飼育下イルカ類の活動日周期と休息的行動に関する研究

関口雄祐 98.3修

イルカ類の休息や睡眠に関連した行動パターンを特定することを目的に飼育個体の観察・行動分析を行った.観察はしながわ水族館と南知多ビーチランドで,ハンドウイルカ(Tursiops truncatus )成獣7頭(♂1,♀6),カマイルカ(Lagenorhynchus obliquidens )成獣1頭(♂)、交配種(ハンドウ♀+カマ♂)1頭,交配種(ハンドウ♀+不明♂)2頭の計11頭を対象に,46日間約81時間の行動の直接観察記録を行った.

呼吸間隔と遊泳速度を指標として活動度の日周期を測った結果,観察したイルカの活動日周期には,活動度が集中して低下する「集中休息型」と,深夜から早朝にも高い活動度があらわれる「分散休息型」の2つの型があることが分かった.観察例のほとんどは「集中休息型」で,平均すると午後0時から午後4時の間(高活動時間帯)に最も活動度が高く,午前0時から午前3時の間(低活動時間帯)に最も活動度が低くなった.低活動時間帯には,特徴的な可聴域音であるホイッスル音とパルス音も高活動時間帯に比べて大きく発生回数が減少していた.

この低活動時間帯には休息や睡眠に関連した行動パターンが高頻度に現れると考え,行動分析を行った結果,今回「浮上休息」,「着底休息」,「遊泳休息」とそれぞれ名付けた3種類の特徴的行動パターンが多く出現することが明らかになった.浮上休息と着底休息は,水面やプール底面で特徴的な姿勢で長時間停止している行動で,目が閉じられていることが多い.遊泳休息は最も高頻度に見られるゆっくりした周回遊泳で,呼吸間隔が長い・目を閉じていることが多い・プールの底近くを泳ぐ・泳ぐ方向が一定・群泳サイズが大きいなどの特徴が見られた.また,母子間の群泳隊形にも特徴が見られ,活動度の高い行動にくらべ横列で泳ぐ傾向が高いことがわかった.

高活動時間帯の行動分析の結果,高活動時間帯にも低活動時間帯の観察からわかった3型の休息的行動の特徴を持つ行動パターンが起こっていることがわかった.高活動時間帯に出現する遊泳休息に類似した低速周回遊泳時に左右両眼の同時観察をおこなった結果,37例中23例で両眼が閉じており,11例では周回方向内側の眼が閉じ外側の目は開いていることが明らかになった.したがって,高活動時間帯に出現する低速周回遊泳の多くも遊泳休息であると考えられる.ハンドウイルカは「半球睡眠」を行い,半球睡眠時には睡眠半球の反対側の目を閉じていることが,脳波の分析研究から明らかになっている(Mukhametov, L. M., Supin, A. Y.& Polyakova, I. G., 1974).したがって,今回特定した三種の休息的行動パターン,特に遊泳休息行動中には,半球睡眠が行なわれている可能性が高いと考えられる.

行動の連鎖関係を分析した結果,低活動時間帯には3種の休息的行動が組合わされた平均約15分間の休息的行動連鎖と平均1-2分間の速い動きをともなう活動的行動連鎖が交互にあらわれることがわかった.一方,高活動時間帯には平均2-3分間の休息的行動連鎖と平均2-3分間の活動的行動連鎖が交互に繰り返されていることが明らかになった.休息的行動の割合は夜間に高く日中には低下するが,日中でも50%近く休息的行動が起こっていることが推定された.休息・睡眠に関連した行動が長時間継続せず,活動度が高い(覚醒度が高い)行動によって頻繁に中断されることが,彼らの休息行動の特徴であると考えられる.

平均呼吸間隔が,遊泳休息<浮上休息<着底休息の順に長いこと,着底休息と浮上休息の頻度は,日中や新規個体の移入,妊娠・出産など,ストレスや警戒の必要性が高い状況では減少することなどから,休息の程度は遊泳休息<浮上休息<着底休息の順に深くなることが示唆された. イルカ類は環境の変化や警戒の必要性に応じて,休息行動や日周活動パターンを柔軟に変化させていることが示唆された.


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