エゾヒグマ捕獲の現状と問題点(野生動物管理の視点から)

95/3卒 野村冬樹

エゾヒグマ(Ursus arctos yesoensis)は、日本最大の陸生哺乳類で北海道のみに生息する。かつては北海道全土に生息していたヒグマも、開発によりその生息地が分断されるとともに(下図)、害獣として大量に捕殺され、現在ではその個体数を推定1200から1500にまで減らしている。このため近年のヒグマに対する北海道の鳥獣保護行政の対応には、駆除撲滅から共存への変化が見られる(下表)。本研究では、近年のヒグマ捕獲資料を用い各地域個体群におけるヒグマ捕獲の実態を量的、質的に把握することを目的とした。また、渡島半島地域について近年の狩猟制度の変化がヒグマ捕獲に与えた影響を概観し、現在のヒグマ捕獲の問題点を検討し、適正なヒグマの狩猟管理を行うための基礎資料を提供することを目的とした。

 筆者は昨年5月から今年1月まで北海道に滞在し、札幌の北海道環境科学研究センタ-野生動物課に集められた1991から1993年のヒグマ捕獲票計725枚の集計、分析を行った。捕獲票中で不明な部分については捕獲者への訪問または電話により明らかにするように努めた。1988から1990年は北海道(1992)を参照した。

 1991--1993年において、下図の5つの個体群のうち2地域ではほとんど捕獲がないので分析から除外した。残る3地域において、狩猟扱いで捕獲された個体の割合が高い地域ほど捕獲された個体の性比は、メスの割合が高いことが分かった。また、そのような地域の捕獲個体の齢構成は、幼獣や成獣のメスの割合が高く、狩猟圧が高くなるほどメス(特に子連れメス)の捕獲割合が高くなることが推測された。雌雄の捕獲されやすさの違いは、その行動生態のちがいを反映していると思われる。
 次に個体群の占める面積の割に捕獲数が多く、問題点が多いと思われる渡島半島地域における春グマ駆除廃止前後の変化を詳しく調べてみた。その結果、春の有害駆除は1990年の春グマ駆除廃止を境にいったん減少したものの、その後増加に転じていることや、春グマ駆除廃止前後とも春の捕獲位置は渡島半島の山間部に集中していることが明らかになった。また、捕獲個体の内容をみると、子連れメスは狩猟と秋の有害駆除で多く捕獲されていることが分かった。
 春の有害駆除の原因について役所及び地元のハンタ--に聞き込みを行った結果、近年では観光客による山奥でのヒグマの目撃や痕跡発見、山奥の作業現場への出没が多いことが分かった。胃内容で人為的なものの見られない個体の分布も山間部に集中しており、予防的な有害駆除が多いことがうかがえた。つまり、春先には近年の人間活動や造材作業などの活発化により、ヒグマの生息地内での人とヒグマの接触が増加していることが考えられる。また、春の有害駆除で子連れメスが捕られやすいことは、春先の子連れメスの個体数の多さや子連れメスの逃げにくさが影響していると思われる。現状のような予防的な春の有害駆除を継続した場合、依然として子連れメスが多く捕獲されることが懸念される。その場合、ヒグマ個体群に与える量的、質的な打撃は大きく、個体群の存続が危ぶまれる。それを回避するためには、現行の事実上無制限な有害駆除の制度を捕獲方法も含めて見直し、被害防除のために必要な総合的な対策を確立する必要があると考えられる。

狩猟制度の変遷
1966 春グマ駆除が導入された
1985 箱ワナによる狩猟が禁止された
1988 春グマ駆除の期間が短縮された
1990 春グマ駆除が廃止された
1992 くくりワナによる狩猟が禁止された
1993 大日本猟友会により狩猟による捕獲数を
前年の70%におさえる措置がとられた

年  春(3--5月)オス(%)メス(%) 計 夏秋冬(6--2月)オス(%) メス(%) 計
1988        7(46.7) 8(53.3) 15         22(62.9)  13(37.1) 35
1989        8(61.5) 5(38.5) 13         15(55.6)  12(44.4) 27
1990        4(80.0) 1(20.0)  5         34(70.8)  14(29.2) 48
1991        6(60.0) 4(40.0) 10         39(67.2)  19(32.8) 58
1992       12(66.7) 6(33.3) 18         29(74.4)  10(25.6) 39
1993       13(56.5) 10(44.5) 23        48(76.2)  15(23.8) 63
 計        50(59.5) 34(40.5) 84        187(69.3) 83(30.7) 270


1991--1993年に渡島半島地域で捕獲された仔連れメスヒグマの内訳

年  春有害駆除(3--5月) 夏有害駆除(6--8月) 秋冬有害駆除(9--2月) 狩猟(10--1月)計
1991       1           0           1        1   3
1992       0           0           0        2   2
1993       4           0           0        2   6
 計       5           0           1        5   11


捕獲票の総数
      捕獲数  捕獲票数(%
1991    267    236(88.4)
1992    222    202(91.0)
1993    286    279(97.6)
  計    775    717(92.5)                                  

北海道におけるヒグマの捕獲制度

捕獲区分 捕獲時期    捕獲地域                    捕獲方法 捕獲頭数
狩猟   10/1ー翌1/31 鳥獣保護区、休猟区、自然公園の特別保護区以外  銃のみ  制限なし
有害駆除 1年中     制限なし                    銃、ワナ 必要な数                                             

結論

狩猟 北海道において、1991ー1993年には日高で最も捕獲数が多く、捕獲内容もメスや未成獣の割合が高く、そのような個体群は最も高い狩猟圧にさらされていると考えられる(Mclloy1972)。

   (1人あたりの捕獲数の上限や、獲物の繁殖状態に関する規制が必要である。)

有害駆除 本来ヒグマの生息地である山間部での捕獲が多い。

     春の有害駆除においてはメスや未成獣の捕獲割合が他の季節より高い

     未然防除的な理由で捕獲された個体にはメスや未成獣の割合が高い。

     (有害駆除に対して時期、場所理由などの慎重な検討が必要である。) 

結論

○銃による捕獲とワナによる捕獲では、メス・未成獣比に有意差は見られなかった。

○狩猟の方が有害駆除よりメス・未成獣比が若干高い傾向が見られた。

○道内では、狩猟の割合が最も高い日高地域において、捕獲数、メス・未成獣比、

 子連れメス捕獲数ともに最も高く、この地域の個体群が捕獲による影響を最も強く うけていると推測された。

○人的被害の未然防除を目的とする有害駆除捕獲では、農業被害に対する有害駆除捕 獲より、メス・未成獣比が高く、山奥のヒグマの生息地内での捕獲例が多かった。

○春期(3ー5月)の捕獲の方が、他の季節(6ー2月)の捕獲よりメス・未成獣比が  高く、山奥のヒグマの生息地内での捕獲例が多かった。

以上の結果から、北海道におけるヒグマ捕獲では、捕獲者がヒグマの生息地に踏み込む捕獲形態では、メス・未成獣比が高まると推測される。

ヒグマ個体群の保護管理のためには、個体群に対するダメージの大きな地域(日高)や捕獲形態(メス・未成獣比の高い捕獲形態)から見直すことが有効であると考える。


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