ネオンテトラ(Paracheirodon inessi)の体色の適応的意味について

99/3卒 池田威秀

 ネオンテトラ(Paracheirodon inessi)はアマゾン川原産のカラシン科小型淡水魚で、体側にある鮮やかな青い金属光沢色のラインと腹面後部の赤い色彩のために人気の高い熱帯魚である。虹色素胞による青い金属光沢色や赤色素胞による赤い色彩の発色機構の研究は多く行われてきたが(Fujii,R.Nagaishi,H.et al.)、この色彩がどのような適応的意味を持つのかに関しては明らかにされていない。一見すると非常に派手なこの色彩は、川の表層付近でメダカのような生活をする小型魚にとっては、捕食者に狙われやすい危険な色彩のように思える。また、この色彩には日周変化があり夜間には体色が薄くなる(明化する)ことが知られているが(Lythgoe and Shand,1983)、その意味も明らかになっていない。本研究ではネオンテトラの体色が持つ適応的な意味を、生息地の環境および体色の変化から探ってみた。

生息地の環境を文献で調査したところ、ネオンテトラおよび同じように鮮やかな色彩を持つParacheirodon属の3種はすべて、アマゾン最大の支流であるネグロ河流域など、ブラックウォーター(腐食酸を多く含んだ番茶色の水)水域に生息することがわかった。そこで本来の生息地の水中で彼等の色彩がどのように見えるかを調べるため、アマゾンのブラックウォ−タ−に近いというTetra社の『ブラックウォ−タ−エキストラクト』を使用して、その吸光特性およびネオンテトラの見え方を分析した。その結果、ブラックウォ−タ−は短波長光を選択的に吸収し、青いラインを黒っぽく目立たなくすることがわかった。逆に赤い色は比較的はっきりと見える。このことからネオンテトラの色彩、特に青いラインに関しては目立つための色彩というよりもむしろ隠れるための色彩、つまり隠蔽色として機能しているのではないかとの仮説を立て、体色変化を分析した。
 ネオンテトラの色彩は夜間には薄くなり、体側の青いラインは光沢を失いラベンダ−ブル−に、腹面後部の赤い部分と背中の黒い部分はともに色褪せて全体が白っぽくなる。この変化に要する時間にはある程度の日周性が見られたが、夜間でも2〜5lux以上の照度にすると昼型の色彩になり、夜型・昼型の体色パターンの切り替えが光条件により行われていることがわかった。また、ブラックウォーターを通してみると昼型の色彩は夜型よりも目立たないこともわかった。さらに、昼型の体色、特に体側の色彩の明るさは、背景の明るさに応じて隠蔽効果を高めるように調節されているらしいことが明らかになった。これらの結果は、ネオンテトラの青い金属光沢色が隠蔽的に機能しているという説を支持するものである。


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