国内飼育コツメカワウソのDNAから地理的由来を推定

―コツメカワウソの違法取引の手がかりを探る―

Molecular tracing of the geographical origin of captive Asian small-clawed otters in Japan

Mayako Fujihara*, Akiyuki Suzuki*, Worata Klinsawat, Wanlop Chutipong, Cécile Sarabian, Marie Sigaud, Vanessa Gris, Miho Inoue-Murayama (*co-first authorship)
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概要

密猟と野生生物の違法取引は、野生動物の絶滅の危機の主要な要因のひとつです。アジアでは、ペットのカワウソの違法な取引が種の存続を脅かしています。商業目的のコツメカワウソ(Aonyx cinereus)の国際取引は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約:CITES)の付属書Iで禁止されています。しかし、カワウソの密輸は依然として横行しており、近年テレビやSNSの影響によるペット需要の高まりから、日本は出所があいまいな飼育カワウソの主要な輸出先のひとつとされています。

 そこで、野生動物研究センターの藤原摩耶子特定准教授と村山美穂教授、理学研究科大学院生の鈴木瑛之らは、日本の空港税関で押収されたコツメカワウソ、エキゾチックアニマルカフェや動物園/水族館で飼育されているコツメカワウソ、生息地であり主要な国際取引拠点であるタイの野生カワウソのミトコンドリアDNA配列を比較しました。その結果、タイの野生個体と共通する遺伝子型が見いだされ、国内飼育個体の由来を探る手がかりが得られました。押収個体は動物園水族館の飼育個体とは由来が異なり、密猟多発地域と疑われるタイ南部地域の由来が含まれることが示唆されました。この研究はコツメカワウソの生息地の違法取引対策および保全活動へ貢献する成果であり、他の野生動物種の違法取引問題への応用も期待されます。

 本研究は、タイの共同研究者らとともに、国内のコツメカワウソ飼育施設のご協力のもと実施しました。本研究の成果は、2025年3月8日に国際学術誌「Conservation Science and Practice」にオンライン掲載されました。

撮影:鈴木瑛之

図1. 研究対象とした密輸押収個体のコツメカワウソ
1.背景

コツメカワウソ(Aonyx cinerea)はタイやインドネシア等の東南アジア諸国に生息していますが、現在、生息地の破壊や毛皮用の狩猟などにより生息数が減少し、IUCN Red List の危急種(VU)に分類され、絶滅が危惧されております。近年、日本ではコツメカワウソをペットとして飼育するケースが増加しており、それに伴う密猟や密輸が横行しており、生息数の減少の新たな要因となっています。日本の空港でカワウソが密輸として押収された事例は、2016年と2017年の2年間で少なくとも5件確認されており、これまでに合計39個体のカワウソが押収されています。こうした密輸は経由地を介することが多く、国内での押収個体の由来は明らかになっていませんでした。また、国内のコツメカワウソは、動物園や水族館で生物多様性保全のための飼育下繁殖が取り組まれている一方で、テレビやSNSでの人気の高まりにより、一般家庭や2010年代以降出現した「エキゾチックアニマルカフェ(カワウソカフェ)」でも飼育されています。「エキゾチックアニマルカフェ」では、コツメカワウソと間近に触れることや餌やりを体験できることが人気となり、一部では販売もされていますが、これらで飼育されている個体のほとんどが由来不明とされています。こうした国内飼育の個体の地理的由来を推定することは、国内で押収された個体の野生復帰や、違法取引の経路の解明、および一般で飼育されている個体の流通経路の解明に繋がります。また、由来情報は動物園や水族館においても、遺伝的な多様性の維持や血統関係が不明な個体の繫殖計画への活用が期待されます。

本研究では、日本国内で飼育されている個体、さらに日本の空港税関で押収された個体について、生息地であり主要な国際取引拠点であるタイの研究者らと共同で、タイの野生下で生息する個体とミトコンドリアDNAを比較することによって、国内飼育個体の地理的な由来を推定しました。

2.研究手法・成果

日本国内のエキゾチックアニマルカフェで飼育されていた33個体、国内動物園/水族館で飼育されていた43個体、日本の空港税関で押収された5個体について、ミトコンドリア塩基配列を解析し、タイおよび近隣諸国の参照塩基配列と比較しました。その結果、日本のカワウソの飼育個体は大きく3つのグループに分けられました。さらに、押収個体から検出された特定のハプロタイプは、密猟多発地域と疑われるタイ南部の野生カワウソと共通していました。動物園/水族館で飼育されているカワウソの半数以上がタイの野生カワウソと同じハプロタイプを持つ一方、ほとんどのハプロタイプはタイで押収された違法取引個体やエキゾチックアニマルカフェで見つかったハプロタイプとは一致しませんでした。また、同時に空港で押収され、兄弟と推測されて動物園で保護された2個体は、兄弟ではなく別の地域由来であることも判明しました。

3.波及効果、今後の予定

日本で押収・飼育するコツメカワウソの地理的由来を理解し、由来不明個体のデータベースを作成することは、生息地における違法取引のホットスポットを特定し、法規制を促すことに繋がります。また、個々のカワウソの地理的な由来を正確に特定することができれば、生物多様性保全に向けて動物園や水族館での飼育下繁殖に有用な情報となります。今後は、核DNAについても、タイを含めたすべての生息地の野生個体と比較することで、より正確な地理的由来を同定したいと考えています。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、日ASEAN科学技術イノベーション共同研究拠点-持続可能開発研究の推進(JASTIP) 、京都大学研究連携基盤次世代研究者支援、タイ王国King Mongkut's University of Technology Thonburi (KMUTT), Thailand Science Research and Innovation (TSRI), National Science, Research and Innovation Fund (NSRF)の助成を受けて実施されました。

用語解説
●ミトコンドリアDNA:細胞小器官のミトコンドリアに存在するDNAで、母親から受け継がれます。このDNAの遺伝子配列を個体ごとに比較することで、母方の地理的由来を探ることができます。
●ハプロタイプ:片側の親から受け継いだ遺伝子配列の組み合わせ。ミトコンドリアDNAのハプロタイプは母系由来で、地域集団で特異的な特徴を保持することから、地理的由来解析に有効です。
研究者のコメント

コツメカワウソは、国内で非常に人気がある動物ですが、絶滅の危機が高まっていることはあまり知られていません。生息地では違法取引が頻発しており、それには日本をはじめとした生息地以外の国での需要の高まりが関わっているとされています。本研究では、主要な商業取引拠点とされるタイと、主要なペット需要国とされる日本が共同で行った研究という点で、他の違法取引が問題となっている野生動物の保全研究のモデルにもなる研究であると考えています。一方で、生息域外保全としての動物園や水族館での飼育下繁殖は、遺伝的多様性保全の重要な場となっています。日本固有のニホンカワウソが絶滅してしまった日本だからこそ、カワウソをはじめとした希少な野生動物の保全に繋がる研究を今後も続けていきたいと思います。(藤原)。

報道
ペットで人気のコツメカワウソ 密猟多発地が由来のDNAも 京都大 | 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20250410/k00/00m/040/157000c
毎日新聞デジタル(2025年4月12日) 毎日新聞京都版(2025年4月15日)
Article Information
Fujihara, M.*, Suzuki, A.*, Klinsawat, W., Chutipong, W., Sarabian, C., Sigaud, M., Gris, V., & Inoue-Murayama, M.(2025)Molecular tracing of the geographical origin of captive Asian small-clawed otters in Japan. (日本で飼育されているコツメカワウソの地理的起源の分子生物学的追跡) Conservation Science and Practice , 51. 10.1111/csp2.70010 (*co-first authorship)