Published: December 02, 2023
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野生イルカのうんちから年齢を推定

野生水生動物の糞から抽出したDNA のエピジェネティッククロックを用いた年齢推定に世界で初めて成功

Non-invasive age estimation based on faecal DNA using methylation-sensitive high-resolution melting for Indo-Pacific bottlenose dolphins

Genfu Yagi, Huiyuan Qi, Kana Arai, Yuki F. Kita, Kazunobu Kogi, Tadamichi Morisaka, Motoi Yoshioka, Miho Inoue-Murayama

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共同利用・共同研究
本研究は、京都大学野生動物研究センター共同利用研究制度を利用しておこなわれました。
概要

村山美穂 野生動物研究センター教授、齐惠元 理学研究科博士後期課程学生、新井花奈 同博士後期課程学生、八木原風 三重大学博士後期課程学生、森阪匡通 同教授、吉岡基 同教授(現:同理事)、北夕紀 東海大学准教授、小木万布 御蔵島観光協会事務局長らの研究グループは、御蔵島観光協会の協力のもと、糞の中に含まれるイルカのDNA情報を用いて年齢を推定する手法を開発しました。

イルカをはじめ野生動物の年齢推定には、寿命を超える長い期間での観察研究や、動物の捕獲を必要とする方法が一般的であったため、長寿の野生動物の年齢推定はきわめて難しい状態でした。本研究は、野生水生動物の糞などの非侵襲的な試料由来のDNAに対して、初めてエピジェネティッククロック解析に成功した画期的な研究成果です。ミナミハンドウイルカの生態理解と保全に役立つのみならず、他の野生動物への応用への第一歩となる可能性があります。

本研究成果は、2023年12月2日に、国際学術誌「Molecular Ecology Resources」にオンライン掲載されました。

背景
年齢は、生物を理解するうえで大切な「生まれ、成熟し、死ぬまでのサイクル(生活史)」をきちんと知るために欠かせない情報です。また年齢は、私たちが人口ピラミッドから未来を考えるのと同じように、長い寿命を持つ生き物の未来の個体数を予測する上でも役立ちます。野生動物の年齢を知る方法としては、その動物の寿命を超える期間で、各個体を識別し、追跡する長期観察研究や、その動物の生体試料(歯など)を採取し、その試料に備わった年齢を示す形質(歯であれば、断面に現れる年輪など)を調べて推定するのが一般的です。しかし、長寿の動物の観察研究はきわめて難しく、また、歯などの生体試料を採取するためには個体の捕獲などが必要であることが多く、野生動物へのストレスや悪影響のみならず、研究者自身がさらされる危険も存在します。したがって、動物にも研究者にも安全で、簡単に採取できる試料から年齢推定する方法が求められています。ヒトを対象とした研究において、生体にもともと備わっているエピジェネティクスと呼ばれるしくみ、つまり、DNA の塩基配列を変えずに遺伝子の転写・翻訳を調節するしくみに、老化と関連する変化が存在することが明らかになってきました。その中でも「DNA のメチル化」と呼ばれる現象が、年齢に応じて頻度が変化することを用いて、ヒトにおいてまず年齢推定ができるようになり、近年になり野生動物にも応用されつつあります。しかし、個体に触れずに採取できる試料を用いた研究例はほとんどありませんでした。そこで本研究では、この方法を野生のイルカの糞から抽出したDNA に応用しました。糞などの非侵襲的試料は、血液や皮膚などとは異なりDNA の濃度が低く、断片化しやすく、解析を阻害する物質が含まれます。さらに水中という環境ではDNA の分解が進みやすいため。この方法が野生のイルカに使えるかすらわかりませんでした。
研究内容
年齢推定を行うには、実年齢のわかっている個体から糞を採取して、その糞から抽出されたDNA のメチル化率を測定し、年齢とメチル化率の相関関係を調べる必要があります。幸い、私たちが対象とした東京都御蔵島周辺に生息する野生のミナミハンドウイルカについては、29 年間にわたり、体の傷などを手がかりに1 頭1 頭を見分け、約150 頭のほぼすべての個体が識別されており、その情報は御蔵島観光協会が管理しています。この識別情報を用いると、この期間に生まれたイルカは基本的に生まれ年がわかるので、実年齢を計算できます。また、御蔵島ではイルカスイムが行われており、水中で糞をするシーンに遭遇できます(図1)。本研究では、小型アクションカメラとポリエチレンチューブ(図2)を持って水中に入り、イルカが排泄をしたら、その糞を採取するとともにそのイルカの撮影を行いました。その後実験室にて、採取した糞からDNA を抽出し、2 つの遺伝子領域(GRIA2、 CDKN2A)を対象にメチル化率を測定しました。この領域では他のクジラやイルカの皮膚から抽出されたDNAで年齢推定の成功例がありました。61 サンプルの糞から抽出したDNA の内、30 個体から得られた36 サンプルのメチル化率を調べることができました。得られたメチル化率と実年齢の間には相関関係が認められ、ミナミハンドウイルカの50年程度の寿命に対して、平均5歳程度の誤差での年齢推定が実現できました(図3)。本研究は、野生の水生動物の糞などの非侵襲的な試料由来のDNA に対して、初めてエピジェネティッククロック解析に成功した画期的な研究成果となりました。

写真提供:御蔵島観光協会

図1 糞をするミナミハンドウイルカ。煙幕状になった糞の中に存在する塊(固形物)を選択的に採取した。
図 2 採取に使用した道具 (左:個体識別のための記録をとるアクションカメラ、右:糞の採取に用いたポリエチレンチューブ)
図 3 実年齢と糞中のDNA から推定された年齢の関係。青の波線は平均誤差を示す
Article Information
Yagi, G., Qi, H., Arai, K., Kita, Y. F., Kogi, K., Morisaka, T., Yoshioka, M., & Inoue-Murayama, M.(2023)Non-invasive age estimation based on faecal DNA using methylation-sensitive high-resolution melting for Indo-Pacific bottlenose dolphins Molecular Ecology Resources 10.1111/1755-0998.13906