共同利用・共同研究

2020年度報告書

2020-A-01
代表者 高橋力也
野生ミナミハンドウイルカの採餌行動に関する研究

橋力也1,小木万布2,森阪匡通3,酒井麻衣1 1:近畿大学大学院 農学研究科 水産学専攻 海棲哺乳類学研究室 2:御蔵島観光協会 3:三重大学大学院 生物資源学研究科 附属鯨類研究センター

御蔵島周辺に生息する野生ミナミハンドウイルカの夜間の摂餌生態を明らかにすることを目的に、島周辺に設置した定点マイクによるクリックスの録音と、桟橋における採餌行動の目視観察および録音を行なった。
定点マイクのデータは2016年6月から9月のうち11日間29地点で録音されたものを用いた。録音機材はA-tagを使用し、岸から約300mの場所に1回約24時間設置した。録音時間730時間10分のうち、検出されたクリックスは2131個だった。時間ごとのクリックスの量を比較したところ、朝夕に音が増加し昼夜に減少していた。1日を通して音が確認されることから個体が夜間も沿岸部に存在することが明らかになった。一方で夜間の行動状態に関する情報はほとんどなく、クリックスの量が減った原因としては日中と同様に休息状態にあるか、一部の個体が録音可能範囲よりも沖合に出ていることが示唆された。
次に採餌行動の音響学的指標となるバズ音を定義するため、夜間の船着き桟橋における採餌行動の目視観察とクリックスの録音を行なった。観察は2019年8月と2020年7月から8月のうち13日間で21時から翌朝5時までの間で行なった。録音機材はA-tagを使用した。13日間の観察のうち、イルカが確認できたのは10日間で、さらに採餌が発生したのは4日間だった。このことから夜間の沿岸域に個体が存在することが目視においても確認された。また採餌行動の発生は散発的であることがわかった。採餌中に録音された音を解析したところ、定点マイクで録音された音よりも有意にICI (Inter Click Interval)が短く、またICIが10ms以下の音の割合が多かったことから、採餌努力指標としてICI≦10msの音をバズ音と定義した。
定点マイクのデータからバズ音をカウントし、沿岸域における1日の採餌努力量の考察を行った.結果バズ音は2131個のクリックスのうち21個と少なく、また生起時刻は不規則だった.以上のことから沿岸域における採餌行動は1日を通して散発的であることが示唆された.

2020-A-03
代表者 風間健太郎
近年急減するオオセグロカモメの越冬期における環境利用と生理状態

風間健太郎(早稲田大学人間科学学術院)

 国内で最も生息数が多いとされるオオセグロカモメは、ここ20年ほどでその生息数を約70%も急減させている。本種は越冬期において漁港廃棄物などの人工餌をよく利用する。本種にとって人工餌は比較的入手しやすい可能性があるものの、その栄養価は天然餌に比べて低い場合が多いため、人工餌への強い依存は本種個体数減少の一因になり得る。近年、GPS追跡技術によって、これまで不可能であった個体の採餌場所を詳細に特定できるようになった。それにより、海鳥の人工餌の利用程度(漁港、廃棄物処理場、都市部での採餌頻度)が個体レベルで明らかにできるようになってきた。しかし、そうした人工餌の利用が個体の生理状態に及ぼす影響を研究した事例はほとんどない。
 本研究では、オオセグロカモメは人工餌をどれほど利用しているか、その利用は個体の生残にどのような行動・生理的メカニズムで影響するか、について調べた。2020年はコロナウィルス感染拡大により主要な調査期間に野外調査を実施できなかった。そのため、本研究では2018年以前に北海道利尻島において装着され、2020年時点でも稼働していた遠隔データダウンロード式のGPSロガーデータを解析することで、本種の2020年における人工餌の利用頻度を明らかにした。また、緊急事態宣言が開けた6月より利尻島を訪れ、GPS装着個体の給餌行動を観察することにより、人工環境を利用した際に獲得した餌種を調べた。
 本種は繁殖期間中の採餌行動のうち9割近くを人工環境で行った。人工環境を訪れた際には底棲魚や底棲無脊椎動物を給餌した。これらの餌種は天然環境(海洋)で獲得したイカナゴなどの餌種に比べて単位重量あたりの栄養価が低かった。以上より、本種の人工環境における採餌効率は低いことが示唆され、人工環境への依存は本種の減少要因の一因になり得ることが推察された。今後は人工環境への依存が繁殖成績や個体の生理状態に及ぼす影響を調べる予定である。

2020-A-04
代表者 八木 原風
ミナミハンドウイルカの腹部斑点における成長依存的変化

八木 原風(近畿大学),酒井麻衣(近畿大学),小木万布(御蔵島観光協会)

東京都御蔵島では周辺に定住するミナミハンドウイルカ(Tursiops aduncus)を対象に 個体識別調査が行われている.本調査の目的は島の主要産業の一つである観光業の対 象となっている本種をモニタリングし,持続的利用に繋げることである.本調査で は,全頭識別による個体数の把握が行われている.また,年齢情報は各個体の出生か らの連続観察の記録に基づき調べられている.しかし調査の継続年数が本種の寿命を 網羅できていないことなどが原因で総識別個体数の内,年齢がわかっている個体は 51%に留まっている.年齢は個体群動態や多くの生態研究の基盤となる重要な情報の 一つである.一方で,現在鯨類を対象に用いられている一般的な年齢推定手法は全て 致死的な手法であり,御蔵島個体群のような規模の小さい個体群には適さない.本研 究では本個体群でも利用できる新たな年齢形質として体色に着目した.本種の体色は 成長に伴う斑点模様の変化が報告されているが詳細な変化の記載は乏しい.本研究で はまず斑点の密度と形状をタイプ分類により評価し,御蔵島個体群の斑点模様の加齢 に伴う変化の記載を目指した.これにより,斑点は終生増え続けることと個体間で概 ね増え方が同じであることが明らかとなり年齢形質として有用であると判断された. 次に,一般線形モデルを利用し各部位の斑点密度を説明変数とした年齢の予測モデル を作成した.結果として概ね誤差 4 歳未満の精度の良いモデルの作成に成功した.そ の他,本研究では世界で初めて本種の体色における性差を発見した.これは体色の機 能的考察に対し非常に重要な発見である.

各観察部位の年齢帯と斑点密度の関係を示した図

2020-A-05
代表者 森智基
ドローンをもちいた野生動物研究-ツキノワグマへの利用性-

森智基(信州大学山岳科学研究拠点)

本研究では、近年急速に発展しつつあるドローン技術が、ツキノワグマの生態調査へ適用可能かどうか検討を行った。調査は2020年4~11月にかけて岐阜県白川村と長野県上伊那で実施した。
まず、クマの餌資源量評価を目的として、ドローン撮影による花序を用いた木本果実の分布状況の把握を試みた。当初は5~7月にかけてウワミズザクラ, ミズキ, クリを対象に行う予定であったが、新型コロナの影響で調査開始が6月下旬からになったため、クリのみを対象とした。6月下旬にかけて、クリが多く生育する林の林道の中から200mの撮影区間を5ヵ所設け、それぞれの林縁両側から50mの林内をドローン(Mavic 2 zoom, DJI社)で空撮した(撮影高度80m, オーバーラップ80%)。撮影後、オルソモザイク画像を作成した。画像によって確認したクリの生育地点を踏査し、実際の樹種を確認することで、空撮画像でのクリの判別精度を検証した。その結果、空撮画像によるクリの判別精度は95%を超え、十分実用に耐えうる結果となった。ただし、花序が少ない樹木個体は写真からの特定が困難であった。
続いて、樹冠が開けている4~5月と11月を対象に、ドローンの手動操縦によるクマの動画撮影を試みた。撮影対象は、昨年度から調査地内でGPS首輪を装着しているクマ10頭である。イリジウム衛星通信でデータがパソコンに送られてきてから3時間以内に、ドローンで最終測位地点周辺を空撮し、クマを探索した。初期撮影高度は100 mとし、クマが見つかった場合に徐々に下げ、デジタル・光学ズームによる最大4倍での撮影を試みた。本研究の結果では、1回撮影できたのみであった。撮影が困難であった理由として、高度100mでは画像からクマの探索が困難であること、また、最終測位地点に到達した時点で、クマが移動しているケースが多い点が挙げられた。

2020-A-06
代表者 山田 恵佑
ヌタ場を中心としたニホンイノシシの集団構造

山田恵佑(東京農業大学大学院・農学研究科)

イノシシの群れ構成や集団とヌタ浴びとの関係を明らかにし、イノシシのヌタ場利用の実態を理解する事を目的に、神奈川県丹沢地域のヌタ場10ヶ所において、カメラトラップ調査および、ミトコンドリアDNA D-loop領域と核DNAマイクロサテライト遺伝子座を用いた集団遺伝学的解析を行った。
カメラトラップ調査の結果、イノシシは幼獣から成獣まで全ての齢区分でヌタ浴びをする事、単独の成獣によるヌタ浴びが最も多い事が確認された。また、ヌタ浴びの撮影頻度は季節ごとに増減はあったが、有意な差は確認されなかった。以上の点から、ヌタ場はイノシシにとって重要な環境であり、ヌタ浴びの目的にはこれまで考えられてきた体温調節や皮膚の保護等、体の状態を維持する目的が強いことが考えられた。
遺伝子解析の結果、ヌタ場で採取したイノシシの体毛からDNAを抽出し、ミトコンドリアDNA D-loop領域の塩基配列の決定に成功した。そして、本調査地のヌタ場から検出されたハプロタイプは1つであった事から、同一の母系集団が同じヌタ場を利用している事が示唆された。ヌタ場におけるより詳細な集団構造を推定するために行ったマイクロサテライト遺伝子座の実験では、目的領域を増幅することは出来なかった。
だが本研究から、ヌタ場で得た体毛はイノシシの集団構造を把握するための非侵襲的調査に有効である事が示唆された。
なお、共同利用・共同研究の研究費は、遺伝子実験のための試薬の購入に使用した。

2020-A-07
代表者 荒山 悠
ボルネオ島熱帯雨林におけるオランウータンの塩場利用

代表者:荒山悠(東京農業大学野生動物学研究室 博士前期課程2年生) 協力者:福田幸広(動物写真家、機材貸与) 指導教員:松林尚志(東京農業大学野生動物学研究室 教授)

近年、ボルネオ島熱帯雨林において塩場はオランウータンにとって生存と繁殖において重要な環境であること、東南アジア特有の現象である一斉結実時に、体格の大きなフランジオスの塩場訪問が急激に増加することが知られていた。しかし、センサーカメラでは個体識別が困難であったため、同一個体または複数個体が複数回来ているのかについては不明であった。そこで本研究ではセンサーカメラに加えて4Kビデオカメラを用いての個体識別を行うことで一斉結実時におけるオランウータンの塩場利用を詳細に解明することを目的とした。調査の結果、センサーカメラでは一斉結実時のフランジオスの訪問頻度が非一斉結実時に比べて有意に高く、先行研究の結果を支持した。また、4Kビデオカメラでは調査期間中全16個体が訪問し、フランジオスは内6個体で全体の37.5%を占めていた。さらに、塩場での交尾行動の全過程が記録された。これらの結果は一斉結実時におけるオランウータンにとっての塩場の重要性が非一斉結実時に比べてより高まることを示している。
申請内容に則り、当初は現地調査時に用いる自動撮影式のセンサーカメラ(麻里府商事 Ltl-Acorn 6310W MARIFセレクション 新センサー型 モニター内蔵タイプ 税込20,130円)を購入する計画であったが、申請書に記載したボルネオ島での現地調査(2020年度)は新型コロナウイルス流行によって中止となった。当初購入予定であったカメラの型番が生産終了・在庫切れとなっていたこともあり、最終的には次回の調査に向けて後継機(Ltl-Acorn 6210 PLUS 広角タイプ)及びメーカー推奨の電池を購入する形となった。購入した備品は今後ボルネオ島でセンサーカメラ調査を実施する際に導入する予定である。

2020-A-08
代表者 渡辺 格郎
名古屋港に来遊するスナメリの周年変動

渡辺格郎(名古屋港水族館)、栗田正徳(名古屋港水族館)、木村里子(京大)、吉田弥生(東海大)、倉橋佳奈(京大)

名古屋港へ来遊するスナメリの生態調査のために定点音響観測を行った。伊勢湾奥にある名古屋港は大規模な総合港湾であり、その海域環境は人間活動の影響を大きく受けている。当海域において近年小型鯨類スナメリ(Neophocaena asiaeorientalis sunameri)の来遊が確認されている。本研究では名古屋港の出入口で長期的な音響観測によって、スナメリの摂餌行動の日周的・季節的な変動を明らかにすることを試みた。さらに、環境要因によるスナメリの来遊と摂餌行動への影響を検討した。
2018年10月26日~2020年10月31日に、名古屋港の東西入出航路にある高潮防波堤にステレオ式音響記録計(A-tag, MMT社)を設置した。先行研究に基づいて鳴音イベント検出フィルターのパラメータを設定し、スナメリの鳴音イベントを抽出した。鳴音イベントのうち鳴音間隔が10 (ms)以下の鳴音イベントを摂餌を試みた指標(以下摂餌イベント)として、それ以外の鳴音イベントを通常鳴音イベントとして解析に使用した。通常鳴音イベント・摂餌イベント検出数と要因(時刻・水温・流速・潮汐・月齢)との関係を明らかにするため、一般化加法モデルを用いて統計モデルを作成した。
スナメリの鳴音イベントと摂餌イベントは共に東航路よりも西航路で多く検出された。加えて、両イベントは2019年と2020年のいずれの年でも両地点で夏に少なく冬に多いという季節性、および夜間に多く日中に少ないという日周性が示唆された。摂餌イベントの割合は西航路(4.92 %)より東航路(8.33 %)で高かった。一方、統計モデルの結果から、通常鳴音イベントと摂餌イベント検出数は時刻、水温、月齢といった要因に強く影響を受けている可能性が示唆された。西航路では通常鳴音イベントと摂餌イベントに影響を与える要因が異なっていた。また、東航路と西航路では通常鳴音イベントに対する月齢の影響が逆であった。地点間で異なる結果が確認されたため、今後は地点間で差が出た原因の解明を進めていこうと考えている。

2020-A-09
代表者 戸邉星良
海洋栄養塩類循環において北海道準絶滅危惧種ウミネコが果たす生態系機能の検証

戸邉星良(早稲田大学大学院)、風間健太郎(早稲田大学大学院)

本研究の対象種であるウミネコLarus crassirostrisは近年北海道における個体数減少が著しく、2017年には北海道レッドリストにおいて準絶滅危惧種に指定された。こうした広範囲の一般種が減少すると、生態系機能や生態系サービスに影響が及ぶと考えられる。北海道北部の日本海に浮かぶ利尻島には、毎年数万羽のウミネコが飛来し、日本最大級のウミネコ営巣地を形成する。過去に営巣地があった大磯地区周辺に生育する海藻や貝は、営巣地消失から数年後もウミネコの糞由来の窒素を保持していることがわかっている。利尻島内のウミネコ営巣地の場所や規模は年々変化しており、そうした変化が沿岸海洋生態系に及ぼす影響は未だ明らかになっていない。本研究では、ウミネコが果たす生態系機能の重要性を正確に把握するため、窒素安定同位体比(δ15N)を用いて各ウミネコ営巣地にもたらされた糞由来窒素による沿岸海洋生態系への影響を長期的な視点から比較・検証することを目的とした。
調査は北海道利尻島において2020年5月∼7月に行った。過去に営巣がされていた大磯地区と2020年に初めて営巣が確認された仙法志地区において、営巣地の土壌、ササ、直下の磯に生息する海藻類、貝類を採取した。採取したサンプルは研究室に持ち帰り後、窒素安定同位体分析のため乾燥・粉砕処理を行った。新型コロナウイルスの影響で2020年度の分析は未実施である。2021年度に引き続きサンプル採集と分析を行い、各地区の沿岸生態系に及ぼされる糞由来窒素の影響の長期変化を比較し考察していく。各地区における影響の違いを繁殖成績や地形といった要因から比較していきたいと考えている。
また調査地の特産品であるリシリコンブSaccharina japonicaの成分への影響を調べることで、ウミネコがもたらす生態系サービスの価値評価を行うことも今後予定している。

2020-A-10
代表者 石合 望
機械学習によるスナメリ鳴音イベント判別手法の確立と三河湾湾口部におけるスナメリの通年の来遊傾向の解明

石合望(京都大学農学研究科応用生物科学専攻海洋生物環境学分野修士課程二年)、木村里子(京都大学大学院横断教育プログラム推進センター)

【目的】スナメリはアジア沿岸海域に生息する小型鯨類であり、IUCN Red List 2017において絶滅危惧ⅠB類に掲載されている。伊勢湾・三河湾に生息するスナメリは、三河湾湾口部において、冬季・春季(1-5月)にスナメリの生息密度が高くなることが報告されている。しかし、目視観測等による短期的な観測にとどまっており、生息地利用や来遊傾向等を正確に把握するためには長期的な観測が不可欠である。そこで本研究では、A-tagにより収集された音響観測データを使用して、(1) 機械学習による自動鳴音イベント検出器の開発および (2) 検出器を用いた長期間の来遊状況を把握することを目的とした。
【方法】三河湾湾口部に位置する日間賀島周辺海域で調査を行った。音響観測は2013年から行われており、本年度は2020年7月から2021年3月まで5地点で定点式の受動的音響観測を行った。検出器の開発は、2018年11月17日及び2019年2月23日に1地点で得られたデータを用いた。開発した検出器を用いてスナメリ鳴音を抽出し、スナメリ鳴音検出数の季節性や日周性を推定した。
【結果と考察】ランダムフォレストを用いて、検出率87.1%、誤検出率12.9%となる検出器を開発した。しかし2020年度のデータは雑音が以前の年のデータと比べて非常に多く、検出効率が悪かったため解析に用いることはできなかった。原因はコロナ禍で設置作業に立ち会えなかったため、設置方法が変化した可能性や海域環境が変化した可能性が考えられる。2018年から2019年に取得したデータにおいては全地点で12月-3月に検出数のピークを迎えたが、ピークを迎える月は地点によって異なった。フェリーからの目視観測を行った先行研究では検出は皆無だった時期も多い月は1時間あたり100個程度の検出があった。また全地点で夜間の方が平均検出数が多かった。これらは、本研究で鳴音判別手法を開発することにより初めて得られた知見であり、保全や資源管理に有用な生態情報を得ることができた。

2020-A-11
代表者 古巻 史穂
北海道におけるナガスクジラの音響観測

古巻 史穂(北海道大学)

ナガスクジラは大規模な捕鯨からの個体数回復により,各地で分布の回復や拡大がみられる.北海道周辺も観光船による発見が増加し,分布拡大が示唆されおり,保全のために,現在の分布場所を知る必要がある.分布調査法に,鯨類が発する鳴音を記録する受動的音響モニタリング手法がある.釧路沖太平洋の先行研究で観測に用いたナガスクジラの「20 Hzパルス」と呼ばれる低周波の音以外にも,他海域では周波数や持続時間の異なる鳴音が確認されており,複数の鳴音を用いることで,より正確な分布把握が可能となる.本研究では北海道周辺海域におけるナガスクジラの鳴音レパートリーを明らかにするために船舶からの録音を行った.
2020年9,10月に北海道大学練習船うしお丸を用いて,計2回観測を行った.音響記録計はAUSOMS ver. 3.5(Aqua-sound Inc.)を繊維ロープでブイに係留し,船舶から表層に流した.観測中は目視により音響記録計を常に観察した.また,2020年10月は音響記録計の流出防止に衛星発信機(SPOT5,Wildlife Inc.)を設置し,船上でアルゴス方向探知機による方向探知を行った.2020年9月9日は釧路沖太平洋(42.85 N,144.28E)に約40分,船から約500 m離れた場所で,2020年10月10日は知床半島沖オホーツク海(44.65 N,145.22E)に約1時間,船から約5 km離れた場所で録音した.録音中に周囲にナガスクジラの発見はなかった.
録音結果は,Adobe Audition 2020(Adobe Inc.)によりスペクトル表示し,目視で鳴音探索した.1回目の観測における船からの距離500 mでは船舶音の混入により,ナガスクジラの鳴音の周波数範囲と考えられる10-200 Hzがマスクされ,録音が困難であることが示された.2回目の観測では,船からの距離をより離したため船舶音の混入はなく,観測は可能になっていたが,録音期間中に先行研究で見られるようなナガスクジラの鳴音や生物音は発見できなかった.今後は,録音機材の安価な流出防止策を検討し,船舶からの録音やナガスクジラ観察中の録音を試みたい.

2020-A-12
代表者 大門純平
海鳥の個体間および個体内での採餌場所選択の変動と繁殖成績の関係

大門純平(北海道大学大学院水産科学院)

繁殖期の海鳥は採餌範囲が繁殖地周辺に限られる。近年、同時期の海鳥がしばしば餌生物が集まりやすい特異的な海洋環境を一貫して利用したり、季節的に餌場を変化させることなどがわかりつつある。北海道の北部日本海側に位置する天売島の周辺海域は、春から夏にかけて対馬暖流の勢力拡大により大きく海洋環境が変動する。本研究では、同島で繁殖するウトウの育雛期における採餌場所選択を、GPSロガーで記録し、採餌場所の①個体内変異、②季節変異について調べた。さらに、これらの変異が起こる(起こらない)理由について、採餌トリップ中に利用された餌生物と関連させながら考察する。
2020年5月下旬から7月中旬に育雛中のウトウの親鳥32個体にGPSロガーを装着し、26個体から118トリップ(繁殖地を出て採餌場所に行き戻ってくるまでの一連の移動)のデータを得た。22トリップでは親鳥が持ち帰った餌をトレイルカメラで撮影できた。
①個体内変異:2トリップ以上データがとれた23個体では、いずれも連続して同じ採餌場所を使う傾向が確認された。一方、このうち5個体は、装着期間中の1週間程度の間に全く真逆の採餌場所も利用した。トレイルカメラのデータより、島の南側の日本海沿岸に向かったトリップではイカナゴ属0歳、ニシン、イカなどを採餌し(20トリップ)、島の北側のオホーツク海に向かったトリップではイカナゴ属1歳以上(1トリップ)を採餌していたことが示唆された。現在は、同じ採餌場所を連続して使う割合や、前日の餌の持ち帰りの有無で次の日の採餌場所が変わる傾向があるかなどを解析中である。
②季節変異:ウトウの採餌場所は主に、繁殖地南の日本海沿岸と、繁殖地北の日本海沿岸・オホーツク海の2つに分けられ、季節に寄らず南を使う個体が多かった。これらの結果は、水温が季節的に上昇する日本海において南側沿岸域が一貫して良好な餌場であることを示唆する。



トレイルカメラで撮影したイカナゴ0歳魚を雛に持ち帰ったウトウ(GPS装着個体)

2020-A-13
代表者 金子武人
野生動物配偶子バンクの構築および保存配偶子の人工繁殖への応用

金子武人(岩手大学 理工学部)

本研究では、野生下や動物園で飼育されている希少な哺乳類および鳥類の精巣、卵巣組織から精子および卵子を採取し、フリーズドライ法および凍結保存法による配偶子保存法を開発することで、配偶子バンクの構築および人工繁殖技術の開発を行うことを目的とした。
精子は、フリーズドライ保存および凍結保存を実施した。精子のフリーズドライについては、回収した精子を10mM トリス + 1mM EDTA溶液に懸濁した。精子懸濁液をガラスアンプルに充填後、フリーズドライ処理を行った。フリーズドライアンプルは密閉し、冷蔵庫(4℃)で保存した。
本年度は、国内の希少哺乳類であるツシマヤマネコからの精子採取および保存することに成功した。今後これら保存精子の正常性について詳細に解析していく予定である。
その他動物のこれまでに採取した精子の一部を解析した結果、形態学的に正常であり、品質の良い状態であった。凍結保存した精子においても、品質評価を行った結果、一部の精子で融解後運動性を確認しており、良好な状態で保存されていることが確認された。
これまでの共同利用・共同研究の支援により、保存動物種の数は順調に増えており、保存配偶子の品質も極めて良好であることから配偶子バンクの構築は順調に実施されている。

2020-A-14
代表者 木村直人
カニクイザルの臓器重量にみる発育と老化について

木村直人(日本モンキーセンター)、 新宅勇太(京大霊長研、日本モンキーセンター)、岡部直樹(京大霊長研、日本モンキーセンター)、 山田将也(日本モンキーセンター)、藤森 唯(日本モンキーセンター)、武田康祐(日本モンキーセンター)

剖検症例を用いて調べられた日本人の年齢群別の臓器重量の調査によると,腎臓の臓器重量は50歳前後にピークがあり,80歳以上の年齢群まで漸減傾向にあったことが報告されている。年齢群別の諸臓器の発育と老化を知ることは人における福祉や医療にとって重要な情報のひとつとなっている。一方,サル類においては同様の調査はほとんどみられず,カニクイザル(Macaca fasciculalis)においても実験室内で飼育された個体の発育期のデータをまとめたものがあるくらいで,屋外放飼あるいは群れ飼育された個体における幼年期から老年期にいたるまでの臓器重量の推移調査は見当たらない。日本モンキーセンターでは,1958年からカニクイザルの群れ飼育を開始し,現在まで継続している。この間,生年月日や死亡年月日などの個体の情報や剖検記録などの資料が長期的に蓄積されてきた。本研究では,臓器重量の加齢性変化から各臓器が衰えを迎え老化に向かうターニングポイントをつかむことを主な目的とし,①カニクイザルの剖検録から生年月日と死亡年月日が明らかな65個体を対象に,脳・脾・肝・心・腎といった諸臓器の所見を精査し,病変記述のない臓器(死亡時に異常のみられない臓器)の重量データを抽出,②死亡時年齢と臓器の重量をプロットし,臓器の発育と衰えの様子を視認化,③必要に応じて体重補正を行いながら,相関曲線から臓器重量のピーク時年齢を求めた。その結果,臓器重量の増減には,(ⅰ)主に加齢と体重の多寡に伴って増減する臓器(肝,心,腎),(ⅱ)体重の多寡に影響されずS字状に増減する臓器(脳,脾),の2つのパターンに分類された。また,臓器重量が減少に転ずる年齢は肝臓で18.9歳,心臓で19.4歳,腎臓で20.2歳であった。これらのことからカニクイザルの老化に向かうターニングポイントは19歳前後の時期にあることが推察された。

2020-A-15
代表者 宮西 葵
ハンドウイルカのコドモオスにおける社会性の発達

宮西葵(近畿大学農学研究科)、阿久根雄一郎(名古屋港水族館)、酒井麻衣(近畿大学農学部)

近年追い込み漁による水族館への搬入が禁止され、水族館内での繁殖が必要となりました。そのため本研究では、水族館内での自然な繁殖にむけての飼育方法提言の一助として、子どものオスの社会性と性行動の発達について研究を行いました。
名古屋港水族館で飼育されている子どものオスを対象とし、社会的性行動とその相手を記録しました。年齢ごとの行動の頻度、相手の選択を記録し解析しました。
その結果、1歳ではあまり社会的性行動を行わず、2歳では母個体に対しての社会的性行動が増加し、3歳では母個体以外の成熟メスに対する社会的性行動が観察されました。また、社会的性行動の相手として選択している個体に偏りがあることがわかりました。偏りがあった相手に対しては親和的行動が多く観察された事から、社会的性行動を親和的行動の1種として行っている可能性が考えられました。
今後は子どものオスが何歳から成熟メスの排卵に反応するのか、どういった反応をするのか等長期的なモニタリングが必要であると考えられます。

2020-A-16
代表者 原 真実
野生ユキヒョウの飲水行動に関する研究

原真実(名古屋市東山動植物園) 菊地デイル万次郎(東京工業大学) 江口雄作(名古屋市東山動植物園)

本研究では、野生ユキヒョウの飲水量を映像から推定するために、飼育個体を対象に飲水量の推定手法の確立に取り組んだ。実験は、東山動植物園で飼育する2個体(オス:ユキチ、メス:リアン)を対象として実施した。飼育個体の飲水量を計測するために、専用の水飲み皿を製作した。水飲み皿には目盛を取り付けて、皿内の水量を10mlの分解能で計測できるようにした。飼育個体が寝室で水飲み皿から飲水する様子をビデオカメラで撮影した。撮影できた飲水映像から飲水時間、水をなめる回数、飲水量を計測した(図1)。これまで15回の飲水行動を計測でき、飲水時間は平均33秒(1-113秒)、飲水速度は平均2.78ml/秒であった(図2)。飲水時間と水をなめた回数は、飲水量と正の相関が見られた。また、飲水速度によらず、飲水速度はほぼ一定であった。そのため、野生個体の飲水映像から、飲水時間と水をなめる回数を計測すれば、飲水量を推定できる可能性が示唆された。引き続き実験を継続することで、サンプルサイズを増やして、統計的に飲水量の推定方法を検討する。

図1.水飲み皿から、飲水するユキヒョウの様子。飲水の前後で皿の水量を計測して、差分を飲水量とした。舌の動きが見えるので、水をなめる回数をカウントした。 図2.計測した飲水時間、水をなめる回数、飲水時間と飲水量の関係。

2020-A-17
代表者 柏木 伸幸
ハンドウイルカの簡便な冷蔵、冷凍精液保存と輸送法の確立

柏木伸幸(かごしま水族館)・大塚美加(かごしま水族館)・濵野剛久(かごしま水族館)・山本桂子(OMRC)・大野佳(名古屋港水族館)

鯨類の人工授精(AI)技術の向上と普及に向けて、簡易的な手法による精液の冷蔵保存法の開発とその保存精液による受精を確認することを目的として、AIを試みた。2020年3月から2020年10月にかけて、オキナワマリンリサーチセンター(以下OMRC)と名古屋港水族館が所有するメス個体6頭(OMRC5頭、名古屋港水族館1頭)において合計12回のAI(6頭における6回の排卵直前あるいは直後にそれぞれ1~3回精液を注入)を実施した。そのうち、3回のAIでは、OMRCのオス個体(愛称ティン)の精液を、それ以外のAIではかごしま水族館のオス個体(愛称:ラスター)の精液を使用した。使用した精液は保存液BF5F-卵黄成分10%で5倍希釈した後、約4℃下で1~10日間冷蔵保存した。冷蔵保存した精液はOMRCと名古屋港水族館へ冷蔵輸送し、内視鏡を使用して膣内、子宮内、あるいは子宮角内に注入した(AI)。各AIで注入した精液の生残率は95.85~69.2%(平均86.85%)、総生残精子数は17.78~201.26億個(平均64.89億個)であった。AIを実施した6回中3回(OMRC2回、5頭中2頭、名古屋港水族館1回、1頭中1頭)の排卵で受胎を確認した。うち2回はかごしま水族館のオス個体の精液を、1回はOMRCのオス個体の精液を使用した。これまで本保存液で冷蔵保存した精液による受精は、かごしま水族館のオス個体(ラスター)の精液においてのみ確認されていた。しかし、今回、初めて他個体のオスの精液においても受精を確認した。以上より、本保存液による冷蔵保存法の有用性が確認された。
冷蔵保存と同様、簡易的な手法により冷凍保存した精液を使用したAIを実施する予定であった。しかし、対象個体の性周期が停止していたため実施することができなかった。今後は冷凍保存法の有用性についても確認したい。

2020-A-18
代表者 堀美沙樹
軟骨魚綱のテロメア長と酸化ストレスの影響に関する研究

堀美沙樹(京都大学大学院農学研究科)、水谷友一(名古屋大学大学院環境学研究科)、木村里子(京都大学大学院横断教育プログラム推進センタープラットフォーム学卓越大学院)、新妻靖章(名城大学農学部生物環境科学科)

テロメアは真核生物の染色体末端に存在し、ゲノムの安定性を高める働きをもつTTAGGGの繰り返し塩基配列である。テロメアの長さは細胞分裂に伴って短縮するほか、酵素テロメラーゼによって修復・伸長される。さらに、酸化ストレスによってもテロメアの短縮が起こることが報告されている。そのため、テロメア長とその変化は健康状態や余命を推定する指標となることが期待されている。軟骨魚綱は系統的に特異で、主要な海洋脊椎動物でありながら、最も研究が進んでいないグループの一つである。成長や成熟が遅く長寿命である種が多く、テロメアの伸縮メカニズムを明らかにすることが、軟骨魚綱の基礎生態の理解につながると考えられる。本研究では、軟骨魚綱におけるテロメアの長さおよび酸化ストレスとの関係を明らかにすることを目的とし、(Ⅰ)軟骨魚綱16種におけるテロメア長測定手法の確立およびテロメア長の種間比較、(Ⅱ)酸化ストレスとテロメア長の関係、(Ⅲ)ジンベエザメRhincodon typusにおける継続的なテロメア長の変化を調べた。海遊館(大阪市)で飼育されている軟骨魚綱16種を対象とした。供試個体の赤血球からDNA抽出を行い、サザンブロット・ハイブリダイゼーション法を用いてテロメア検出を行い、テロメア長を算出した。また、血漿から酸化ストレス度と抗酸化力の測定を行った。軟骨魚綱16種のテロメア配列を検出したところ、30 kb以上の長いテロメア配列を含む断片の存在が初めて確認された。16種中5種において種特有の発色パターンが見られた。また、4種では複数のバンドが見られ、染色体末端部以外に存在するテロメアと同等の塩基配列(ITSs)があることが示唆された。ジンベエザメにおいて5個体中4個体でテロメア長の緩やかな伸長傾向が見られ、残りの1個体ではテロメア長がほとんど変化していなかったことから、テロメラーゼの発現が示唆された。

2020-A-19
代表者 田中 宗平
動物園動物における血液ガス分析の検索

田中宗平(横浜市立金沢動物園) 木戸伸英(横浜市立金沢動物園) 近江谷知子(横浜市立金沢動物園) 上手裕子(横浜市立金沢動物園

今回、オオツノヒツジ21検体、オオカンガルー6検体、合計27検体から採材、および測定を実施した。このうちオオツノヒツジ8個体、オオカンガルー4個体に関しては麻酔時の麻酔導入直後、麻酔終了時の2回実施した。
今回、結果としては麻酔前後で血中pHを比較すると麻酔終了直前における血中は低下する傾向が認められた。また、血中のCO2濃度を示すPCO2も同様に低下する傾向が認められた。これは麻酔中の換気状態が良好に保てていない可能性が示唆された。なお、オオツノヒツジにおいてはオオツノカンガルーと比較し、その傾向が強く認められた。これは、オオツノヒツジにおいては採血だけでなく、治療が必要な場合に麻酔を行った際にも採血したため、処置による不快感などから呼吸回数に影響を生じた可能性があり、それが換気状態に影響をもたらした可能性が考えられた。
通常、麻酔時には気管挿管を行うが、動物種によっては気管径に対し、気管チューブを気管の直径に対し細いものを利用せざるを得ない。これは、カンガルーなどの種においては解剖学的に口を大きく開けることが出来ず、また口腔内の体積が小さいため気管径の太い気管チューブを挿管することが物理的に困難である場合があるためである。このように野生動物に対し、麻酔を行う際には小動物臨床で用いられている技術をそのまま用いる事が困難な場合がある。そのため、通常の麻酔モニタリングに加え、血液ガスなどの項目を計測することで、より安全に麻酔を実施できる可能性が考えられた。
今回、コロナの影響で出勤体制及び勤務状況が変更したため、事前に予定していた研究を十分量実施できなかった。また、各種学会が延期になったため、参加費用を使用することが無かった。そのため、2017年、2018年度に共同研究として助成して頂いた研究に関して、論文投稿に関わる英文校閲を本年度の研究費を利用し投稿させて頂いた。

2020-A-20
代表者 荒蒔祐輔
ゾウのハズバンダリートレーニング用に開発中の発泡性強化子による使用感アンケート調査

荒蒔祐輔(京都市動物園)

近年,国内ゾウの飼育環境は直接飼育法から準間接飼育法への移行が進み,従来からの飼育手法から大きく変化している。その中で柵越しにゾウを飼育管理していくためのトレーニングの重要性が以前よりも増しており,強化子の選定もトレーニングの成功を左右する重要な因子のひとつである。しかし従来品では,品質,栄養組成の不適,準備の手間などの課題もみられる。
上記の課題を解消するため強化子開発に着手し,国内のゾウ飼育園9園に協力をあおぎ開発品の嗜好性および形状のアンケート評価を行った。
試作品の嗜好性に関してはのべ18頭のゾウで試供され,ほぼ食べ残すこともなく高い評価が得られた。反面,実際にトレーニングに使用する際は「転がり易い」「狙ったところに投げにくい」という面が大きく影響し,トレーニング用飼料として有効であると答えた割合は40%にとどまった。飼料の形状に関してはやや小さくはあったが,ゾウにとってはそこまで拾いにくい評価にはならず,嗜好性が低下することはなかった。しかしトレーニング実施者にとって「狙ったところに投げる」という要素がトレーニング飼料にとっては最重要視されており,現在の形状が有する課題は今後の改良方針を検討する上で大きく参考になった。
今回のアンケート評価により「高い嗜好性を有したペレット」であること,「転がりにくく狙ったところに投げられる形状」への改良が鍵となることが確認できた。今後は今回の嗜好性レベルを維持しながらの形状改良を検討していく予定である。

2020-A-21
代表者 川出比香里
クロシロエリマキキツネザルの給餌内容の検討を目的とした栄養学的研究

川出比香里(宇部市ときわ動物園)、林田まき(東京農業大学農学部

クロシロエリマキキツネザルは、食性の約80%を果実に依存しており、動物園では市販の栽培果実を主とした給餌内容が一般的である。しかし、野生の果実との栄養価の違いから、糖質を抑え繊維質を多く含む給餌内容が霊長類全般に推奨されるようになった。その一方で、各種の消化吸収機能に関する研究は少なく、果実食性が強く単純な構造の消化管を持つ本種の給餌内容を変更するには栄養学的根拠が不足している。本研究は、宇部市ときわ動物園で飼育する本種4頭を対象に、より適切な給餌内容の検討を目的として消化試験を行うものである。
今年度は基礎データとして現在の給餌内容(バナナ、リンゴ、キウイ、パイナップル、サツマイモ、ニンジン、オレンジ、鶏卵、ペレット)の消化性を調べた。試験期間は2020年7月8日から10月6日とし、1週間ずつ13回の消化試験を実施した。同一の給餌内容で7日間給餌し続け、7日目の9時から8日目の9時までの24時間に渡って糞採取を行った。飼料給餌開始から糞採取終了までを1サイクルとし、7月8日から7月15日までの1サイクルで得られた糞の成分含量を測定した。各飼料の成分含量は日本食品標準成分表(文部科学省,2015)に準じ、成分摂取量を算出した。
各成分の消化率は、乾物77.8%、有機物79.4%、粗脂肪58.1%、粗灰分39.8%となった。また、飼料中のTDN含量は78.3%で、この値から算出したDE含量は乾物あたり3,452 kcal/kg、ME含量は3,304 kcal/kgであった。この値は、英国の動物園における本種の給餌内容のME含量(1,200~2,100 kcal/kg)よりも多く(Caravaggi et al., 2018)、糞の水分含量は92.8%と非常に多かった。これらのことから、現在の給餌内容には必要以上のエネルギーが含まれている可能性があり、給餌内容を変更する必要性が示唆された

2020-B-01
代表者 吉村恒熙
野生アカギツネの発達に伴うファミリー内社会行動の変化

吉村恒熙(京都大学・理)

共同利用申請書で予定していた2020年5月から8月までの北海道小清水町での野外調査は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により延期せざるをえなくなった。このため、貴センターの対応者と相談の上、研究計画を変更し、2019年度に北海道北見市留辺蘂町の北きつね牧場で記録していたデータの分析を行った。北きつね牧場は約50個体のアカギツネが野外約3500㎡の敷地に放し飼いにされている観光施設である。北きつね牧場では放飼場内のアカギツネを観察し、アカギツネとヒトの交渉を中心に行動を記録した。分析の結果、飼育下アカギツネにおいて、ヒトに対して友好的な個体はヒトに対して接触や接近を行うが、ヒトに対して非友好的な個体はヒトから距離を取ったり隠れたりして、ヒトとの干渉を避けるという傾向が明らかになった。当データは修士論文の執筆に使用した。
新型コロナウイルスの感染状況が小康状態となり、京都に発出されていた緊急事態宣言も解除されたため、急遽、2021年の3月に北海道小清水町を訪れ、2週間の野外調査をおこなった。この調査は、当初予定していた研究計画を再開するためのものであるが、対象となる野生キタキツネの活動には季節性があるため、完全に当初計画を再現できるものではない。今後、活動が活発になる春から夏にかけて継続して本調査をおこなう必要がある。今回の出張は、そのような来年度春以降の本格調査で観察対象とするキタキツネの巣穴の位置を確認する目的でおこなった。調査は吉村1名のみで実施し、調査候補地を踏査しながらGPSを用いて巣穴の位置を記録するとともに、カメラで巣穴の外観や周辺の状況などを撮影した。

2020-B-02
代表者 小山 偲歩
海鳥にとって負担となる行動の解明:酸化ストレスとバイオロギングによるアプローチ

小山偲歩(名古屋大学大学院環境学研究科)

野生のオオミズナギドリにとって生理的負荷となる行動および、生理的負荷に応じて海鳥がどのように行動を変化させているのかを解明することを目的に研究を行った。調査地は新潟県粟島で、本年度は23個体に対してGPS・加速度データロガー(Axy-Trek, TechnoSmArt, Italy 26g)の装着と、生理的負荷の定量化のための採血を行った。夜間に帰巣している親鳥を、網や罠に比べて個体への負担が少ない素手で捕獲した。捕獲後に体重計測を行い、採血を行った。採血は下肢静脈より針とシリンジを用いて行った。採血前には70%エタノールによる消毒を行い、採血終了後は乾綿による圧迫で速やかに止血した。止血が完了したのを確認した後、防水テープを用いたロガー装着を行った。採血量は動物の行動や状態に影響が極めて小さい 1 ml 以下かつ体重の 1 %以下に留めた。生理的負荷として、血液サンプルの血漿成分を用いて酸化ストレスを計測した。
その結果、2020年の粟島オオミズナギドリ個体群の抗酸化力(餌から得られる、疲労からの回復力の指標)は2018年や2019年に比べて低い傾向にあった。また、2020年の粟島から半径100km以内の表面海水温の平均値は、2018年や2019年に比べて2度近く高い傾向にあった。表面海水温はオオミズナギドリの餌である魚の分布の指標であるので、2020年は魚が粟島周辺に少なく、個体群の抗酸化力が低下した可能性が示唆された。
今後は、加速度データから行動を詳細に分類し、行動と酸化ストレス、環境の関係を検証していく予定である。

2020-B-03
代表者 Nelson Broche Jr.
Studying the acute stress response of the monkeys at Koshima

Nelson Broche Jr. (Primate Research Institute, Kyoto University), Keiko Mouri (Primate Research Institute, Kyoto University), Takafumi Suzumura (Wildlife Research Center, Kyoto University), Michael A. Huffman (Primate Research Institute, Kyoto University)

In a previous study, we found that salivary alpha-amylase responds quickly to stress in captive Japanese macaques. The goal of the present study was to expand non-invasive saliva collection in a semi wild group of Japanese macaques in order to monitor salivary stress hormones within minutes from their behavior. The initial period of this research involved observing the group structure, kin relations, and identifying each individual of the main group, which consisted of approximately 30 individuals. Simultaneously, preparations were made for saliva collection in a field environment such as testing a solar panel and portable freezer as a solution to store samples on the island. As previous research has shown, saliva collection can be performed with 100% cotton ropes, which I term “rope swabs”. The preparation of rope swabs included cutting them into 30 cm long lengths, sanitizing them via a series of 20-minute boiling in water, and then adding an attractant to the rope. Habituation to chewing on rope swabs began with individuals who were predictably found grooming on the periphery of the group, which was aimed at reducing the likelihood of dominant group members monopolizing on saliva collection. This later facilitated focal sampling from specific individuals with little to no disturbance from other group members. From December 2019 to March 2020, we made 177 attempts at saliva collection and in total 121 samples were able to be successfully collected. Focal individuals were monitored by continuous behavioral sampling and saliva was collected after behaviors such as grooming, foraging, and conspecific aggression. These samples will undergo enzyme immunoassay to determine concentration levels of salivary cortisol and salivary alpha-amylase, which will help us quantify to what extent these individuals were stressed and perhaps help us explain proximate mechanisms of their behavior. This research is important because it contributes to salivary stress monitoring in a field environment and, to our awareness, it is the first study to do so with an endemic and protected population of non-human primate.

2020-B-04
代表者 三田 歩
シャチ(Orcinus orca)における明るさおよびコントラスト識別能力についての比較認知科学研究

三田 歩(京都大学霊長類研究所)、足立 幾磨(京都大学霊長類研究所)、神田 幸司(名古屋港水族館)

 鯨類は多くの哺乳類が生活する陸上環境とは大きく異なる性質を持つ水中環境に高度に適応してきた種であり、彼らの認知能力について知ることは哺乳類の認知能力がどのように獲得されてきたのかを理解する上で助けになると思われる。鯨類の持つ高い聴覚能力やエコロケーションについて多くの認知研究が為されてきた一方で、彼らの視覚能力についての研究は十分ではない。今研究では「鯨類が視覚を用いた物体認識を行う上でコントラストの識別が重要な役割を果たしているのではないか」という仮説を検証するため、「明るさ対比」効果というコントラスト識別における現象の1つに焦点を当てて研究を行った。
 今研究では名古屋港水族館で飼育される2頭のシャチ(Orcinus Orca)に対して実験を行い、①シャチに対しての認知実験を可能とする実験手法を確立すること、②シャチにおいて明るさ対比効果が生じるかどうかをしらべることの2点を研究の目的とした。半年以上の訓練を経て、シャチたちに水中窓越しの2枚のモニターに呈示された刺激を選択させるという新たな手法を確立させることに成功した。この手法を用いて明るさ弁別実験を行い、参加した2頭のシャチの内少なくとも1頭において明るさ対比効果が生じていることが確認された。明るさ対比効果は、物体と背景との明るさの差であるコントラストを強調することで物体の輪郭を知覚しやすくし、物体認識を行う上で大きな助けとなっていることがヒトを対象とした研究において指摘されている。したがって、低い視力しかもたず色覚も持たないとされている鯨類が薄暗い水中環境において物体認識を行う上でも、背景との明るさの差であるコントラストが重要な要素であり、それを強調する明るさ対比効果を有していることが示唆された。

水中窓越しにモニターに表示された刺激に吻先でタッチするシャチ

2020-B-05
代表者 石塚 真太郎
ニホンザルのヒトリオスの遊動を規定する生態学的・社会環境学的要因の解明

石塚真太郎(京都大学霊長類研究所)、柴田翔平(京都大学霊長類研究所

2020年12月9―17日の間、香川県小豆島でニホンザルの調査を行った。DNA分析によってニホンザルのヒトリオスの遊動パターンを明らかにするため、島内全域からDNAを抽出するための糞試料を採取した。調査では、寒霞渓周辺で6試料、寒霞渓―草壁港間で11試料、寒霞渓―福田港間で10試料、寒霞渓―大部港間で8試料、西村周辺で10試料、銚子渓周辺で11検体、山の観音周辺で21試料、橘トンネル周辺で3検体、肥土山周辺で12検体の資料を集め、概ね島内全域から試料を集めることに成功した。ただし、採取した糞には、排泄後に数日経過したと考えられる古いものも含まれていた。これらの糞から十分な量のニホンザルのDNAを抽出できるかどうかは不明である。また、糞試料の採取状況と3度野生群を目視した結果、島内には8-10群生息していると考えられた。次年度以降は、島内全域のニホンザルのDNA採取を継続するとともに、DNA分析も開始する予定である。DNA分析では、糞からDNAを抽出し、ニホンザルのDNA濃度を推定した後、ミトコンドリアD-loop領域の塩基配列やマイクロサテライトの遺伝子型を決定していく予定である。

2020-B-06
代表者 イ ボユン
ニホンザルのアカンボウの社会関係形成における積極性とその発達       Infant’s active role and its development in formation of social relations in Japanese macaques

Boyun Lee and Takeshi Furuichi (Primate research institute, Kyoto University)

I have tracked infant Yakushima Japanese macaques (Macaca fuscata yakui) for 12 months to reveal their behavioral changes in social relationships accompanied by their development. Based on this work, I gave two poster presentations: on major changes in infant’s social partners in the 14th PWS symposium on September 2020; on an aggressive handling by adult females towards 2-3-month-old infants, which is an unreported behavior, in the 15th PWS symposium on March 2021.

2020-B-08
代表者 澤田晶子
ニホンザルが忌避するキノコのにおい成分の検証

澤田晶子(京都大学霊長類研究所)

霊長類において嗅覚に基づく毒キノコ忌避行動が成立するかどうかを検証するため、サルが忌避するキノコの揮発性物質に着眼した研究を実施している。本年度は、野生ニホンザルの菌食行動データならびに菌類子実体(キノコ)を採取するため、2020年10月~11月に屋久島西部林道域にて調査を実施した。採取した子実体からは腐敗臭が発生しやすいことが予備実験で確認されたため、林床に形成されたキノコから揮発性物質を捕集できるように調整した。しかしながら、調査期間を通じて林内にキノコはほとんど発生しておらず、したがってサルによる菌食行動も観察できなかった。本年度の夏は果実や種子が不作で、サルたちは例年よりも早い時期(8月)からドングリ類の未熟果を採食しはじめたという。加えて8月~9月に到来した大型台風の影響は甚大で、多くの樹幹や枝が折損し、果実や種子が落果した。更なる食物不足に陥り、菌食行動が増えたことで、例年よりも早い段階でキノコを食べ尽くしてしまったのではないかと考えられる。今後は、サルが拒否する割合の多いキノコ(テングタケ属など)を中心に、屋久島以外での試料採取も検討したい。

2020-B-09
代表者 浅見真生
スリランカの考古遺跡から出土するオナガザル科化石の同定

浅見真生 京都大学霊長類研究所

オナガザル科は、葉食のコロブス亜科と雑食のオナガザル亜科で構成される。アジアに生息するオナガザル亜科はマカク属1属のみであり、22種が分布している。本研究では、スリランカの考古遺跡から発掘されたオナガザル科の歯化石を対象に、整理・同定を行い、スリランカ島における霊長類相の変遷を考察することを計画していた。しかし、新型コロナウイルスの流行により渡航が実施できなかった為、国内の所蔵標本の解析に切り替えてマカク属を中心とした現生標本の形態解析を実施した。
マカク属では、種間の形態が似ているため従来の手法では化石の種同定が困難であった。そこで、幾何学的形態解析を用いて臼歯の詳細な形態解析を行い、現生種と比較して化石歯の系統的位置を推定することを目的に、日本モンキーセンター所蔵の現生マカク属の標本観察を行った。3次元形状測定機(VR-3050, KEYENCE)を用いた表面形状の計測と、萌出途中の顎骨に埋まった状態の歯牙についてはμCTを用いて撮像し、三次元の表面形状を取得した。貴団体の援助を受けて参考文献や研究資材を購入し計測・解析した2020年度の計測標本を含めた210標本の解析の結果、マカク属のアジアに生息する3種群について、咬頭の配置に差がみられることが明らかになった。この結果をまとめて、日本古生物学会第170回例会『日本列島で見つかるマカク化石は全てニホンザルか?:下顎第三大臼歯の幾何学的形態解析法による種判別の有効性』(2021年2月5日-7日、オンライン開催)にて発表した。

2020-C-01
代表者 栗原洋介
ニホンザルの昆虫食が枯死木分解にあたえる影響

栗原洋介(静岡大学農学部)

本研究の目的は、ニホンザルが枯死木分解にあたえるインパクトを定量することである。本年度は、主に枯死木分解実験の継続と森林内の枯死木現存量調査を行った。2019 年に屋久島・西部林道沿いに設置した枯死木調査プロット 10 箇所において、サル排除実験を継続している。対象の材を複数個に分割し、一方はそのまま放置、他方はサルが破壊できないようにネットで覆った。定期的に材の写真撮影を行い 3D モデルを作成することで、材の表面積・体積のデータを蓄積している。また、自動撮影カメラを用いて動物の訪問および枯死木とのコンタクトを調べている。想定よりも早く実験が進んだため、よりロバストな結論を得ることを目指し、新たに調査プロット 10 箇所を新設した。くわえて、森林内の枯死木現存量を評価するために、50 m 四方の調査プロットを 8 つ(合計 2 ha)設定し、枯死木のサイズ、腐朽タイプ、腐朽度、種名などを記録した。来年度以降も、同様の調査を継続して実施する予定である。

2020-C-02
代表者 半谷吾郎
屋久島のニホンザルの人口動態

半谷吾郎(京都大学霊長類研究所)

ニホンザルのような寿命の長い生物の人口動態を明らかにするには、長期にわたる継続調査が必要である。屋久島では、1970年代から海岸部で複数の群れの個体識別に基づく継続調査が行われている。その結果、群れの分裂・融合・消滅などの大きな社会変動が起きていることが明らかになった。屋久島は標高によってさまざまな生息環境があり、標高の高い地域に住んでいるニホンザルは、食性、活動時間配分、群れ間関係などの点で、海岸部のニホンザルとは大きく異なることが明らかになっている。しかしながら、上部域では研究の歴史が浅いため、長期にわたる人口変動・社会変動がどのように起こっているかは、明らかではない。本研究は、生息環境の異なる屋久島海岸部と上部域での人口変動・社会変動を長期にわたって比較し、個体数変動のメカニズムが、生息環境によってどのように異なるのかを明らかにすることを、最終的な目的とする。海岸部での継続調査は野生動物研究センターの杉浦らによって行われているので、申請者らは、上部域での群れの分布調査と、個体識別されたひとつの群れの個体数調査を、毎年行っている。本年度も、4月および3月に全頭が個体識別されたHR群の調査を行って今年の集団の構成を確定したほか、8月に一斉調査を行い、その周辺地域の群れの構成を調査した。

屋久島上部域の野生ニホンザルの母子。©半谷吾郎

2020-C-03
代表者 林 亮太
生態系復元モデルの建築:屋久島をモデルとして国内外来種の水圏生態系への影響の解明

林亮太(日本工営(株))

海抜1500m前後の最上流部から河口域までの距離が短い急流河川を持つ屋久島には陸封で生活史を完結する在来の淡水魚が本来生息しないが、1970~90年代にかけて3河川にヤマメの放流記録がある。本研究では屋久島の主要6河川を対象として、ヤマメの放流記録のある3河川と在来の河川生態系が残る3河川の魚類相と水生昆虫相調査を比較し、国内外来魚種の定着状況と在来の水生昆虫相への影響を明らかにする。国内外来種の侵入河川と非侵入河川の水生昆虫相を比較することで、国内外来種が在来生態系に与える影響を定量化し、在来の河川生態系復元に資する情報を得ることを目的とした。調査には水を汲むだけで環境への影響が少ない非侵襲的な手法として近年注目されている環境DNA解析を採用している。

2020-C-04
代表者 杉浦秀樹
屋久島⻄部地域における中⼤型動物の⽣態調査

杉浦秀樹、鈴村崇文、原澤牧子(京都大学・野生動物研究センター)、藤田志歩(鹿児島大学)、田中俊明(梅光学院大学)他

屋久島・西部地域でのヤクシマザル、ヤクシカの基礎的な調査を継続して行った。2020年は、ヤクシマザルの出産は比較的、多かった。北部のサルの群れの行動域がひろがり、大きく移動していた。原因はよく分からないが、今後も注視していきたい。ヤクシカのセンサスでは、北部での減少傾向が続いていることが確認された。捕獲が行われていない状況でのヤクシカの減少が起こっており、興味深い。この結果を、学術雑誌に公表した。カメラトラップによる、ヤクシカ、ヤクザルの密度推定も継続して実施した。現在、解析を行っている。

湧き水を飲むサルとそれをじっと見るコドモ

2020-C-05
代表者 揚妻直樹
ヤクシカの個体群動態および性ホルモン動態の季節変化、人為的撹乱が野生動物に及ぼす影響の総合評価

揚妻直樹(北海道大学)・揚妻-柳原芳美(WAKU DOKIサイエンス工房)・MacIntosh Andrew (京都大学)・井上英治(東邦大学)・和田崇之(長崎大学)・木下こづえ(京都大学)

鹿児島県の屋久島において、野生動物に対する人為的攪乱の大きい地域(攪乱地)と小さい地域(非攪乱地)に生息するシカの行動・ホルモン・腸内細菌叢・寄生虫感染率を比較するために、糞試料およびデータ収集を継続した。また、非攪乱地に生息するシカの生息密度を調査した。
捕獲圧のある屋久島北部と南西部の攪乱地と捕獲圧がかかっていない西部の非攪乱地におけるシカの生息密度と日周活動性を調べるために、自動撮影カメラを16台ずつ設置し、画像データを収集した。また、攪乱地・非攪乱地あわせて新鮮糞約100糞塊を採集した。一昨年度から収集していた糞試料合計約210について、ストレスホルモン濃度、エサの質の指標となる糞中窒素量、個体識別のためのマイクロサテライトDNAの分析を5~7割終了した。さらに分析数を増やして、攪乱地と非攪乱地で比較を行う予定である。
屋久島西部の捕獲圧のない非攪乱地(半山地区・川原地区)でルートセンサスによるシカ生息密度調査を夏期に行った。そして、1998年以降の個体群動態をまとめた。この地域の生息密度指数は2014年をピークに減少を続け、2020年も密度が低い状態を保っていた。2014年からの年減少率はマイマス19.4%だった。2021年2月~3月かけて半山地区・川原地区で糞隗法による生息密度調査も実施した。糞塊密度は2016年と比較して大きく減少し、2021年までの年減少率はマイナス19.2%と算出された。非攪乱地のシカ個体群は自然生態系によって制御されている可能性が示唆された。捕獲圧がかかっていないニホンジカ自然個体群が何年間も減り続ける現象は非常に珍しく学術的に貴重である。今後も捕獲圧をかけることなくこの地域のシカ個体群を保全することが重要だろう。

2020-C-06
代表者 山梨裕美
マーモセットの毛中コルチゾル濃度測定

山梨 裕美

これまでの研究で、新世界サルであるコモンマーモセットCallithrix jacchusの性格特徴が構
成されている領域と、ヒトやチンパンジーなどの動物と「性格領域」との間には類似性があることが明らかになった。こうした性格を構成する生物学的基盤を解明するために、コモンマーモセットを対象として性格評定・遺伝子多型・毛中コルチゾル濃度の相関を検討している(Inoue-Murayama et al., 2018 Scientific Reports)。本研究では、マーモセットのサンプルの個体数を増やすことと、ヨザルの毛からのコルチゾル濃度を分析し、性格や遺伝子型
との関連を解析した。7月3日・7日・8日の3日間、研究代表者がWRCの地下実験室を使用して、マーモセット27個体・ヨザル10個体分の毛を分析した。結果、マーモセットがヨザルよりも高い傾向にあり、これは血中のグルココルチコイド濃度に関する種差を反映するものであった。メスのほうがオスより高く、またペア飼育と単独飼育、年齢などとの関連もみられた。今後より詳細な検討を行っていく。

2020-C-07
代表者 西川真理
ニホンザルにおける夜間の性行動および配偶者選択

西川真理(東京大学・新領域創成科学研究科)、持田浩治(慶応義塾大学・経済学部)

本研究は、夜間を含む終日のニホンザルの交尾相手や交尾頻度を明らかにし、交尾相手の選択とメスの生殖周期の関連を明らかにすることを目的としておこなった。京都大学霊長類研究所においてグループ飼育されているニホンザル(オス2頭、メス3頭)を観察の対象として、2019年9月~2020年1月の期間に、自動撮影システムを用いて性行動データを記録し、可能な限り毎日メスの糞を収集した(N=478)。2019年度に、これらの糞サンプルを凍結乾燥させた後、生殖関連ホルモン(E1G、PdG)を抽出し(N=232)、ニホンザルにおける生殖関連ホルモンの分析方法を確立した。今年度は、観察対象としたメス3個体が実際に発情していた2019年11月~2020年1月の期間の生殖関連ホルモン(E1G、PdG)の測定をおこない(N=197)、各メスの生殖関連ホルモンの動態から排卵日を推定した。今後は、生殖関連ホルモンの動態とメスの交尾相手および性行動との関連を分析し、昼間と夜間における交尾相手の選好性からニホンザルの交尾戦略を明らかにする。

2020-C-08
代表者 持田浩治
屋久島二次林の液果の豊凶とヒヨドリの生息地利用に関する研究

持田浩治(慶應義塾大学、京都大学)・西川真理(東京大学)

野生生物に関わる問題は、開発等による生息環境の減少から、農林水産業への被害など多岐にわたる。世界自然遺産地域に指定された屋久島では、ユネスコの理念にしたがい、希少生物の生息環境を保護するのと同時に、野生生物と“そこで生活するヒト”との軋轢を軽減することで、貴重な生態系を保全することを緊急の課題としている。本研究対象のヒヨドリは、屋久島の森林生態系における主要な種子散布者であると同時に、柑橘類に対する農害鳥獣としての側面をもつ。つまり、安易な駆除は、ヒヨドリだけでなく屋久島の森林生態系に多大な影響を与えると考えられる。一方、駆除を行わない、果実袋を利用した対策は、ヒヨドリによる柑橘類への被害削減に強い効果を発揮するが、その取り付け作業は、労働面・金銭面ともに農家にとって大きな負担となる。そこで本研究は、ヒヨドリによる農業被害が発生する1月より前に、市街地周辺の果樹園のヒヨドリ出現頻度や、果実袋による被害対策の必要性を予測するシステムを開発することを目的とした。しかし、新型コロナウィルス流行のため、本研究が計画していたヒヨドリの屋久島内での生息地利用や、農家のヒヨドリ対策効果の調査を十分に行うことができなかった。来年度以降、新型コロナウィルスの流行状況を見極めながら、遂行できなかった調査を行う予定である。

2020-C-09
代表者 田伏良幸
社会的伝達に群れの凝集性が与える影響-休息場所に着目して-

田伏良幸(京都大学)

社会学習の多くは動いていない状態で生じるため、社会的伝達にとって近距離での観察学習は重要と考えられ、社会的伝達には周辺個体数(凝集性)が重要な役割を果たしているはずである。集団を形成する種は、捕食者や採食環境に応じて凝集性が変化する。実際、捕食者のいないニホンザルでは、採食環境に応じて休息時の凝集性が変化することが示唆されている。しかし、捕食者や採食環境以外にも凝集性に及ぼす要因はあるはずである。その要因として体温調節がある。以上から本年度は、1.休息集団サイズに生態学的要因が与える影響、2.休息集団サイズが休息集団の社会交渉に与える影響、3.休息集団サイズに文化行動の社会学習に与える影響についての予備的結果を報告する。1について、休息場所の表面温度に応じた場所選択性がみられ、選好性がある場所の休息集団サイズはそうでない場所より集団サイズが大きくなる傾向にあった。今後、休息場所の特徴(面積、材質)や気候の影響についてさらなる検討を行う予定である。2について、休息集団サイズが大きくなると、敵対的交渉頻度高まることが確認された。このことにより、休息集団サイズが小さくなることが予想されるが、社会的緊張を緩和する音声や身体を用いた社会交渉が起こるとそうでない場合より休息集団サイズが維持される傾向がみられた。今後、社会交渉の詳細な解析を行う予定である。3について、ニホンザルの文化行動である抱擁行動に着目した。その結果、休息集団サイズが高まると、社会的緊張を緩和する抱擁行動が生じるときに母親のコドモも母親と抱き合って接触することを通じて体感学習していた。そのため、コドモは母親が他者と行う抱擁行動を通じて正面同士で抱き合うことを学習している可能性がある。

2020-C-10
代表者 田島 知之
野生ボルネオオランウータンにおける雄の繁殖成功

田島知之(京都大学宇宙総合学研究ユニット)

本研究課題は、オランウータンのオスは、優位形態であるフランジオスと劣位形態で比較的若いアンフランジオスに一般的に分かれており、同所的に存在する。野生のボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)を対象として二次林で行われた研究(Goossens et al., 2006)では、フランジオスが多くの子を残していると報告される(8頭中7頭)が、アンフランジオスも1頭だけ子を残していたことを報告している。また、半野生個体群では、アンフランジオスが初産の子の父親となったことが報告されている(Tajima et al., 2018)。そこで本研究では、世界で初めて、原生林に生息する野生ボルネオオランウータンを対象として、子どもとオスの血縁関係を調べた。マレーシア・サバ州・ダナムバレイ自然保護区において、野生ボルネオオランウータンから糞を採取した。8組の母子を含む32個体について糞からDNAを抽出し、マイクロサテライト11領域について遺伝子型を決定した。CERVUS(Kalinowski et al., 2007)を用いて、母親が既知の9個体について父親を推定した結果、5個体の父親を推定することができた。うち4個体はフランジオス2個体が残しており、残る1個体はアンフランジオスの子であった。多くの子の父親がフランジオスである一方で、アンフランジオスも子を残すことに一部成功していたことがわかった。この結果は、二次林で実施された先行研究と一致しており、生息環境によらないボルネオオランウータンの一般的な傾向であると言える。また、複数のオスが子を残していたことから、原生林に生息する野生ボルネオオランウータン個体群において、1頭の優位なオスが全ての繁殖成功を独占することは不可能であると考えられる。こうした結果から、オランウータンの繁殖システムは、ゴリラのように1頭の強いオスが全ての子の父親となるハーレム型ではなく、複数のオスが父性をシェアするチンパンジーの乱婚型に近いことが示唆された。

2020-C-11
代表者 松原康平
オオサンショウウオのメチル化解析

松原康平(京都大学 人間・環境学研究科 相関環境学専攻)、斉恵元(WRC)

加齢変化メチル化領域を利用して、オオサンショウウオの齢査定技術の開発を目指している。現在は、加齢変化メチル化領域を特定すべく、哺乳類や魚類、爬虫類など他の脊椎動物における先行研究を参考に、メチル化解析を行っている。すでに5つ遺伝子が候補領域として挙がっており、今後は候補領域を増やすとともに、候補領域でメチル化と年齢に相関がみられるかを検証していく。

2020-C-12
代表者 小野田雄介
屋久島における森林の構造や動態に関する研究

小野田 雄介 京都大学農学研究科 森林科学専攻

2020年9月5日~9月28日にかけて、「屋久島における森林の構造や動態に関する研究」のために、栗生、西部、宮之浦、安房などで森林調査を行った。参加者は小野田 雄介、亀井 啓明、近藤 里莉、辻井 美帆、野依 航、相場 慎一郎、宮崎 聖慈の7名であった。

栗生における二次林調査地にて

2020-C-13
代表者 中塚 雅賀
屋久島のニホンザル(Macaca fuscata yakui)におけるコドモの遊びの群間比較

中塚 雅賀(京都大学)

 ニホンザルを含めた多くの霊長類において、遊び行動はアカンボウ期やコドモ期に多くみられ、年齢とともに減少することが知られている。そのため、発達期のニホンザルを理解するうえで遊びはひとつの重要な行動であると考えられる。遊びが個体の発達にとって必要不可欠な行動なのかということを探るためには、餌付けされておらず、採食に時間とエネルギーの大きなコストを割かなければならない本来の生息条件で遊びを定量的に調べることが重要である。本研究は、屋久島に生息する野生ニホンザルを対象に、遊びの量の群間比較をおこない、その違いの要因を探ることを第1の目的とした。また、ニホンザルのコドモは離乳後も自身の母親と親密な関係にあり、コドモの遊びについても母親との近接や接触が行動の発現頻度に影響を与えることが飼育下の研究から示唆されている。そこで、本研究では、実際に純野生群のコドモの遊び頻度に、母親のコドモに対する行動が影響を与えるのかということを調べることを第2の目的とした。
 2020年8月に約3週間の予備観察を実施、調査対象群を選定し、2020年10月~2021年2月に、屋久島西部林道沿いに遊動域を構えるSora群・Umi-B群を対象に本調査を実施した。調査の結果、Umi-B群の方が遊びの量が多いことが分かった。今後データを分析し、さらに来年度も調査を継続することで、採食条件などによる生態的要因と、群れの構成といった社会的要因のいずれが遊びの量の違いに大きな影響を与えているか、またコドモの遊びに母親の行動が影響を与えているかを明らかにする。

屋久島の野生ニホンザルのコドモ

2020-C-15
代表者 舟川一穂
安定同位体比を用いた、ニホンザル野生群における個体レベルでの食性解析

舟川一穂 京都大学理学研究科(生態学研究センター)

ニホンザル野生群における個体レベルでの食性解析を安定同位体比を用いて行うため、個体識別され、年齢や家系などの個体の属性が長年記録されているニホンザル幸島群を対象に研究を行った。今年度は新型コロナウイルスの流行という状況下で充分な調査および試料採取を行うことができなかったが、来年度も引き続き研究を行っていく上での予備調査を行うことはできた。また同時にこの調査で体毛・糞・食物資源などの採取を行い、本分析に向けて分析手法を最適化するための予備実験も行った。引き続き、来年度も当初の研究目的を達成するために研究を続けていく。

2020-C-16
代表者 堀 裕亮
北海道和種馬における遺伝子多型と行動特性の関連

代表研究者:堀 裕亮(京都大学 大学院文学研究科) 分担研究者:瀧本彩加(北海道大学 大学院文学研究科) 分担研究者:杉元拓斗(京都大学 文学部)

神経伝達やホルモン伝達に関わる遺伝子の多型は、ヒトを含む様々な動物種の行動の個体差に影響を及ぼす要因のひとつである。ヒトと共に作業してきた歴史の長いウマの研究は、ヒトと動物の関係を考える上で重要である。とくに北海道和種馬は、開拓者と独特の関係を築いてきたことが知られている。本研究グループでは、これまでに日本在来馬の一種である北海道和種馬を対象に遺伝子多型と行動の個体差の関連について検討してきた。今年度は、これまでに蓄積してきたデータに今年新たに得られた個体のデータを加え、候補遺伝子と行動特性の関連を解析することを目的とした。
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター・静内研究牧場において2019年に誕生した北海道和種馬の1歳牡から、DNAサンプル(たてがみ)の採取を実施した。行動の個体差に影響を与える可能性のある候補遺伝子として、μオピオイド受容体遺伝子(OPRM1)の多型解析を実施した。その結果、対象とした北海道和種馬の集団内において、exon1領域に1か所の一塩基多型が確認された。この多型は、コーディング領域の489番目の塩基におけるCからTへの置換(c. 489C > T)であった。今後は今回確認された多型と、行動の個体差との関連を分析する予定である。また、今回収集したサンプルを用いて、過去の研究でウマの行動との関連が報告されているドーパミン受容体D4遺伝子、セロトニン受容体1A遺伝子などの候補遺伝子についても多型解析を進める予定である。

2020-C-19
代表者 大坂桃子
屋久島で農作物被害を起こしているニホンザルの分布・採食に関する生態学的研究

大坂桃子(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科 アフリカ地域研究専攻)

屋久島では、ここ40年ほどニホンザルによる柑橘類(ポンカンやタンカン)を中心とした農作物被害が問題となっている。一方で、農作物被害の実態や人里を利用するニホンザルの生態については、ほとんど明らかにされてこなかった。本研究では、①屋久島のニホンザルによる農作物被害状況の全貌をつかむこと 及び ②被害を起こしているニホンザルの生態を明らかにすること を目的として、2020年11月から2021年3月にかけてフィールド調査を行った。
まず、①農作物被害状況の全貌を調べるために、2020年11月に屋久島本島全24集落の区長さんへ農作物被害状況や被害対策状況などに関する聞き取りを行った。また、タンカンの収穫シーズンである2021年2-3月には全集落の農地視察を行い、電気柵の設置状況やその管理状況を記録するとともに農家さんへの聞き取りも行った。今後はこれらのデータと屋久島町役場でいただいたニホンザルの捕獲状況や果樹農家数などに関する統計資料を合わせて整理し、集落を単位として被害の大きさと農業や被害対策に関するさまざまな特徴との関係性を探っていきたいと考えている。
また、②被害を起こしているニホンザルの生態については、2021年1-3月にかけて自動撮影カメラの設置および糞内容の分析を行った。自動撮影カメラは、人里やその周辺を利用するニホンザルの個体数密度を調べるため、屋久島・麦生集落から山林にかけてランダムに26台設置した。2022年2月まで継続して設置予定である。また、自動撮影カメラの設置作業中や林道・農道を踏査中に発見したニホンザルの糞を計45個採集した。糞内容に関しては現在分析中であるが、来年度に柑橘類収穫期以外の時期の糞内容も分析し、比較を行う予定である。

2020-C-20
代表者 谷口 晴香
ヤクシマザルにおける子どもの集まりの様相とその機能に関する調査

谷口晴香(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

寛容性は、ヒトの社会行動の特徴としてしばしば指摘される、食物分配や協力行動などの基盤となる性質である。マカカ属のサルの社会構造は、おおまかに専制的な社会と寛容的な社会に分けられる。マカカ属の中でニホンザルは専制的な社会に分類されるが、近年ニホンザルの種内において、寛容的なマカクに似た行動形質を持つ個体群(例:屋久島)が報告されており、「寛容性」がヒトの系統以外でも平行進化したことが示唆されている。これまでの調査から、ニホンザルの専制的な個体群と比較し、寛容な個体群(屋久島)では生後約7-11ヶ月齢のアカンボウは他の同世代のアカンボウと近接する時間割合が高く、移動や採食を共に行うことがわかっている。ヒトの社会では、「子どもの集まり」が託児の場として機能しており、社会の寛容さが共同での育児を可能とした可能性が指摘されている。
本研究では、野生ニホンザルを対象に、①子どもの集まりの機能を調べ、また②子どもの集まりの様相(頻度、時間長、オトナ個体の介入等)を専制的な個体群と寛容的な個体群間で比較し、「寛容な個体群では、子どもの集まりのなかでの育児がより行われるか」を検討することを目的とした。
今回の調査では、子どもの集まりに関するデータ収集方法を検討した。2020年12月24日から2021年1月10日まで屋久島西部地域において、ヤクシマザルの群れ(プチ群)を追跡し、2頭以上のアカンボウの集まり(5m以内での近接)がみられた際にはビデオカメラにて記録した。調査期間中にアカンボウ同士で近接しての移動や採食、アカンボウ間での食物共有やサルだんごの形成の事例を観察した。身体能力・食物選好性が類似した子ども同士で集まることで、食物発見効率を高めつつ体温低下のリスクを軽減しているのかもしれない。今後、子どもの集まりへのオトナ個体の介入についても検討しつつ、定量的なデータ収集を行う予定である。

2020-C-21
代表者 XU Zhihong
Helminth transmission pathway in wildlife: Japanese macaques as a model system

XU Zhihong

My research aims to gain information about the process by which parasites complete their life cycles in Japanese macaques, and use them as a model for other systems. In this year I focused on pilot study of this project, investigated the studied Japanese macaque groups, got familiar with them, and prepared for later data collections.
I conducted an 51 days field study on Yakushima island this year. During the field study, I mainly focused on getting familiar with the studied group, and conducted focal animal observations in order to (1) be familiar with the home range of studied group; (2) learn identification of individuals; and (3) test and modify ethogram of this study. I also conducted GPS tracking of my location in order to record the GPS log of the focal animal. Besides these, I also tested soil sampling method and concentrating nematode larvae in the field laboratory.

I achieved all goals I set for this year. After the pilot study, I am now familiar with the studied group, identified all individuals and confirm that my sampling system can continue work on this group of macaques. This field study confirm that my GPS tracking method can be applied on this group, and the collected tracks provide information of how the macaques use their home range. The soil concentrating test is also very successful, the method was proven that it’s able to concentrate nematode larvae from soil, and can be continue doing in the future.

In general, this year I finished the pilot study of this project.

2020-C-22
代表者 小山祐実
宮崎県串間市の猟犬を用いたイノシシ猟と地域社会のかかわり

アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ専攻2年

今回の調査では宮崎県串間市で猟犬を用いたイノシシ猟を行う狩猟者へ狩り、獲物、猟犬をどのように認識し個人や地域に影響を与えているのか明らかにすることを目的とした。調査地は人口700人ほどの市木地域で、一部聞き取りを含めイノシシを獲物とする狩猟者とその家族計14名を対象にアンケート調査と猪狩りの参与観察、さらに郷土資料の文献調査を行った。アンケートでは狩猟者の属性や狩猟に関する基本情報から生活の中での狩猟の位置づけや動機について質問した。その結果、まずこの地域の狩猟はウサギなどの小動物を中心として大正期に始まり、昭和初期に鹿児島からイノシシの群れが渡って来たことで猪狩りも始まった。それまで稲作を中心に林業や牧場経営をしており藩政時代から肉食をすることは殆どなく狩猟と地域の歴史的な結びつきは薄かった。その後、1970年代の狩猟ブーム時は市木に約30人の狩猟グループと約30匹の猟犬がおり市外からの参加者もいたという。2000年以降は狩猟人口の減少と高齢化が進み同グループは現在8人にまで減った。しかしながら全体の多くを占める高齢の狩猟者らは猟期の集団猟は毎週、わな猟はほぼ毎日活動に専念している。彼らは狩猟のモチベーションに関して「楽しみ」、「健康維持」、「猪肉が好き」、狩猟の位置づけに関しては「生き甲斐」、「人生の一部・楽しみ」といった回答が多かった。調査に積極的に協力して頂いた猟友会のリーダーは猟師の家系に生まれ最年長で狩猟歴が一番長く、「狩猟をすることは自分にとってしごく自然なことであり、猟に欠かせない犬と共に、賢いイノシシと駆け引きすることが醍醐味である。」と話してくれた。今日、多種多様な娯楽に溢れているが、古来より存在していた狩猟は生業という枠を外れ、伝統的な地域とのつながりがなくとも、自然との本能的な活動として個人に深く影響を与える要素と捉えることが出来るかもしれない。

猟の準備をする勢子と猟犬

2020-C-24
代表者 金森 朝子
オランウータンの採食行動と果実量の季節変化

金森朝子 京都大学 霊長類研究所

2004年よりマレーシア・サバ州に位置するダナムバレイ森林保護区で、ボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus morio)を対象に、果実生産量とオランウータンの採食行動、生息密度の関連性を調査している。東南アジアの熱帯雨林では、2-10年に1度、多くの樹種が一斉に開花・結実する「一斉結実」と呼ばれる現象が起こる。ダナムバレイ保護区では、2005年、2010年、そして2019年に大規模な一斉結実が起きた。この期間には、オランウータンの果実食の割合や生息密度が一時的に増加する傾向がみられる。例えば2005年では、オランウータンの果実食の時間割合が平均60.9%から100%に増加した。また、生息密度においても平均1.3±SE0.1頭/km2から4.4頭/km2に増加した。これらの結果から、オランウータンは果実を求めて本調査地へ流入および流出していたことが示唆された。このような移動は、果実生産量が少ない期間が長く、かつ、変動が大きいボルネオ島の低地混交フタバガキ林で生きるために必要な行動であると考えられる。

2020-C-30
代表者 中川尚史
ヤクシマザルにおける抱擁行動の群間変異

中川尚史、半沢真帆(京都大学大学院理学研究科生物科学専攻)

本研究は、屋久島西部林道沿い遊動域を構える複数のヤクシマザル群の観察を通じて、抱擁行動の有無とパターンの違いを明らかにすることを目的に行った。2019年3月20日~31日の間、研究代表者の中川と分担者の半沢が手分けして日々極力異なる群れを幅広く観察を行った。Hizu S1、Hizu B、Miffy、Riku、Sora、Umi C、Petit、Hayase、不明1の合計9群を群れにより時間の長短はあるが合計約84時間観察し、Miffy群で14例、Sora群で2回、Umi C群で3回の合計19例の抱擁行動を記録した。
これまで行った3年間の調査で得られたデータを集計し、2021年度日本霊長類学会第37回大会にて発表予定である。

2020-C-31
代表者 狩野文浩
ドローン画像と深層学習でサルの頭の方向を自動追跡する方法を検討する

狩野文浩、鈴村崇文、井上漱太(京都大学野生動物研究センター)

サルの集団採餌時における個体の動きと姿勢(とくに頭の方向)を量的に評価することで、集団のサルの動きに、とくに優劣関係と視線のやり取りが与える影響を検討することを目的とした。
昨年に引き続き、より多くのデータを集めた。観測所からドローンを飛ばし、鈴村研究員が島において麦を給仕する際に集まったサルを上空70mから光学2倍ズーム、4K画質で撮影した。得られた画像を深層学習プログラムで処理することで、頭の動きを含め、姿勢を自動トラッキングした。地上からの情報と同期させることで、優位個体の個体識別を行った。
今後もさらに多くのデータを集め、分析を進める必要がある。

図1:ドローン画像におけるサルの自動追跡

2020-C-32
代表者 原澤牧子
幸島ニホンザル群の汎用的識別表作成のための個体調査及び行動観察

原澤牧子(京都大学野生動物研究センター)

幸島に生息するニホンザル2群について個体識別調査と行動観察を行い、汎用性の高い個体識別表を作成した。幸島では専門の職員によって全てのサルが識別されているものの、一時的な利用者が参照できるような簡便な個体識別表などはなく、職員のいない状況で個体を特定することは困難であった。過去の一斉調査で入れ墨を施されたサルも年々減っており、今後は若いサルについても識別のための手がかりを集めていく必要があると考えられる。今回の調査では、屋久島などで行われている「顔の傷」や「耳の欠損」といった身体的特徴を重点的に確認する観察を取り入れ、写真のほかに詳細な情報を書き込んだサルの似顔絵の作成も行った。これまで幸島のサルは、屋久島のサルに比べると傷や指の欠損などが少なく、判別に使える情報は乏しいと考えられてきた。しかし、より近くでじっくり観察できるという幸島の利点もあって、思っていた以上の特徴を収集することが可能となった。今回得られた情報は2021年度版の個体識別表としてまとめたが、重要なのはこれを継続し、更新していくことである。できるだけ簡易に更新作業が行えるよう、情報のデータベース化と合わせて提案していく予定である。
また、今回は時間もなく、群外のオスについてはほとんど観察することができなかったが、遭遇機会が少ない個体ほど識別表は有用であると思われるため、今後の調査が望まれる。

母親死亡のため識別に苦労した3兄妹

2020-C-33
代表者 Andres Canela
Study of the role of Topoisomerases type II in the genome organization of Escherichia coli.

Naohiro Osada (Master Student), Kyoto University, Graduate School of Human and Environmental Sciences, Graduate School of Biostudies, Laboratory of DNA signaling Minoru Takata (Professor), Kyoto University, Graduate School of Biostudies, Laboratory of DNA signaling Andres Canela (Associate Professor (program specific), Kyoto University. Hakubi Center for Advanced Research, Graduate School of Biostudies, Radiation Biology Center. Laboratory of DNA Damage Signaling.

I will use Escherichia coli, to inhibit Gyrase, Topoisomerase IV and MukBEF and evaluate their impact in genome organization by Hi-C. In this method, DNA-protein complexes in the bacteria culture are cross-linked with formaldehyde. The bacteria will be homogenized using the Precellys24, present at the Wildlife Research Center, and the DNA is extracted, ligated, and digested with restriction enzymes. The resulting DNA fragments are PCR-amplified and sequenced. Deep sequencing provides base-pair resolution of the ligated fragments and will be used to map in the genome long-range interactions of DNA. This technique is necessary to determine the role of TopoisomeaseIV, Gyrase and MukBEF in the genome organization of E.coli. I will not leave any residues in WRC, the bacteria samples will be already fixed with formaldehyde, and after homogenization in the Precellys tubes I will bring back the tubes with the lysates to the laboratory.
We successfully set up the conditions for the homogenization in the Precellys (see "Recent research activities and achievement"). We are now generating Hi-C sequencing libraries using these conditions.

2021-B-16
代表者 大橋篤
屋久島におけるサイズの異なる隣接群間でのニホンザルオスの社会関係の比較

大橋 篤 京都大学大学院理学研究科人類進化論研究室

霊長類の社会には種内変異があると考えられている。ニホンザル(Macaca fuscata)の種内変異の研究については、餌付け群同士の比較にはじまり、餌付け群と野生群の比較から、環境の異なる野生群同士の比較へと進んできた。そうした中で群れサイズが小さく社会性比(SSR:オトナメス1個体あたりのオトナオスの数)が高い屋久島のヤクシマザル(M. fuscata yakui)の群れでは、オス間のグルーミング頻度がホンドニホンザル(M. fuscata fuscata)野生群の金華山の群れよりも高いことがわかった。しかし、地域間の比較では遺伝的要因や生態学的要因は排除しきれていない。一方、屋久島西部の中にも群れサイズが大きく社会性比が低い、金華山的な特徴を持った群れが存在する。本研究では、2020年11月から2021年3月の間、屋久島西部において、群れサイズと社会性比が大きく異なるソラ群とリク群のオトナオスを観察者1人で終日追跡し、オス間の交渉及びオス-メス間の交渉を記録した。遊動域が隣接する2群を直接比較することで、遺伝的要因と生態学的要因の影響を最小限にしたうえで、群れサイズとSSRがオス間の交渉に及ぼす影響、及びその決定要因を明らかにすることを目的とする。分析の結果、群れサイズが大きくSSRが低いソラ群ではオス間の親和的交渉頻度は低く、攻撃的交渉頻度は高くなった。また、高順位オスから低順位オスへのサプランティング頻度は高くなった。

2020-C-17(教育利用)
代表者 杉浦秀樹
幸島実習 / 野⽣動物・⾏動⽣態野外実習

杉浦秀樹、鈴村崇文(京都大学野生動物研究センター)

本実習は例年5月に行っているが、新型コロナウイルの影響で延期し、11月に実施した。京都大学・野生動物研究センターの大学院生2名、同・生態学研究センターの大学院生1名の計3名が実習生として参加し、野生動物研究センターの2名の教職員が指導した。
初日に、市民を対象とした観察会「京大ウィークス・幸島ニホンザルの観察会」にスタッフとして参加し、イモ洗いなどを観察するとともに、アウトリーチ活動を経験した。翌日から、2泊3日で島に滞在し、ニホンザルの観察を行った。参加者がそれぞれに観察テーマを考え、データを集め、発表した。また、野外での生活、安全対策、山歩きなどの基本的な野外調査の経験を積んだ。天候にも恵まれ、サルをよく観察することができた。期間中には、都井岬のウマの観察や、青島なども訪問し、宮崎県の自然や文化への理解を深めた。

都井岬のウマの観察も行った

2020-C-26(教育利用)
代表者 鈴木 滋
屋久島の人と自然の関係についてのフィールドワーク実習

鈴木 滋(龍谷大学国際学部)

この実習では、屋久島に1週間滞在し、自然と人の暮らしをめぐる特徴や問題点を、実際に現地で確かめ学ぶことを目的とした。具体的には、ヤクスギ林帯や照葉樹林帯などの植物の垂直分布やヤクシマザル、ヤクシカ、また、森林伐採跡、樹園地、エコツアー実施状況などを観察し、屋久島における人と自然に関係を検討した。
屋久島ヤクタネゴヨウ調査隊による保全活動の見学、また、楠川の低地照葉樹林帯における国有林の伐採状況を見学し、西部林道世界遺産地域で、屋久島の生物多様性について学習した。さらに、屋久島町歴史民俗資料館、屋久島環境文化村センターなどを見学し、環境文化村センターでは、照葉樹林帯の保全活動を行う、地元の自然保護活動家の講義を受講した。吉田集落で、屋久島里めぐり推進協議会によるグリーンツーリズムを体験学習し、地元の方々に公民館で自然利用についての聞き取り調査を行った。
野生動物研究センター施設PWSハウスでは、集会室において、情報整理、映像資料の視聴等を行なった。
参加者は、龍谷大学国際学部の2〜4年生、9名だった。