アジアゾウのDNAから年齢を推定
―メチル化解析による効率的な年齢推定法を構築―

Age estimation of captive Asian elephants (Elephas maximus) based on DNA methylation: An exploratory analysis using methylation-sensitive high-resolution melting (MS-HRM)

Kana Arai, Huiyuan Qi, Miho Inoue-Murayama

DOI: 10.1371/journal.pone.0294994
追記: 2023年12月27日 京都大学ウェブサイト「最新の研究成果」に掲載されました。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-12-27-2
概要

年齢は、生物を理解するうえで重要な情報です。しかし、多くの生物種に適用可能な標準化された年齢推定法はまだ存在しません。近年、DNAメチル化率を指標とした年齢推定法の開発が進んでいますが、高コストな測定機器を用いて長時間を要するため、実用化には至っていません。京都大学理学研究科博士後期課程の新井花奈さんと斉惠元さん、野生動物研究センターの村山美穂教授は、アジアゾウのDNAメチル化率から年齢を推定する手法を、コストパフォーマンスの高いメチル化感受性 高精度融解分析(Methylation-sensitive high-resolution melting: MS-HRM)を使用して開発しました。

動物の年齢推定には、長期間の記録や捕獲や死後の骨や歯の観察を必要とする方法が一般的であり、アジアゾウのような長寿の種の年齢推定はきわめて難しいのが現状です。本研究では、2つの遺伝子領域のメチル化率と年齢に有意な相関があることを示しました。この手法は他の動物種の年齢推定にも応用が期待されます。本研究は、国内の飼育動物園の協力のもと実施しました。また、本研究の成果は、2023年12月11日に国際学術誌「PLoS ONE」にオンライン掲載されました。

撮影:新井花奈

研究対象とした京都市動物園のアジアゾウ
図1. 研究対象とした京都市動物園のアジアゾウ
1.背景

アジアゾウは、自然環境の消失や象牙の密猟などで個体数が減少し、国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定されています(図1)。アジアゾウのように60-80年の長い寿命を持つ種では、未来の個体数を予測して個体数の回復を計画する際に、信頼性の高い年齢推定が不可欠です。現在用いられている主な年齢推定法は、観察によって大きさを推定することです。しかし、特にアジアゾウのような長寿の種の成獣では、目視による判定は困難で主観的になります。また、頭蓋や歯牙に基づく年齢基準は、生きている個体には使えません。眼球レンズ、牙の大きさ、耳の色素沈着、糞の大きさなどを用いた年齢推定法のほとんどは不正確で、現場での実施が困難です。そのため、迅速、客観的、正確で、費用対効果の高い方法を開発する必要があります。

近年、年齢に応じてDNAメチル化の程度が変化することを利用してヒトの年齢推定が可能になり、最近では動物にも応用されつつあります。アジアゾウでのこれまでの報告は、高コストな測定機器を使用し、長時間かかる方法でした。そこで私たちは、MS-HRMによる低コスト、短時間にできる効率的な方法で、年齢推定に取り組みました。

2.研究手法・成果
年齢推定を行うためには、実年齢のわかっている個体から血液を採取し、抽出したDNAのメチル化率を測定し、年齢とメチル化率の相関性を調べる必要があります。日本国内の11の動物園にご協力をいただいて(図1)、研究を進めました。計25頭のアジアゾウ(オス3頭、メス22頭)から53の血液サンプルを収集しました。サンプルは数年にわたって複数回採取されたため、数ヶ月から65歳までの幅広い年齢のサンプルが得られました。収集した血液サンプルからDNAを抽出し、2つの遺伝子領域(RALYL、TET2)においてMS -HRMを用いて、メチル化率を測定しました。2つの遺伝子領域から得られたメチル化率と実年齢の間には相関関係が確認されました。構築した年齢推定モデルは、アジアゾウの60年程度の寿命に対して、平均7歳程度の誤差(寿命の11%)でした(参考図)。
参考図: アジアゾウの実年齢とDNAから推定された年齢の関係。波線は平均誤差を示す。
3.波及効果、今後の予定

MS-HRMを用いた年齢推定は、長寿な種であるアジアゾウにも活用できることが明らかになりました。年齢情報の取得により、生活史などの生態に関する理解が深まり、地域集団の人口ピラミッドを推定することで、将来の個体数減少のリスクを予測できるようになります。今後は、糞などの非侵襲的なサンプルを使用した年齢推定モデルの開発を進め、野生個体にも適用できるようにすることで、保全への実用可能性が一層進展することが期待されます。アジアゾウやその他の種において、さらに推定精度を高めたいと考えています。またメチル化は生理的老化の指標にもなるため、私たちは健康やストレスの指標としての活用も探っています。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、JSPS科研費(20H00420)、環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20214001)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2110)の助成を受けて実施されました。

<用語解説>

●DNAメチル化:塩基配列を変えずに遺伝子の転写・翻訳を制御する仕組み、エピジェネティクスの一種です。メチル化によって遺伝子の働きが弱まると考えられています。

<研究者のコメント>

アジアゾウは生態系の不可欠な一部です。その保全には、ゾウに関する情報をより深く理解することが欠かせません。その中でも年齢推定は重要な要素ですが、これまでの方法は高コストでした。本研究では、低コストな方法を用いてDNAメチル化による年齢推定モデルを構築することに成功しました。これにより、多数のサンプルを短時間で解析できるようになりました。今後は、このメチル化を健康やストレスの指標としても活用することを探求していきます。このような知見を積み重ね、アジアゾウの未知の領域に踏み込み、共存への新たな道を切り拓いていきたいと思います。(新井)

Article Information
Arai, K., Qi, H., & Inoue-Murayama, M.(2023)Age estimation of captive Asian elephants (Elephas maximus) based on DNA methylation: An exploratory analysis using methylation-sensitive high-resolution melting (MS-HRM) PLoS ONE , 18(12): e0294994. (DNAメチル化を指標としたアジアゾウの年齢推定:高精度融解分析による解析) 10.1371/journal.pone.0294994