アカメガシワの対捕食者構造に関する研究

97/3修 岩見京子

(1) はじめに

植物はこれまで、なすすべもなく動物に食われている「かよわい」存在と思われがちであった。しかし、地球上に生息するおよそ36万種以上の植食性昆虫を相手に、地球が「緑」に保たれているのは、植物自身食われないための努力を払っているからである。近年、植物と動物の複雑な相互作用に関する研究が進むにつれ、従来意味不明であった植物体上の多様な構造が、対捕食者防衛などの機能を持っている可能性が指摘されるようになった。しかし、それらの構造の実態はまだほとんど明らかになっていない。そこで本研究では、その機能解明の手掛かりを得ることを目的に、日本に生息するトウダイグサ科落葉高木アカメガシワについて、微細構造の形態・化学成分・成長や季節に伴う変化・樹体内分布特性などに関する調査を行った。調査の結果、既にアリとの関係が知られている花外蜜腺以外に、アリを誘引する餌と考えられる脂質を含んだ粒状分泌物(food body)が発見され、葉や果実を覆う腺点、新芽に密生する星状毛などの構造が確認された。これらの結果を手掛かりに、アカメガシワの防衛機構について考察した。

(2) アカメガシワ上の微細構造

a. 花外蜜腺

葉の基部にある1対のすり鉢状花外蜜腺は、若葉を過ぎた頃から蜜を分泌するようになる。10月上旬まで、10種以上のアリをはじめとした様々な昆虫やクモ類が利用しているのを確認した。花外蜜腺を持たない植物とのアリ密度の比較で、アリを誘引する効果は確認されたが、アリが植食者を直接攻撃する行動は観察されなかった。しかし、(i)幼木に多く、成木で減少すること (ii)シュート基部の、急速な成長期に形成された葉に多いことは、花外蜜腺が、エネルギーや時間のかかる防衛法のとれない、若くて弱い組織で機能していることを示唆している。そのため、花外蜜腺による動物の誘因には、何らかの防衛的機能があると考えられる。

b. 粒状分泌物(food body)

若茎と若葉(表裏)の葉脈から分泌される、最大直径0.6mmほどの袋状粒子で、半透明の膜の中には液体が入っている。成長した葉には見られず、成木より幼木に多く存在することが明らかになった。観察によって、アリがこの分泌物を食べていることが確認された。化学成分分析を行ったところ、分泌物はトリグリセリドに属する脂質分を多く含むことがわかった。アリに散布される植物の種子には、アリ誘因物質(エライオソーム)が付着しているが、トリグリセリドはこのエライオソームに多く含まれ、アリが好んで食べる栄養価の高い物質である。これらの事実や、若茎や若葉、幼木など、若くて弱い部位に集中的に存在する事実から、この構造はアリを誘引するための餌として機能している可能性が高い。

c. 腺点

半透明の液胞細胞8個が放射状に集まった、直径0.07~0.10mmの構造で、葉の裏面や果実の表面に付着している。若葉では、液体の詰まった張りのある腺点が密生しているが、成長につれて密度も張りも小さくなることが明らかになった。果皮は細胞毒性成分を含むことが報告されているが、果皮を腺点と腺点除去部分に分けて分析を行った結果、フェノール基を持つ細胞毒性成分は腺点から検出され、腺点除去部位からは検出されなかった。このことから、腺点は細胞毒性成分を含んだ対捕食者防衛構造であると考えられ、葉の腺点にも同物質が含まれている可能性が強い。頻繁に観察された植食者は、植物体に針を差して養分を吸うタイプ,植物体表面を削り取るタイプあったが、腺点は、これらの食害者から若葉や果実を守っているのではないかと考えられる。

d. 星状毛

長さ約0.2~0.4mmの半透明または赤色の毛が、同一中心から放射状に伸びだした構造で、新葉表面(表裏)に密生する。アカメガシワの新葉が鮮やかな赤色に見えるのは、黄緑色の葉の表面を赤色の星状毛が被っているためである。新葉表面の反射スペクトルを測定した結果、短波長域を吸収し、赤色領域と近赤外領域を強く反射することが明らかになった。一般に、昆虫の視覚は短波長域に偏って赤色領域を感知できないことから、この色彩は植食者の注意を引きにくい色彩である可能性が高い。また、近赤外領域の強い反射は、新葉の過熱を防ぐ機能があるのかもしれない。赤色領域の強い反射傾向は、新葉が赤い他の植物でも見られたが、その中で、クロロフィル含有量が高かったのはアカメガシワだけであった。このように、赤色星状毛による新葉の着色は、赤い色彩と光合成を同時に可能にし、パイオニア植物にとって好ましい形質であると考えられる。

(3)アカメガシワの対捕食者防衛戦略

以上の結果から、これら4つの微細構造は、いずれも対捕食者防衛に役立っていると考えられる。赤色星状毛、腺点→food body→花外蜜腺→(恐らく)葉の物理的強度・タンニンなど量的防衛物質の増加、のように葉の成長にともなった変化が見られ,うまく時期をずらしながら機能していることがわかった。これは、アカメガシワが、各成長ステージの生理的、時間的、エネルギー的制限の中で、可能な防御策を講じた結果とも考えられるし、季節によって変わる植食者(ターゲット)に合わせた防衛方法の組み合わせとも考えられる。いずれにせよ、より多くの機構が重なり関わり合って、防衛という一つの大きな目的が達成されていると考えられる。今後は、これらの構造の機能を実験的に明らかにし、アカメガシワの対捕食者防衛戦略を総合的に検討していきたい。

<講演目録>

岩見京子、幸島司郎「アカメガシワの謎〜動物を意識した構造〜」

  日本動物行動学会第15会大会(1996年11月 東京)


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