Published: August 10, 2021
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ウマは信憑性がある情報を持つヒトの指差しを参照する

-その認知能力と注意力との関連性-

Horses with sustained attention follow the pointing of a human who knows where food is hidden

Monamie Ringhofer, Miléna Trösch, Léa Lansade, Shinya Yamamoto
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京都大学高等研究院 リングホーファー萌奈美 研究員と山本真也 准教授、仏・国立農業研究所(INRAE)ミレーナ・トロッシュ(Miléna Trösch)博士課程学生とレア・ランサデ(Léa Lansade)主席研究員らの研究グループは、ウマがヒトの「指差し」を社会的手がかりとして理解し、ヒトの知識状態に応じて指差しの信憑性を見分けられることを明らかにしました。さらに、その能力には個体差があり、この違いは個体の注意力の高さに関連していることがわかりました。

ヒトの指差しを参照して隠された餌を探り当てる、この一見単純そうにみえる能力は、限られた動物でしかみられないことが知られています。その代表例がイヌです。イヌはヒトの指差しを社会的手がかりとして理解し、ヒトに対する社会的認知能力に長けています。これには家畜化のプロセスが大きく影響していると考えられてきました。しかし、ほかの家畜動物が、指差しを社会的手がかりとして理解できるのかはわかっていません。そこで、イヌと同様にヒトと密接な関係を築いてきたウマを対象に、実験をおこないました。

本研究では、餌の隠し場所を知っている実験者と知らない実験者の2 人を用意し、ウマが正しい情報を持つ実験者の指差しを参照して隠された餌を見つけられるかを調べました。38 頭でテストしたところ、全体では統計的に有意に高い成績は得られませんでした。しかし、実験課題に対して高い注意力を保った個体と、注意力を保てなかった個体に分けて分析したところ、注意力の高い個体では正答率が有意に高いことがわかりました。つまり、注意力が高いウマは各実験者が持つ餌場所に関する情報の信憑性を見分け、正しい情報を持つ実験者の指差しを参照して隠された餌を見つけることができました。これは、ウマがヒトの指差しを社会的手がかりとして理解するという高い社会的認知能力を持っていることを示すと同時に、この能力が発揮されるには実験課題へのモチベーションの高さも影響することを示唆しています。認知実験の成績を評価するだけではその種の社会的認知能力を正確には測れないことが明らかになりました。本成果は、2021 年8 月10 日に国際学術雑誌Scientific Reports にオンライン掲載されました。

1. 背景

自然界で生きる社会性動物にとって、同種他個体からさまざまな情報を得ることは、生きていくうえで重要です。一方で家畜動物は、異種であるヒトと日常的に関わっています。近年、家畜化が社会的認知能力に与える影響を調べるため、家畜動物が持つヒトに対する社会的認知能力を探る研究が盛んにおこなわれています。中でも最も研究が進むイヌでは、ヒトの指差しを社会的手がかりとして理解して反応できるという、高い社会的認知能力を持っていることがわかっています。しかし、ほかの家畜動物が、このような能力を持つかどうかはわかっていません。家畜動物が持つヒトに対する社会的認知能力の進化的背景を探るためには、様々な種類の家畜動物を用いた比較研究をおこなう必要があります。

2. 研究手法・成果

そこで本研究では、イヌと同じくヒトと密接な関係性を築くウマを対象に、ヒトの指差しを社会的手がかりとして理解しているのかを検証しました。2つのバケツのうち1つを選択させる「選択課題」を用い、餌の隠し場所を知っている実験者と知らない実験者の2 人を用意し、ウマが餌の隠し場所を知っている(正しい情報を持つ)実験者の指差しを参照してバケツを選べるかを調べました(図1)。「知っている実験者」は、別の実験者が2つのうち片方のバケツに餌を隠す過程を見ていましたが、「知らない実験者」は見ていませんでした。その様子をウマに見せましたが、2 つのバケツのどちらに餌が隠されたかはウマにわからないようにしました。その後、「知っている実験者」と「知らない実験者」がそれぞれエサの入っているバケツと入っていないバケツを同時に指差し、ウマがどちらの指差しを参照してバケツを選択するかを記録しました。乗馬クラブクレイン大阪のウマ54 頭のうち、予備実験を通過した38 頭を各個体1回テストしました。

その結果、38 頭中25 頭が餌場所に関する正しい情報を持つ実験者が指差したバケツを選びました (正答した) が、これは偶然の正答率よりも統計的に有意に高い正答率ではありませんでした。しかし、実験課題に対して高い注意力を保った個体と、注意力を保てなかった個体で比べると、実験課題に対する注意力が高いウマでは、正答率が有意に高いことがわかりました(図2)。つまり、ウマは各実験者が持つ餌場所に関する情報の信憑性を見分け、正しい情報を持つ実験者の指差しを参照して隠された餌を見つけるという、高い社会的認知能力を持つことがわかりました。さらにその能力の高さには、実験課題に対する注意力の高さが影響することが明らかになりました。動物の認知実験において、その種や個体が持つ社会的認知能力を正確に測るためには、認知実験の成績を評価するだけではなく、実験課題へのモチベーションを検証する必要があることが示されました。

3.波及効果、今後の予定

ヒトと密接な関係を築いているイヌでは研究が進み、ヒトに特化した高い社会的認知能力を身に付けていることがわかっています。イヌに加えて、生態的特性やヒトとの関わり方が異なるウマや他の家畜動物における研究が進むことは、動物の生態的特性や家畜化の過程がその社会的認知能力に与える影響について新しい知見を加えます。

ウマは、約6000 年前に家畜化された後、ヒト社会に広く貢献してきました。近年では使役・趣味としてだけでなく、ヒトの心身治療や教育にも活用されており、ヒト社会へのさらなる貢献が期待されます。しかしこれまでのウマを対象とした研究は、獣医学分野のものがほとんどです。本研究のようなウマの心理や行動に関する知見を増やすことは、ヒト社会におけるウマの活躍の場を広げ、ヒトとウマのよりよい関係を構築することにつながります。

図1 実験の流れ。まず①のように、ウマからは見えないように衝立の裏側にバケツ2 つを置いた状態で、ヒトA とB がそれぞれ、バケツが見えない/見える場所に立つ。ヒトC がウマにニンジンを見せた後、片方のバケツにニンジンを隠し、蓋を閉じる。次に②のように、C が衝立を移動させてウマからもバケツが見えるようにする。その後③のように、A とB はそれぞれ別のバケツのそばに行って指差し、最後にウマを放ってどちらかのバケツを選択させる。
図2 実験課題の正答率と注意力との関係。注意力が高い個体は、正答率が偶然の確率( 0.5)よりも有意に高く、注意力が低い個体と比べて正答率が有意に高い。
Article Information
Ringhofer, M., Trösch, M., Lansade, L., & Yamamoto, S.(2021)Horses with sustained attention follow the pointing of a human who knows where food is hidden Scientific Reports , 11, 16184 10.1038/s41598-021-95727-8
京都大学ウェブサイト内「最新の研究成果を知る」で紹介されました:
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-08-24-0