ヒマラヤYALA氷河の雪氷藻類層の季節変化について

阿部文明 97.3

1.はじめに

・本研究は,氷河ボーリングコア中に保存された氷河生物を利用した古環境復元法を確立することを目的に,特にヒマラヤ地域の氷河に生息する雪氷藻類に注目して,ボーリングコア中の雪氷藻類が持つ環境情報を明らかにし,アイスコア解析における環境シグナルとしての氷雪藻類の有効性を裏付けるためのものである.ヒマラヤなどの低緯度温暖地域に位置する氷河では,融解によって物理・化学成分が混合・流出するため,従来の物理・化学的解析では有効な古環境情報を得ることは困難である.そのため,これまでのアイスコア研究による古環境情報は,融解のほとんどない極地の氷床コアからの情報に限られていた.雪氷藻類などの生物環境シグナルは,逆に融解の大きな氷河コアほど情報量が増すと考えられるので,温暖域コア解析の有効な情報源になると考えられる.そして実際,アイスコア内の雪氷藻類層は夏の積雪層のマーカーとして有効なこと,藻類バイオマス(後述)がモンスーン期間中の氷河の質量収支(積雪量と消耗料の差引)と高い相関関係が見られることなどが確認されている.しかしその藻類がどのような条件で増殖を開始し,そして終了するのかはまだわかっていない.そこで本研究はその季節変化を明らかにし,気温,降水量,日射量などの気象データやその他の環境要因との相関関係を明らかにすることにより,コア内の藻類の増殖がどの季節の,どのような環境要因を反映しているかを検討したものである.

2.方法

・1996年5/20,6/23,7/28,8/23,10/3にヒマラヤ・ランタン地方に位置するYALA氷河S-9地点(標高5450m)において当研究室の竹内望氏が,表面から一番浅い藻類層を一回につき4カ所それぞれ64〜162cmサンプリングし,サンプル体積の3%に当たる量のホルマリンを加え固定し日本に持ち帰った.このサンプルの一部を適量(100〜400μl)フィルター(MilliporeJHWP01300,PORE SIZE0.2μl)用いて濃縮,ろ過した後,フィルターホルダー内に0.5%エリスロシンを封入し,20分間染色した.その後これをプレパラート標本にした.

プレパラート標本上のフィルター内の全藻類数を,光学顕微鏡を用いてカウントした.その際倍率は種の判別のできる程度(大きいものは200倍,小さいものは1000倍)を用いた.これによってmesotaenium berggrenii(単細胞),mesotaenium berggrenii(接合子),Chloromonas sp.,Trochiscia sp.,Raphidonema sp.以上4種の識別ができた.それでも種の判別のつかなかったものは形状(球状,俵型,棒型)と大きさごとに計測した.(全体を数えなくても有意な数が得られたものについてはフィルターの一部をカウントし,全体の数を計算したことを付け加えておく)そこからそのサンプル全体の数を計算しサンプリングした面積で割って,単位面積あたりの藻類数に直し,さらにそれぞれの種から算出した体積(μm)を乗じて種ごとの体積を求めた.そして全種類の藻類体積を合計した全藻類体積をバイオマスの指標とした(これを,藻類バイオマスと表記する).藻類バイオマスに対するその種の比も算出した.

3.結果、考察

・藻類バイオマスの季節変化をグラフ1に示す.グラフより,6月ごろに増殖が開始し,7月から8月に華けて増殖は活発化し,9月には終わってしまっているのがわかる.

・種ごとの藻類バイオマスに対する体積比率をグラフ2、3に示す.これにより、5月は球形が、6月は棒型が、7月はChloromonas sp.が、8月は再び球形が、そして10月はmesotaenium berggreniiがバイオマスの内で最も大きな位置を占めているのがわかる。球形は2回のピークを迎えていることから、この未同定種の中には2種以上のものが含まれていることが予想される。


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