連載ちびっこチンパンジーと仲間たち 第143回 田中正之『チンパンジーの子どもとゴリラの子ども』
チンパンジーの子どもとゴリラの子ども

京都市動物園には,チンパンジーとニシゴリラの2種の大型類人猿がいる。最近,ともに赤ちゃんが生まれた。チンパンジーの方は2013年2月12日生まれの男の子ニイニ。ニシゴリラの方は2011年12月21日生まれの男の子ゲンタロウだ。今回はこの2人を紹介したい。
ゴリラの子,ゲンタ口ウ
ゴリラ属(Gorilla)は大別してニシゴリラ(G. gorilla)とヒガシゴリラ(G. beringei)の2種に分けられる。日本の類人猿は京都大学霊長類研究所の大型類人猿情報ネットワークGAlN事業によって,全員について戸籍が完備されている。それによると,日本には現在9施設に25入のゴリラがいる(※)が,全員がニシゴリラである。世界の動物園にいるゴリラはほぼすべてニシゴリラだ。
ちなみに,すでに死亡したものも含めると,日本にいたゴリラの総数は116人である。日本では1954年にゴリラの飼育を始めた。それ以来,現在までにわずか15人しか子どもが生まれていない。日本では明確に輸入超過になっている。輸入しては死んでしまい,子どもが少ない。希少種の保全のために動物園でゴリラを飼っているとはいいがたい状況があった。
ゲンタロウは両親ともが日本の動物園生まれの子として,日本で初めて生まれた。ゴリラの子どもが日本で初めて生まれたのも京都市動物園である。1970年,父親ジミーと母親ベベのあいだに男の子のマックが生まれた。さらに同園では1982年,父親となったマックと母親ヒロミのあいだにキョウタロウが生まれている。1986年には,キョウタロウの妹としてゲンキという女の子が生まれた。
そのゲンキが母親になって,上野動物閣からきた父親モモタロウとのあいだに生まれたのがゲンタロウだ。モモタロウは上野動物園生まれである。ゴリラをアフリカから収奪してきて見世物にしては死なせてしまうばかりだった動物園が,ようやく絶滅危惧動物の繁殖の場になりつつある。京都市動物園の初代カップルからみると, 2代目がゲンキ,3代目がゲンタロウなので,動物園生まれの第3世代ということになる。
ゲンタロウは,日本で初めて,人工保育された後に両親の元に戻ったゴリラでもある。生後4日目までは母親に抱かれていたが,乳をうまく与えられなかったために衰弱した。動物園側では命を救うことを優先し,母親から離して人工保育した。生後11ヵ月目の2012年11月6日に母親と再同居させ始め,翌12月には父親と同居させることにも成功した。ゲンタロウの生い立ちだけで,長い話ができてしまうので,詳しくは別稿に譲る。ともかく現在,ゲンタロウは両親の元ですくすくと成長している(図1)。
チンパンジーの子,二イ二
日本には現在,51施設に325人のチンパンジーが暮らしている(※)。西,中央,東と主に3亜種いるが,約3分の2がニシチンパンジーである。ちなみに死亡したものも含めると,日本で暮らしたチンパンジーの総数は967人である。日本では1926年にチンパンジーの飼育が始まり,それ以来,現在までに469人の子どもが生まれた(※)。チンパンジーの繁殖は比較的やさしいのだ。
チンパンジーの子どもニイニは,京都市動物園で父親ジェームスと母親コイコのあいだに生まれた。出生直後から母親に抱かれ,母乳もよく飲み,父親と母親,血縁のないおとなの男性,女性各1人の合わせて5人の群れの中ですくすくと育っている(図2)。人間の手がほとんど入っていない, チンパンジーらしいチンパンジーの子どもだと言えるだろう。
そうした「ふつうさ」の重要性が認識されたのは最近になってからである。2000年,京都大学霊長類研究所で3組の母子が誕生した。ちびっこチンパンジーが生まれ,母親に抱かれて群れの中で育つことによってさまざまな発見があった。チンパンジーは,同種の仲間たちとともに育つ中で, じつに多くのことを学んでいく。
京都市動物園では京都大学霊長類研究所と同様,コンピュータをもちいた認知課題をしている。勉強部屋には3台のタッチモニターがある。ニイニは生後7ヵ月になった。まだ母親から長くは離れられない。でも勉強部屋にくると,親やおとなの勉強の様子をじっと見ている。画面に手を伸ばす姿も見られるようになった。
母親コイコはアフリカ生まれの推定36歳。人間でいえば約50歳。人間と違って,一般的にチンパンジーには「おばあさん」という役割がない。死ぬまで自分の子どもを産み育て続ける。コイコの子育てをこれからも見守っていきたい。

チンパンジーの子とゴリラの子
ゴリラとチンパンジー,2 人の子どもが群れの中で育つ。そんな貴重な風景を,京都市動物園で見ることができる。来年にはすばらしいゴリラ舎が新築される予定だ。ぜひ動物園に来て見比べてほしい。ゴリラの群れにはシルバーバックという父親が一人だ。チンパンジーでは複数のおとなの男性が父親の役割をする。ゴリラらしい子育て,チンパンジーらしい子育てというのが見えてくるのではないだろうか。その一方で,類人猿の男の子の成長という点で,共通するものも見えてくるのではないかと期待している。
日本国内の類人猿についての情報は,大型類人猿情報ネットワークのHPを参照されたい。 http://www.shigen.nig.ac.jp/gain/
※=2013年11月現在。