Published: March 19, 2021

野生ボノボが他集団の子どもを「養子」とした2事例

Two wild female bonobos adopted infants from a different social group at Wamba

Nahoko Tokuyama, Kazuya Toda, Marie-Laure Poiret, Bahanande Iyokango, Batuafe Bakaa, Shintaro Ishizuka

Full Text
概要

徳山奈帆子霊長類研究所/野生動物研究センター助教、戸田和弥霊長類研究所研究員、石塚真太郎同研究員らの研究グループは、コンゴ民主共和国ルオー学術保護区の野生ボノボ集団において、メスが他の集団の子どもを「養子」として受け入れ、世話をした2事例を観察し、その詳細を報告しました。現代のヒトでは様々な動機により、血縁や過去の交友関係のない子どもを養子にすることがありますが、そのようなことは他の動物、とくに集団の輪郭がはっきりしている霊長類ではほとんど見られません。ヒトと進化的に近い大型類人猿において、自らの集団以外からの養子縁組が観察されたのは今回が初めてのことです。

DNA分析により、どちらの事例においても養母と養子の間に血縁関係がないことが分かりました。養母は、養子に対し運搬、毛づくろい、授乳などの養育行動を行い、養母以外の個体も他集団から来た養子を受け入れ、養子への攻撃などは見られませんでした。

本研究成果は、3月19日に国際学術誌「Scientific Reports」誌にオンライン公開されました。

写真1: 事例①の養母が、自分自身の子ども(前)と養子(後ろ)の両方を背に乗せて運搬する様子。ボノボの出産間隔は3-5年であるため、このように同じような大きさの子どもの世話を2頭同時にすることは通常はない。
1.背景

哺乳類の子どもにとって母親は重要な存在です。母親を失うと、子どもの生存は大きく脅かされることになります。時に同種他個体が孤児を「養子」として自らの子どものように世話をすることがあります。そのような「養子縁組」は稀ではあるもの、多くの哺乳類種で観察されてきました。霊長類では比較的多くの養子取り事例が報告されており、孤児と血縁関係にある個体や生前の母親と仲が良かった個体が「養母」となることが多いことが分かっています。今回私たちは、チンパンジーと同じくヒトに最も進化的に近い大型類人猿であるボノボにおいて、他の集団の子どもを養子として受け入れ、1年以上の長期にわたって世話をした事例を2例観察しました。輪郭のはっきりした集団を形成する霊長類において、自集団以外の子どもを養子として迎え入れた事例は非常に少なく、大型類人猿では今回が初めての観察です。

調査地のコンゴ民主共和国ルオー学術保護区(ワンバ)では、これまで50 年近くの間、野生類人猿ボノボに関する研究が京都大学を中心とする研究チームによって継続されてきました。野生ボノボの調査地として最も長く続いている調査地です。1970年代から観察が続くE1集団と、2010年から観察対象に加えられた3集団(PE,PW, BI)の計4集団のボノボの観察が行われてきました。

2.研究手法・成果

事例①は、2019年4月に観察されました。PE集団に所属する、2頭の自分の子ども(4.6歳と2.1歳)を持つ母親が、他集団の推定2.6歳のメスの子どもを養子としました。それまでに撮りためられてきた写真との照合により、その養子は2017年にBI集団で一時期観察されたことがあるフラというメスの子どもフローラであることがわかりました。事例②は、2019年10月に観察されました。PW集団に所属する、自分の子を持たない老齢メスが、他集団の推定3.0歳のメスの子どもを養子としました。その子どもは私たちのそれまでの観察記録にない個体でした。糞サンプルからのDNA分析により、どちらの事例においても養母と養子の間に母系の血縁関係がないことが分かりました。どちらの事例も、養母から養子への日常的な運搬、毛づくろい、食物配分などの養育行動が観察され、事例①においては、養子への授乳も見られました。養母以外の個体も他集団から来た養子を攻撃することはなく、養子への毛づくろいや遊びなどが見られました。

ボノボは近縁のチンパンジーに比べ、集団間の関係が寛容であることが知られています。私たちのこれまでの研究で、集団同士は頻繫に出会い、集団同士には一定の競合関係にありながらも、異なる集団の個体同士の親和的交渉も見られることがわかってきました。このような他集団個体への高い寛容性が、他集団からの養子の受け入れにつながったと考えられます。

写真2:養母からの毛づくろい(左)と授乳(右)を受ける事例①の養子
3.波及効果、今後の予定

ボノボが血縁も過去の密接な関係もない他集団の子どもを養子に迎えた本事例は、現代のヒトに見られる親戚関係や過去の関係性にとらわれない養子縁組や、見知らぬ他者への思いやりを持ち手助けをすることができるというヒトの特徴の進化を考える上で重要な観察事例と考えられます。

本事例は、他の大型類人猿でも見られたことのない初の観察です。ルオー学術保護区での50年近くに渡る調査、さらに一集団を調査するだけでも多くの労力が必要なところ、4集団のボノボの調査を10年以上に渡り続けてきたことで可能になった観察と言えます。今後も野外調査を継続し、今回のような事例を蓄積していくことが重要です。ルオー学術保護区での研究者の活動は、新型コロナウイルスの流行により2020年3月から中止をやむなくされています。ボノボの追跡を続けてくれている現地アシスタントより断続的に届けられる情報によると、養子たちは養母の世話を受けながら順調に成長しているそうです。コロナ禍が落ち着きしだい調査を再開し、養子たちが成長と共にどのような行動を取るか記録を続けていきたいと思います。

4.研究プロジェクトについて

本研究は文部科学省科研費および日本学術振興会科研費(JP17J06911 to NT, 17J01336 to KT, 17J098 27 to SH)、European Research Council Starting Grant (802979 to MP), Young Explorers Grant from the National Geographic Foundation for Science and Exploration(Asia 38-16 to K. Toda)、本学の霊長類学ワイルドライフサイエンスリーディング大学院事業による補助を受けました。

<研究者のコメント>

「なんだか子どもの数が多くない?」という違和感に、現地アシスタントと何度も子どもの数を数えなおしました。それまで自分の子ども2頭を育てていたマリがもう一頭の子どもを抱えていることに気が付いたときには、「その子、どこから連れて来たの!」と思わず話しかけてしまいました。観察を続けてもうすぐ10年になりますが、ボノボはいつも新たな驚きを与えてくれます。

Article Information
Tokuyama N, Toda K, Poiret M, Iyokango B, Bakaa B, Ishizuka S (2021)Two wild female bonobos adopted infants from a different social group at Wamba Scientific Reports , 11:4967 10.1038/s41598-021-83667-2 (日本語参考訳:ワンバにおける野生ボノボのメスが他集団の子どもを養子にした2事例)