霊長類と野生ウマの社会システムの比較:ポルトガルでの新たな調査による検証

Comparison of the social systems of primates and feral horses: data from a newly established horse research site on Serra D’Arga, northern Portugal

Monamie Ringhofer, Sota Inoue, Renata S. Mendonça, Carlos Pereira, Tetsuro Matsuzawa, Satoshi Hirata, Shinya Yamamoto

DOI: 10.1007/s10329-017-0614-y
概要

平田聡 京都大学野生動物研究センター教授、松沢哲郎 京都大学高等研究院特別教授、リングホーファー萌奈美 神戸大学研究員、山本真也 神戸大学准教授らの共同研究グループは、野生のウマを研究する新たな調査地を開拓し、ウマの社会構造と霊長類の社会構造の比較をおこないました。霊長類学の蓄積を活かし、霊長類以外の動物との比較をおこなう研究の新展開です。野生ウマは、有蹄類には珍しく霊長類に類似した社会的に安定した雌雄混合群を形成します。霊長類の社会に関する研究は多く蓄積されてきましたが、ウマの社会に関する研究はまだ少ないのが現状です。今回の研究では、ポルトガルで野生のウマ26 群の計208 個体を識別し、社会生態学的データを収集しました。そのうえで、霊長類社会における群内オス数(単雄・複雄)に関する仮説がウマ社会に当てはまるかを検証しました。その結果、ウマ社会には仮説が当てはまらず、その要因は霊長類とウマにおけるオス-メス関係の違いにあると考えられます。本研究のように霊長類の社会とウマなど霊長類以外の動物における社会を比較していくことは、動物の社会システムの進化を理解するにあたって重要だと考えています。


1. 背景

霊長類学の源流は野生ウマの研究に行き着きます。霊長類学の祖である今西錦司らは、ニホンザルの研究に着手する前に宮崎県都井岬の野生ウマを研究していました。動物の社会を観察する上での基本とされている個体識別法は、ウマを観察する際に今西らによって初めて用いられた手法です。その意味で、今回の研究は日本の霊長類学の歴史を遡り温故知新を図るものともいえます。


ウマは霊長類に類似した安定的な雌雄混合群を形成します。野生ウマの群れは1 頭もしくは複数のオスと血縁のない複数のメス、及びその子どもから構成されます。なぜウマは霊長類に似た群を形成するのでしょうか?これを検証するためには霊長類とウマの社会の比較が必要ですが、霊長類の研究に比べウマの研究の蓄積は多くありません。


本研究では、新しく立ち上げた調査地における野生ウマの社会に関するデータを基に、研究が進んでいる霊長類社会とウマ社会との比較を行いました。霊長類社会では種間や種内で群内のオス数(単雄あるいは複雄)が異なります。霊長類社会に関する既存研究から導かれた群内オス数の決定要因についての3つの仮説(仮説1:群れ内のオスの数はメスの数に規定される/仮説2:群れ内のオスの数はメスの繁殖期間によって決まる/仮説3:群れ内のオスの数は捕食圧の大小によって決まる)が、ウマ社会に当てはまるかを検証しました。


2.研究手法・成果


ウマの社会に関する調査は、ポルトガル北部のアルガ山で行ないました。今回の研究のために新たに開拓した調査地です。ここにガラノ種というポルトガル原産のウマが生息しています(図1)。昔は家畜としてヒトに飼われていましたが、現在は野生環境下で生きています。

図1. 左) 単雄の雌雄混在群。一番左にオス、右から2 番目には昨年生まれの未成熟個体がいる。右) 母ウマと歩く、生まれて数ヶ月の子ウマ。


アルガ山はウマの捕食者であるオオカミが生息する、世界的にも珍しい生息地です。調査は2016 年の2 月と6 月に行ないました。まず調査中に出会ったすべてのウマ群において、出会った場所と群サイズ・構成を記録し群メンバーの個体識別を行ないました。個体識別は、性別・体色・たてがみの向きと色・顔および脚の白模様・耳タグの有無と色を基にしています。さらにドローンによる空中からの動画撮影(図2)とビデオによる地上からの動画撮影により、合計26 群208 個体(オトナメス=108;オトナオス=45;2016 年生まれの仔ウマ=45;2015 年生まれの未成熟個体=5;2014 年以前生まれの未成熟個体=5)を識別しました。

図2.ドローンを用いて空中から撮影した単雄の雌雄混合群。小さく写っている2 頭は生まれたばかりの子ウマ。


26 群のうち24 群が雌雄混合群、2 群は全雄群であり、様々な社会構成の群が存在することが分かりました。他の調査地と同様にアルガ山においても単雄と複雄の雌雄混合群が同一地域に存在し、単雄群の方が多く全体(24 群)のうち75%を占めていました。また本調査地の雌雄混合群では単雄群の方が複雄群よりも群内メス数が多いことも分かりました(単雄=平均5.2 個体;複雄=平均2.8 個体)。これらのデータや他の野生ウマに関する既存研究から、霊長類社会における群内オス数に関する仮説はウマ社会には当てはまらないといえるでしょう。このような霊長類とウマの社会の違いには、オス-メス関係の安定性の違いが関連していると考えられます。


3.波及効果


本研究では、野生ウマの社会を検証するのに最適な調査地を新たに開拓しました。霊長類社会に関する研究に比べウマ社会の研究はあまり行われてきませんでした。本研究の今後の進展によって、まだよく知られていないウマ社会の詳細を明らかにしていくことができると考えています。霊長類はヒトと進化的に近縁な動物であり、ウマは家畜化されてヒトと社会的に近縁になった動物です。今後、霊長類とウマの社会を比較する研究が進めば、動物社会の発達・進化についての理解をさらに深めることができると期待しています。


4.今後の予定


今回得られたような社会生態学的データを毎年記録していくと共に、血縁関係も分析していく予定です。これらを基にして行動観察をおこない、ウマ社会の成り立ちの詳細を明らかにしていきたいと考えています。

研究成果の論文は2017年6月5日、Springer 社の学術誌Primates に掲載されました。
Ringhofer M, Inoue S, Mendonça RS. , Pereira C, Matsuzawa T, Hirata S, Yamamoto S (2017) Comparison of the social systems of primates and feral horses: data from a newly established horse research site on Serra D’Arga, northern Portugal
著者:リングホーファー萌奈美 1、井上漱太 2、レナータ・メンドンサ 3、カルロス・ペレイラ 4、松沢哲郎 3, 5, 6、平田聡 2、山本真也 1
1. 神戸大学国際文化学研究科 / 2. 京都大学野生動物研究センター / 3. 京都大学霊長類研究所 / 4. ソルボンヌパリ第三大学 / 5. 日本モンキーセンター / 6. 京都大学高等研究院

Article Information
Ringhofer, M., Inoue, S., Mendonça, R. S., Pereira, C., Matsuzawa, T., Hirata, S., & Yamamoto, S.(2017)Comparison of the social systems of primates and feral horses: data from a newly established horse research site on Serra D’Arga, northern Portugal Primates , Volume 58, Issue 4, pp 479-484 10.1007/s10329-017-0614-y