完全肉食のネコ科動物が植物を摂取する理由とは?
野生ユキヒョウの糞中に含まれる餌動物と植物の関連性を評価
―ユキヒョウの行動生態の解明、保全への貢献に期待―
Metabarcoding analysis provides insight into the link between prey and plant intake in a large alpine cat carnivore, the snow leopard
Hiroto Yoshimura, Takashi Hayakawa, Dale M. Kikuchi, Kubanychbek Zhumabai Uulu, Huiyuan Qi, Taro Sugimoto, Koustubh Sharma, Kodzue Kinoshita
義村弘仁1, 早川卓志3,4, 菊地デイル万次郎5, Kubanychbek Zhumabai Uulu6, 斉惠元1, 杉本太郎7, Koustubh Sharma6,8, 木下こづえ2
1. 京都大学野生動物研究センター; 2. 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科; 3. 北海道大学地球環境科学研究院; 4. 日本モンキーセンター; 5. 東京農業大学野生動物学研究室; 6. Snow Leopard Foundation in Kyrgyzstan; 7. 兵庫県立大学自然・環境科学研究所; 8. Snow Leopard Trust
DOI: 10.1098/rsos.240132概要
ネコ科動物は完全肉食と考えられており、他の動物の肉を食べることに特化した形態や生理、行動の特徴を持っています。しかし、ネコ科動物は野生および飼育下で植物を摂取することがよく知られています。植物を分解して栄養源とする能力は乏しいにもかかわらず、なぜ植物を摂取するのでしょうか?これについては、補助的な栄養や水分の提供、薬効成分による病気や寄生虫対策、消化促進など、さまざまな仮説が提案されていますが、明確な理由は解明されていません。既存仮説の検証や新たな仮説を提案するには、野生のネコ科動物がどのような植物を食べているのかを解明することが重要です。
京都大学を中心とする研究チームは、キルギス共和国で採取された野生ユキヒョウの糞サンプル90個にDNAメタバーコーディング解析を適用し、糞中の餌動物と植物のDNAを網羅的に同定しました。ユキヒョウの糞からはMyricaria属が最も頻繁に見つかりました。特に餌動物が検出されなかったサンプルでMyricaria属の出現頻度が高かったことから、ユキヒョウは空腹時にこの植物を食べている可能性があります。ユキヒョウの糞中に含まれる餌動物と植物の関連性を評価したのは、本研究が初めてです。
ユキヒョウや同所的に生息する哺乳類の糞から検出された餌動物と植物の包括的なデータは、ネコ科動物の植物食行動の適応的意義を理解するための仮説構築と今後の研究の指針となるでしょう。また、この知見は、ユキヒョウの飼育環境の改善と自然生息地の保全計画にも貢献することが期待されます。
研究成果は、2024年5月29日に国際学術誌「Royal Society Open Science」に掲載されます。
©Hiroto Yoshimura:札幌市円山動物園にて撮影
1.背景
ユキヒョウ(Panthera uncia)は南アジアから中央アジアにかけての高山地帯に生息するネコ科動物です。現存する41種のネコ科動物のうち、24種の糞に植物が含まれていることが報告されており、特にユキヒョウの糞には植物が頻繁に含まれることが知られています(Yoshimura et al., 2021, Ecology and Evolution, 11: 10968-10983)。これまでの研究では、イネ科やMyricaria属の灌木が記録されており、ある調査では糞の45%にMyricaria属が含まれていたと報告されていますが(Jumabay-Uulu et al., 2014, Oryx, 48: 529-535)、他の植物種については詳しく調べられていません。そのため、Myricaria属が他の植物よりも頻繁にユキヒョウ糞中に検出されるのかどうか、また他の動物と比較してユキヒョウに特有の現象なのかどうかはわかっていません。そこで、本研究では、ユキヒョウと他の哺乳類の糞中に検出される植物の種類を網羅的に調査しました。
©Hiroto Yoshimura
2.研究手法・成果
キルギス共和国のSarychat-Ertash Reserveで、野生ユキヒョウの糞90個および他の哺乳類の糞36個を採取しました。糞からDNAを抽出し、DNAメタバーコーディング解析によって糞中の脊椎動物と植物を網羅的に同定しました。その結果、ユキヒョウの糞からはMyricaria属の植物が最も頻繁に検出されました。一方で、Myricaria属は他の哺乳類の糞からはほとんど検出されませんでした。また、この植物を含む糞は、餌動物を含まないことが多いことも明らかになりました。
3.波及効果
本研究で得られたユキヒョウの糞中に含まれる餌動物と植物の網羅的なリストは、ネコ科動物の植物食行動の適応的意義を理解するための仮説構築と今後の研究の基礎となると考えられます。また、この知見は、ユキヒョウの飼育環境の改善や自然生息地の保全計画にも寄与することが期待されます。
4.今後の予定
今後は、糞中に含まれる植物の地域比較を行い、どのような特徴を持つ植物が頻繁に検出されるのかを調べます。他のネコ科動物との比較も行い、植物の特徴や動物の生理に着目した実験的研究を進めることで、植物食行動の適応的意義を明らかにすることを目指します。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-05-29-0