2003年に京都大学霊長類研究所で開催したイベントです。
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第2回ニホンザル研究セミナー

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発表予稿


半谷吾郎(京都大学霊長類研究所)「森林伐採がニホンザルの食物利用可能性と集団密度に与える影響」

 森林伐採の影響を知ることは、森林生態系保護の最重要課題である。とくに日本では1960年代から1970年代にかけて進行した拡大造林と、1980年代から頻発するようになった大型動物の人里への分布拡大と獣害の深刻化との関連が示唆されている。本研究では、屋久島でサルの食物利用可能性とサルの集団密度を一次林、6-17年前に伐採された天然更新地、18-26年前に伐採された人工更新地の間で比較し、森林伐採がニホンザルに与える影響について明らかにすることを目的とする。生息環境の調査は5m×5mの植生調査区を一次林に30、天然更新地に17、人工更新地に10設置して行った。森林の構成を比較すると、人工更新地の胸高断面積合計は一次林とほぼ同じくらいであったが、そのほとんどをスギが占めていた。天然更新地では胸高断面積合計はきわめて小さかった。果実生産量は天然更新地で最大であり、一次林の10倍程度に達した。一方、人工更新地では果実生産はほとんどゼロであった。サルの食物となる草本の種数も天然更新地で最大であり、一次林および人工更新地ではそのような草本はほとんどなかった。サルの集団密度を定点調査法によって調査した。その結果、集団密度は若い天然更新地で高く、人工更新地で低く、一次林はその中間であることが分かった。この結果は、伐採のやり方によって、ニホンザルの与える影響が全く異なることを示唆している。伐採後スギを植林する人工更新の場合、伐採後遅くとも18年のうちには、サルにとってほとんど食物にはならないスギだけで構成される森林となり、そのような場所をサルはあまり利用しない。一方、伐採後自然の遷移に任せる天然更新の場合、伐採後少なくとも17年はサルにとって食物の多い状態が続き、サルもそこをよく利用する。これらの結果から、スギ人工林への転換はサルに負の影響を与えるという、従来示唆されていたことが示された。また、伐採後自然の遷移に任せる方法のほうがニホンザルの保全上望ましいやり方であることも分かった。


森野真理(横浜国立大学大学院環境情報研究院)「ヤクシマザルの生息地管理システム」

 生物多様性の保全は,従来の自然保護と異なり,可能な限り多くの種の保護を意図している.そのため,保全策として,保護区の設定だけでなく,各土地利用に資する生息地管理も重要となっている.本研究は,鹿児島県屋久島に生息するヤクシマザルを地域の生物多様性指標とみなし,サルが高密度に生息する低地部照葉樹林の管理システムについて考察したものである.ここでは,生息地管理に関わる問題点を,大きく①生息地の縮小・改変,②獣害,ととらえている.そこで,生息地の確保と被害の低減が成立するしくみをシステム論的に提示するために,ヤクシマザルの生態学的条件と地域社会の意識構造の双方から,照葉樹林がサルとヒトの共有資源として成立する条件を見出すことを目的とした.
 まず,既存研究のレビューおよび森林関連業者へのインタビューより,屋久島における照葉樹林の管理にかかわる問題点を整理し,照葉樹林が保全されることを仮定した場合の地場産業間の問題相補性に着目して,屋久島にて考えられる生息地管理システムを想定した.
 次に,ヤクシマザルにおける照葉樹林の存続条件をみいだすために,サルの密度規定要因として採食条件に着目し,考案した食べ物の豊かさ指標FRI(Food Richness Index)と密度との対応を調べた.その結果,FRIとサルの密度との間には高い相関が見られ,その背景には,植物生産の非同期性による資源相補的な効果があると推察された.したがって,サルにとっての照葉樹林の存続条件は,生産時期の異なる採食植物の種多様性と面積の維持であると結論付けた.
 一方,地域社会における照葉樹林の共有資源としての成立条件を見出すために,彼らの保全インセンティブを明らかにしようとした.ここでは,ヒトの意識を,何らかの重層的な構造を持つものとみなし,仮定した階層構造をもとに意識調査を行い,要素間の因果関係および保全意志に関わる要因分析を行った.その結果,保全インセンティブとしてより重要な要素は,経験だけでなく,認識レベルの要素であることが明らかになった.


樋口 洋((株)ピッキオ ワイルドライフリサーチセンター)「軽井沢町におけるニホンザル被害対策の事例」

 長野県軽井沢町は豊かな森に包まれた全国でも有数な避暑地であり、森の中には多くの別荘が立ち並ぶ。人口2万人弱の町に年間800万人の観光客、別荘客が訪れる。この町では約15年前からニホンザルの群れが出没し、家庭菜園、器物破損、糞尿、騒音などの被害が発生している。ピッキオは2000年下半期より軽井沢町からの委託を受け調査及び対策を開始した。軽井沢町では約90頭のサルの群れ一群が住宅地と別荘地を遊動域としており、日々どこかで被害が発生する状況である。餌付けはあまり行われていないが、人馴れはすすんでおり1-2m離れていれば人を無視するサルが多い。
 今回は2002年夏季に行った群れの追い払いを中心に報告する。追い払いは90頭の群れに3名の人員が直接観察を行ないながら1日中追跡し、任意に設定した防衛地域(定住者が多く住む地域、観光客が集まる地域)へ侵入すると予想された場合、先回りして群れの移動方向を変化させるというものである。追い払い人員は20歳から37歳までの男女で、サルをほとんど見たことがないという人も含む11名のアルバイトを雇用し、1日の研修(サルの生態、軽井沢の現状、追い払い方)ののち、追い払いを実施した。この追い払いにより防衛地域への侵入をかなり抑えることができた。また、女性のみでも追い払いは可能であるという結果も得られた。地元住民に対して追い払い期間後に実施したアンケート調査では、約半数の住民が追い払いに効果があったと回答した。その一方でハナレザルによる家庭菜園被害を防ぐことができなかった、人件費がかかる、住民は人任せになり自己防衛を怠る可能性があるなどの課題も残った。


千々岩 哲(景生保全研究所、同志社大院・工学研究科・数理環境)「野猿群の追払い方法とその効果の検討」

 滋賀県甲賀郡甲賀町は谷津田が広がる地域であり、野猿群による農作物被害が発生し易い状況にある。農業に従事するのは高齢者が中心であることから、Mo群(約130頭)とOs群(約35頭)を対象として、2001年12月~2002年11月に、玩具用の空気銃を用い、歩いて追払うことを前提条件として、使用空気銃と追払い方法の検討調査を行った。効果測定は、追払い時の直接観察やラジオテレメトリー法による群の遊動域の把握等によって行った。その結果、例えばOs群において、調査期間中の下半期に野猿群を吸引する農作物レベルが明らかに上昇(平均値で3.59→5.09)したにも関わらず、追払い時に逃走を開始する距離が長くなり、早めに逃げるようになった(r=0.4983)。また再出現レベル(頻度と時間)では平均値で3.22から2.82へと改善がみられた。


室山 泰之(京都大学霊長類研究所)「事故防止研究と被害管理」

 これまでの被害対策の多くは、野生動物の個体数を調整したり行動を制御したりすることを中心に考えられてきたが、被害を軽減するには、被害が発生している直接的な原因を解明 し、その解消を図ることが大切である。そのような作業をするときにヒントになる「事故防止研究」の視点について紹介する.


辻 大和(東京大学大学院 農学生命科学研究科)「ニホンザルの食物利用と生息地利用-結実の年次変動に注目して-

 ニホンザルの生息地利用の季節的・年次的変化を、主要食物の生態学的特性と関連づけて説明することを目的に、2000年春から2002年秋にかけて、宮城県金華山島で調査を行った。
 春と夏の行動圏の位置の年次変化は小さかったが、主要食物が年ごとに変わった秋から早春にかけての年次変化は大きかった。移動距離や日行動圏の面積は夏にもっとも大きく、春と秋が同程度で、冬にもっとも小さかった。草本類を主要食物とした2002年の冬と早春の移動距離や日行動圏面積は、2001年の値よりも大きかった。
 食物の分布の季節変化を反映して、採食割合は秋に大きく夏に小さかったが、移動割合は逆に秋に小さく夏に大きかった。採食割合と移動割合は年ごとに変化し、それぞれの年の食物の分布密度と採食効率を反映した。
  サルの食物は、春は葉と花、夏は果実類(漿果)、葉、キノコ類、動物類など多様なもの、秋から冬にかけては実類(堅果)と種子類、冬に樹皮と冬芽、早春に冬芽、樹皮、花、葉だった。食物構成の年次変化は春と夏に小さかったのに対して秋から早春にかけて大きく、2000年の秋から2001年の早春にかけてはケヤキとシデ類の堅果、2001年の秋にカヤの種子、2002年の冬から早春にかけて草本類、2002年の秋にブナの堅果を主要食物とした。
 秋の主要食物の採食場所内の分布様式は、カヤの種子が集中分布型であったのに対しケヤキ、イヌシデ、ブナの堅果は均一分布型であった。これらは群れ内の攻撃的な交渉の発生頻度と関わっており、集中分布型でかつ採食効率の悪いカヤを利用した年は攻撃的な交渉の発生頻度が高かった。
 本研究により、1) ニホンザルの生息地利用の多くの部分が主要食物となる植物の生態学的特性の季節的・年次的変化によって説明できること、2) とくに年次変動の大きい秋の結実状態が重要であることが示された。


深谷もえ(京都大学霊長類研究所)「幸島のニホンザルにおける複数品目の資源量が採食場所の選択に与える影響」

 霊長類の採食場所は、食物資源の量や分布に最も影響を受けていると考えられてい る。ニホンザルは、年間を通してさまざまな品目を採食すること、一日のうちでも複 数の品目を採食することが知られている。また、採食種が変化することにより、採食 場所も大きく変化している。しかし、複数品目の食物資源の量や分布を視野に入れ て、ニホンザルがどのような場所で採食しているのかはほとんど明らかになっていない。
 2002年2月、4月、6月、9月、11月の各月約3週間、宮崎県幸島のオトナメス6頭とそ の行動域を対象に以下の調査を行った。個体追跡法によってニホンザルの採食種、採 食量、採食時間を記録し、同時にGPS測位を行い、採食場所を記録した。また、植生調 査を行い同時期における食物資源量を種ごとに測定した。行動域内を100mグリッドに 区切り、食物資源量とそこでの摂取エネルギーにより採食場所の選択について検証した。
 ニホンザルの主要な採食品目は月ごとに変化していた。しかし、いずれの月も必ず しも主要な採食品目単独の資源量が多いグリッドでより多くのエネルギーを得ている わけではなく、ある特定の複数品目の資源量が多いプロットでより多くのエネルギー を摂取していた。
 複数品目を採食するニホンザルは、複数品目の存在するところで採食することによ り、グリッド内でのエネルギー摂取効率を高めている可能性が考えられた。


井上英治(京都大・理・人類進化論)「ニホンザルの父性解析:どのようなオスが子供を多く残しているのか?」

 ニホンザルのオスの交尾成功について、多くの研究がなされてきた。今までの研究から、オスの交尾成功は順位とは相関がなく、メスによる交尾相手の選択が影響していることがわかっている。近年の遺伝子解析技術の向上にともない、ニホンザルの父性解析の研究ができるようになり、オスの繁殖成功について以下のことがわかってきた。オスの順位、交尾回数は、繁殖成功とは相関がなく、メスの選択が繁殖成功に影響している。また、屋久島では、群れ外オスが多く子供を残している。
 今回は、4歳以上のオス(射精可能)が24頭いる嵐山E群で行なった父性解析について発表する。2002年に生まれた10頭すべての父親を決定した。また、2001年の交尾期に、上位11頭を個体追跡した。それらのデータから、どのような特徴のオスが多く子供を残しているのかを検討した。具体的には、オスの順位、体重、年齢、在籍年数、交尾頻度、メスとの近接時間、メスへの攻撃的交渉のような特徴について、子供の数との関係を調べた。また、オスの繁殖戦略について検討し、順位による繁殖戦略の違いや、繁殖成功との関係について考える。


鈴木啓之(京都大学霊長類研究所)「ニホンザルのグリマス表出がもつ意図と効果について」

 霊長類は多様な表情をもつ。そのなかでも、唇とその両端を引き、歯をむきだしにする表情を総称してグリマスとよぶ。この特異的な劣位/なだめの表情はヒトの「ほほえみ」の起源とされ、さまざまな種・種間で、この表情の表出される状況の研究・比較が行われている。
 表情はコミュニケーションの手段として進化してきたと考えられる。しかし、グリマスがもつコミュニケーションの手段としての効果については、いまだに疑問も多い。疑問の多くは、敵対的交渉場面において、この表情を表出したのにもかかわらず優位者が攻撃をやめないことが多いという観察者の印象によっている。ニホンザルに関して、グリマスに注目した研究は数少ないし、この表情が本当にコミュニケーションの手段として有効であるという証明はまだなされていない。ニホンザルでは、グリマスが劣位個体から優位個体に対してのみ表出されること、Ⅰ)敵対的交渉 Ⅱ)優位個体の接近 という場面において表出されることから、劣位/なだめの意味のみを持つと考えられ、この表情が持つ劣位/なだめの効果を測るのに適した種だといえる。
 本研究では、グリマス表出の意図と効果をはかるため、上述した2つの場面において、グリマス表出の有無・グリマス表出前後の両者の行動を比較し、(1)この表情が誰に対してよく表出されるか、(2)コミュニケーションの手段としての効果があるかどうか、を調べた。その結果、この表情は、(1)自分に対して攻撃を仕掛けてくる可能性の高い相手に向けてよく表出される、(2)敵対的交渉時に、相手のほうを向いてこの表情を表出すると、相手のほうから攻撃をやめることが多い、ということがわかった。また、敵対的交渉時において、表出者はよくグリマスを表出しながらあたりを見回すが、これは第3者の自分への援助をもとめる行動であることがわかった。
 これらの結果は、グリマスという表情が、相手の攻撃に対処しようとして表出されるものであり、実際になだめの効果があるということを示唆している。このことは、ニホンザルの「順位序列のきびしい」社会構造に対応していると考えられる。