最近では、個体ごとの行動特性、すなわち個性のようなもの、という意味で、性格(personality)という言葉が、ヒト以外の動物に対しても使われるようになりました。性格には環境の影響もありますが、遺伝の影響が50%くらいあることが双生児の研究などから明らかになっています。すなわち、神経伝達やホルモン伝達に関与する遺伝子の個体差が、発現量や機能の差となって、性格に影響していると考えられます。ヒトでは、遺伝子型と性格アンケートとの関連解析が行われ、原因となる遺伝子も多数報告されています。マウスやセンチュウなどの実験動物でも、研究が進んでいます。
野生動物では、実験動物と違って条件をコントロールできないので難しいのですが、野生動物において行動や性格の遺伝的背景を知ることには、大きな意味があります。「病は気から」と言われるように、ヒトでは性格と健康状態に関連があることがわかっています。人と違ってコミュニケーションができない動物では、健康状態を予測する手段も限られてきます。すなわち、繁殖ペアの相性、健康状態、寿命など、飼育下で重要な身体的状態が、ストレスに影響され、ストレスの感じやすさに、個体ごとの性格が影響しているとしたら、それを遺伝子で推定できれば、飼育や保全に役立つ情報が得られるでしょう。そこで、社会性があって個性が際立っていて、飼育や繁殖が難しい動物、たとえばゾウ、イルカ、ヤマネコ、猛禽類、さらには脊椎動物とは系統的に遠いけれど群れをつくるイカでも、研究しています。
また、野生動物とは違いますが、私たちにとって身近で、性格が重要なイヌ、ネコ、ウマ、ニワトリでも研究しています。
麻薬探知犬の適性、ニワトリの神経質、の原因遺伝子がわかれば、訓練や育種に貢献でき、近縁の野生動物の研究にも役立つ情報が得られると考えられます。
これまでに、
ヒトとサルの遺伝子型比較から、ヒトは新しもの好きで心配性らしい(Inoue-Murayama 2001)
培養細胞での発現試験から、チンパンジーはヒトよりも興奮性の伝達シグナルが強く、短い(Inoue-Murayama 2006)
チンパンジーの中で、セロトニン合成酵素のはたらきに差があり、合成効率がよい遺伝子を持つと不安を感じやすい(Hong et al. 2011)
イヌでも、ヒトと同様に、アンドロゲン受容体の短い遺伝子を持つと攻撃的(Konno et al. 2011)
ゾウ(Yasui et al. 2012)や鳥類(Abe et al. 2011, 2012)にも、ヒトやイヌと同様の遺伝子多型がある。
などがわかりました。
また類人猿の性格アンケートから、彼らの性格の個体差を詳細に描き出すことができました。(Weiss et al. 2012)