クスノキのドマティア(ダニ部屋)形成とダニの関係

溝口 寛 94卒研

クスノキ(Cinnamomum camphra)の葉には、ドマティアと呼ばれる奇妙な構造がある。これは三行脈(第一側脈)付け根にある一対の小さな膨らみにあいた空所で、そこにはダニが住んでいることが多いことからダニ部屋とも呼ばれる。この構造の存在は古くから知られており、クスノキとダニの間に何らかの共生関係があるのではないかと考えられてきたが、はっきりしたことはまだ何も分かっていない。今回はクスノキのドマティアの謎を解き明かす第一歩として、ダニ部屋の構造と形成過程、ドマティアに住むダニの生活史、個体数季節変化などに関する調査を行った。

方法

調査は大岡山キャンパス西一号館と体育館の間にあるクスノキを利用して行った。葉の成長に伴うドマティアの形成過程や構造変化、ダニのドマティア利用状況、ダニの生活史を調査するために、春から冬にかけて葉を定期的に採取し、ドマティアの形態やダニの個体数などを調査した。また、ダニが存在しなくてもドマティアが形成されるかどうかを確かめるために、新葉展開前の冬芽にビニール袋をかけ、新葉へのダニの侵入を遮断する実験も行った。

結果

ドマティアで観察されたダニのほとんどは、体長約200μmの小さなフシダニの仲間で、卵、若虫、成虫ともに、ほとんどドマティア内部でだけ観察された。このダニの個体数は季節によって大きく変化し、卵と若虫は五月上旬から中旬にかけて急激に増加するが、それ以降はゆっくりと減少し、十一月以降には少数の成虫が観察されるだけになった。このことから、このダニの主な繁殖がクスノキの新葉展開期である5月中旬に集中していること、また越冬は成虫段階でドマティア内で行なわれることなどが明らかになった。この他に、数は少ないがフシダニの二倍程度の大きさ(約400μm)で蜘蛛のような形をした赤色と白色の二種類の食植性ハダニ類が観察された。

クスノキのドマティアの主な利用者であるこのフシダニが、何を食べているかはまだ不明であるが、ドマティア外にほとんど出ないで生活していること、口器の形態などから判断して、クスノキに害を与える食植性ダニ類や菌類を摂食しているとは考えにくい。

ドマティアの形成段階を形態によって四段階に分け、葉の成長とドマティアの形成との関係を見たところ、ドマティアは葉の成長と共に成熟することが分かった。展開直後の新葉(全長2-4cm)では未発達なドマティア(1-2段階)しか見られなかったが、葉の成長と共に成熟したドマティア(3-4段階)が増加し、葉の全長が7cmを越えると、ほとんど全てのドマティアが成熟した。四月中旬には全てのドマティアが1-2段階であったが、このときダニの侵入は全く観察されなかった。五月上旬から中旬にかけてドマティアは成熟し、それに伴いドマティア内部で観察される卵や若虫の数が増加した。このことから、ダニの侵入は2-3段階のドマティアで生ずると考えられる。

新葉展開前の冬芽のうちにビニール袋をかけ、ダニの侵入を遮断した新葉でも、正常なドマティアが形成されたことから、ドマティアはダニの働きかけによって作られるのではなく、クスノキによって作られるということが明らかになった。

興味ある観察結果としては、フシダニがドマティアに入るとドマティア内壁に白くて細い毛のようなものが生えてくることである。この毛のようなものは入口に生えている毛とは明らかに違うものであった。この毛が植物から生えてくるのかダニの分泌物なのか、又はなんらかの菌類なのかは現在のところ不明である。しかし、ダニの食性やクスノキとの関係を考える上で今後重要な手掛かりになると思われる。フシダニの新葉への移動法などとともに今後の研究の成果に期待したい。


クスノキのダニ部屋とダニの紹介


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