立山内蔵助雪渓における雪氷微生物の季節変化とその環境要因

竹内 望

 まっ白な雪と氷の世界、そんな寒さ厳しい過酷な世界にも最近多くの生物が生きていることがわかってきた。そこには生産者として雪氷藻類、消費者として原生動物や昆虫類、分解者としてバクテリアなどが存在し、一つの閉鎖的生態系を作り上げている。また、これらの微生物は氷雪上に赤や黒の色を付け、アルベド(光の反射率)を下げることにより氷雪の融解を促進すると考えられ、氷河雪氷学の新しい生物学的アプローチとして注目されている。これら雪氷生態系の基礎研究として、越年性雪渓である北アルプス立山の内蔵助雪渓で調査を行った。この雪渓では藻類として緑藻と藍藻が存在し、個体数の季節変移が知られている。本研究は、その季節変移の環境要因を明らかにすることを目的とした。

 7月から9月の間、立山に滞在し定期的に微生物等を含む雪をサンプリングした。サンプルはホルマリン固定し、東京に持ち帰った後、種類ごとに数等をカウントし、栄養塩濃度の測定を行った。また、サンプリングと同時に、雪融解量、雪密度、アルベドの測定を行った。

 藻類相には、7月に緑藻の個体数が最大に達し、8月以降藍藻に置き代るという1990年同様の季節変化が見られた。これらの季節変化に関係する環境要因としては、雪融解量、雪密度、栄養塩濃度などが考えられる。雪融解量は、日射、風、気温、降水などによって決まるが、調査期間中多少の変化はあるものの一日当り平均10センチとほぼ一定であった。また雪密度は、7月始めの0.57g/cm3から、9月下旬の0.68g/cm3と増加するが、その差わずか0.11g/cm3でやはり調査期間中大きな変化はなかった。これらの環境要因は藻類相の変化する8月上旬に大きな変化がみられず、藻類相の変移に直接的影響を与えているとは考えにくい。栄養塩の測定では、NO3-は平均0.06mg/l、PO43-は検出限界以下と、かなりの貧栄養状態であることがわかった。融解水中の栄養塩濃度には季節変化は見られず、栄養塩濃度が直接藻類相に影響を与えている可能性は低い。しかし貧栄養である中、融解水以外の栄養塩源が藻類相に影響を及ぼしている可能性がある。立山地方では中国からの黄砂の飛来が多く、雪上にたまった黄砂が栄養塩の供給源となると思われる。雪融解による黄砂の濃縮、黄砂からの栄養塩溶解の速さなどを考慮しながら、新たな測定法を考える必要がある。

 内蔵助雪渓には消費者として、原生動物のワムシや線虫、昆虫のトビムシなどが存在する。消費者の個体数も藻類相の変化に関わることが考えられるため、原生動物の個体数変化を追ってみた。線虫、ワムシともに7月にピークが見られ、緑藻の変化と似ていることが明らかになった。これらの動物は、緑藻を食べているものと思われる。藍藻は他感作用物質として毒を出すものが多く知られており、藍藻の増殖が8月以降緑藻と動物の個体数を減らしている可能性がある。

 今年の夏は晴れた日が少なく、定期的なアルベドを測定することができなかった。しかし、初夏は黄砂で茶色い雪渓の表面が、秋になるに従い黒く色が変わることは明らかであり、その変化は雪表面の有機物量、微生物量の増加に一致する。黒い汚れの色は具体的にどの生物が決めているのか、バクテリアなど含めサンプルをより詳しく解析する予定である。



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