ヒトのすれちがい行動における身長差の影響

94/3 小川悦幸

イギリスにおいて、人込みでのヒトのすれちがい行動を調査したコレット&マーシュによると、男性では相手に胸を向けてすれちがう傾向が強いが、女性では相手に背中を向けてすれちがう傾向が強いという行動の性差があり、特に異性間の組み合わせではこの傾向がさらに顕著になることが報告されている。この研究はデータ件数も数百例といった規模ではあるが、当研究室で同様の調査を一万例以上の規模で行った結果、日本でも同様な傾向が見られることが明らかになった。

上記のような被験者の性別やすれちがう相手の性別、被験者の世代、相手の世代、被験者とすれちがう相手との身長差、歩く速さの違い、持ち物の携帯・不携帯など多くの要因がこのすれちがい行動に影響を与えている可能性がある。本研究では身長差に注目し、身長差がこの行動にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることを目的に、調査を行なった。

調査は、94年1月14日から1月28日まで計6日、午後3時から午後7時の夕方の混雑している時間帯に、東横線渋谷駅2階改札口階段下の洋菓子屋モロゾフの横通路において行ない、すれちがい行動を起こしたヒトの性別、推定世代、姿勢、身長差をそれぞれ記録し、分析した。

調査によって得られた1440例の記録を分析した結果、全体として男性では相手に胸を向けてすれちがう割合が高く、女性は相手に背中を向けてすれちがう割合が高いこと、さらに異性間のすれちがいではこのような差が特に強くなること等、これまでの報告と同じ傾向が認められた。この中から身長差の影響がない状態を検討するために、被験者とその相手の身長が同じ組み合わせを選び出して分析しても同様の傾向が見られ、性差があることが明らかになった。次に、身長差がある組み合わせを分析したところ(グラフ参照)、身長差による影響が男性、女性ともに認められた。つまり男性では相手の身長が低い場合、相手の性にかかわらず、胸を向けてすれちがう割合が身長差がない場合に比べ増加し、背中を向けてすれちがう割合が減少すること、また、逆に相手の身長が高い場合、胸を向けてすれちがう割合が減小し、相手に背中を向けてすれちがう割合が増加することが明らかになった。女性でも男性と同様な身長差の影響が見られたが、男性では相手が低い場合、やはり相手に胸を向けてすれちがう傾向が見られるが、女性ではこれまでの報告とは異なり相手に胸を向けてすれちがう傾向が見られたのは興味深い。一般に、男性は女性より身長が高いと考えられるため、報告されている性差には、男女の身長差の影響が少なくとも部分的には関係していると思われる。

このように、すれちがい行動の意味や原因を解明するためには、身長差の影響を考慮し分析する必要があることが明かとなった。

(グラフ中) 記号は+:相手に胸を向けてすれちがう 0:体をねじらないですれちがう −:相手に背中を向けてすれちがう   データ数は男性のすれちがいでは左から106、148、106、216、107、37女性のすれちがいでは左から82、196、82、37、107、216



要旨リストに戻る