氷河,雪渓上を覆う黒い汚れの生物学的特性

○竹内望,幸島司郎

Biological Aspects of Surface Dirt on Glaciers

Nozomu TAKEUCHI, Shiro KOHSHIMA

 氷河の消耗域や秋の雪渓の表面には,黒い汚れが一面に広がっている. この黒い汚れは周囲から飛んできた鉱物粒子や土壌粒子と考えられてきた.しかし,汚れには雪氷藻類や有機物などが含まれていることから,汚れは雪氷上に生息する生物の活動によって生産されていると考えられるようになってきた.北極では一か所に集まったこの黒い汚れが底部の氷を融かし,クリオコナイトホールという深さ30 cmにもなる円柱状の水たまりを形成する.この水たまりは雪氷生物にとっての重要な生息場所と考えられている.ヒマラヤの氷河や日本の雪渓では,この黒い汚れが雪や氷の表面のアルベド(反射率)を下げ,融解を促進していることが明らかになっている.このように汚れの形成過程,黒くなる過程を明らかにすることは,氷河や雪渓の生態系の解明,質量収支への影響の評価のためにも重要である.今回は,汚れの構造,形成過程,黒色化の過程を明らかにするため,1996年5月から10月にネパールヒマラヤ,ランタン地方のヤラ氷河で調査を行った.また,立山,北極,チベットの各地の氷河,雪渓の汚れの特性を明らかにし,それぞれ比較することによって,氷河環境と汚れの質の関係について考察した.

 ヤラ氷河の消耗域は1m2あたり100-800gの汚れがあり,この汚れは主に直径が1mmほどの黒い球状の物質からなっていた.蛍光顕微鏡による観察から,この球状物質は糸状藍藻が鉱物を取り込みながら成長するマリモのようなものであることが明らかになった.一方,涵養域の春の表面には,冬から春に降り積もったと考えられる汚れが1m2あたり3 - 10gあった.しかし,消耗域のような黒い球状の物体はなく,鉱物中心の茶色い汚れであった.涵養域の汚れの季節の変化を見たところ,夏にかけて有機物量が増加し,色が黒くなっていくことが明らかになった.また,同時に藻類の数も増えていくことが明らかになった.したがって,涵養域に降り積もった汚れは,春から夏にかけて生物の増殖に伴って有機物量が増え黒くなるものと考えられる.この汚れは汚れ層となって氷体内に取り込まれ,数十年の後に氷体の融解に伴って消耗域に再び現れた後,藍藻の働きによって球状の物体になるものと考えられる.以上のことから,ヤラ氷河の汚れは以下のような過程を経て,消耗域の表面に蓄積されていくと考えられる.(1)氷河の周辺から吹き上げられた鉱物粒子が涵養域表面へ降下する.(2)生物が繁殖し有機物量が増え黒色化する.(3)汚れ層として氷体内に取り込まれ流動によって下流部へ移動する.(4)融解に伴って消耗域表面に再び現れる.(5)消耗域で繁殖する藍藻によって球状の物体になり,消耗域表面を黒く覆う.(6)融解水の流れによって氷河の外へ流失する.


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