Published: January 08, 2021

ドローンが明らかにするウマの重層社会

Aerial drone observations identified a multilevel society in feral horses

Tamao Maeda, Sakiho Ochi, Monamie Ringhofer, Sebastian Sosa, Cédric Sueur, Satoshi Hirata, Shinya Yamamoto

前田玉青1、越智 咲穂1、 リングホーファー萌奈美2、Sebastian Sosa3、 Cédric Sueur3,4、 平田聡1、 山本真也2

1. 京都大学野生動物研究センター, 2. 京都大学高等研究院, 3. Université de Strasbourg, 4. Institut Universitaire de France

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撮影:リングホーファー萌奈美

地上から見たウマの集団
地上から見たウマの集団(一部)
概要

京都大学野生動物研究センター 前田玉青 博士過程学生、仏・ストラスブール大学セドリック・スール(Cédric Sueur)准教授、京都大学高等研究院 山本真也 准教授らの研究グループは、野生化したウマが重層社会を持つことをドローンからの観察により明らかにしました。

重層社会とは、安定なユニット群(最小単位の群れ)が集まってより高次の集団(以下「集団」も同義)をつくる、入れ子構造になった社会のことです。ヒトは、家族・血縁集団・地域社会・民族・国家など異なるレベルのまとまりを持ち、この重層構造が人間社会を特徴づけていると言われています。しかし、このような複雑な社会の進化経路や機能については未解明な点が多く残されています。哺乳類のいくつかの分類群で重層社会は散発的にみられますが、多くはありません。また、これまでの研究では動物の社会全体を定量的に分析する方法が確立されておらず、重層社会を構成する各階層の定義も曖昧であることが多いという問題がありました。

そこで、私たちは、ポルトガル・アルガ山に生息する23ユニット群121個体(+単独オス5頭)から成る野生化ウマの集団を、ドローンを使って上空から観察し、個体配置のデータを定量的に分析する手法を開発しました。重層社会で定量的データを得づらい原因のひとつとして、集団が巨大になるため、一度に集団全体を観察するのが難しいという点が挙げられます。しかし、ドローンを使えば、空からウマの集団を観察し、広範囲に広がる集団の全体像を記録することができます。ドローンを30分おきに飛ばし、フィールド上にいる個体全ての航空写真を連続撮影して、オルソ図(連続撮影した空中写真を位置ズレのない画像に変換したもの)を作成しました。このオルソ図にはGPS情報が付与されており、写っているすべての個体の正確な位置データを取得することができます。地上からの観察を組み合わせ、上空からの観察でも全個体を個体識別することに成功しました。これまでの研究から、ウマの社会がハーレム群(1-2頭のオスと複数のメスおよびその子どもから成る群)・バチェラー群(オスだけの群)・単独オスからなることがわかっていますが、その集団全体の全個体を個体識別し、正確な位置情報をもとに社会ネットワーク分析をおこなった研究は本研究が初めてです。

分析の結果、ユニット群内では個体間距離が平均6.9mであることがわかりました。それに対し、違うユニット群の個体との距離は平均170.5mあり、最も近いユニット群とも平均39.3mの距離がありました。15.5mを境にユニット群内個体間距離とユニット群間個体間距離に大きく分けられることがわかりました。距離は保ちつつも、ユニット群どうしは避け合っているわけではなく、フィールドの一定区域に集まりながらともに移動していることもわかりました。

さらにネットワーク解析をした結果、ユニット群間にはいわゆる“仲良しな”関係とそうでない関係がある可能性が示唆されました。集団全体の空間構造を見ると、集団の中心付近に大きいハーレム群が位置し、小さいハーレム群やバチェラー群は集団の周辺部にいることがわかりました。群れ間に一定の関係性や構造がみられる、つまり重層構造をもつことが示唆されました。個体レベルでは、高順位個体ほど群れの中心にいるという法則があるので、ハーレム群どうしにも階級的な関係があり、それは群れサイズと相関関係にある可能性があります。また、近縁のサバンナシマウマなど一部の種では、バチェラーによる子殺しやハーレムの乗っ取りがみられ、それを効率的に防ぐためにハーレム群同士が集結して重層社会を作るようになったという「バチェラー脅威仮説」が提唱されています。ウマの高次の集団でも、バチェラー群が一番外側に位置しているという結果から、バチェラーの効率的な排除という機能がある可能性が示唆されました。

本研究によって、ポルトガル・アルガ山に暮らす野生化ウマは、ユニット群とその集団、2つの階層を持つ重層社会を形成していることが示されました。このような個体間距離を用いた定量的分析はさまざまな動物種にも応用可能な手法です。本研究で確立した手法は、重層社会の種を超えた共通の定義づけや、種間・個体群間比較を進める上で非常に有用であり、重要な成果といえます。重層社会の空間構造を捉えた研究は非常に少なく、今後、時系列比較や種間比較などを通して、重層社会の進化や機能のさらなる考察の発展が期待されます。

また、ドローンでの観察手法は、重層社会にとどまらず、動物社会の研究に広く貢献する内容であると考えています。近年、ドローンの利用した動物の群れの研究は非常に盛んですが、個体識別までおこなった例は少なく、主に集団行動を対象とした個体情報の要らない短期の観察に用いられることがほとんどでした。本研究は初めて大規模な群れの個体識別を行い、「中・長期的な動物の社会関係の観察」というドローンの新たな利用方法を示しました。

本成果は、2020年1月8日にネイチャー・リサーチ社の公式学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

図1. 今回明らかになったウマの重層社会の模式図
図2. ドローンを用いた観察方法
図3. 低高度から見たウマ集団(一部)。丸が一つのハーレム群。複数の群が共存している(撮影:前田玉青)
Article Information
Maeda T, Ochi S, Ringhofer M, Sosa S, Sueur C, Hirata S, Yamamoto S (2021) Aerial drone observations identified a multilevel society in feral horses Scientific Reports, 11, 71 https://doi.org/10.1038/s41598-020-79790-1