外因性オキシトシンはオスネコのヒトへの視線を増加させる
Exogenous oxytocin increases gaze to humans in male cats
Madoka Hattori, Kodzue Kinoshita, Atsuko Saito, Shinya Yamamoto
服部円1、木下こづえ2
、 齋藤慈子3、 山本真也1,4
1. 京都大学野生動物研究センター、2. 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科、3. 上智大学総合人間科学部心理学科、4. 京都大学高等研究院
概要
京都大学野生動物研究センター 服部円 博士過程学生、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 木下こづえ 准教授、上智大学総合人間科学部心理学科 齋藤慈子 准教授、京都大学高等研究院 山本真也 准教授の研究グループは、オキシトシンの経鼻投与がオスネコのヒトへの視線を増加させることを実験により明らかにしました。
オキシトシン(OT)は母子間の絆形成をはじめ、哺乳類におけるさまざまな社会的行動に関連していることが知られています。また異種間においては、イヌ - ヒト間の絆形成におけるOTの役割が研究されてきましたが、ネコ - ヒト間の社会関係におよぼすOTの効果に関する研究は限られていました。
そこで私たちは、ネコ - ヒト間における外因性OTの影響をイヌ - ヒト間のものと比較評価するため、イヌでおこなわれた先行研究の手続きを参考にし、ネコ(Felis silvestris catus)を用いて実験を行いました。家庭で飼育されているネコ30頭(オス15頭、メス15頭)を対象に、OTまたは生理食塩水を独自に開発した非侵襲的な方法を用いて鼻腔内にネブライザー投与しました。その後、ヒトへの注視時間、接触時間、発声回数、接近時間をビデオカメラで記録しました。
分析の結果、投与条件と性別の間に交互作用がみられ、オスネコはOT条件での注視時間が有意に増加しました。また、注視時間は飼い主と見知らぬ人で差がみられませんでした。接触時間、発声回数には投与条件と性別の効果がみられず、接近時間のみメスネコで飼い主への接近が多いという結果になりました。
私たちの実験ではオスネコのみにOT投与による注視時間の増加がみられました。ヒトをはじめとしたいくつかの動物種にみられるように、ネコにおいても鼻腔内に投与されたOTがOT神経系を介しヒトへの社会的行動に影響を与えることを示しました。一方、イヌにOT投与をおこなった先行研究とは異なる結果となりました。動物種によってOTの効果に性差がある可能性があります。例えば、ヒトの男性ではOT投与が不安軽減効果につながることがわかっています。同様に、オスネコにおいても、OT投与により不安軽減効果が現れ、注視時間の増加、つまり親和行動が促進された可能性があります。
また、飼い主と見知らぬ人で注視時間の差がみられなかった点もイヌの研究とは異なります。イヌは元来群れを形成する動物であり、その社会的構造がヒトとの絆形成に関連していると考えられます。一方、ネコの祖先種であるリビアヤマネコは単独性の強い動物です。そのためネコにおいても飼い主と見知らぬ人の区別をしない可能性があり、 飼い主と見知らぬ人に対する注視時間に差がみられなかったと考えられます。
本研究は、ネコにおける外因性OTの効果を調査した最初の研究です。ネコにOTを経鼻投与することでヒトへの社会的行動が変化することを発見しました。またイヌとは異なり、OT効果がオスのみに現れることや飼い主と見知らぬ人で差がないことがわかりました。これはネコとイヌではヒトに対する社会的な行動に違いがあることを示唆しています。
本成果は、2024年4月18日にシュプリンガー・ネイチャー社の学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。