日本の飼育チンパンジーの平均寿命を算出

Longevity and mortality of captive chimpanzees in Japan from 1921 to 2018

Kristin Havercamp, Koshiro Watanuki, Masaki Tomonaga, Tetsuro Matsuzawa, Satoshi Hirata

クリスティン・ハーバーキャンプ (京都大学野生動物研究センター・博士課程学生)、綿貫宏史朗 (環境省職員; 研究当時は京都大学霊長類研究所)、友永雅己 (霊長類研究所教授)、松沢哲郎 (京都大学高等研究院特別教授)、平田聡 (京都大学野生動物研究センター・教授)* (*責任著者)

DOI: 10.1007/s10329-019-00755-8
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Image Credit: 京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ

1970年生まれ、49歳のチンパンジー、レノンの敬老会
チンパンジー、レノン(男性、1970年生まれ、49歳)の敬老会
概要
日本国内に飼育されているチンパンジーの平均寿命を算出しました。記録されているすべての個体に基づいて算出した平均寿命は28.3歳でした。1歳まで生存した個体の寿命は平均34.6歳、大人である12歳まで生存した個体の寿命は40.4歳になることも明らかとなりました。一国に飼育されるチンパンジー全個体を対象にした大規模データに基づくチンパンジーの寿命の算出は世界でも初のことです。本成果は国際学術誌「Primates」にオンライン掲載されました。
図:チンパンジーの生存率の年齢による推移
図:チンパンジーの生存率の年齢による推移
1.背景

チンパンジーは、ヒトに系統的に最も近い動物です。ヒトの寿命、死亡、繁殖などの進化的な基盤を探るため、チンパンジーを対象にした比較研究が試みられてきました。野生チンパンジーの寿命としては、平均12.9歳という値が出されている一方で、アフリカのある地域集団ではもっと高い32.8歳という数値も出ています。飼育下のチンパンジーの寿命について、海外でいくつか報告例があるのですが、個体数が少なかったり、算出の基になった個体群が偏っていて値が現実的ではなかったりするなど、信頼できるデータは得られていませんでした。動物園関係者に回覧される血統登録書では平均寿命が産出されていますが、大規模データに基づく研究報告はこれまでなされていませんでした。

2.研究手法・成果

「大型類人猿情報ネットワーク」(https://shigen.nig.ac.jp/gain/index.jsp)の事業のもと、国内に飼育されている類人猿(テナガザル、オランウータン、ゴリラ、ボノボ、チンパンジー)の個体情報を収集してきました。可能な限り過去の記録にさかのぼって、その来歴、移動、出生、死亡などをデータベース化し、一般にも公開しています。そこで得られた情報をもとに、これまでに日本で飼育されたチンパンジー全個体を対象に、本研究で平均寿命を算出しました。

大型類人猿情報ネットワークが収集した記録によると、国内の最初のチンパンジーは1921年にさかのぼります。その時点から本研究の解析をおこなった2019年3月までに、合計1017個体のチンパンジーが記録されています。そのなかから、来歴、移動、出生や死亡など、寿命を算出するために必要な情報が整っている821個体を対象にして平均寿命を算出しました。

その結果、平均寿命は28.3歳で、性別にみると男性が30.3歳、女性が26.3歳でした。統計的に有意な男女差はありませんでした。出生後1歳までに亡くなる乳幼児死亡率が21%と高いことが平均寿命にも大きく影響しており、1歳まで生存した個体に限ってみれば、寿命は平均34.6歳で、男性が平均35.7歳、女性が平均33.4歳です。チンパンジーで大人とみなせる12歳まで生存した個体だけに着目すると、平均で40.4歳、男性が41.5歳、女性が39.2歳となりました。

1920年代に国内で最初にチンパンジーが飼育された頃からの時系列変化を見ると、時代を経るにつれて平均寿命も伸びています。ただしそれは、歴史的に初期のころは幼いチンパンジーが多く、飼育個体全体の平均年齢が若かったことが大きく関係しています。1980年代に国内のチンパンジー飼育個体数は大きく増加しました。それから40年ほどが経過して、天寿を全うして亡くなったチンパンジーの個体が多くなってきた現在において、ようやくチンパンジーの平均寿命について信頼できる結果が得られたと言えます。

チンパンジーの死亡について見てみると、12月から2月にかけての冬の時期に死亡率が増加していることが明らかになりました。本来は熱帯に暮らすチンパンジーは、日本の寒い冬には適応していません。飼育にあたって、特に冬の時期の飼育に配慮が必要であると言えます。

3.波及効果、今後の予定

江戸時代の日本人の平均寿命は30歳~40歳だったと推測されています。また「人間五十年」という言葉から、長生きしても50歳くらいまでだったと考えられます。そこから現代にいたるまで、平均寿命は格段に長くなりました。ヒトに近縁なチンパンジーの寿命の解明を通して、ヒトの生活史の進化的な基盤を考えることができます。今後は、今回の研究に用いたものと同じデータを用いて、チンパンジーの死亡率の変遷や死因の解明、飼育環境や経歴が寿命に及ぼす影響などを詳しく分析し、ヒトで得られているデータと比較しながら、ヒトの生活史について考察を深めていきたいと考えています。

<研究者のコメント>

チンパンジーはヒトに近く高度な知性を備えていて、そして、本研究によって示された通り、寿命も長い生き物です。例えば今年生まれたチンパンジーが、平均して天寿を全うする30年後~40年後には、私たちはすでに現役の研究者ではなくなっているでしょうし、生きているかどうかも分かりません。チンパンジーを飼育する責任を人間がきちんと果たすことができるように、人間の側で世代を超えて将来を見据えた体制を考える必要があると言えるでしょう。

2020年2月追記
Article Information
Havercamp K, Watanuki K, Tomonaga M, Matsuzawa T, Hirata S (2019)Longevity and mortality of captive chimpanzees in Japan from 1921 to 2018. Primates, 60(6): 525-535 https://doi.org/10.1007/s10329-019-00755-8