの糖分解性を比較したところ、野生由来株は飼育由来株に比べて多種類の糖を分解し、特に山頂部由来株ではトレハロースやセロビオースに対する高い分解性を示した。これらの機能特性が山頂部のササ食に関連していることが示唆された。本研究成果は第39回日本霊長類学会大会で発表した。

2022-B-19
代表者 山口さくら
飼育下アジアゾウ(elephas maximus)と飼育員の絆形成におけるトレーニングの有効性−行動とオキシトシン、コルチゾールに着目して−

山口さくら(東京農業大学)、高見一利(豊橋動植物公園)、木下こづえ(京都大学野生動物研究センター)、松林尚志(東京農業大学)

本研究の対象種のアジアゾウ(Elephas maximus)は高度な社会性や広い行動圏を持つため、飼育形態や飼育施設等に大きく影響される。先行研究では、飼育員との絆がゾウの血中コルチゾール濃度を低下させることが分かっている。そのため、飼育員との信頼関係もゾウを取り巻く環境として考慮するべきである。飼育下ゾウでは飼育員による体調管理を目的としたトレーニングが行われており、信頼関係を築くための重要な場となっている。しかし、先行研究ではストレス値のみの解析しか行われておらず、絆についても飼育員へのアンケート調査のみであったため、絆が形成されているかは定かではない。そこで本研究では、豊橋動植物公園の雌のアジアゾウ2個体(アーシャー、チャメリー)において、コルチゾールと絆の形成に関わるオキシトシンに着目し、飼育員とのトレーニングが影響しているのかを明らかにし、その重要性を検証した。トレーニング前後とホルモンの関係を調べた結果、2個体ともオキシトシンに変化は見られなかったが、トレーニングが個体によってストレスを減少させる可能性があることが示唆された。また、トレーニング時間・声掛け回数とホルモンの関係を調べた結果、アーシャーにおいては声掛け回数によりオキシトシンが増加したが、トレーニング時間では両ホルモンに変化はなかった。チャメリーでは声掛け回数により両ホルモンに変化はなかったが、トレーニング時間によりコルチゾールが減少した。他個体との親和的行動とホルモンの関係を調べた結果、アーシャーは他個体との親和行動によりオキシトシンが増加し、コルチゾールが減少する可能性が考えられた。以上のことから、個体によって幸福を感じる要因が違うことが示唆された。しかし今回は調査期間が短く雌のみだったため、今後は個体及び雌雄ごとの性格の把握、トレーニングの確立が必要であり、そのためには雄を加えた長期の観察をする必要がある。



それぞれの個体でのトレーニング時間と両ホルモンの関係を調べた結果、チャメリーでコルチゾールの減少が見られた。声掛け回数と両ホルモンの関係ではアーシャーでオキシトシンが増加した。

2022-B-20
代表者 Katherine Majewski
Latrine surveys and monitoring for predation and and disease spread by invasive raccoon dogs (Nyctereutes procyonoides) on Yakushima island

(未提出)

2022-B-21
代表者 平安 恒幸
霊長類に特有な免疫レセプターの遺伝的多様性に関する研究

平安恒幸(金沢大学先進予防医学研究センター)

LILR (Leukocyte immunoglobulin-like receptor)は, 遺伝的多様性に富む霊長類特異的な免疫受容体ファミリーであり,ヒトLILRファミリーは活性化型LILRA1・A2・A4・A5・A6, 抑制化型LILRB1・B2・B3・B4・B5, 分泌型LILRA3, 偽遺伝子LILRP1・P2に分類される。最近研究代表者らは, 人類集団においてLILRA6遺伝子が遺伝的多様性に富むことを明らかにしたが, ヒト以外の霊長類における遺伝的多様性はこれまでに明らかとなっていない。そこで, 今年度は, チンパンジーLILRA6の遺伝的多様性を明らかにすることを目的とした。チンパンジー10個体のLILRA6遺伝子解析を行ったところ、チンパンジーLILRA6はヒトよりも遺伝的多様性に乏しいことが明らかとなった。今後は他のLILR遺伝子の遺伝的多様性も明らかにする予定である。

同定されたチンパンジーLILRA6のアリル

2022-B-22
代表者 鈴木滋
野生ニホンザル社会のエソグラムによる地域間比較

鈴木滋(龍谷大学国際学部)

2022年8月19日~8月26日(6泊7日)まで、屋久島西部地域で、野生ニホンザルの野外調査を行った。この期間は京都大学野生動物研究センター屋久島研修所に宿泊した。これまでにすでに個体識別されている川原地域の、ヤヨイ群およびミッフィー群を対象として、個体の移出入とオス間の社会関係についてのデータを収集した。屋久島の地域個体群では、群間の敵対的な関係がきついが、一方で群れ内での個体間関係が寛容的であるといわれてきた点を、オスのマウンティング行動を中心に検討をし、データを蓄積しつつある。また、地域間の比較をするための、基礎資料として、エソグラムの動画を撮影した。

屋久島西部地域の野生ニホンザル(オス間の毛づくろい)

2022-B-24
代表者 澤田晶子
ニホンザルの菌食行動

澤田晶子(京都大学野生動物研究センター)

本年度は、2022年8月から9月にかけて屋久島西部林道域にて野外調査を実 施し、ニホンザルの菌食行動データ収集ならびに菌類子実体(キノコ)試料の採取をおこなった。これまでの調査において採食頻度の高かったテングタケ類、イグチ類、ベニタケ類を中心に採取し、形態的特徴に基づく手法ならびに遺伝子解析によるキノコの種同定を実施し、サルの遊動域内に猛毒種シロウロコツルタケなど毒キノコが生えていることを確認した。林内においてシロハツモドキ(ベニタケ属)が地面から引き抜かれた状態で落ちていることがたびたびあった。サルによる食痕はなく、このキノコをにおって捨てる事例も過去に観察されていることから、サルがこのキノコをにおいで不可食と判断している可能性が考えられる。過年度の実験結果を踏まえ、キノコ の揮発性物質の捕集作業は高温多湿な林内ではなく室内で実施した。室温・湿度の安定した実験室内での作業が可能であった今年度は、先行研究により近い条件下での実験が可能となった。その一方で、ツルタケなどテングタケ類の一部においては腐敗が進んでしまったことから、捕集方法に関しては今後更なる検討を要する。また、林床のキノコを用いた先行研究の手法に比べると、捕集できる揮発性物質の濃度が低くなる傾向がみられたが、吸着剤の数を増やすことでこれに対応し、GC-MS濃縮分析を実施した。

2022-B-26
代表者 西本千夏
ネコとイヌの卵巣を用いた卵子と卵母細胞の凍結保存と体外成熟の技術の向上

西本千夏(北里大学獣医学部動物資源科学科)、藤原摩耶子(京都大学野生動物研究センター)、村山美穂(京都大学野生動物研究センター)

絶滅危惧種が多いネコ科動物やイヌ科動物では、依然として最適な人工繁殖技術(ART)は確立されていない。特に卵子を活用したARTは、精子と比べて入手困難なことや細胞の大きさなどの観点から、研究が進んでいない。そのため、修士研究では、野生ネコ科動物や野生イヌ科動物の近縁種であるイエネコとイエイヌの卵子で、凍結保存と体外成熟の技術向上を目指した研究を行い、野生動物へ応用し、希少野生動物の保全への貢献を目指す。今回の滞在(11月14日~11月17日)では、この研究の前段階として、卵子や卵母細胞の操作方法の技術習得を目指し、予備実験を行うことを目的とした。滞在期間では、施設の使用方法、蛍光顕微鏡、実体顕微鏡、メンブレンフィルター、スカーレットニードルといった器具の扱い方、卵巣を輸送する際の保存液や卵巣の操作培地、ガラス化溶液などの試薬の調製方法を学ぶことができた。実際にカンガルーやレッサーパンダの卵巣を用いて、卵巣組織の保存方法の技術も習得することができた。また卵巣組織を扱った際に、卵巣から出てしまった卵子を専用の器具を用いて回収し、顕微鏡下で状態や大きさを観察、撮影し記録として残す手順を学んだ。また、実験操作以外にも、修士課程の研究内容について指導教員と具体的に相談してすることができ、ラボミーティングやセミナーに参加することで、研究室やセンターの人と関わる機会が増え、詳しくセンターについての情報を得ることができた。滞在期間を通して、学んだ操作方法や得られた情報は今後の修士研究に活かしていく。



1枚目は動物園動物の卵巣および子宮、2枚目は蛍光顕微鏡および卵子

2022-B-27
代表者 KIM Jaock
How do annual variations in the fruit and seed availability influence to sexual behavior in Japanese macaques in Yakushima?

Jaock Kim(Kyoto Univ)

The goal of the last survey was to conduct a preliminary survey for data collection for master's thesis. In order to conduct the survey safely, I need to learned how to walk in the mountains and how to use various survey devices for about a week. About 4 monkey groups were observed to select the survey groups. After that, two groups to be selected as survey groups were selected and individual identification was conducted for about a month. At the same time, I also studied the names of the terrain in which monkeys used and the names of plants consumed by the monkeys. Finally, I practiced sampling method to learn how to collect data.

2022-B-28
代表者 田坂 樹里
動物園飼育動物の原子卵胞の凍結保存について

田坂 樹里

 動物より摘出された卵巣組織から、原始卵胞を多く含む卵巣表層組織を採取し、液体窒素で凍結保存する技術について習得することを目的として行った。
 研修当日、レッサーパンダの卵巣保存依頼が発生し、良い材料での実習となった。
 新鮮材料では表層の採取や剥離がしやすく、表層をメスで採取する技術をよく理解できた。持参したアカカンガルーの凍結した卵巣では融解した後に表層採取はメスでは難しく、眼科はさみで表層切除となったが組織が厚く切除されても、次の処理で薄くしていけばよいと理解した。実体顕微鏡で表層と裏側を見極めながら、表層のみにしていく手技を習得することができた。
凍結液組成は2018年から組成が変更しており保存性の改善が期待され、事前準備や使用する保存液等の作製手順も習得できた。事前準備は効率よい手順を学ぶことができ、大変有意義であった。
 レッサーパンダ卵巣から成熟卵胞が回収されなかったが、繁殖時期を考えると卵胞の発達が見られなかったことは不思議ではない。発育卵胞からの阻害物質の影響が低く、保存後の利用を考えたときには良いのではないかと推察した。動物園側で行動記録や糞中ホルモン測定などが実施されていれば、より貴重な記録となると思う。
横浜市繁殖センターではZARAS業務としては卵巣からの配偶子保存は実施していないが、横浜市立動物園の重点保存種に限り保存をおこなっている。成熟卵胞の確認まではこれまでも実施してきたが、保存がうまくいかずにいる。2018年よりご教授いただいた卵原細胞の保存に取り組んでおり、継続実施するとともに今後は卵子の保存までを実施目標として取り組んでいく。

(写真1)卵巣から表層の切り出し作業

(写真2)卵巣表層の処理作業

2022-B-30
代表者 角田史也
ヤクシマザルの花蜜食行動がヤブツバキの繁殖に与 える影響

角田史也、半谷吾郎

8月に大川林道、10月に西部林道で調査を実施した。林道上および林内を歩き、観察に適したヤブツバキを各地点でそれぞれ20本記録した。当初予定していた2,3月の調査は、屋久島観察所の一時閉鎖を受けて中止とした。本年度で得られたツバキの情報をもとに、次年度よりデータ収集を開始する予定である。

2022-B-31
代表者 Julien Paulet
ニホンザルの自動個体識別・自動トラッキング技術の構築および社会ネットワーク分析

(未提出)

2022-C-01
代表者 鈴木滋
龍谷大学国際学部国際文化実践IID(屋久島 の人と自然)

鈴木滋(龍谷大学国際学部)

2022年8月26日から9月1日まで、龍谷大学国際学部の野外実習科目「国際文化実践IID(屋久島 の人と自然)」を実施した。参加学生は9名で、引率教員1名とともに、京都大学野生動物研究センター屋久島研修所に宿泊した。実習は、ヤクスギランド、西部地域での希少種の保全活動の見学、エコツアーや里めぐりにじっさいに参加し、自然保護活動の実際や、屋久島の自然保護や文化の担い手に聞き取りを実施した。また、屋久島焼酎の酒蔵や、屋久杉自然館、屋久島町歴史民俗資料館などを見学した。実習後に大学で報告会を行い、レポートを作成した。

屋久島の中間集落でグリーンツーリズム(里めぐり)を研修

2022-C-02
代表者 赤見理恵
モンキーキャンパス 屋久島研修ツアー

赤見理恵(公益財団法人日本モンキーセンター)

動物園が「自然への窓」としての役割を果たすためには、動物園展示を通した普及活動もさることながら、動物園を出て実際に来園者を自然へ誘う観察会や研修等の活動も重要である。そこで全6回の連続講座「モンキーキャンパス」の受講生の中から有志を募り、講座で学んだことも生かしながら屋久島の自然について学ぶ「屋久島研修ツアー」を企画した。
全6回の連続講座「モンキーキャンパス」は6月~11月の毎月1回開講しており、6、7月に参加者を募集した。参加者確定後の8月以降は、各回の講義終了後に説明会や動物園内でのヤクシマザル観察会などの事前学習をおこなった。
研修ツアーは2022年11月28日(月)~12月1日(木)の日程で、参加者5名、日本モンキーセンターのスタッフ2名、湯本貴和先生の10名で実施した。内容は、1日目は移動および夕方西部林道でヤクシマザル観察、2日目は雨天だったため白谷雲水峡と紀元杉を訪問し植生の垂直分布を観察、3日目は西部林道沿いの森に入林し、ヤクシマザルの群れの追跡と個体識別をおこなった。4日目は研修所の清掃ののち、帰路についた。
事後アンケートでは、生息環境でサルを観察できたこと、サルだけではなくシカや植物、屋久島の人々などとの関係を学べたこと、スタッフや参加者同士、滞在中の研究者や学生と交流できたこと、などがよかったとする回答があった。悪かった点を挙げる参加者はいなかった。
本研修を通して、①研修参加者の学びはもちろん、②引率したスタッフが研修機会を得て動物園での飼育業務や教育普及業務に活かすことができたこと、③参加者と引率スタッフが共同で研究会発表をおこなったこと、などの成果があった。



ヤクシマザルや植物の観察

2022-C-03
代表者 杉浦秀樹
屋久島学ソサエティの参加・運営

杉浦秀樹(京都大学野生動物研究センター)

地域学会である屋久島学ソサエティの第10回大会の運営および参加のために観察所を使用した。
http://yakushimaology.org/2022/09/26/11th/

2022-C-04
代表者 杉浦 秀樹
屋久島実習:屋久島沿岸に来る鯨類の観察の 試みとヤクシマザルの観察

杉浦秀樹(京都大学野生動物研究センター)

 京都大学大学院の正課としての大学院生を対象に野外実習を実習を行った。講師3名、受講生5名(博士課程1名、修士課程4名)が参加した。期間は于2023年1月28日~2月3日(7日間)だった。冬期に屋久島にやってくるザトウクジラを海岸から観察した。4日間で合計6回クジラを観察することができた。また西部林道の南端にいるヤクシマザルを観察し、群れの識別を試みた。群れの特徴的な個体を識別し、2群がいることが分かった。
 参加した大学院生のレポートは下記のHPに掲載している。
http://www.wildlife-science.org/ja/reports.html

2022-C-05
代表者 杉浦 秀樹
幸島実習

杉浦秀樹(京都大学野生動物研究センター)

2022 年 5 ⽉ 9 ⽇〜5 ⽉ 15 ⽇の⽇程で、京都大学の大学院の実習「野⽣動物・行動⽣態野外実習」(通称、幸島実習)を実施した。京都大学・野⽣動物研究センターの修⼠課程 1 年の大学院⽣ 5 名が実習⽣として参加し、野⽣動物研究センターの 2 名の教職員が指導した。初⽇から 5 ⽇⽬まではずっと波が⾼く、島に渡れなかったたため、本⼟側のさまざまな⾃然観察を行った。1⽇⽬には⾃動撮影カメラを設置して、その基本的な操作を学んだ。2 ⽇⽬は都井岬でウマの観察を行った。⽣まれたばかりのへその緒のついた仔⾺を観察したほか、研究者にウマの解説をしていただいた。3 ⽇⽬は、観察所の近くの約 3km ⼭道を歩いて往復し、動物や痕跡を記録した。サルの糞やイノシシの⾻のほか、コウモリをみることができた。また、市⽊川の河⼝沿いに歩き、絶滅危惧植物のハマナツメや、外来植物のアツバキミガヨランが浜辺に侵⼊しているのを観察した。4,5 ⽇⽬は、宮崎県⽴⾃然史博物館で、宮崎県の⾃然について学んだ他、⾃動撮影カメラの回収と分析、GPS データの基礎的な分析などを行った。6 ⽇⽬にようやく島に渡り、ニホンザルの観察を行うことができた。そのまま 1 泊し 7 ⽇⽬も観察を行った。期間が短かったため、データを収集できるほどには、観察ができず、予定していた行動の分析と発表は行えなかった。
参加した大学院生のレポートは下記のHPに掲載している。
http://www.wildlife-science.org/ja/reports/2022.html