なぜ?水中で野生イルカが大接近
榊原香鈴美

東京から200km南の海上に御蔵島という小さな島があります。島の周りには約120頭の野生のイルカがいて、子育てをしたりゆったりと泳ぎながら休息したりしています。島では、イルカと一緒に泳ぐ「ドルフィンスイム」が行われており、毎年夏場には14,000人もの観光客が訪れます。水中でイルカと泳いだお客さんは、野生イルカとの距離の近さに興奮します。海の中に入ると、イルカたちはジジジジという音を鳴らして私たちの様子を探ります。そして手を伸ばせば触れそうな距離までぐんぐん近づいてきます。私たちは、イルカたちが人に興味を持ったり、遊ぼうとして近づいてくるのだとつい思ってしまいます。しかし、本当にそれだけなのでしょうか?

水中の遊泳者を丹念に探り、わずか数十cmの距離で水中カメラをのぞきこんだり、その周りをぐるぐると旋回している様子をみると、イルカの接近には好奇心以外の意味もあるのではないかと感じます。そこで、水中での彼らの接近行動について調べることにしました。
すると、場面によって遊泳者に接近してくる個体が違うことがわかりました。イルカの群れよりも前方で泳いでいる際には、若いメスばかりが近づいてきました。また、普段は全然近づいてこない大人のオスですが、私と群れのメンバーの距離が極端に縮まると積極的に接近してきました。体の大きな大人のオスに接近されると迫力満点で、つい動きを止めてしまいます。さらに、子どもに向かって泳ぐと大人のメスもやってくる頻度が高くなりました。これらの観察から、イルカの接近行動には遊泳者を偵察したり、群れの仲間に近づけないよう泳ぎを妨害したりする意味があるかもしれないと私は考えています。子どもや周囲の群れのメンバーの危険をなるべく減らすため、遊泳者をあやしいものとして警戒しているのかもしれません。
こうして改めてイルカの行動を見直してみると、いままで思っていなかったような意味があることに気づきます。例えば、イルカが口を開けてこちらに顔を向けている。なんだか口を開けて大笑いしているように見えますが、これはイルカの威嚇行動だと言われています。他にも、水中で糞をするという生理現象も、もしかしたら後ろを泳いでいる仲間のイルカに対する、「あっちに行け」という合図なのかもしれないと考えられています。
イルカやクジラの研究では、波が荒かったり、海水の透明度がよくないために、船の上からの調査しかできない地域がたくさんあります。しかし御蔵島では、水中でイルカの行動観察ができます。水中の映像記録からは、体の傷や特徴を頼りに個体を識別することもでき、イルカの性別や年齢を知ることもできます。この恵まれた観察条件をうまく生かして、イルカの行動の意味を明らかにしていきたいと思っています。

撮影したイルカの動画を見ながら、手分けして個体識別



写真左はハウジングをつけた状態のもの( 前方と後方の撮影を行うために、主カメラに小型カメラを取り付けて使用する。)
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