海の中で歌うアゴヒゲアザラシ
水口大輔

アザラシと聞いて最初に思い浮かぶのは、陸上でゴロゴロと寝転んでいる姿ではないでしょうか。たしかに、アザラシは陸上で動くのはすごく苦手で、イモムシみたいにうねうねとしか動くことができません。しかし、実はこのアザラシ達、海の中では非常に機敏に泳いでおり、陸上での姿からは想像もつかないような興味深い行動を見せてくれます。特にアゴヒゲアザラシは、水の中で不思議な音を出すことが知られています。実際に聴いてみたい方は、インターネットで「アゴヒゲアザラシ 鳴き声」と検索してみてください。「ひゅ~どろどろ」と、お化けでも出てきそうな音を聴くことができます。
では、アゴヒゲアザラシは一体なんのために水中でこんな音を出すのでしょうか?野生のアザラシは陸から遠く離れた海で暮らしており、彼らの水中での行動を人間の目で直接観察することは困難です。そのため、野生のアザラシ達がいつ、どのように、そして何のために音を出すのかは、ほとんどわかっていません。そこで私は、じっくりと行動を見ることのできる水族館で、アザラシの観察と水中マイクでの録音を行い、彼らがどのように音を使っているのかを調べています。

野外での調査風景


水族館での観察の結果、アゴヒゲアザラシのオスは交尾を行う時期にだけ、喉を風船のように膨らませて音を出すことがわかりました。また、オスの鳴き声は全部で3種類あり、これらの音を決まった順番で出すことがわかりました。人間の歌に「ド・レ・ミ、ド・レ・ミ」と決まった順番があるように、アザラシもまた水中で歌っていたのです。一方メスはというと、鳴いているオスの方へゆっくりと近付いていき、自分の鼻をオスの鼻や喉に押し当てました。どうやら、オスの歌はメスへ求愛するために使われており、歌に惹き付けられたメスが鼻を押し当てて返事をしにくるようです。視界の悪い海の中で、遠くにいる交尾相手を見つけるためには、このような歌を使ったやり取りが重要な役割を持つのだと考えています。
少しずつですが、アザラシがどんな風に音を出すのかがわかってきました。今後も観察を続けて、彼らの不思議な音の秘密を解き明かしていきたいと考えています。


マイクを海中に沈めると、水中の音を録音できる。レコーダーに記録された音は、ソフトで解析する。

水面で乱反射した光から目を守るためだけでなく、氷上などにいるアザラシを探すための必須アイテム。
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