出典:岩波書店「科学」2019年7月号 Vol.89 No.7
 連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第211回 森村成樹・森 裕介『ドローンで迫るスナメリの世界』

ドローンで迫るスナメリの世界

スナメリを撮影するドローン
図1スナメリを撮影するドローン

新フィールドの発見

三角西港(みすみにしこう 熊本県宇城市),2015年に「明治日本の産業革命遺産」のひとつとして世界遺産に指定された石造りの港に,夕方になると決まってスナメリが訪れる。陽が翳り始める頃から徐々にその数を増やし,「プシュー,プシュー」と息継ぎの音が聞こえるようになる。水面に目を向けると,ツルッとした胴体が海面から少しだけ浮き上がってはすぐに沈む。彼らは日本沿岸に広く生息するイルカだ。三角の地元ではよく知られた生き物で,地域振興のキャラクターにもなっている。ところが,体長1.5 mほどで,背鰭がない。どちらかと言えば目立たない存在だ。その観察は容易でなく,行動や習性はよくわかっていない。

無人航空機,いわゆるドローンは“空の産業革命”といわれて,我々の生活を大きく変える技術革新と期待されている。その波が,海棲哺乳類の研究にも広がり始めている。我々がドローンによる観察を最初に試みたのは2017年2月のことだ。“運が良ければ見られる”というロコミ情報だけで,はじめは見つけることができなかった。3月25日,3回目の観察をしていると海面に黒い斑点が見え,やがてそれが魚群だとわかった。さらに寄ると,魚群に突進するスナメリが見えた。ドローンは高精細カメラを内蔵しており,個体数,海面での動き,個体間距離,魚群の大きさと動きを同時に記録できる(図1)。岸辺からでは絶対に見ることのできない彼らの行動をつぶさに観察できるようになった。

三角西港で、魚を捕まえるスナメリ
図2魚(ヒラ)を捕まえる

群れるスナメリ

それから今日まで,ほぼ毎日観察している。彼らは単独でいることがほとんどない。ドローンで見つけるとき,たいてい2~3個体が近くにいる。追跡しているうちに,5個体,10個体と増えることもよくある。単独でいるのは年に数回しか見ない。互いに近づき,時には体を擦りつけるラビングという行動をする。その組み合わせは時間とともに入れ替わる。ほかの地域での研究では,母仔を除くとスナメリの社会関係は希薄で,集団サイズは平均2個体程度といわれてきた。調査の場所や方法が違うので単純に比較できないが,個体どうしの距離がどうも近く,「社会性が発達しているのではないか」という気持ちが自然と沸いてくる。動物が寄り集まる理由には様々あって,単独性の哺乳類でも食物資源が局所的に分布していると集まる。我々も魚を追う行動を頻繁に観察しており,魚群を追いかけて集まってきていることもあるのだろう(図2)。

2017年4月4日,2個体と8佃体のスナメリが並んで泳ぎ,有明海から三角西港の湾内にまっすぐ入ってきた。ドローンで追うと,大瀬戸と呼んでいる海峡部分で11個体がひとかたまりになった。その直後,次々に潜水を始めた。すべてが潜水すると,画面の端に漁船が飛び込んできた。漁船を避けて潜水したのだ。漁船が通り過ぎると,次々と浮かび上がり,再び並んで泳いでいった。

リスク回避行動

野生チンパンジーが車の往来する道路を渡ることはよく知られている(本連載第59回)。道を渡る際に集団内で役割分担をして,危険を避ける。スナメリにとって船は危険で,轢かれて死ぬこともある。船と離合する様子を観察すれば,社会の有り様が少しはわかるはずだ。そこで15ヵ月かけてスナメリと船舶の離合場面を観察し,25事例を記録した。以下が,その要点である。

  • ・三角西港を移動する25事例のうち,7事例は単独だった。18事例は2~21個体の集団だった。平均集団サイズは5.1±1.0個体である。
  • ・集団の18事例でみると,船とすれ違う前の潜水時間は10.9±2.3秒だった。すれ違った後に浮上するまでの時間は18.7±5.0秒だった。そこに有意差はない。集団の凝集性を維持したまま潜水し,船とすれ違ってから浮上する。
  • ・船とすれ違うときに潜水している時間は,集団が小さいほど長くなり,集団が大きいほど短くなる。つまり多数で船をやり過ごすときには潜水時問が短くなる,という集団サイズ効果が現れた。

危険が迫ったとき,安全な場所は限られるので,無関係なものどうしがたまたま寄り集まったのではないか。この考えは妥当ではない。なぜなら危険が去った後も彼らは一緒にいるからだ。また,集団が大きくなるほど船を避けるために潜水する時間が短くなった。群れることには,短時間で危険をやり過ごすことができる利得があることもわかった。社会性に乏しいとされてきたスナメリに,強い社会的なつながりのあることがこの研究で初めて明らかになった。人間活動が盛んで危険の多い沿岸海域で,社会的関係を生かして危険を巧みに避けつつ暮らしていた。ドローンという“鳥の目"によって,動物の知性の深さを探る道がまたひとつ拓かれた。

詳細は以下をご覧いただきたい。

Morimura N, Mori Y (2019) Social responses of travelling finless porpoises to boat traffic risk in Misumi West Port, Ariake Sound, Japan. PLOS ONE 14(1): e0208754. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0208754

この記事は, 岩波書店「科学」2019年7月号 Vol.89 No.7 Page: 0660-0661  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第211回『ドローンで迫るスナメリの世界』の内容を転載したものです。