幸せな環境提供する責任
共同通信配信インタビュー記事: 所長(当時)友永雅己 + 聞き手共同通信編集委員・龍野建一
友永雅己(ともながまさき)
京都大学霊長類研究所思考言語分野 准教授
(註1)
京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ 所長(当時)
ここにいるチンパンジーは今、全部で50人
(註2)
。三つの飼育棟に分かれて暮らしています。一番上の棟と一番下の棟をつなぐ長さ150mの連絡通路がもうすぐ完成し、森の中を通り地上を移動して、飼育棟の間を行き来できるようになります。付き添い付きですが。
チンパンジーの社会は離合集散型です。基本的には流動的な社会ですが、全体としてはまとまっている。限られた空間、個体数しかない動物園などではそういうコミュニティーを保証するのが難しいのですが、新しい連絡路は、彼らが精神的にも肉体的にも社会的にも健康な状態でいることにつながります。彼らの幸せを考えるのは、飼育している人間の責務です。
穏やかな日の光がきらめく宇城市三角町の有明海を見下ろす小山の中腹。対岸には雲仙岳。実験用チンバンジーの老後のため、ある医薬品会社が設けた施設を京大の野生動物研究センターが引き継ぎ、運営を始めた
会社としても大英断だったでしょう。長年バイオメディカル研究に協力してくれた彼らが余生を送る場「サンクチュアリ」に転身したのは5年前。僕たちはもう一つ目的を掲げました。それは、集団にうまくなじめない子たちを「社会化」して、良い環境で生活してもらうということです。
一番苦労してきた点でもあるんですが、孤立して育てられてきたチンパンジー同士の関係は、彼らにまかせるというのが基本です。しかし、いろんな背景があるので、他の個体との付き合いが苦手な者もいます。研究スタッフがスケジュールを組み、「今日はこの子とこの子」という具合に、違うメンツのグループをつくってやります。人間が介添えし、コミュニケーションを手助けするわけです。けんかしてけがをする個体もいるのですが、大事なのは、けがをしてもいいからきちんと社会的関係を築くことではないかな、と考えています。何か起こった時のパックアップ態勢を整えながら、適度のストレスがかかる自然なライフスタイルをなんとか確立できるようにもっていきたい。
専門は「認知科学」。言葉を覚えたチンバンジー「アイ」の研究で知られる京大霊長類研のメンバー。母子関係の観察などを通じて、ヒトはどうしてヒトとなるのかなどを追究してきた
チンパンジーの側の協力があってはじめて成り立つ研究です。彼らに協力してもらって心の研究の最先端を目指したいですね。かつては、ある種のウイルスを接種するなど「侵襲的」研究もありましたが、人に対してやっちゃダメなことはチンパンジーにもやっちゃだめです。まして、インフォームドコンセントが取れないんですから。
今、日本には全部で330人
(註3)
のチンパンジーがいます。ここに50人
(註2)
、霊長類研究所に14人と、京都大学は全体の5分の1を預かっています。良い環境を提供して、彼らをどうサバイブ(生き残り)させていくか、僕らには大きな責任があります。
50人の平均年齢は28歳で、そんなに年寄りではない。しかし、壮年期のチンパンジーたちには循環器系の疾患も起きがちで、老年福祉の問題もあります。ここでケアとか認知など長寿福祉にかかわる総合的な研究を行い、それを通じて人間の福祉にも役立てないかと思います。今は原則、公開されていませんが、将来は環境教育の拠点として地域との連携も深めていきたいですね。
註1:当時。2016年4月より、京都大学霊長類研究所思考言語分野教授
註2:当時。最新のメンバーは、
「サンクチュアリの住人」ページで
ご確認ください。
註3:当時。最新の人口は、
GAIN 大型類人猿情報ネットーワークHPで
ご確認ください。
この記事は、 共同通信配信の熊本サンクチュアリ所長・友永雅己インタビュー記事『幸せな環境提供する責任』(聞き手共同通信編集委員・龍野建一)の内容を、許可を得て転載したものです。
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