類人猿は一度見たドラマを覚えている~ボノボとチンパンジーの動画に対する長期記憶~
Great apes make anticipatory looks based on long-term memory of single events.
Fumihiro Kano, Satoshi Hirata
DOI: 10.1016/j.cub.2015.08.004概要
現在見ている出来事は、数分以内で忘れることが大半ですが、特に印象的な出来事は、長期(一日以上)にわたって、覚えていることができます。これはヒト特有の能力であると考えられてきました。今回私たちは、アイ・トラッキングという視線を記録する装置を使って、類人猿がヒトと同様に一度見た出来事を覚えていることができることを見出しました。
1.背景
ヒト以外の動物が、一度見た出来事にたいして長期の記憶を形成できるかという疑問に対しては、心理学の分野で意見が分かれるところです。専門家の中では、少なくともヒトに最も近い類人猿にはそれができるという意見を持つ人もいるのですが、それに反対する人たちもいます。反対する人たちは、類人猿は、同じ出来事を繰り返し経験しないと、その出来事にたいする長期の記憶を形成できないと主張しています。今回私たちは、その疑問に対して一つの実験をおこない、類人猿も一度見た出来事をしっかり長期に覚えていることを証明しました。
2.研究手法・成果
京都大学熊本サンクチュアリで暮らす、ボノボ6個体とチンパンジー6個体を対象に実験をおこないました。アイ・トラッキングという手法を用いて、動画を見ている時の目の動きを記録しました。まず、彼らにとって興味深いと思われる動画を一回見せました。動画の中では、コスチュームの偽類人猿があるタイミングで飛び出てきます(類人猿たちにとってはショッキングな出来事)。24時間後、同じ動画をもう一回見せました。類人猿たちは、その偽類人猿が飛び出してくる前に、その飛び出してくる場所を予測的に見ました。
もう一つ動画を見せました。コスチュームの偽類人猿が動画の中の知っている人をたたいて、その人が2つの道具のうちどちらかひとつを使って、復讐するという動画です。
24時間後に同じ動画を見せたところ、類人猿は、その知っている人が使用した道具を、その人が道具を選択する前に選択しました。
以上の結果は、類人猿が一度見た出来事を長期―少なくとも1日隔てて覚えているという明確な証拠です。
テスト風景:モニターに動画が提示されて、その下に設置されたアイ・トラッカーで視線を記録する。
アクリル透明パネル越しに、ジュースを少しあげて、類人猿の目の位置を固定する。類人猿はジュースを飲みながら、動画を見る。
3.波及効果
ヒト以外の動物の長期記憶の能力が以前考えられていたよりも高いことを見出しました。この点において、ヒトの特殊性・優位性に対する従来の考えを再考する必要があることが、本研究によって示されました。
また、この実験で用いた手法―アイ・トラッキングの手法を用いて、自作のドラマを見せて、予測的な見方を調べること―は、本研究において新たに開拓された手法です。言葉を持たない動物やヒトの幼児の記憶能力やその他高度な認知機能を調べるために、今後多様な研究領域において有用視されると期待できます。
4.今後の予定
同様の手法―アイ・トラッキングの手法を用いて、自作のドラマを見せて、予測的な見方を調べること―から、その他の高度な認知機能、たとえば、類人猿が他者の心の内を読むことができるかどうか(心の理論)を調べようと考えています。
また、今回の実験には、京都大学熊本サンクチュアリで暮らす、ボノボ6個体とチンパンジー6個体が参加しています。日本でボノボはここにしかいません。ボノボとチンパンジーは系統的にヒトに同程度に近い類人猿で、それぞれ性格が違うことが知られています。同様の手法―アイ・トラッキング―を用いて、彼らの行動・認知・感情の違いを調べることを計画しています。
テストした12個体のうちの一人―ボノボのビジェイ
本研究成果は、以下の事業・研究課題の助成によって得られました。
1)科学研究費補助金 新学術領域「こころの時間学」
計画研究「類人猿の心的時間旅行」(課題番号:25119008)
研究代表者:平田聡
2)科学研究費補助金 基盤研究(A)
「チンパンジーとボノボの道具的知性と社会的知性」(課題番号:26245069)
研究代表者:平田聡
3)日本学術振興会 研究活動スタート支援
「認知と感情の進化:行動と生理指標からせまるボノボとチンパンジーの心の違い」(課題番号:26885040)
研究代表者:狩野文浩
4)科学研究費補助金 特別推進研究
「知識と技術の世代間伝播の霊長類的基盤」(課題番号:
2400001)
研究代表者:松沢哲郎
5)文部科学省博士課程教育リーディングプログラム「京
都大学霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院」(U04)
6)日本学術振興会 研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)
「心の起源を探る比較認知科学研究の国際連携拠点形成」
7)文部科学省 特別経費プロジェクト分「人間の進化の霊長類的基盤に関する国際共同先端研究の戦略的推進―人間の本性と心の健康を探る先端研究―」