Published: February 25, 2021
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チンパンジーは外集団の脅威に対して仲間の結束を高める

―戦争と協力の共進化の可能性―

Uniting against a common enemy: Perceived outgroup threat elicits ingroup cohesion in chimpanzees

James Brooks, Ena Onishi, Isabelle R Clark, Manuel Bohn, Shinya Yamamoto
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Image Credit: Etsuko Nogami/Wildlife Research Center of Kyoto University

図)チンパンジーにとって、異なる集団というのは敵対する脅威となる。飼育のチンパンジー集団に知らない個体の声を聞かせると、集団内の結束が強くなることが個体間近接度や親和行動の分析から明らかとなった。

京都大学野生動物研究センター ジェームズ・ブルークス(James Brooks)修士課程学生、京都大学高等研究院 山本真也 准教授らの研究グループは、チンパンジーに知らない個体の音声を聞かせると、仲間同士の距離が縮まり、集団性が高まることを見出しました。

集団外の脅威に対して、集団内の結束を高めて対抗する戦略であると考えられ、集団間の競合関係と集団内の協力関係が共進化してきた可能性が示唆されました。実際、集団の外からの脅威に直面すると、ヒトも集団としてのまとまりを強化し、集団内の協力関係は高まると言われています。このような性質がどのように進化してきたかを解明することは、私たちヒトの正と負の両面をよりよく理解し、平和共存社会の実現に向けた方略を考えるうえでも非常に重要です。

本研究では、進化の隣人であるチンパンジーを対象に、異なる集団との出会い場面を想起させる状況を作り出すため、見知らぬチンパンジーの音声を飼育チンパンジーの集団に聞かせ反応を調べました。その結果、チンパンジーは知らない個体の声に反応して緊張し警戒しますが、同時に個体間距離が縮まり親和的な行動が増えるといった集団内の結束が高まることが明らかになりました。ヒトと同様の反応がチンパンジーでもみられることを、統制された実験を通して実証的に明らかにした最初の研究です。

本成果は、2021年2月25日に国際学術雑誌PLOS ONEにオンライン掲載されました。

1. 背景

ヒトは、大規模な協力行動をみせる一方、戦争における殺し合いのような残忍な一面も持っています。一見これらは相反する性質にみえますが、この2つが互いに密接に関係し、共進化してきた可能性が考えられています。実際、集団の外からの脅威に直面すると、ヒトは集団としてのまとまりを強化し、集団内の協力関係は高まると言われています。このような性質がどのように進化してきたかを解明することは、私たちヒトの正と負の両面をよりよく理解し、平和共存社会の実現に向けた方略を考えるうえでも非常に重要です。そのためには、進化的に近縁な種での比較研究が欠かせません。

そこで本研究では、進化の隣人であるチンパンジーを対象に、外集団の脅威に対する飼育チンパンジー集団の反応を調べました。野生下では、チンパンジーの集団間関係は非常に敵対的で、異なる集団と出会うと、ときに殺し合いに発展します。本研究では、異なる集団との出会い場面を想起させる状況を作り出すために、見知らぬチンパンジーの音声を飼育チンパンジーの集団に聞かせる実験をおこないました。京都大学熊本サンクチュアリの5集団、計29個体を対象とした研究です。

2. 研究手法・成果

見知らぬ個体の声を聞くとチンパンジーの集団は、ストレス反応のひとつであるセルフスクラッチ(自分の身体をひっかく行動)など自己指向性反応が増加することがわかりました。また、寝転んで休息する時間は減少することもわかりました。チンパンジーが知らない個体の声に反応して緊張し警戒していたと考えられます。しかし、この緊張によって集団内のいざこざが増加するわけではなく、逆に食べ物をめぐる争いは減少し、個体間の近接距離が縮まり、遊びやグルーミングといった親和的な行動が増加しました。チンパンジーでは通常、緊張が高まるとケンカなどの騒ぎが大きくなる傾向がありますが、外集団の脅威によって緊張が高まった際には、むしろ集団内の結束が高まる反応を見せることが明らかとなりました。ヒトと同様の反応がチンパンジーでもみられることを、統制された実験を通して実証的に明らかにした最初の研究です。

3.波及効果、今後の予定

集団外の脅威に対して、集団内の結束を高めて対抗する戦略であると考えられ、集団間の競合関係と集団内の協力関係が共進化してきた可能性が示唆されました。戦争と協力という一見矛盾するかに見えるヒトの二面性の進化に新たな進化的説明を加える研究成果と言えます。ただし、注意しないといけないのは、外集団の脅威が集団内の結束を促進するという研究結果を基にして、「ヒト社会の結束を固めるために外集団の脅威を利用すればよい」ということにはなりません。「集団内の結束が高ければ他集団と戦争をすればよい」というわけでももちろんありません。そうではなく、ヒトが進化の過程で身に着けてきた二面性について理解を深めることで、戦争という負の側面を抑え、よりよい平和共存社会を実現するための道筋を考えるきっかけとするべきだと考えています。

本研究により、集団間の敵対関係と集団内の協力関係が密接に関係していることが示され、ヒトとチンパンジーでこの性質が共有されていることがわかりました。しかし、この性質が他の動物種でも同様にみられるのかどうか、それともチンパンジーとヒトに特異的な性質なのかどうかはまだわかりません。研究チームは、この問題にアプローチするべく、多種との比較、とくにチンパンジー同様に進化の隣人であるボノボでの比較研究を計画しています。集団間で殺し合うこともあるチンパンジーに対し、ボノボの集団間関係は平和的で、ときに違う集団の個体と仲良くグルーミングしあう場面も野生では観察されています。これら近縁2種の比較を通して、戦争(集団間競合)と協力(集団内協力)の進化について理解が深められることが期待できます。

Article Information
Brooks J, Onishi E, Clark IR , Bohn M, Yamamoto S (2021) Uniting against a common enemy: Perceived outgroup threat elicits ingroup cohesion in chimpanzees PLOS ONE , 16(2): e0246869 10.1371/journal.pone.0246869