非大発生時のオニヒトデの生態

95/3修 上野光弘

オニヒトデ(Acanthaster planci)は、サンゴ礁に生息する大型のヒトデで、生きたサンゴの組織を丸ごと食べることのできる数少ない生物の一つである。このヒトデは、1960年代から1980年代にかけてインドー西太平洋の広い範囲のサンゴ礁で大発生し、サンゴ礁を荒廃させ社会的な問題となった。現在では、一部のサンゴ礁を除いて平常の個体密度に戻ったといわれている。大発生時には注目を集め、大発生の規模やサンゴ礁に与えた被害状況、駆除されたオニヒトデの数などについて多数の報告がなされた。それらの報告によると、大発生時オニヒトデは、集団をなして昼夜の区別なくサンゴを食い尽くしては、長距離を移動することなどが明らかになった。ところが、非大発生時のオニヒトデの生態に関する基礎的な研究はまだほとんどなされていない。本研究では、非大発生時のオニヒトデの生態、つまりオニヒトデの普段の生活を明らかにすることを目的に、個体識別したオニヒトデの継続観察を行い、非大発生時の個体密度や分布様式、活動時間帯、日々の移動や摂食行動などを調査し、大発生時との比較を行った。

方法

調査は、沖縄県八重山諸島にある隆起サンゴ礁の島、黒島の仲本海岸の礁原において、1992年7月から9月と10月から12月及び、1993年5月から10月(計10カ月間)の期間におこなった。観察個体は、体長、背口盤長、腕の本数、背口盤にある肛門と多孔板の数や配置などをもとに個体識別した。移動量や移動パターンは、長期継続観察個体の観察日ごとの目撃位置、主に休息位置の変化を測量によって作成した地図上に記録することによって求めた。摂食量や食物選択性は、食痕の面積や調査地内のサンゴ被覆面積を計測することによって求めた。食痕の面積とサンゴ群体の被覆面積は、地形面への投影面積として求めた。選択性の尺度(選択度)としては、そのサンゴの被食率と、その地域の全サンゴ平均被食率との差を用いた。これらの調査により、以下のような結果が得られた。

結果

この調査地域の個体群密度は、92年度は推定0.30匹/1000平方メートル、93年度は0.16匹/1000平方メートルで、大発生時(40匹以上/1000平方メートル)に比べ、はるかに低密度であった。オニヒトデは、調査地内で互いに距離をおいてほぼ分散して分布していることが明らかになった。彼らは、日中はほとんど物陰の休息場所に隠れており、日没前後から活動を始める夜行性の活動パターンを示した。一日当りの移動距離は非常に小さく、92年から93年にかけて延べ18個体を個体識別し、25日から最長435日追跡観察した結果、一日当り0.1から1.1メートル移動することがわかった。これは大発生時に記録されている移動量の10分の1以下である。また、大発生時には行動範囲をつぎつぎに変えて行き、以前の行動範囲からどんどん遠ざかる移動パターンが報告されているのとは対照的に、非大発生時には非常に狭い行動範囲内に長期間留まる傾向が見られた。ただし、行動範囲の大きさには大きな個体差があった(3-320平方メートル)。移動パターンにも大きな個体差が見られ、約140日間の観察期間に、ほぼ同じ一日当りの移動距離(0.5ー0.6メートル)移動した4個体のうち、2個体は非常に狭い行動域内(29平方メートルと43平方メートル)に留まったのに対し、他の2個体は以前の行動範囲からつぎつぎに遠ざかる移動パターンを示し、その行動域面積はそれぞれ106平方メートルと200平方メートルにもなった。

摂食量に関しては大発生時との大きな違いは見られず、一日当り50から100平方センチメートルの食痕を作ることが明らかになった。調査地内につけられた食痕面積から求めたオニヒトデによるサンゴの被食率は約10%であった。

サンゴの位置や種類、形態による被食率の違いから、オニヒトデの食物選択性を算出したところ、分類群ではコモンサンゴ属やハマサンゴ属、ヒラフキサンゴ属のサンゴが好まれること、形態では枝状サンゴはあまり好まれず、被覆状サンゴや折れて海底に散乱したサンゴ断片が好まれること、またパッチリーフ基部のサンゴが好まれることなどの興味深い結果が得られた。

今回の調査により、非大発生時のオニヒトデが大発生時とは対照的に生息場所のサンゴと共存的な行動を示すことや、オニヒトデによる食害がサンゴ礁の海底地形に影響を及ぼしている可能性などが示唆された。

(講演目録)

上野光弘、幸島司郎、「非大発生時のオニヒトデ(Acanthaster planci)の行動」

           日本動物行動学会第12回大会(1993年12月 静岡)

上野光弘、幸島司郎、「非大発生時のオニヒトデの行動について」

           日本動物行動学会第13回大会(1994年12月 大阪)


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