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肥後悠馬、梶村恒、三浦光 (名古屋大・生命農学研究科・森林保護学
)
屋久島の亜熱帯から森林限界における野ネズミの垂直分布と生態適応
本研究は、屋久島の垂直的な植生構造に着目し、野ネズミ個体群の種構成や形態、繁殖期がそれらの生息地の標高によってどのように変化するのかを明らかにする目的で行った。調査地として、サイトA (約400 m、照葉樹林帯)、サイトB (約1000 m、針広混交林帯)、サイトC (約1800 m、ササ草原帯)、および各サイトの中間標高域にサブサイトとしてサイトD (約750 m、照葉樹林帯から針広混交林帯への移行帯)、サイトE(約1500 m、針広混交林帯からササ草原帯への移行帯)を設定した。
2015年7-8月、10-11月および2016年5, 7, 9, 11月、2017年5, 7, 9, 11月に、各調査地において、シャーマントラップを設置し、ネズミを生け捕りした(2016年5月はサイトA, B, Dのみ)。捕獲されたネズミの種、性別、体重、全長、頭胴長、尾長、後足長、繁殖サインなどを記録し、指切り法で個体識別した後に放逐した。
その結果、アカネズミApodemus speciosusとヒメネズミA. argenteusが確認され、調査地ごとに生息状況が大きく異なった。サイトAでは、アカネズミの割合が他のサイトに比べて多かったが、全体的にネズミの個体数が他の標高域に比べて著しく少なかった。これに対して、サイトBとサイトCでは、ヒメネズミが多く捕獲された。また、アカネズミは、高標高域では見られなかった。一方、サイトB, C間に設置したサイトEでは、アカネズミが確認された。従って、屋久島におけるアカネズミの生息域は森林内に限られるものと考えられる。これらの分布様式は各生息地の植生構造と密接に関わっていると考えられ、特にサイトCでは密生したササによってアカネズミの空間利用が大幅に制限される可能性が示唆された。また、植生だけでなく他種の動物との関係、あるいは気温などの物理的環境要因も影響しているかもしれない。
また、形態を比較したところ、ヒメネズミに差は見られなかったが、アカネズミの全長、頭胴長について、標高が高くなるにつれて小型化する傾向が見られた。この傾向は寒冷化に伴う餌資源量の低下あるいは密度依存的な反応ではないかと考えられた。
各サイトの繁殖期について推定を行ったところ、サイトAでは冬1回繁殖、サイトBでは春秋2回繁殖、サイトCでは夏1回繁殖であると推測され、本州において緯度勾配に沿って見られる3つの繁殖パターンが屋久島内で共存している可能性が示唆された。この結果も標高による気温の差に起因するものと考えられた。


