移動や個体・環境要因が飼育チンパンジーの長期的なストレスレベルに及ぼす影響:体毛中コルチゾルと行動評価をもとにした分析

Effects of Relocation and Individual and Environmental Factors on the Long-Term Stress Levels in Captive Chimpanzees (Pan troglodytes): Monitoring Hair Cortisol and Behaviors

Yumi Yamanashi, Migaku Teramoto, Naruki Morimura, Satoshi Hirata, Miho Inoue-Murayama, Gen'ichi Idani
山梨裕美・寺本研・森村成樹・平田聡・村山(井上)美穂・伊谷原一

DOI: 10.1371/journal.pone.0160029

写真1

目的

長期的なストレスは心身の健康に大きな影響を与えうるため、動物福祉を考えるうえで重要である。しかしどのような要素が長期的なストレスへとつながっているのかに関してはほとんどわかっていない。今回の研究ではチンパンジーにおける新しい長期的なストレスの指標として体毛中のコルチゾル(副腎皮質より分泌されるステロイドホルモンで生理学的なストレス指標として用いられることが多い)と行動指標をもとに、施設間の移動と個体・環境要因が長期的なストレスレベルにどのように影響を与えるかを調べた。



方法

まずは8個体のチンパンジーを対象に施設間移動前後の体毛中コルチゾル濃度を3年間にわたって比較した(研究1)。さらに熊本サンクチュアリの58個体のチンパンジーを対象に1年に3-4回体毛を収集し、移動歴、性別や攻撃交渉、群れ構成や来歴などが体毛中コルチゾル濃度の年平均に及ぼす影響を検討した(研究2)。体毛はチンパンジーに慣れ親しんだ飼育担当者・研究者らが腕よりはさみで根本近くから切り収集した。体毛中コルチゾル濃度の測定は過去の研究で確立してきた手法をもとに、酵素免疫測定法を用いておこなった。攻撃交渉は、日常的に動物に関わる飼育担当者や研究者がデータシートに記載した情報から算出した。



結果

研究1の結果から、チンパンジーの体毛中コルチゾル濃度は新しい環境に移動して1年目には高い値を示したが、二年目には減少していた。しかしその変動には個体差が見られ、社会要因の介在が示唆された。対象個体のうち2個体のオス間で比較してみると、低順位のオスには大きな変動がみられたが、高順位のオスには変動がほとんどみられなかった。さらに低順位のオスの体毛中コルチゾル濃度の増加は、高順位個体からの攻撃が高くなった時期にみられた。研究2の結果、体毛中コルチゾル濃度には性別・攻撃交渉・来歴・群れ構成の影響がみられた。移動したかどうかは統計的に有意な要因ではなく、一方で攻撃を受ける頻度と体毛中コルチゾル濃度は正の相関を示していた。オスの方がメスよりも体毛中コルチゾル濃度が高く、攻撃交渉と体毛中コルチゾル濃度との関連はオスとメスとで異なっていた。研究1と2を合せた結果から、移動することでストレスレベルは増加するものの、移動後に個体が攻撃を受けるかどうかということや性別などが影響をしている可能性が示唆された。


写真2

写真3

写真4
写真1:熊本サンクチュアリでくらすチンパンジー, 写真2~5:腕の体毛をハサミで切るスタッフ
(写真提供:京都大学野生動物研究センター・山梨裕美)