環境変化がラッコの捕食行動に与える影響の解明
―道東における赤潮の影響―
The effect of a harmful algal bloom (Karenia selliformis) on the benthic invertebrate community and the sea otter (Enhydra lutris) diet in eastern Hokkaido
Jackson Johnstone, Ippei Suzuki, Randall William Davis, Natsuki Konno, Kyohei Murayama, Satsuki Ochiai, Yoko Mitani
DOI: 10.1371/journal.pone.0303126概要
京都大学大学院野生動物研究センター三谷曜子教授、北海道大学環境科学院学生のJackson Johnstone氏、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター特任助教の鈴木一平博士、テキサスA&M大学のRandall W. Davis教授らの研究グループは赤潮による環境変化がラッコの捕食行動に与える影響を明らかにしました。 北海道の東部沿岸域(以下、道東沿岸域)には2014年より繁殖個体が確認される小さなグループのラッコが再定着しつつありますが(Figure 1)、2021年10月に大規模な赤潮が発生し、底生生物を主要な餌生物とするラッコへの影響が懸念されていました。道東沿岸域は日本有数の豊かな漁場であり、この赤潮によってウニ、軟体動物、各種二枚貝など、経済的に価値のある水産資源の大量死が赤潮の発生直後から確認されていました。本研究では、目視観測によるラッコが捕食した餌生物の構成と、ダイビングによる底生生物の密度の定量化を実施しました。その結果、赤潮の後はラッコが捕食した餌生物の構成からウニが消失し、二枚貝が増加しており、同様の傾向が底生生物の密度においても確認されました。しかし、この影響は赤潮発生から1年以上が経過すると解消されることが判明しました。この研究の成果は、大規模な環境攪乱があった際のラッコの保全に役立つことが期待されます。本成果は、2024年11月21日に国際学術誌「PLOS One」にオンライン掲載されました。
1.背景
北海道東部は様々な漁業や水産業が盛んで、日本経済にとって非常に重要な地域です。この地域はまた、長い間絶滅していたラッコが再定着しつつある状況となっています。大規模な赤潮という前例のない環境撹乱にさらされた際に、ラッコがどのように反応し、今後さらなる環境撹乱に対してこの個体群がどの程度回復力を持つかを研究するまたとない機会となります。
2.研究手法・成果
2020年から2023年までの4年間の夏季に調査チームはラッコの捕食行動と底生生物の密度の定量化を実施しました。捕食行動は双眼鏡を用いた船上目視調査を実施し、現地の漁師さんが操業するコンブ船を傭船しました。捕食行動の観測項目は、GPSの位置、潜水時間、餌の種類、餌の数、餌の大きさ、潜水間隔です。底生生物の調査では、赤潮前(2020-2021年)、赤潮直後(2022年)、赤潮から1年後(2023年)の3つの期間における底生生物の密度を定量化しました。ラッコが生息する調査海域を200m×200mのグリッドで20分割し、各グリッド内に4つのコドラートを無作為に設置し、各コドラート内の餌生物の密度を計測しました。
その結果、赤潮直後(2022年)にはラッコの捕食した餌生物からウニが完全に消失し(赤潮前:8%、赤潮直後:0%)、底生生物密度においてもウニの大幅な減少が確認されました。しかし、こうした影響は一時的で、ウニの捕食割合はさらに1年後の2023年には赤潮前のレベルに戻りました(赤潮直後:0%、赤潮から1年後:14%)。赤潮直後(2022年)に餌生物からウニが消失した結果、二枚貝の割合が増加し、赤潮前と比較するとほぼ倍増しました。しかし、ウニの場合と同様に、その1年後には二枚貝の割合も赤潮前の比率に戻りました(赤潮直後:67%、赤潮から1年後:38%)。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、主要な環境撹乱とそれがラッコの餌生物の密度に与える影響、そしてラッコが捕食する餌生物の構成との関係を明示できました。また、大規模な赤潮による影響があったとしても、餌生物の構成の変化は一時的なものであることも示されました。今回の赤潮では、個体群全体の健康状態への影響はほとんど観察されず、ラッコは餌生物の損失を、彼らが好む餌生物(二枚貝)をより多く捕食することに切り替えることで十分に補完できたことを示しています。もし調査海域内の二枚貝がより深刻なダメージを受けていたら、回復力はもっと低かった可能性もあります。さらなる調査によって、ラッコの採餌行動に今後数年間にわたって続く長期的な変化があるかどうかが明らかになると考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、旭硝子財団(2020-2021年)、笹川科学研究助成(2021年)、北海道大学DX博士人材フェローシップ、日本学術振興会外国人招へい研究者フェローシップ、自然保護助成基金プロ・ナトゥーラ・ファンド助成やラッコ調査への寄附金、そして環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20234003)の支援のもと実施されました。
<研究者のコメント>
本研究では、道東に再定着しつつあるラッコの個体群に対して、地球規模の気候変動に付随する海洋環境の変化がどのような影響を与えるかについて、貴重な知見を提供しました。この地域は漁業資源と重複しているため、将来、環境撹乱によって餌生物の利用可能性が変化すれば、漁業資源にも影響が及ぶ可能性がありま
す。今回の赤潮に代表されるような突発的な環境変動は、変化が起きてからデータを取り始めるのでは間に合わず、変動前から継続的に調査を続けていたからこそ明らかになった発見でした。年々、大きな影響がもたらされる地球規模の気候変動に対する海洋高次捕食者への影響を調べるため、私たちは今後もラッコの採餌生態のモニタリングを継続していきたいと考えています。
— Johntone
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-11-25-0